10-23『それぞれの想い』
書籍、第2巻発売決定!!
皆の者! 星奈さんが出るぞォォォォォ!!
天守周旋と、橘一成。
彼らの戦いは、橘一成の勝利で幕を閉ざした。
終わってみれば、圧倒的な格の差を見せつける形での勝利だった。
僕は、あの戦いを振り返る。
最後、天能臨界を発動しようとした父上。
……しかし、傍から見てもわかるほど。
父上はその技を使い慣れてはいなかった。
その理由は分からない。
どうして彼ともあろう人物が、殺しの技を練習しなかったのか。
……いや、違う。考えたそばから違和感があった。
練習しなかったわけではないのだろう。
きっと彼は、血の滲むような努力を経てあの境地にたどり着いた。
何か目的があって、火傷するほどの情熱を以て努力を重ねた。
……ただ、せっかく完成させたその力を、ずっと長い間使ってこなかった。
訓練不足、というより、使い方を忘れた。といった印象を強く感じた。
「……どうして」
ふと思った。彼は何のためにあれほどの力を身に付けたのか。
そして、何故その力を振るう機会がなくなったのか。
一体、かつての彼が抱いていた『戦う理由』とは何だったのか。
……少し考えたけど、知らないものは分からない。
頭の悪い僕では、どれだけ考えたって真相にはたどり着けない。
だから頭を振って思考を追い出し、変な疑問を振り払う。
閑話休題、ってやつだ。
発動できれば、おおよそ最強であろう、父上の【臨界】。
しかし長らく使ってこなかった技術を引っ張り出すには、相応の時間がかかる。
それが、勝負の結果に直結した。
全力を出した橘一成。
それは、言ってみれば【反則】だった。
規格外? 怪物、化け物、イレギュラー。
どれだけ言葉を重ねたって追いつけない極点。
正直、あの場に居たほとんどが、橘一成が何をしたのか分かってなかった。
僕も、優人も、月姫も克也も……おそらく、弥人でさえ。
一成さんが動き始めて。
なにがなんだか分からない内に、勝負は決まっていた。
覚えているのは、何点かだけ。
一成さんの掌から、煌めく銀色の何かが放出されて。
父上は反応することも出来ず意識を失い。
……そして勝負が決まり、父上が倒れた直後。
一成さんが、かつてないほど焦った様子で父上へと駆け寄っていた点だ。
『ま、まずい……ッ! 大丈夫かい周旋!?』
当時、一成さんの声を聞いた時は『誤って本当に殺してしまった』と言われても信じてしまいそうだったが、結果からして父上は命に別状はない。
……まあ、それでも1分程度は心肺停止していたらしいが、例の研究者、八雲の助手が注射を打ち込んだところ、すぐに呼吸も元へと戻っていった。
それに対して一成さんが顔を顰めて何か言いたげな様子だったが、結局彼がその先を言うようなことはなく、父上の意識が目覚めぬうちに今回の神人試合は幕を閉ざした。
「……すごかった、なぁ」
素直に思った。
尊敬できるかどうかは別としても。
天守周旋と、橘一成。
二人の戦いに、僕は感動を覚えていた。
僕みたいな凡人でも。
努力すれば……あれくらい強くなれるだろうか?
