10-42『星の終焉』
弾丸が僕の天能を砕く。
本気で僕は、彼を殺そうとした。
にもかかわらず、それらはただの一度も届くことはなく。
それ以上の火力で、寸分たがわず相殺された。
(……っ、さっきよりも、出力が上がってる……ッ)
あり得ない。
その少年と戦い、僕の脳内を占めたのはそんな言葉だった。
大地を操り、気候を操り。
歴史を読み解き、時を司る。
この力は最強だ。
負けるわけがない。
僕の方が強い。
もう、僕は優人を超えたんだ。
……超えた、はずなんだ。
(……優人は、臨界すら使ってないっていうのに……ッ!)
焦りが、ジワリと心を蝕んだ。
そうだ、証明しなきゃいけない。
安心して、あとは任せてもらうために。
絶対に次に繋げるから、って。
絶対に、いい世界を造り直すから。
君たちを絶対に幸せにするから。
――だから、安心して死んでくれ。
彼を分からせるために、絶対的な格の違いを見せつける。
そう息巻いて臨んだ戦いが……今では、対等なモノになりつつあった。
大地から無数の槍を生み出し、発射する。
一撃一撃が、並みの臨界程度の威力を誇る。
それらを弾幕を張るように、一部の隙も無く敷き詰め、放つ。
確実に殺す。
そう考えての攻撃も――指の一振りで相殺された。
銃身なく、弾丸だけが虚空より放たれる。
弾丸の数だけで言えば、僕の放った槍よりもずっと少ない。
にもかかわらず、それらの弾丸は槍を壊し、そのたびに跳弾し、瞬く間に僕の攻撃を瓦解させる。
気が付いたころには優人の周辺は安全地帯に。
放った槍も周辺を壊せど彼の体には傷一つ付けられず終わった。
(何を削ればそこまで力を引き出せる……記憶、感情……魂、それとも命か!)
なにか、削ってはいけないモノを彼は使って動いている。
それが何かは分からない。
星は今と過去の歴史を読み解く。
だが、読めるのは歴史だけ。
人の想いまでは読み解けない。
だから、前代未聞、歴史上初。
こんな無茶を通す優人に、『星』の知識は役立たずと成り下がった。
考えうる限り、最低な星の攻略方法。
誰もやったことのない馬鹿をやれば記録がないから分からない。
……なんて、考え付いたって誰が実行できるって言うんだ。
ズキリと。
壊れたはずの心が、痛んだ気がした。
本音が、狂気を破って溢れそうになる。
僕は必死に想いを留め、彼を見据える。
……僕は、君たちが幸せになれる世界を用意する。
そのために僕は生まれてきたんだ。
なら、曲がらないよ、優人。
君がどれだけ無茶を通そうと、僕は折れない。
――確実に君を殺す。
そして、新しい世界で幸せになれ。
「……これ以上君が進化するより先に、本気で殺すよ」
ごめん。
確かに僕も、本気ではなかった。
これくらいの攻撃なら殺せるだろう……って。
どこか、君のことを下に見ていた。
もう、そういうのはやめるね。
「【星外毒】」
僕の後方の、時空が裂ける。
その先に広がるのは黒い空、宇宙。
無数の星が煌めく夜空から、この空間へ。
放射線と呼ばれる毒性が雪崩れ込む。
「が……っ!?」
「この身をもって教わったよ。毒も意外と強烈だって」
同時に、自身の体へと遡星転を展開。
毒の進行を時の遡行で押し返す。
……本来なら、遡星転やら進星転やらを優人に使えればいいんだけど。
この力を使う時は、技の反動で一時的に体の動きが鈍くなる。
加えて、時間を動かす指定先の判定がかなりシビアだから、技を使っても軽々と避けられ、その隙に僕本体を攻撃……なんて可能性も十分にある。
