10-38『父親』
過去を振り返り。
つくづく、僕は出来損ないだったと思う。
才能なんてなかった。
それでも必死に生きてきた……つもりだ。
他人にどう思われようとも。
自分の意志を貫こうと、意地になっていた。
『馬鹿ね、大馬鹿ね! 私が見ないうちに頭でも沸いたのかしら!』
そうだな、確かに……頭がおかしくなっていた。
君が死んでから、僕は何をすればいいのか分からなくなった。
それでも、ただ……もう一度会いたいって。
その気持ちだけは本当だって分かった。
だから、その気持ちに殉じた。
回りなんて見えなくなって。
子供たちにも盛大に嫌われた。
もう一度君と会うために。
どれだけ多くの命を、切り捨ててきたか分からない。
一度は子供を抱くために、親の血に濡れた手を洗った。
けれど、その手もすぐに血に濡れた。
妻のためにと、罪なき子供たちを地獄に突き落とした。
きっとあの子たちは、そんな僕のこと、父親とも思っていないだろう。
それだけのことを、僕はしてきたはずだ。
もういない人に囚われて。
今を生きるあの子たちを蔑ろにした。
僕こそが、一番の人でなし、だった。
『そうね、否定しないわよ。アンタ、大勢から恨まれてるもの』
その女性は、僕の足元へと指を向ける。
そこには、多くの屍が転がっていた。
真っ赤な血の池の上。
子供たちの死体が、何十と積みあがっていて。
その上に、僕は頭を抱えて座っていた。
なんで。
どうして。
僕たちは死んだの。
お前のせいで。
お前のせいだ。
お前が殺した。
僕たちを殺した。
死ね、死ね。
死ねよ。
死んじまえ。
死んでくれ。
お前が悪い。
お前が悪だ。
亡霊の声が聞こえる。
僕は耳をふさぎたくなったけれど。
全て事実だったから、受け止めるしかなくて。
その度に心がひび割れた。
そんな僕を、女性はじっと見上げている。
『ごめんなさいね。私が魅力的過ぎたのよ』
見当はずれなことを言っていた。
女性は、僕の方へと歩いてくる。
死体の山を蹴り崩し、ずんずんと距離を詰めてくる。
『私のことを愛しすぎた。そのせいで今があるのなら、私の責任が大きいわけじゃない? なら、恨むならこの人じゃなく、私にしときなさい。ほら、死体を蹴るだなんて悪い女でしょ? 私って』
亡霊の困惑なんてさらっと無視して。
その女性は、私の目の前までたどり着く。
既に、死体の山は消えていて。
先ほどまで見下ろしていた女性を、気づけば見上げていた。
呆然とする僕へと、彼女は手を差し伸べる。
『一人で抱え込むんじゃないわよ馬鹿。幸せも不幸も私が一緒に背負うわ。アンタが悪なら私は魔王になってやる。アンタが正義なら私は勇者になってやる。そういうもんでしょ、夫婦って』
その言葉に眼を見開いて。
僕は、彼女へと手を伸ばす。
――そんな僕を、彼女は思いっきり殴り飛ばした。
『ふんッ!!』
『ぐえ……っ』
潰れたカエルみたいな声が出た。
おもいっきり顔面をぶん殴られる。
僕の体は宙を舞い……そのまま際限なく落下を始める。
『けれどね! 今のアンタみたいな腑抜けの妻になったつもりはないわ!』
彼女は落下する僕へとそう叫ぶ。
その姿を見上げる。
そこに立っていた彼女は、昔と変わらぬ勝気な笑みで。
自信満々に、僕へと拳を突きつける。
『親はいつだって子供を大切にするもんよ、天守周旋!!』
やがて、その姿も見えなくなった。
落ちる。
落ちる。
どこまでも落ちていく。
その中で。
彼女の声が、最後に響いた。
『最後くらいは親の責任、しっかり果たしてきなさい!!』
私が許可するわ! と彼女の声を聞き。
……【私】は、久方ぶりに笑った気がした。
☆☆☆
「…………」
少年は、倒れた兄の姿を見下ろす。
これから起こること。
今から行う人殺し。
それを、この【正義の味方】には見てほしくなかった。