一、二年では難しいかもしれないけれど……もっと、時間があれば。
十年とか、二十年とか。
……それだけ時間があれば、僕だって。
「けほっ……」
僕は軽く咳き込み、口元を拭う。
拭った掌を見下ろし、苦笑する。
「……もっと、頑張らないとね」
僕が被検体として実験を完遂する。
その目的のために駆けてきた。
でも、今はそれだけじゃなくなっている。
もっと生きていたい。
彼らの隣で笑っていたい。
そのために、もっと頑張らないと。
彼らの隣に相応しいよう。
もっと、ずっと。
「僕は強くなる。いや、強くならなくちゃいけない」
新たに目的を掲げ、僕は天守家の庭に出る。
数時間前まで、あの戦いが続いていた場所。
僕には立つ権利さえなかった聖域に立ち。
ゆっくりと、瞼を閉ざして息を吐く。
……自然の先。
橘一成の戦いを見て、僕はその考え方が間違っていないように思えた。
力の使い方は、もっと自由でいい。
『どうしてその結果が引き出せるのか』
それに関してはもう考えない。
『力は引き出せるものだ』
と、最初から仮定して動く。
信じてやれば、天能は応えてくれる。
「自然の、もっと先へ」
自然と言えば、自然現象ばかりが頭に浮かんだ。
実際、最初に操ったのが雨だったから、その方向に引きずられていた。
けど、違ったんだ。
自然を操る。
なら、発想はもっと自由でいい。
『妻を蘇らせること』
天守周旋の願い。
それが間違っているかどうかは分からない。それは僕の考えることじゃないだろうから。
今注目すべきは、父上は僕の天能を聞いた瞬間、不可能ではないと口にしたことだ。
目の前には、優人から借りてきた銃がある。
僕は銃を右手で握り締め。
生まれて初めて、世界に触れる。
「『自然に戻れ』」
☆☆☆
神人試合、翌日。
僕は、夜中に屋敷の外へやってきていた。
天守周旋と、橘一成。
二人の戦いを見て多くを学んだ。
……学んだつもりだ。
少なくとも、何か掴んだ気がした。
今日はそれを確かめるためにここに来た。
「いきなりどうしたのさ優人。夜は寝ないと肌に悪いんだよ?」
「……なんでお前がついてきている」
問題は、邪魔な兄がついてきたことくらいだろうか。
天守弥人。
何でもできる完璧超人。
ただし憧れてはいない。そんな相手だ。
「なんで、って。そりゃ愛しい弟が深刻な顔して家を飛び出していったわけでしょ? それもこんな真夜中に。心配してついていくのは当たり前。僕はお兄ちゃんしたまでだよ」
「気持ち悪いな」
僕はそう吐き捨てると、空を見上げる。
雲一つない夜空には、無数の星が浮かんでいる。
それらを眺めていると……ふっと、本音が口からこぼれた。
「昨日、なんとなく察した。志善は僕を超えるだろう」
僕の言葉に、弥人は驚きを返さない。
木の幹に背を預け、頭の後ろで手を組んだまま。
なんの変化もなく、僕を見ていた。
「ふーん。まあ、悠人が強くなるのは間違いないよ。僕が約束する」
「だろうな。僕だって母さんに誓えるさ。あれは化ける」
志善悠人は、天才ではない。
天守の血を移植されたことで身体能力も底上げされている様子だし、数点、目を見張るような能力もあったりするが、基本的には秀才どまり。天守としては認められない才能だろう。
……まあ、それは僕も同じ、だけどな。
ただ、それでも志善悠人には天守優人とは異なる部分がある。
「まあ、天能を扱うには頭が柔らかい方がいいからね」
「……なんだ。やっぱり分かってたのか」
志善悠人の持つ才能。
それは、俗に言われる『頭の柔らかさ』だ。
橘一成の言う『自由に生きる』と言うのがまさにそれ。
既成概念にとらわれず、発想力でどこまでも駆けていく。
……結論から言えば、天守優人にはそれが出来ない。
「まあ、優人って父上と似て石頭だからねぇ……」
「……認めたくはないけどな」
認めたくはない……が、認めざるを得ない。
僕は、父さんによく似ている。
弥人や恋が、だいぶ母さんに似て育ったのに対し。
僕は、憎らしくなるほど天守周旋に染まっている。
違いと言えば、僕はあそこまで無表情じゃないし、目も死んでない。
あんな腐り果てた死んだ魚みたいな目はしてない……はずだ。たぶん。
「橘一成の発想をすぐに飲み込み、使えた志善」
それに対し、僕はどうだったか。
「頑固で石頭。堅苦しく練習通りにしか動けない僕」
僕は、その場その場でそこまで多様には動けない。
あの咄嗟に、一成さんの発想を使おうとは思えない。
その面で、志善は橘一成によく似ていて。
僕は、天守周旋によく似ている。
あの戦いの結果からも分かる通り。
近い将来……僕は、志善悠人に負けるだろう。
僕は弥人を見る。
彼は僕の姿を見下ろして……心底あきれ果てたように笑っていた。
「……で? 本音はそうじゃないんでしょ?」