だから、相手を警戒すればするほどこの力は相手には使えない。
少なくとも、天能変質した直後の僕では使いこなせない。
……さすがは、血の繋がった親子だね。
父上と言い、君と言い。
油断をすれば一瞬で喰われる相手だと、今はっきりと認識したよ。
「油断しない、手加減しない、確実に君を殺す」
毒が、侵食する。
父上の『雫』ほどの速度はないが。
じわり、じわりと。少しずつ、確かに。
宙からの死の贈り物が星を汚染する。
一番近くにいた優人は、確実に死ぬだろう。
いかに天守といえど、宇宙の毒を耐えられるわけがない。
そう確信しつつも、気は緩めなかった。
……予感があったのかもしれない。
君なら、もしかして、って。
「【針穿つ遠吠え】」
虎の子、最後の一発。
だが、それは橘の頭蓋すら貫けなかった。
そんな一撃でどうこう出来る毒ではない。
……って、この知識が無ければ思っていたと思う。
彼方より弾丸が飛来する。
それは僕の後方に広がる裂け目へと突き刺さり。
そのまま、僕の天能ごと『時空の歪み』ををぶち抜いた。
「……いよいよ、極まってきたね」
時空の裂け目が砕け散る。
本来、物理的干渉を一切受け付けない歪みが。
たった、弾丸一発で木っ端みじんに砕け散った。
「……はぁっ、はぁ……はぁっ」
視線の先で、優人は荒い息を吐く。
僕は天能で察していた。
優人は戦いの最中、別な場所でも天能を起動しているということを。
その証拠に、僕の天能が告げていた。
僕の刀を砕いた直後、彼の天能の出力は大幅に上昇した。
けれど今、刻一刻と彼の出力は落ち始めている。
それは、ここではない他の場所で天能を使っている証明だ。
場所は、近くの山の中。
自身で作り、設置しておいた三丁の銃。
そのうち残る一丁を、遠距離から改造し、神を殺せる域まで仕立て上げた。
この戦闘中に、だ。
……知っていたさ。
天能の射程範囲で言えば、間違いなく天守優人は最強だ。
間違いなく、その面で言えば僕の天能すら劣っているだろう。
例えば天能の起こした結果……たとえばさっきの毒で世界を侵せ……と言うのであれば、ゆっくりでも、じっくりでも世界中を毒で覆い尽くせる。けれど、地球の反対側に突如として毒を出せ、と言われれば今の僕では難しいだろう。
だが、おそらく。
優人の天能であれば、簡単にそれが出来る。
僕がこの『星の恩恵』を使って、それでも難しいこと。
それをいとも簡単に行えるのだから……君は戦い方を間違えたんだろう。
君が、最初から全力で。
わざわざ、僕と会話しに庭になんて来なければ。
僕を殺すつもりで、遠距離戦だけに徹すれば。
……そんなイフの未来を想像して、苦笑する。
「時空を穿つ……か。神殺しの一族。いよいよ笑えなくなってきたよ」
余裕なんて、今の一撃で消し飛んだ。
ありがとう、手の届く場所で戦ってくれて。
ありがとう、僕を殺すつもりが無くて。
おかげで僕は、君に勝てるよ。
「やるよ『星の恩恵』、全力だ」
天能が、僕の声に応えて駆動する。
一度、臨界として放出した天能。
既に存在する星を生み出すため、形を成そうと失敗したモノ。
中途半端に勘違いして、中途半端に舞い戻った。
……まるで、僕みたいな半端モノ。
だから生まれた、バグの結晶。
星の恩恵、自身に対する強化能力。
――それを再び、一点へと集中させる。
「少し大きいが、この星を君への弔花代わりとしようか」
どうせ、この星も壊す必要があるんだ。