「風よ」
どこからか、風が吹く。
力強くも優しい風は、ふわりと死体を浮かび上がらせる。
運ぶ先は……正面玄関の方に設定。
そのまま、風に乗せて兄の体を遠くへ運ぶ。
これで、もう、躊躇う理由はない。
何を気にすることもない。
思うがままに、やりたいとおりに。
この世界を――破壊する。
「そろそろ、いいよね」
志善悠人は指を鳴らす。
その瞬間、跡形もなく弥人の臨界は砕け散った。
同時に周旋の毒も消え失せ、新鮮な空気が周囲に満ちた。
「く、クソ……クソくそクソくそ……ッ!」
海老原は、逃げようとしていた。
しかし、志善悠人が一瞥する度に、体が竦んで動けなくなる。
既に、不死の加護は消えていた。
ここから先、死んだ者はそのまま死ぬ。
蘇るなんてことはない。
奇跡はもう、起きない。
志善悠人が殺そうと思った瞬間。
それが、海老原選人の最期だ。
「死にたくない、死にたくない、死にたくない……ッ!!」
彼は、這ってでも逃げようとする。
志善悠人へと背を向けて。
必死に、恥も外聞も放り投げ。
一歩でも遠くへ、と這い始める。
「……惨めだな。……こんな屑に、彼らの幸せは壊されたのか」
赤子の手を捻るよりも容易く殺せるこの害虫。
こんなものに全てを壊されたと再認識し、初めて志善の顔に苦さが浮かぶ。
「……もう、いいよお前は。此処で死ね」
そして、少年は手をかざす。
ブラックホールで押し潰すか。
死に腐るまで老化を進めるか。
時間を戻し、生まれる前へと逆行させるか。
いくつかの選択肢。
出来る事ならば、最も苦しい死に様を――と。
頭を悩ませたのは、ほんの数瞬。
ふっと、背後から隣を通り過ぎた男を見て、思考が停止した。
「……………………は?」
その光景に、咄嗟に言葉が出なかった。
殺したはずだ。
確実に、この手で終わらせたはずだ。
天能臨界によって強化された力。
その一端で、その男の頭を消し飛ばした。
動けるはずがない。
橘であるセバスでさえ、脳天を打ち抜かれて沈黙した。
たったの弾丸ひとつで、死体はいとも簡単に動かなくなる。
対して、今回、志善が与えたダメージはそれ以上。
動けるはずがない。
もう、海老原の支配なんて消えている。
目の前にあるのは、ただの死体だ。
動くはずがない。
なのに、どうして。
天守周旋が……動いている?
「な、んで……っ」
死んでいる。
間違いない。
志善の天能【星】に、生命としての反応はなかった。
だからこそ、視界に入るまで気づけなかった。
今の志善は、地球上の生命や天能の動きを感知している。
既に死んでいる者は、当然ながら彼の探知に引っかからない。
「あ? は、ははは? クははははははは! おいおい、生きてるじゃねぇか! ちゃんと、まだ動いてるじゃねぇか、天守周旋!」
自分の方へと歩いてくる周旋を見つけ、海老原は再び笑った。
得体の知れない状態に警戒する志善とは対照的に。
彼は、希望を見つけて歓喜していた。
「これでまだ戦える! 俺はこんなところで終わる男じゃないんだ!」
周旋は歩き続ける。
頭部を失い、体だけになって。
何が原理で動いているのかも分からない状態で。
一歩、また一歩と歩いていく。
「やれ! 殺せ周旋! もう一度臨界を使え!」
海老原は喚く。
周旋は、声の方向へと歩いていく。
「……あ? お、おい! なにやってる! なんでこっちに寄ってくる!?」
歩みは止まらない。
海老原は、ここに来て違和感を覚えた。
強烈な、嫌な予感に身を震わせた。
そう。それは――恐怖だった。
「い、言うことを聞け! お前は死体だ……なら、俺の支配下だろうが!!」
志善も、海老原も。
ここに来て、理解する。
今の天守周旋を動かしているのは、海老原の天能ではないことを。
ならば、何がその体を突き動かす。
他の天能か?
