10-24『志善VS恋』
雲一つない快晴の日。
雨でも降っていれば戦いにも利用できるのだが、今日の天気は僕の敵らしい。
「さあ、さあ! 勝負です兄上! 今日こそはあなたを打倒し! 天守のNo.3が私であると全世界へと知らしめましょうぞ!」
「その数に父上が含まれていないのは……まあ、聞かない方がいいのかな」
ふんすーっ、と鼻息荒くやる気満々の恋ちゃん。
彼女の姿に苦笑していると、父上の雇っている執事が木刀を持ってくる。
「恋様。毎度のことですが、お怪我だけはしませんよう……」
「ありがとうでありますセバス! そして安心していいですよ、今日は勝つ故!!」
執事、セバスチャンは僕を一瞥する。
おおよそ『怪我させないでください』とかそういった意味なんだろう。
なんとなく、ぼんやりとは分かった。
「任せてよ。今日も安心安全に勝つから」
「きーーっ! その余裕も今日までであります兄上!!」
恋はそういうと、木刀を構える。
一年前の恋は、まだ身体能力で刀を振り回している、振り回されている、という雰囲気があった。まあ、ごり押ししてるのに、余りある才能で『上手く扱えている』ように見えていたのがおかしな話なんだけどさ。
しかし、今の恋からは以前のような荒々しさは感じない。
相対すればはっきりとわかる。
以前が轟々と落ちる滝だとすれば、今の彼女は揺らぎ一つない水面のよう。
簡単に言えば『無駄がなくなった』……とか、そんな感じかな。
日に日に成長し続ける身体能力。
それを十分に扱えるだけの運動センス。
加えてこの一年で学んだ、それらを制御する『技』。
ちらりと、横目に執事のセバスチャンを見る。
父上が子供の頃から天守に仕える白髪の老人。
他でもない……恋へと剣術を教えたのがこの人物だ。
聞くに、父上が子供のころから一切容姿が変わっていないらしいので、実はこの人、橘家の血筋なんじゃないかと最近は疑っている。というより、恋が剣術で勝てないっていう時点でたぶん間違いないと思ってる。
「……厄介なことするね、セバスさん」
「老い先短いこの命。尽きる前には恋様へと私の技術は伝え切る予定でございます」
まだ伝えきっていない状態でこんなに強いんかい……。
僕は思わず頬を引き攣らせ、恋へと視線を戻す。
「今日こそは――絶対に勝つ、であります!!」
湧き上がる闘気。
本来なら見えないソレが、恋の全身から立ち上っているように見えた。
それほどの気迫。間違いなく……恋は全力で僕を倒しに来る。
下手すれば殺す勢いで襲ってくるかもしれない。
『兄上であれば死なないでしょう!』……とか。
彼女の目がそう語っているような気がして、僕はため息を漏らす。
「分かったよ。僕も全力で……お前を叩き潰す」
僕がそう答えた――その瞬間。
試合開始の合図なんてなく。
答えと同時に恋が大地を蹴り、僕へと迫った。
天守恋。
天能名は【斬】
無色透明な刃を飛ばして対象を切断する天能。
正直、まともに戦えば勝ち目が見えないほど反則的な能力だと思う。
しかし、強い能力である反面、扱いも非常に難しい。
おそらく、今の恋が扱えるのは全力の二割程度だろう。
それ以上の出力となると、彼女自身の技量不足で扱えないはずだ。
……まあ、二割で『これ』と考えると頭が痛くなってくるし、そのうち視認不可能、回避不可能、そのうえ防御不可能とか……そういった異次元に到達しそうで恐ろしくなる。
けど、未来は未来、今は今だ。
出力二割でしか戦えない恋が相手なら、僕でも勝機は見えてくる。
僕は拳を握り締め、僕もまた駆け出す。
「『共鳴開始』」
呟くと同時に、僕の体が一気に加速する。
僕は彼女へと拳を振るうが、僕の拳は彼女の木刀で受け止められる。
開始地点のちょうど中心。
僕の拳と、恋の一刀。
真正面から激突した衝撃が庭に響き渡り、縁側で見学していた優人が顔を顰める。
「ぬう……威力は互角ですか!」
「さんざんドーピングさせてもらって、ようやく互角だね」
ドーピング、と言うより環境利用が近いのだけれど。
僕はあらゆる自然現象を操れるよう訓練してきた。
重力、酸素、そういった目に見えない物から、雨や雪など目に見える気象まで。
広く深く、それらの事象を操るにつれて……僕は新しい能力の使い方を知った。
それこそが、『適用範囲』を制限しての、天能行使だ。
「空気を削って抵抗を減らし、重力を削って速度を上げる。その上、削った空気や重力はそのまま相手へと押し付ける。……自分の強化と相手の弱体化。あいかわらずえげつないですな!!」