一緒に星を壊したとしても、その時は必要経費と割り切ろう。
なんてったって、天守優人の葬式だ。
多少ド派手に、世界巻き込んだって許してくれるさ。
「抽出――展開」
風が止む。
音が消える。
優人へ向けた指先に――力が集う。
ここに作り出すのは、星が生み出す最大火力。
星の生誕における始まりであり。
星が終わるその瞬間に弾ける、一瞬の煌めき。
星を潰すほどの圧力と。
宙を焦がすほどの熱量。
海老原の時も。
父上を殺した時も。
最大まで火力は弱めた。
――でも君には、全力で使うよ。
「【星の終焉】」
指先に、黒い光が灯る。
ほんの爪の先ほどの虚無。
光も飲み込むような闇。
一寸先も存在しない、ただの終焉。
幾ら、君が火力に寄ったとしても。
どれだけ僕に、力で押し勝とうとも。
これは無理だよ。
止めるとか、止めないとか。
そういう話じゃない。
――展開した時点で僕の勝ちなんだ。
今も、優人の天能は力を失い続けている。
既に、彼は奥の手は全て失った。
地球上のどこを探しても、彼が他の場所で天能を行使している素振りはない。
それでもこの状態であるならば……。
――限界。
その二文字が頭をよぎった。
彼を見れば、既に瞳から光は失われている。
どれだけ無茶をしたのか。
どれだけ多くのものを削ってきたのか。
彼には今、どれだけ意識が残っているのか。
……会話すら、もう、できないのかもしれない。
「……最後くらいは、全力の君とぶつかってみたかったよ」
もう、君の本気を見ることはできないだろう。
そう考えると哀しいけれど……きっと大丈夫。
次があるから。
新しい世界に、天能なんてモノを持ち込む気はないけれど。
幸せがいっぱいの場所で、君は幸せに暮らすんだから。
僕の心残りの一つや二つ、気にしないで生きてくれたらいいな。
「……僕と出会ってくれて、ありがとう。優人」
僕は、君に救われた。
何度も何度も、君に助けられた。
君に、生きる目的を貰った。
僕にとって正義の味方は、いつだって君だったよ。
だから僕は、君に幸せな世界を造る。
君のためなら……世界中、全てに恨まれたって構わない。
そう笑い、僕は少年へと【終焉】を贈る。
「さようなら、優人」
☆☆☆
呼吸音が、遠く聞こえる。
苦しさも一周回ってよく分からなくなった。
僕は、ちゃんと両足で立っているのか。
もしくは、倒れてしまったのか。
……そんなことも、よく分からない。
何を、削ってきたのか。
自覚なく、いろんなものを削ってきた。
無茶をする代価として、いろんなものを捨ててきた。
もう、感情なんてほとんど無い。
記憶もいくつか欠落している。
思い出が、どれだけ残っているか。
考えたくもない思考が、脳内で巡る。
冷たい汗が、背中を伝う。
体が、信じられないくらい冷たい。
動きも鈍く、まるで全身が鉛に変えられてしまったようだ。
思考も遠く。
視線の先で、お別れを告げる弟を。
僕は、ぼんやりと眺めていた。
なんでアイツは泣いているんだろう?
どうして、あんなにつらそうにしているんだろう。
誰が、アイツを泣かせたんだ?
……なあ、誰か。聞いてきてくれないか。
悪いけど、僕は……体が動いてくれそうにない。
もう、指先の感覚が無いんだ。
たぶん、もう、僕は死ぬだろう。
僕は、アイツの場所までたどり着けない。
あの場所まで、手は届かない。
そんな弱音を吐いて、周囲を見る。
弥人。
父さん。
母さん……は、面識なかったっけ?
