10-37『星』
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それは、死の濁流だった。
全てのモノに平等に死を贈る毒の疾走。
風が吹くよりずっと疾く。
音が届くよりもさらに速く。
雫が弾けたと光で認識したと――全くの同時。
一切のタイムラグ無く、光の速さで毒は周囲を汚染する。
志善悠人は、その毒に最も近い距離で飲み込まれた。
喰らった、と気が付いた時点で。
すでに手遅れ極まりなかった。
略式で受けた毒すら生温く感じる。
全身の細胞一つ一つが瞬く間に死滅していく。
「ご、ほ……っ」
吐血する。
視界が真っ赤に染まる。
全身の穴から血が噴き出した。
弥人の臨界とは異なり、殺すためだけの臨界。
否、これこそが天能臨界の本来の使い方。
神をも殺す。
そういった意味では、彼の臨界は誰より優れている。
世界中どこを探しても、これより優れた殺傷能力は存在しない。
「く……っ」
空を見上げる。
毒は天にも広がり、弥人の臨界にも届いていた。
じわりと、暖かな天幕に紫が滲む。
即死の毒をも喰らいながら、それでもその光景は目を見開くほどの衝撃があった。
『天能臨界と天能臨界の衝突』
考えてもいなかった、机上の空論。
天守同士で戦わなければ絶対に実現しない絵空事。
それが今、目の前で行われている。
終わりを拒絶する弥人の臨界。
死を強要する周旋の臨界。
その二つが今重なり――そして、弥人の臨界が汚染され始めた。
それは天能の優劣ではなく、術者の技量によって生まれる優劣。
誰より才能に溢れていても、それを使いこなせなかった若い少年と。
才能には恵まれずとも、血反吐を吐き努力を積み上げ続けてきた男。
二人の積み重ねてきたものが、過去の重みが。
明確に、形となって【差】に表れていた。
ふと、死した周旋も空を見上げる。
父の臨界が、息子の遺していったモノを壊し始める。
端から天幕が崩れていく。
まもなく、死なないという反則的な加護は消える。
そして加護が消えれば、その瞬間にすべてが終わる。
この屋敷に住む者。
この屋敷へと近づこうという者。
血清を打った海老原を除き、すべての生命が死に絶える。
やがて毒は世界にも広がり、この星を飲み込むだろう。
――飲み込む、はずだった。
☆☆☆
「……あぁ?」
その違和感に、最初に気が付いたのは海老原だった。
周旋の臨界範囲内で、彼は周囲を見渡した。
彼には血清があるため、周旋の臨界は通用しない。
だから今警戒するべきは、周囲からの横槍。
想定もしていなかった死角からの攻撃。
毒以外による致命傷だけは、何が何でも避けねばならなかった。
……ようは、彼が気づけたのは海老原選人が小心者だったからだ。
臨界を発動する以前から、周囲を警戒し続けていた。
だから気づけた。
臨界の毒が屋敷の方まで届いていないということに。
屋敷の屋根には、小鳥が数羽止まっている。
……確実に死ぬはずだ。
空の天幕まで毒が届いているのなら、屋敷の屋根は間違いなく毒の範囲内。
小鳥が今も尚、平然と生きていられるわけがない。
……弥人の臨界の影響か?
ふと湧いた可能性。
しかし、いいやあり得ないと自分の中で結論付ける。
現に、志善悠人はこの毒性に耐えられていない。
大地に座り込み、全身から血を流して上空を見上げている。
あれを見る限り、死なないだけで毒は回る。
小鳥が平然としていられるわけがない。
事実、まもなく、あの男も死ぬはずだ。
死んでもらわなくては困る。
だって、触れれば即死の猛毒だ。
そんなものを喰らって、即死しない生命体なんて――。
そう考えた海老原は。
ふと、毒を飲み干しても平然としていた男を思い出す。
驚き、その死体へと視線を向ける。
……死んでいる。
天守弥人はもう死んでいる。
そうだ、実は生きていた……なんて奇跡はない。
確実に天守弥人は死んでいる。
あの男であっても、周旋の毒には勝てなかった。
最高傑作であっても、死んだのだ。
薄めた臨界の毒程度で、いとも簡単に死に絶えた。
ならば、と海老原は疑問を呈す。
「……どうして、あの男はまだ倒れていない?」
即死の毒だ。
致死量なんてとっくに超えている。
血だって吐いた、顔色なんて真っ青だ。
死んでいい……いいや、死んでないとおかしい。
いくら死なない加護があったにしても。
細胞一つ一つが死滅し、体に力も入らなくなって。
地面に崩れ落ち、力なく死を待つ。
