2-2『候補の青年』
祝! 総合1000ポイント達成!
朝起きたら超えてました。
ローファンタジー部門でも日間10位前後みたいです。
これからも頑張りますので、応援よろしくお願いします!
僕は、体育の授業が苦手だ。
別についていけないわけじゃない。
ただ、霧道に殴られたり、倉敷に異能について探られたり、朝比奈嬢に絡まれたりと……今まで何ひとつとして『良い思い出』がない。
だから、毎週火曜日の体育と、プラスアルファで毎週毎週、不定期で訪れるその時間帯に否が応でも身構えてしまう。
「さて、今回は三回目の体育の授業だ」
白衣姿の榊先生は、C組の生徒一同へそう告げた。
「初回は、『異能』というモノの恐ろしさを知ってもらうため、今は亡き霧道と、そこの雨森に戦ってもらった。二回目はそれを踏まえた上で基本的な体力、基礎能力について測定。そして三回目。今回からは【異能】について訓練していく」
その言葉に、クラスメイト達がざわめき出す。
かく言う僕もそうだが、異能目当てでこの学校に入学したものは少なくない。もちろんそれが全て、というわけでは決してないが、ソレに対する興味が大部分を占めていたのも本当のこと。
「既に数名、部活動に参加している者も居るようだが、来週から本格的に新入生の勧誘が始まる。そして、時を同じくして一年生……つまりは貴様らには【闘争要請】の権利が与えられる」
「こん……?」
「コンフリクトだよ、雨森くん」
榊先生の聞いたことの無い言葉に首をかしげていると、いつの間にか隣へとやって来ていた倉敷が話しかけてくる。その隣に朝比奈嬢までくっついてるから嫌になる。
「で、その……コンプリクト? なんなんだそれ」
倉敷に問う。ただし答えは別の奴から返ってきた。
「クラスメイトの朝比奈よ雨森君! コンフリクト……闘争要請とは、この学園の生徒に許されたシステムの一つよ。勝負を要請した相手との間にルールと内容を決め、勝負することで優劣をつける……だったかしら。この学園において最も教師が重要視している部分でしょうね」
「……へぇ、ありがとう朝髭さん」
「あ、あらっ? なんだか名前間違われてるけれど、もしかして雨森君に感謝されたのって初めてなんじゃないかしら……っ!」
そんなことを言って喜んでる朝比奈嬢。
何だかもう重症だな……と内心で頬を引き攣らせていると、どうやら倉敷も同意見だったらしく『あはは……』と困った笑顔だ。
「闘争要請は、あらゆる面で重要視される。もちろんその内容はゲームから殴り合いまで多岐に亘るが、その中において、あらゆる【校則】は適用除外となる」
再び榊先生の声が響く。
よく分からないが、おそらくその『コンフリクト』を行った場合、校則において縛られているあらゆる行動……例えば、そう。殴り合いとかも出来るってことだよな。
その考えを肯定するように、榊先生の声が響く。
「ここまで言えば大抵のものは気づいているかと思うが、この勝負において最も頻繁に行われているモノこそ、【異能力戦】。つまるところ、貴様らの異能を用いた殴り合いの戦闘だ」
それで、最初の話に繋がっていくわけか。
クラスメイトの顔ぶれを見渡すと、成功を確信して飄々としているもの、自分の力を思い出して興奮するもの、不安そうに顔を曇らせるもの……まぁ、こうしてパッと見渡しただけでも数パターン。
しかし、その中には相も変わらず無表情な者が数名いる。
それらの面々を記憶するように見ていると、ふと、隣から倉敷の鋭い視線を感じてそちらを見る。
「んっ? どうかした雨森くん?」
「……いや、なんでもないさ」
この前の質問(本人は確信を持っていたみたいだが)もそうだが、倉敷は少々、僕のことを過大評価している様子だ。
小さくため息を吐いて榊先生へと視線を戻すと、説明を終えた彼女は大きく声をはりあげる。
「さて、それでは今より二人一組になって異能の訓練を始める。しばらくは今回決めた組で行動してもらう。よくよく考えて組むんだな」
「えっ」
現在、霧道が抜けてクラスは全部で二十九名。
つまるところ、一人余る。
もう一度言おう、一人余るのだ。
「あ、雨森く」
「朝比奈さーん! ねぇねぇ一緒に組まない!?」
「あっ、ずるーい! 私と組もーよ!」
「お、俺も俺も!」
話しかけてきた朝比奈嬢が、男子女子の混合軍によって飲み込まれてゆき、やがてその姿が見えなくなる。
いつの間にか姿を消した倉敷を探すと、遠くの方で『ねぇねぇ、誰か一緒に組んでくれないっ?』とか女子グループに参入していく彼女の姿を発見した。アイツ危機察知能力高すぎだろ。
そんな彼女を傍目に、「さーて、僕もパートナー探ししなきゃなー!」とか、心の中で呟いた。
え? 実際に呟かないのかって?