悠人、って言うんだ。
自慢の、弟なんだ。
凄いんだよ。
僕に出来ないことが、アイツは沢山出来るんだ。
きっと、僕なんか今に抜かされて……。
弥人、父さん。二人も危ないんじゃないかな。
そんなすごい奴なんだ。
……僕は、もう、勝てないのかもしれない。
僕には才能もないし、誰より努力し続けてきたとも思わない。
頑張ってきたつもりでも、上にはきっと上がいる。
才能も、努力も、境遇も。
僕より優れた人はきっといる。
この世界に祝福され、何かの『天才』として生まれ落ちた怪物。
僕にとっては、たぶん、この少年がソレだった。
僕と同じだけ努力しておきながら。
僕なんかより、ずっと『戦い』の才能に溢れていた。
勝てない。
勝てるわけがない。
勝てる要素が一つもない。
心の中にあった自信が、粉々になって崩れていく。
僕は、ゆっくりと目を閉じた。
(……ああ、きっと)
このまま横になって、倒れてしまえば。
勝負なんて諦めてしまえば。
もっと、ずっと楽になるんだろうなぁ。
終焉の予感は、安心感となって体を占める。
それは眠る前の心地よさと、よく似ていた。
自分より強い男に負けるのは、恥じゃないんだ。
おとなしく、諦めて。
敗北を受け入れて。
黙って終わりを、受入れよう。
そう、思った。
けれど、目を閉じて、初めて。
僕が抱えているもの。
僕に託した――彼らの想いを思い出す。
『なーに言ってんだい。優人だって十分すごいじゃないか!』
声がした。
振り返るだけの力もなかったけれど。
いつだって僕の背中を支えてくれたその人は。
今回もまた、僕の背中をどんっと叩いた。
自信を持てと。
お前は凄いんだと。
何の根拠もなく、自信満々に。
きっと笑顔で、僕の背中を押し出した。
『なんてったって、僕の自慢の弟だぜ? 負けるわけないさ!』
兄の言葉に、前を向く。
瞼を開く。
もう一人、僕の背中を誰かが押した。
『私は……届かなかった。止めようとしたが、あの少年は既に私を超えている』
生まれたときから聞いていた、その声。
羽織っていたコートが、少し暖かくなった気がした。
その人は僕の背中を強く押し、生まれて初めて僕に信頼を叩きつける。
『だから、お前が止めろ。天守家次期当主として、お前が倒せ』
そして最後にもう一人、小さな手が僕の背を押す。
懐かしい声がした。
暖かい気配があった。
『ええそうね! とりあえずやっちゃいなさい、優人! ぶん殴ってでも止める! そのあとなんてなるようになるわ! 私が認めてあげます!』
自信満々に、その女性は僕に言う。
振り返る余裕はない。
けれど、彼らが誰かはすぐに分かった。
押された背中が、熱くなる。
尽きていた体に、力が灯る。
ほんの、ちょっとだけ。
あの野郎をぶん殴って止められる程度には。
乾いた中に、ほんの一滴。
託されたものが、まだ残っていた。
『大丈夫、優人ならできるさ』
「……ああ。力を貸してくれ、兄さん」
父さんも、母さんも。
背中を押してくれて、ありがとう。
もう、お別れしたっていうのに。
いつまでも、頼りない息子でごめん。
でも、頑張るから。
最後まで、一生懸命頑張るから。
だから。
また、どこかで会ったらさ。
いっぱい、時間の許す限り話そうよ。
話したいこと、たくさんあるんだ。
きっと、母さんも驚くんじゃないかな。
僕の大好きな家族の話。
自慢の弟の話が、沢山あるんだ――
☆☆☆
真っ赤な鮮血が、体から吹き上がる。
胴体の過半が、その一撃で弾け飛び。
その瞳からは、完全に光が消えていた。
力なんて残ってない。
残っているはずがない。
一歩も動けない。
腕も上げることはできない。
天能なんて、既に彼の体から消えていた。
それほどの、限界の先で。
それでも少年は、勝とうと足掻いたのだろう。
今際の際に、何を聞いたか。
何を感じて、何を為そうとしたか。
もう、誰かが知ることはないだろう。
けれど、最期まで。
天守優人と言う少年は、弟を殺そうとはしなかった。
「……く、そっ」
兄を殺し、少年は天を仰ぐ。
頬を涙が伝った。
兄のためにと、兄を殺して。
最後に彼が感じたのは、兄からの強い愛情だった。
【進行度成果】
〇天守優人 - 死亡
☆☆☆
憎んでいたわけではない。
嫉妬していたわけでもない。
君は僕の誇りだったし。
君は僕の憧れだった。
だから、僕を救ってくれた君が。
こんな、ふざけた不幸に落ちること。
……それが、どうしても許せなかったんだ。
僕は、君を幸せにしたかった。
もっと笑っていて欲しかった。
兄妹、家族に囲まれて。
楽しく、幸せに生きて欲しかった。
その想いの果てに、立ったまま息絶えた君を見て。
「……ねぇ優人。僕はまた、間違えたのかな」
何もかも手遅れになってから。
今更、胸の痛みと共にそう思った。
次回『繋がる希望、穿つ銃声』
12,000文字超の大増量でお送りします