いいや違う、そんな気配は欠片もない。
ならばなんだと彼らは問う。
「……や」
枯れた声が、響いた。
死んだはずの体から。
抉れた頭部に残った口から。
既にいないはずの、周旋の声がした。
「…………弥、人」
「……っ」
確かに聞こえた、その名前。
志善は思わず息をのみ、海老原は鼻で笑った。
「あ、あぁ!? おいおい、まさか、息子の復讐のために動いてるなんて言わねぇよな! テメェみたいな塵屑が、最後に家族の力で奇跡を起こすとか……そんなご都合主義、まかり通るわけねぇだろうが!!」
後ずさりながら、海老原は叫ぶ。
しかし、周旋は止まらない。
懐へと手を伸ばす。
その死体が取り出したのは、一振りのナイフだった。
「――!? う、嘘だろ! よ、寄るんじゃねぇ! 黙って失せろよ亡霊が!」
再び、海老原は這って逃げ出す。
それでも、周旋の歩みの方が速かった。
その光景を、志善悠人は呆然と見つめていた。
奇跡……とはまた違うのだろう。
偶然でもない。必然でもない。
どういう理屈で、目の前の光景が成り立っているのか。
既に死んだ体が、意志を持って動くだなんて。
彼の体に残された、天能に刻まれた本能か?
あるいは、まだ彼の体には天守周旋の意志が残っていたのか?
答えなんて分からない。
星の天能も、こればかりは答えてくれない。
それでも、子のために動く背中を見つめ。
この現象の理由をひねり出すとするならば。
【親の意地】……とか。
そこらへんになるのだろうと、思った。
「く、クソが! やめろっつってんだろうが! 離せ!!」
視線の先で、一つの物語が終わろうとしている。
父親を利用し、一つの家族を終わらせた男。
きっと男は失敗するなんて思っていなかっただろうし。
ここで死ぬだなんて、思ってもいなかった。
だから慢心した。
これから死ぬ男の話を、まともに聞くつもりもなかった。
『手を出す相手を間違えた』
今になって、その言葉を思い出す。
誰に言われたのだったか。
鼻で笑った記憶があった。
自分は負けないと思っていた。
自分が勝つと確信していた。
そんな自信も、ここに至って粉々に。
必死に生にしがみつくも。
死神は、平然とその背中へと凶刃を突き立てる。
「死、ね……!」
ずぶりと。
背中から、心臓を一突き。
致命傷だった。
「……あ、あ、ぁ」
海老原は、手を伸ばす。
死から逃れようと手を伸ばす。
それでも、何かに届くことはなく。
やがて、その手は力を失い地に落ちた。
その瞬間、海老原選人は絶命した。
「……父上」
志善は、仇敵を殺した父へと一歩近づく。
されど、その死体が動くことはない。
肉体の端から、その体は崩れていく。
死後一年にわたって酷使され続けてきた肉体。
天能臨界を扱ったのは、合計二度。
どちらも息子に向けて使われた奥義は。
死体が限界を迎えるには、余りある負荷だった。
崩れた肉体は、塵となって風に舞う。
咄嗟に、志善はその塵を右手で掴んだ。
けれど、そこに父親の温かさはなく。
底冷えするほど冷たく乾いた死があるのみ。
もう、その男は動かない。
死体が動くはずもない。
やがて天守周旋は、夢のように消えていく。
跡形もなく、欠片も残さず。
誰にも何を遺すことなく、ただ一人消えていった。
【進行度成果】
〇天守周旋 - 消滅
〇海老原選人 - 死去
少年は、意地を通して命を散らし。
その男は、意地を通して力尽きた。
彼らは賢い生き方を知らず。
故に、過ちを繰り返す。
きっと残された彼らも、自らの意思に殉ずるのだろう。
彼らは何を信じ、何を求めて、最期に至るのか。
次回【最後の会話】
過去編もクライマックス。
ここから先は、最終局面です。




