2-1『隠れ蓑』
新章開幕です!
霧道走が退学して、一週間ほど経過した。
その間何事もなく……という訳にもいかないが、まぁ、大きな出来事もなかった。
あったとしても、数名、クラスメイトが校則違反をして罰金を食らっただとか、雨森がまた朝比奈さんを泣かしただとか、最近雨森の野郎が倉敷さんと仲良すぎるだとか。そんな程度だ。
「……はぁ」
「ん? どうした、ため息なんてついて」
ふと、爽やかな声が聞こえて前を向く。
そこにはここ最近、妙に話しかけてくるクラスメイト……烏丸冬至の姿があった。
パーマがかった茶髪に、白いカチューシャ。女子だったらひと目で惚れてしまいそうな整った容姿。どこぞの霧道が初日からやらかしたせいで埋もれていたが、本来、このクラスにおけるカーストの最上位に立つべきだった人物だ。
ま、あれから既に一週間。今や古き体制を塗り替えて烏丸たちがクラスカーストの頂点に立っている訳だが。……てか、なんでこいつ僕に話しかけてくんの。たまたま席が前だったからって気軽過ぎない?
「……いや、少し疲れがな」
「……あぁ、そゆこと」
そう言って、烏丸は前の方へと視線を向ける。
僕もつられて視線を向けると……うっわぁ、倉敷と朝比奈嬢が真面目な表情浮かべて話し合ってる。しかも朝比奈嬢の表情は真剣の一言に尽きる。なにやらメモもしている様子だし……嫌な予感が溢れてくるぜ。
「アレのことだろ? 雨森も損な役回りだよなー。運悪く強くない異能を引いて、運悪く馬鹿の居るクラスに配属されて。そんでもって運悪く朝比奈さんと同じクラスに配属された。……まぁ、最後のひとつに関していえば、先の二つがなければラッキーなんだろうけど」
「……まぁ、否定はしない」
肯定もしないがな。
そんな内情を知ってか知らずか、彼は少し『大きな』声でこんなことを言い放った。
「で、どうなのよ実際? クラスの二大美少女との関係は?」
その言葉に、目に見えて朝比奈の肩が震えた。
……この野郎、教室の端まで『何とか聞こえる』って程度の絶妙な大きさで言いやがった。見ろよ、さっきまで真剣な表情浮かべてた朝比奈嬢が赤い顔してチラチラこっち見始めてんぞ。恋する乙女かお前は。
「そうだな……。倉敷さんは知人以上、友人未満ってところか?」
「ん? それじゃあ朝比奈さんは……」
「は? 誰だそいつ。そんな奴居たっけ?」
言った途端に朝比奈が崩れ落ち、烏丸を始めとした数名が額に手を当て『Oh……』と悲しげな声を漏らした。
「お前……変わらないよな。本気で言ってるのか?」
「何を言っている烏丸冬至。僕はこれでもクラス全員の名前を上下ともに覚えている自信があるぞ。僕が覚えてないとしたら余程興味の欠片も無い奴だけだ」
「そ、そうよね……ええ、分かってたわよ朝比奈霞。私、ちょっと尋常じゃないってくらい雨森くんから嫌われているだけ……。そう、それだけなんだから……」
「ちょ、ちょっと朝比奈さん……っ! こら雨森くん! 一体何度言ったら朝比奈さんのこと認識してくれるのっ!」
遠くの方から二大美少女とやらの声が聞こえてくる。
が、もちろん無視。
真っ直ぐに烏丸へと視線を向けていると、彼は困ったように頬をかいた。
「……困ったな。俺、これでも嘘かホントかくらい見分けられる自信あったんだけど。お前を見てると自信なくすよ」
「そうか? 頑張れよ」
「ははは……、そんな無表情で言われてもな」
そうこうしているうちに、既に始業一分前。
倉敷が自分の席……つまるところ、僕の前の席である烏丸の隣へと戻ってくると、頬を膨らませて僕のことを睨んでくる。
「覚悟してよねっ! 絶対に朝比奈さんと仲良くしてもらうんだからっ!」
「いや、だから誰だその男は」
「女の子だよっ! せめて性別くらいは把握してあげてっ!」
倉敷のツッコミにクラスの数名が笑い出す。
その中には烏丸の姿もあり、彼は目元の涙を拭きながらこう言った。
「うん、やっぱり仲良いよな、お前ら!」
どこがだ、と心の中で言い返す。
☆☆☆
「なぁ、私とお前って仲良いのか?」
「少なくとも『委員長』とは仲良く見えるんじゃないか? お前とは知らん」
放課後。
三十万で一年間借りた『僕の』教室に我が物顔で居座る倉敷。
おいこら陸上部はどうした。そう言いかけて窓の外へと視線を向けると、なんとまぁ見事な土砂降り。これは部活も出来そうにない。
彼女は窓際の席で机の上に足を投げ出し、ピコピコとスマホゲームに勤しんでいる。
スカートの端から伸びる白い足が目に毒……なんて言うと思った? 残念ながら興味の欠片もありません。そりゃチラッとは見たけどね? だって男の子だもん。
「で、どうだ進捗は」
「あー、いいんじゃねぇか? とりあえず――
『私はなんとか雨森くんと仲直り出来たから、今度は朝比奈さんの協力するよっ! ちょっと難易度高めだけど……安心してねっ! 泥舟に乗ったつもりでドンと構えててよ!』