ふと、問いかけられたその言葉に。
僕は少し固まって。
されど、答えは考える間もなく飛び出してきた。
「――ああ、楽しくってしょうがない」
僕は笑った。
久しぶりに、満面の笑みだったと思う。
あの弥人が苦笑するほど、僕は感情を表に出していた。
この場に来たのだって、この感情をあまり見せたくなかったから。
この僕が、あの志善悠人に敗北する。
本能で察した将来の絵図。
決して覆せないであろう未来の決定。
なら僕は、その決定に異議を唱える。
天守の本能? クソくらえってんだ。
そもそも僕は、天守失格の落第生。
そんな落ちこぼれが、今更天守の本能なんて信じるかよ。
僕は負けない。
どれだけ才能が欠如していようと。
どれだけ実力が離れようとも。
天守優人は天守優人の道を征き。
正々堂々、アイツら相手に勝利して見せる。
「他人が『十』努力するなら、僕は『百』頑張ってやる。どんな強敵もどんな格上も、みんなまとめてぶっ潰し、僕が上だと笑ってやるさ。努力不足だってな」
「落ち込んでるかと思ったら……やっぱり、その真逆じゃないか」
そう言いつつ、弥人は嬉しそうに笑っていた。
彼は木の幹から体を離すと、僕に一歩踏み出した。
「ねえ優人。それ、相手には僕も含まれてるわけだよね」
「当たり前だ。言ったろ。物心ついた頃から……最後に倒す相手は決めている」
僕はそう言って、右手に銃を生み出した。
向ける相手は、目の前の優男。
なにからなにまで自分に勝る最強の敵。
僕の最終目標は、いつだって僕の目の前に居た。
「天守弥人。お前を倒すことが、僕にとっての終幕だ」
彼は僕の言葉を正面から受け、嬉しそうに笑った。
「うん、ずっと前から知ってるよ。……なんだったら、今からやるかい?」
「鈍いな弥人。銃口を向けているんだ……ここで倒すに決まってるだろ」
僕の回答に、弥人は銀翼を広げた。
兄として?
正義の味方として?
いいや関係ない。
僕が挑むのは、天守弥人という最強だ。
「まだ早いって分からせようか」
「ほざけ天才。思い立ったが吉日だ」
そして、僕は構えた銃を発砲する。
届かなくとも。
どれだけ遠く離れていようとも。
僕は諦めない。絶望なんてしない。
弟は、いつだって兄の背中を追うものだ。
僕の生きるこの世界では……誰が何と言おうと、この男こそが最強なんだ。
僕は、今日、初めて。
本気で勝つつもりで、この【世界】へと挑戦した。
☆☆☆
そして、神人試合から一年。
特に何事もなく、僕らの日常は流れて行った。
「ご馳走様」
朝食の時間。
一成さんにぼろ負けしてから、随分と少食になった父上が一番最初に食堂を出ていった。
その背を見送って……完全に気配が消えてから、僕はその場にいた三人に向かって声をかける。
「ねぇちょっと。父上……香水の匂い強くない?」
「……もういい歳なんだ。察してやれ」
「察してやれ? 何を察したらいいのさ優人」
黙って朝食を食べていた優人が言う。
僕は不思議に思って問い返すと、僕の隣にいた恋が元気よく声を上げた。
「それはもう加齢臭、というものでしょう! 父上もそろそろ30近いのでは? 詳しい年齢は正直興味が無いので覚えておりませんが! そろそろ香ばしい臭いが香ってきてもおかしくない時分であります!」
「恋ちゃん? そんな大声出したら父上に聞こえ……ほら! ちょっと食堂のドア空いてるよ! 絶対父上、恋の声聞いて戻ってきてるって! 聞こえちゃうよ!」
恋の大声に弥人が焦る。
弥人の声に食堂の出入口へと視線を向けると……本当だ。うっすらと扉が開いている。その奥から死んだ魚のような、まるで濁ったビー玉のような瞳が見えて、あ、聞こえてたんだと察する。
「加齢臭ではない。趣味だ」
「あ、あはは……ごめんなさい父上」
父上はそう言い残すと、力強く扉を閉めて行った。
「れ、恋! 声が大きすぎるって! 聞こえちゃったじゃん!」
「申し訳ありませんが兄上、事実でしょう! なんか最近、父上は少々臭い時があります!」
「恋ちゃん!?」
僕がこの家に来て一年と半年。
恋も成長し、今では舌ったらずの口調も治っている。
ただし内面は待ってく成長しておらず、今でも我儘な暴れん坊だ。
そしてあの一件以来、恋と父上の仲はとても険悪になっている。
というより、恋が一方的に嫌っているわけだが。
それによって、父上は心に深刻なダメージを負っていた。
『ぐっ、何故だ……』
『父上が僕たちを騙したからですよ。はやく恋に謝った方が……』
『ならん。私は選択を誤ってはいない』
『相変わらず頑固だなぁ……』
とは、廊下を歩いていて聞こえた、父上と弥人の会話。
最近では顔色もさらに悪くなり、たぶん小食になったのも恋に嫌われたせいだろう。
こんなに娘が好きなのに、何故大切にできないんだろうか……?