……そういう状態でなくてはおかしい。
にもかかわらず、少年は瀕死の重傷ながらも――空を見上げていた。
どれだけボロボロになろうとも、まだ倒れてはいなかった。
「【遡星転】」
瀕死の少年が、言葉を紡ぐ。
その瞬間、彼の吐いた血は消え、瀕死の体が元の状態へと逆行する。
――時間の遡行。
先も見せた、志善悠人の【天能臨界】。
星の終わりを作り出し。
自身の時を遡行させ。
他人の時を進行させた。
おそらく……いいや、間違いない。
志善悠人は、時を逆行させて体内の毒を全て消滅させた。
反則。
その単語が頭を過る。
躱せない、防げない。
そんな【即死】の攻撃を前にして。
受けて耐えるという第三の選択肢。
……そんなもの、並の神経では思いついても実行なんて出来ない。
しかし、そんな志善悠人の異常性よりも。
もっと異質で、あり得ないことが目の前で起きていた。
天能臨界。
それは自身の天能を体外に放出、具現化する力。
彼らは一時、人知を超えた力を手にするが――当然デメリットもある。
それこそが、天能を体外に出さなければいけない点だ。
天守弥人の例が最も分かりやすい。
彼は奇跡を起こす代わりに、一度、自分の天能を手放した。
故に不死性を失い、毒に耐えられず命を落とした。
しかし、失っていたのは不死性だけではない。
善という天能が有する、十四の翼。個々の能力。
天能臨界へと天能を昇華させた瞬間、彼はそれら全てを封印された。
臨界発動中、術者はそれ以外の力を絶対に使えない。
――にもかかわらず、今、その【絶対】に反した異常が起きていた。
間違いなく、毒の拡散を押さえていたのは志善の天能だ。
自然を操れるのであれば空気も例外ではない。
彼は周囲へ咄嗟に『円柱状の真空層』を作り、それ以上の毒の拡散を防いだ。
幾ら汚染能力が優れようとも、真空――汚染する空気もなければ伝播は出来ない。
彼は屋敷の人間を守るため、通常の天能を行使した。
そして今、その少年は【時間の遡行】という力を使った。
されど、彼が貼った『真空の層』は崩れない。
屋根に止まった小鳥は死なず。
毒は、今もなお拡散を止められ続けている。
志善悠人は、臨界中も通常の天能行使を続けていた。
「……な、んだよ、これは……っ!」
異常事態が起きていた。
ブラックホールの創造。
そして、時間の操作。
それら、志善悠人の天能臨界と思しき事象。
天守家、橘家を知った上で。
その上で【常識外れ】と断言できる高域の天能行使。
あり得ない。
あれらの力が天能臨界でなければおかしい。
そう、理性が叫ぶ。
そして同時に、直感していた。
「……もし、かして」
あれだけ脅威的だったそれらの能力。
この身に降りかかった二度の災厄が。
――もしも、通常時の出力だったとしたら。
「何言ってんだ? 最初に言ったろ、天能臨界……って」
志善悠人から声が返る。
思わず肩が震えた。
即死毒に侵されたこの地獄において。
既に少年は、喋れるほどに回復していた。
「ただ、いい線はいってたよ。さすがは研究者」
「……あ、ああ。そうだ! お前の臨界は普通じゃない。まるで――!」
「そう。たぶん、そのまるで、だよ」
少年は立ち上がる。
周旋は、未だ【終の雫】を展開し続けている。
彼の体に、本来の【毒】の天能は戻っていない。
今の彼に、攻撃を防ぐ手立てはない。
であればもう、勝敗は決していた。
「さようなら、父上」
そして、極小径のブラックホールが産み落とされる。
先ほどのモノよりも、さらに小さく、短く発動された黒穴。
それは、周旋の頭蓋を大きく抉り、頭部の6割が虚無に消えた。
どさりと、男の死体が大地に崩れる。
その光景に、海老原の喉から悲鳴が漏れた。
「ひ……っ!?」
毒に侵され、肉体の時間遡行を続けながら。
毒の拡散を防ぐために周囲へと真空の層を築き。
その上で、天守の肉体を一撃で削り取る威力の一撃。
あり得ない。
あり得ない。
天能臨界と言われても信じてしまうような能力を同時行使しながらも。
周囲へと通常時の天能を使い続ける……だなんて。
なんだこれは。普通じゃない。
仮にこれが現実であるならば、まるで、その少年の【臨界】は――
海老原は思考を回し。
やがて、その正解へと辿り着く。
「……【星】か。テメェの天能は……この地球そのものか! 志善悠人!」
海老原の答えに、少年は微笑む。
無言の肯定。それに海老原は歯を食いしばった。
天能を抽出し、具現化する天能臨界。