悪いな、僕には友達がいないんだ。
よく考えたら倉敷以外とマトモに話せる自信が無い。朝比奈嬢は論外と考えても……辛うじて烏丸か? まぁ、アイツはアイツで早速クラスカースト頂点の連中とつるんでるしな。結局は独りだ。
とまぁ、そういうことで――。
☆☆☆
「なるほど、やはり貴様が残ったか」
「……どうも」
もちろん残るよね、余るよね、知ってました。
学力は平均的。
目も死んでいるし顔に気力など微塵もない。
加えて異能は弱く、虐められっ子体質。
何一つとして特筆すべき特徴のない平凡な男。加えて霧道の一件で悪い意味で目立ち過ぎた。どこか今のクラスには『話しかけにくい男、雨森悠人』みたいな雰囲気が漂っている。
だから、残った。
「そうか。まぁ、妥当だな」
榊先生は僕を一瞥、当然とばかりに呟いた。
もちろん至極同感である。
周囲では既に二人一組での訓練が始まっている。
朝比奈嬢は名前の知らない女子生徒と。倉敷は無口そうな少女とペアを組んだようだ。朝比奈嬢はまだしも、倉敷は委員長として余りそうな奴と組んだ、って感じかな。
「さて、それでは雨森……お前は私がペアということにしよう。といっても、その能力をどう鍛えればいいのか私には分からないが」
予め言っておくと、彼女は僕の本当の力を知っている。
それは単に、担任教師であるためだ。
担任の教師はクラス全員の『本当の』異能を把握している。
どうやら他クラスの生徒までは把握していない……らしいが、とにもかくにも。榊先生は僕の異能を知っている。
信頼出来そうな伝から入手した情報だから間違いはないだろう。
「……そもそも、異能ってどうやって伸ばせばいいんですか」
「ん? それは簡単だ。使えばいい。使えば使うほどに熟練度が増し、徐々に強化されて行く」
まるでゲームだな。
内心で呟いたところ、「まるでゲームだな」と榊先生からの発言。
良かったぁ口に出さなくて。
危うくダブルブッキングする所だった。なんとなく言葉の使い方違う気がするけど。
「……正直な話、その力は既に完成形に至っている。お前は力を伸ばすことは考えなくていい。力に慣れることを優先していくべきだ」
……なるほど。
僕の能力『変身』は、一度見た相手ならば誰にでも姿を変えられる。
条件などはない。触れる必要もなく、単純に見るだけでいい。一度視界に映してしまえば、あとは自由にその姿を借り受けられる。もちろん声だってコピーできるし……出来ないものとしては『異能のコピー』だけか。
「たしかに、そっちを優先した方がいいですね」
「……あぁ、そう言えば『目を悪くする』とかなんとか、嘘ついていたんだったか? まぁいいか。自分の嘘は自分で尻拭いしろ、私は知らん」
もちろん、そのつもりだ。
それに彼女の言うとおり、僕の異能は既に限界値まで成長している。俗に言うカンストってやつだな。
それなら伸ばすことは完全に諦める。諦めて、自分の異能をより一瞬で、瞬間的に発動できるように訓練していくだけ。
「それじゃ、自主練ということで」
「あぁ、そこらにでも座って練習していろ」
そう言われたため、近くの階段に腰を下ろし、右掌で左腕を掴む。
こうしていれば、傍目には『自分で自分に"目を悪くする"を使ってる』とも見えるだろう。その実、服の中見えないところで変身の訓練をしてるとも知らずに。
「さて、と」
図らずも、こうして時間が出来てしまった。
訓練こそするものの、それ以外は完全気手持ち無沙汰。
となると、やることなんて限られてくる。
「えっと……あぁ、見つけた」
榊先生に従い、異能の訓練をするクラスメイトたち。
その中で、『隠れ蓑』として目を付けていた人物をみつけ、その人物へと視線を固定する。
男子としては少し長めな黒髪に、かなりの高身長。
全体的に暗い雰囲気をもつ青年――名前を黒月奏という。
彼は……余り者同士で組んだんだろうな。クラスカースト下位の男子とペアを組んでいて、その姿は傍から見ればボッチのソレだ。
だが、それでも彼が僕のような『ボッチ』と見なされていないのは、おそらくルックスが優れていること。そして、強い異能を有していることにあるだろう。
「黒月! 貴様もクラスではかなり高位の異能力者……少しは力を見せてみろ!」
遠くから、榊先生の声が聞こえる。
見れば、黒月は僅かに眉根を寄せてはいたが、教師に逆らうつもりはないのだろう。黙って右手を前方へ掲げた。
そして――虚空へと【魔法陣】が、現れた。
「なるほど。あれが……」
彼の能力は『間接的』にしか聞いていなかったけれど、こうして見るとその凄まじさを実感する。
魔法陣から現れたのは紅蓮の炎。
凄まじい勢いで飛び出したソレはグラウンドを深く抉り、爆発を起こす。
爆風が黒月の前髪を吹き上げる。
顕になった瞳は……どこか、絶望しているようにも見える。
「【魔王の加護】……あらゆる魔法を使えるようになる異能」
加護の異能。
つまりは、朝比奈嬢、倉敷と同列の異能。
加えて凄まじいのはその能力だ。
僕ならその力を『万能』と称す。
なにせ、魔法と定義されるものならはなんでも使えるのだから。
だから……と、言う訳では無いが。
「選ぶなら、アイツだろうな」
僕は、歓声を浴びる黒月の背中を見て、薄く笑った。
その背中は、酷く寂しげに見えたから。
 