まあ、父上が頑固すぎる、っていうのが一番の理由な気がするが。
せめて、父上を叱れるような誰かが居れば、また違ったのかもしれないけどね。
まあ、居ない人のことを言ってもしょうがない。
僕は朝食を食べ終わると、食器を片付けて三兄妹へと声をかける。
「じゃ、僕はさっそく修行始めるよ。学校休みだし」
「ぬ! 今日は開校記念日でしたか! であれば兄上、私とぜひ戦いましょう!」
一番最初に返事をしたのは恋だった。
強くなると決意してから……もう一年。
あれから色々と鍛えてきた結果。
少々、僕の力は反則味を帯びていた。
「やめとけ恋。こんな狭い屋敷内で……また負けるぞ」
「シャラップ兄上! 三度目の正直と言いましょう! 私は負けん!!」
「もう五回くらい連続して負けてるけどな」
優人の言葉をガン無視して、恋は訓練場へと走り出す。
……のはいいけれど、まだ朝食が残ってるな。
僕は恋の方まで移動すると、その手首を握って止めた。
「その前に朝食を食べちゃいなさい。残したら料理長に失礼でしょ」
「……っ!? わ、分かったであります……」
走り出しを止められたことに驚く恋と。
呆れたようにため息を漏らす優人。
彼は恋が朝食を再開したのを一瞥し、僕へと言った。
「お前の力……それ、もう『加護』じゃないんじゃないのか?」
一成さんが言った言葉。
彼らの天能が【概念】を扱うものだとすれば。
僕の力はせいぜいが【加護】である……だったか。
「どうだろうね……あれも一成さんの感覚だから」
でも。
僕はそう言葉を重ねて、優人に言った。
「今なら、優人にだって勝てるかもしれないよ?」
そう答える僕を見て、優人は少し驚いた様子だったけれど。
少しして、コーヒーの入ったマグカップに口をつけた。
「……試してみるか?」
静かに問われた言葉。
思わず緊張に喉が鳴る。
……優人とは、今まで一度として戦ったことはない。
僕の憧れ、僕が追い付くべき背中。
果たして、どれだけ差は縮まったのだろうか。
ふと思った。
……けど、踏み出す勇気はなかった。
「い、いや! まだやめとく!」
僕はそう言って、訓練場の方へと走り出す。
彼と戦い、負けるならいい。
けど万が一、僕が勝つようなことがあれば。
……僕が抱いていた憧れまで壊れてしまいそうな気がして。
どうしても、彼と戦う勇気が持てずに……今まで先延ばしにしてきた。
「……でも」
僕はしばらく走ってから、振り返る。
今も食堂では、優人が朝食を食べている。
分かっている。
知ってるんだ、優人は僕と戦いたがっている。
彼は僕がああいっても、絶対に拒否をしない。
僕が戦おうと言えば、いつだって戦ってくれる。
だから、時々考えるんだ。
もしも、万が一……だけれど。
勝たなくちゃいけない。
そういう場面が、訪れてしまったら。
その『先』のことなんて、なにも考えなくてもいいのなら。
「その時は、優人」
……ああ、やっぱり。
僕は、君と戦ってみたい。
ーーそして、物語は終局へ歩き出す。
次回【志善VS恋】
☆☆☆
……と、優人も悠人もそれぞれの想いを語ってましたので、ついでに作者も想いを語ろうかと思います。
「なんと書籍版、第2巻が発売決定しました!!」
第1巻はメインヒロインが未参加(!?)という前代未聞の問題作でしたが、今回はご安心を! 第2巻ではついにメインヒロインが参戦する予定です!
そして当然、メインヒロインが出てくるということは、第2巻からは本格的にB組が絡んでくるわけです。
B組の覇王や、愛に狂った金髪ギャル。
初登場時は印象最悪だったのに、いつの間にか朝比奈嬢より人気かもしれないあの二人も……もしかしたら登場するかもしれません!
書籍第2巻、発売日は7/25となっております!
また詳しい情報はちょこちょこ発信していきますので、ぜひお楽しみに!
以上、速報でした!