今にして気づいた。この男の変質した天能は、おそらく【星】だ。
この地球上に存在する全ての事象を司る――なんていうクソチート。
その上、彼の天能には唯一無二の特異性がある。
それは、具現化する星が既に存在するということだ。
周旋の臨界――【終の雫】
弥人の臨界――【奇跡開帳】
優人の臨界――特製品の銃。
あれらは、この世界に存在しないモノを天能で具現化していた。
対する志善悠人が天能臨界で具現化する対象は、この星そのもの。
既に存在する物体だ。
これから具現化するはずのモノが、既に完成して出来上がっていた。
である以上、彼の天能臨界がマトモに作用するはずがない。
具現化は強制的に中断される。
既に完了したと誤認識され、通常通りの臨界は起きない。
そして体外に放出したはずの力は、再び体内へと逆流する。
天能臨界を発動した――という前提のまま。
バグを起こして、昇華されたまま彼の体へと舞い戻る。
その末に起きた、あり得ない絵空事。
【通常時の天能のまま、扱う全ての力が臨界へと昇華する】
「【星の恩恵】、それが僕の臨界だ」
「……化け物が……ッ」
ここに来て理解した。
この男はこの世界を破壊すると宣いながら。
それでも、この世界に祝福されていた。
奇跡、としか言いようのない運命の巡り。
天守弥人と出会い。
この家に引き取られ。
異能の実験体になり。
それを偶然にも耐えられる肉体があって。
その上で、通常ならば数か月で死ぬところを、この最終局面まで生き延びた。
一般人の体に、無理やり天守の細胞を入れたんだ。
寿命なんて弾け飛ぶ。
志善悠人は一年前の時点で、もういつ死んでもおかしくない状態だった。
それでも生きた。
生きてしまった。
おそらくは、今日、この日のために。
世界に生きろと背中を押されて、世界の望み通りに世界を恨んだ。
「臨界なら、同じ臨界を破壊できる……か」
少年は空を見上げる。
すっと、指を振る。
その瞬間に、毒の進行はピタリと止まった。
「まだ優人は戻ってきてない。なら駄目だ。あの臨界は優人が蘇生するまで壊させない」
「……っ、壊すと……殺すと言っておきながら、何を――」
矛盾していた。
世界を壊すと言った男が、今は一人の少年を守ろうとしている。
海老原は思わず問うと、少年は当たり前だろと微笑んでいた。
「優人が死ぬなら、殺すのは僕の役目だ。父親に、息子は殺させないよ」
そう、優し気に少年は笑う。
兄弟を殺すと言いながら。
家族愛を説く矛盾に、吐き気すら催して。
今になって、海老原は志善悠人のやろうとしていることを理解した。
ああ、この男は。
文字通りこの世界を――この星を破壊するのだろう。
そして、破壊した後は簡単だ。
新しい【星】程度、この男ならば容易に創り出せるんだから。
「それと、海老原選人。ちょっと気が変わったよ」
少年は男を見据える。
感情の消えた瞳で。
それでも笑みを張り付けて言う。
海老原を放置する、という選択。
それは、臨界を破壊できないという前提の話だ。
事実、志善の臨界では弥人の奇跡は崩せないだろう。
だから、諦めようと思っていた。
そんな折に、その前提が崩壊した。
周旋の臨界。
それであれば、弥人の奇跡を破壊できる。
今は時間を緩めて侵食を止めているが、仮に時間を加速させれば……おそらく、秒と経たずに奇跡は消える。
もう、この男を生かす『加護』は存在しなくなる。
「優人が蘇生したら、弥人の臨界を壊す」
――同時に、アンタをこの場で擂り殺す。
空を指さし、少年は嗤う。
虫も殺せぬような善性は……もう、彼の中からは消えていた
【嘘なし豆知識】
〇天能【星】
天能臨界を前提とした天能。
原因は不明だが、出力が他の天能と比べて劣っている。
そのため戦闘能力は、せいぜい加護と概念使いの中間程度。
しかし、天能臨界が形を成さないという唯一無二の特異性を持つ。
臨界は【星の恩恵】
偶然と奇跡が重なり起きた、システムのバグ。
それを利用した、本来ではありえない自身の強化能力。
本来であれば低いはずの出力が、全て天能臨界並みに引き上げられる。
臨界発動中の戦闘能力は、間違いなく作中でも最強格。
局所的に星の巡りを操作し、星の上で起こる事象全てを支配する。
時間の操作、気象の変更、重力の支配など、出来ることは多岐にわたる。
また、雨森悠人が【偽善】で行っていた(と語っていた)ことはほぼ全てが代用可能。
面白ければ下の方から高評価よろしくお願いします!
作者がとても喜びます。