「……説明したことないはず、なんだけどなぁ」
恋の言う通り、行動の阻害となる環境を僕は削る。
そして削った分は相手の環境として押し付ける。
重力を削った分だけ相手の体は重くなるし。
空気を削った分だけ相手の空気抵抗は強くなる。
もとより、僕の天能は彼らと比べて出力が低い。
同じ気象一つを取っても、やっぱり僕の力では弥人の出力には及ばなかった。
だからこその、小手先。
同じ土俵で戦えないのなら、少しでも相手を僕の土俵へと引きずり込む。
でも、この『共鳴開始』は、必要最低限の下地を作る技でしかない。
下地は下地。天能を使っての本番はこっから先だ。
「ふッ!」
体へと雷を流し、無理やりに細胞を活性化。
かなり痛いが、実験に比べたら屁でもない。
さらに数段階上がった速度のまま、恋へと正拳突きを繰り出す。
本来なら、恋はその速度でも対応するだろう。
だから、僕は雷の使用と同時に恋へと重力を使っていた。
彼女は咄嗟に木刀を動かすが、その木刀が信じられない程重い。
『範囲指定行使・重力100倍』
恋は腕に青筋を浮かべ、無理やり木刀を振り上げた。
「ふん……なぁッ!」
正直、幾ら木刀の重力を100倍にしたところで、恋なら振るえる。
実際、思いっきり力んではいるものの使えてるしね。
だから、恋が思いっきり力を込めたその瞬間。
僕は逆に、恋の木刀から重力を消した。
「……っ!?」
超重力から、超軽量へ。
一切の予備動作なしの超変化。
思いっきり力を込めていた恋は、当然狙いを見誤る。
彼女の振り下ろした刀は僕の鼻先数センチの場所を通り過ぎ、恋は頬を引き攣らせた。
「狙いが悪いね」
「せっ、性格が悪いであります!!」
僕は一切速度を落とさないまま、正拳突きを彼女へぶち込む。
咄嗟に木刀で防御したみたいだけど、恋は勢いそのまま数メートル吹き飛んでいく。
「志善様……」
「あっ、ごめんなさいセバスさん! 普通に殴っちゃった……」
そういえば怪我させないで、って念押しされてたんだった。
セバスさんが難しい顔で僕を睨んでいたので、僕は素直に謝った。
――その瞬間。
僕が彼へと視線を向けたそのタイミングで、恋の方から音がした。
「隙ありであります!!」
見れば、満面の笑みを浮かべた恋が襲い掛かってきてる。
さっきの音は恋が地面を蹴った音かな。
彼女は思いっきり木刀を振り下ろしていて、その勢いは間違いなく本気のソレだ。
当たったら頭砕けちゃうよ……。
そんなことを思いながら、僕は指を鳴らす。
「範囲指定――木刀。『自然に戻れ』」
その瞬間、時が逆行する。
「んなっ!? ま、またこれでありますか!!」
恋が察してそう叫ぶ。
【自然に戻す】
それは僕が一年前から練習してきた、一種の『反則』。
銃に使えば部品に戻り、木刀に使えば樹木へ戻る。
……と、そんなイメージだったんだけど、この力は扱いが難しくてね。
加えて僕の激弱天能出力だ。まともに扱うってなると規模がとても小さくなった。
だから、その小さい規模で扱うコツを身に付けた。
今回、僕は『木刀が振り下ろされる』ことを指定して、天能を行使した。
そうすれば『自然な状態』とは『木刀を振りかぶった状態』だと判断できる。
というわけで、ここまで条件指定してやるとあとは簡単。
振り下ろされた木刀が、振りかぶった状態へと逆行する。
「同じ言葉を返すようだけど。隙あり、だね」
「……っ!!?」
彼女は、振り下ろした状態から振りかぶった状態へと逆行する。
ただ当然、彼女自身の体は自由だ。自然に戻す範囲の適用外だからね。
だから、恋は木刀さえ離してしまえば好きに動ける。
でも、そうはいかない。
負けず嫌いな恋は、咄嗟に『力で抗う』選択肢を取る。
家族のことはよく見てきたから、恋のことも手に取るようによく分かるんだ。
「ぐぬぬ……っ!!」
歯を食いしばり、天能に筋肉で抵抗する恋。
そんな彼女が目を見開くと、ここに来て天能の刃を飛ばしてきた。
無色透明。目を凝らしてうっすらと見えるって程度の不可視加減。
加えて速度も一年前から跳ね上がってる。
初見だったら躱せなかったかもしれないけれど……。
「ほっ」
いくら見えづらくても、僕には空気の流れが読めている。
飛んできた五つの刃を軽くかわすと、大地に深い斬撃痕が刻まれる。
それを見て目を見開く恋。
僕は彼女のほっぺたをむぎゅっと握ると、固まる彼女へ言葉をかける。
「はい、僕の勝ち」
そう言うと、恋は思いっきり頬を膨らませようとする。
けど僕が頬っぺた握ってるので、口から空気が出てくるだけだった。