『……ふふっ、倉敷さん。そこは大船って言うところよ?』
『え? あ、あぁ、そうそう、大船! 大船に乗ったつもりでね!』
『ええ、分かったわ。ありがとう倉敷さん』
『んもうっ! 蛍でいいってば朝比奈さん!』
『そ、そう? なら私のことも――』
みたいなレベルまでは到達してるぜ」
うっはぁ……なんだその情景が目に浮かぶような会話。
何だこのコミュ力モンスターは……みたいな目で倉敷を見ていると、何を勘違いしたか、彼女はスカートを小さく摘んで意地悪そうに口元を歪めた。
「おっと、流石の無表情野郎も女子高生の生脚には釘付けか?」
「ん? あぁ、悪い。『なんだこの女子高生の皮を被った化け物は』としか見てなかった。ごめん」
「ぶっ殺すぞテメェ」
はっはっはー、お前に僕が殺せるかよ。百年修行して出直してこい。
そんな内心を吐露することなくテキトーな椅子を引っ張り出すと、机を挟んで倉敷の対面へと腰を下ろす。
「で、だ。本題に入ろう」
「……本題、か。つーことは、いよいよてめぇも動き出すのか?」
まぁ、そうなる……のかな。
表向きには今まで通り一切動くつもりは無いが、そろそろクラスメイトたちの『見定め』も終了したからな。
「倉敷。僕が集めると言っていた『仲間』、覚えているか?」
「『朝比奈の隣に立ち、クラスを牽引していける人物』と『雨森悠人の隠れ蓑』……この二つで問題は無いな?」
「あぁ、その通りだ」
これから先、表には朝比奈霞に立ってもらう。でもって、そのために必要な人員が二人いる。
一人は、朝比奈嬢の隣に立って一緒にクラスを牽引していける人材――倉敷蛍。
そしてもう一人は、僕の傀儡かつ隠れ蓑となる人物。言ってみれば、裏で糸を引いてるポジションの人材だ。
「誰かが、朝比奈の【裏】に誰かが居ると気がついた時。真っ先に、迷うことなく疑う存在。頭脳明晰で、強い異能を誇り、出来れば表舞台には出ていないような人物。加えて無口であればなお良し」
「あー、烏丸なんていいんじゃねぇかと思ったが……それならダメだな。アイツは表に出過ぎてる」
そう。もしも既に表には出ている奴が『朝比奈の裏で糸を引いていた!』と発覚しても、『なんでお前が自分でやらなかったんだ? 誰かの裏に立つ必要ないだろ』と疑惑が生まれる。
だからこそ、元々表とは無縁に位置する存在でなければならないのだ。
「ま、お前がそんな隠れ蓑作らず、堂々と裏で糸引けば一件落着なんだがな」
「うん、それは嫌だな」
能力的に無理な訳では無い。
むしろ、僕がその立場にそのまんま入るほうがよっぽどコトが上手く運ぶだろう。だが。
「隠れ蓑作っといた方が、自由に動ける」
極論をいえば、それだけの理由。
僕がその立場に入ってしまえば、少なからず『頭のいいヤツら』に認識される。そして、確実にマークされる。
そうなれば霧道を貶めた時のような簡易的な【証拠作り】は出来なくなるし……、なにより、僕が本気で対策を練らないといけない相手が出てきた時に、自由に動けないのでは話にならない。
「いや、お前は朝比奈のことが嫌いなだけだろ」
倉敷はそんなことをいうので。
僕は悲しそうな目を伏せ答える。
「酷いな、僕は朝比奈のこと大好きだぞ」
「……今までで一番嘘クセェな」
なんてことを言うんだい!
たとえ本当でも言っちゃいけないことがあるだろう! たとえ本当のことだとしてもな!
「まぁ、そっちは僕に任せてくれ。それらしい人材は既に見つけてる。あとはそいつと接触して、どんな奴か見極めるだけだ」
まぁ、それが一番難しいわけだし、内情を知って『やっぱりコイツはダメだ』となる可能性が一番高いんだが……。
けれど、この件に対して一切の妥協は許されない。
「……ま、倉敷は引き続き朝比奈の攻略を進めてくれ。上手くこっちで新しい仲間を作れたら、その時はそいつと朝比奈の関係も取り持って貰うからな」
そう言って彼女を見やる。
そこには真面目な表情で僕を見据える倉敷の姿。
一体どうした?
なにか不満でもあったのか。
そんな思考が脳裏を過り。
「おい雨森。その新しい仲間だけでいいのか?」
彼女の言葉に、少し驚いた。
「……つまり?」
「気付いたのは昨日なんだがよ。お前、変身の異能を使って霧道の偽造証拠を作ったんだろ? 私も最初はさして気にして無かったんだが……ふと、気がついて鳥肌が立ったぜ。だって、写真を撮ったのは私でも、お前でもないんだからよ」
……ああ、そこに気づかれたか。
霧道を退学においやれた。なら解決だ、次の問題に取り掛かろう――ではなく、過去の問題の違和感にすら目を向け、見落とすことなく追求してくる。
彼女は机の上へと両手をつくと、身を乗り出して僕を睨む。
「雨森、ひとつ聞かせろ」
かくして彼女の口から飛び出したのは、かつて彼女自身が否定した考え。
「――お前、私より先に誰を味方に取り込んだ?」
もちろん答えは『無回答』だ。
ヒントは『とても情報通』です。




