10-16『悪癖』
『【該当者:天守弥人。対戦内容:あっち向いてホイ、五回勝負】』
突如として、その異形は語りだす。
『【ルール選定:合図は、15秒毎に下される。そのタイミングに合わせてあっち向いてホイを行うものとする】』
『【ルール再訂:当競技においては、橘克也が『指を振る』役、天守弥人が『顔を振る』役と命じる。該当者のいずれかが指定のタイミングで当ルールに従わなかった場合は無条件で敗北とし、勝者へと相応の報酬が支払われることとなる】』
『【ルール再訂:勝者への相応の報酬について。あっち向いてホイで勝利したものは、その回数に応じた強度の身体強化と、相応階位の天能を新たに獲得することができる。また、仮に全てのあっち向いてホイで勝利した場合、勝者を無敵にする】』
『【ルール再訂:あっち向いてホイにおける違反について。当競技は純粋な運で勝負すること。これに反した者は無条件で敗北とし、違反内容に応じてペナルティを課すものとする】』
『【ルール再訂:本対戦における強化・弱体化状態は、五回戦が終わり最終的な結果が確立した後、5分後にすべて消失するものとする。その時点で該当者:橘克也が続行を望む場合は、再度一回戦からあっち向いてホイを行うものとする】……ッてェ感じでどーよ!』
あまりにも荒唐無稽。
というより、あっち向いてホイとかいう単語のなんという異質さ。
未知の異形に、一成さんすら倒したという橘克也。
得体のしれない二人組――から出てきた言葉は『あっち向いてホイ』ときた。
「……もしかして馬鹿にしてる?」
「残念ながら。大マジですよ、志善さま」
隣から橘月姫の声が聞こえる。
反論することなく黙っていると、彼女は続きを語りだす。
「今から、とっても頭の悪い話をしますので、先に言っておきますね」
逆に頭のいい話をされても僕じゃわからない気がするけれど。
そう思いながらも、彼女の言葉を黙って聞いた。
「橘克也。天能名は、自称【皇制執行官】。あの天能が行うことは至ってシンプル。果てなく平等の下に平等な勝負を強制すること。それだけです」
……いや、聞くつもりだった。
けど、しょっぱなから疑問が溢れてしまう。
「えっ、それ何が強いの?」
「弱いですよ、間違いなく。現に、父上は克也の天能を試すために彼の土俵で戦い、敗れましたが、普通に戦えば今の私でも克也に勝てます。天守優人様、恋様でも平然と勝つでしょうね。貴方は知りませんが」
「一言余計だな年増」
僕の言葉に彼女の額へと青筋が浮かぶ。
その直後、彼女の姿が一瞬で掻き消えた。
気が付けば橘月姫は僕の首へと腕を回し、ミシミシと首を絞めている。
お、おのれ反則め! どんな能力か知らないけど瞬間移動は狡いぞ貴様ぁ!
首から嫌な音はするし、柔らかいし、なんかいい匂いするし、顔近いし……。
うん、なんにもいいことないな! はなれてくれませんかね!
そう思いながら彼女の腕をぺしぺし叩く。ギブアップです。
「……まあいいでしょう。ですが、そんな弱い能力でも克也は父上を一度倒している」
「……なるほど。先ほどあの異形が言っていた【回数相応の強化】というやつか」
その言葉に優人が口を開く。
彼の考えに月姫はご満悦の様子。どうやら正解らしい。
月姫はふんすーと鼻息を漏らし、その様子に苦笑しながら一成さんが言う。
「というより、最後の【五段階目】がぶっ飛んでるんだよねぇ……」
「五段階目……全部勝った場合の『無敵にする』とかいうやつですか」
「そ。本来なら絶対にありえない五連続勝利報酬、ってやつさ」
僕は頭がとても悪い。
が、あっち向いてホイで五連続勝利することの難しさはなんとなくわかる。
「25%……1/4の確率」
「二連続で1/16、三連続で1/64、四連続で1/256……」
「そ。五連続だと1/1024にまで落ちるわけさ」
「確率にして0.09765625%か。まず実現不可能な数値だな」
頭のいい人たちがなんか言ってる。
僕は九割以上分かっていなかったが、とりあえず頷いておいた。
そんな僕を橘月姫が可哀想なものを見る目で見ていたので、ちょっとイラっとした。
やっぱりこいつ嫌いだ!!
「ようは、ソシャゲの最高レアのすり抜け一点狙い。ガチャ単発一回で見事それを引き当てるくらいの豪運が必要なわけさ」
「ちょっと何言ってるか分かりませんが……ようは、実質不可能なのでは?」
一成さんに優人が問う。
彼の疑問はこの場に居る誰もが同意見だろう。
遠くから聞き耳を立てている弥人も勢い良く頷いている。
だが、それでも。
橘一成は一切揺るがず、その事実を口にした。
「不可能を可能にしてしまう豪運。それが、神が克也に与えた唯一の才能さ」
武の才能でもなく。
智の才能でもなく。
技の才能でもなく。
ただの運だけで、あの少年はこの舞台に立っている。
あまりにもあっけない結論に、僕は言葉が出てこなかった。
「そ、れは――」
「皇制執行官は、平等な勝負を強制する。である以上、克也の豪運は誰にも破れない。まず負けることが無い。負けることが無いのであれば……橘克也を倒す方法は一つだけ。最終強化段階までたどり着く前の75秒間の内に倒す。それだけさ」
一成さんは、弥人に聞こえる声量で言った。
敵に塩を送る……どころの騒ぎではない。
自分の息子の弱点をそのまま伝えているのだ。
橘克也に至っては『殺すぞクソ爺』とでも言わんばかりの目で睨んできているし、父上も『舐めているのはどっちだ』と言わんばかりに目を細めている。
しかし、その中で真逆の反応を示す者が1人。
そう、天守優人だった。
「……はぁ。一成さん」
ため息ひとつ、彼は本当に呆れた様子で一成さんの名を呼んだ。
それに対して、一成さんはまるでいたずら小僧のように笑うのだった。
「悪いね優人くん。あの子なら……正義の味方なら、弱いものいじめはしないだろうと思って策を弄させて貰ったよ」
その言葉を聞いて、大きく目を見開く。
そうか……そういう理由だったのか。
僕が抱いた嫌な予感。
それは、天守弥人はどこまでも正義の味方だということ。
弱い者は守るべき対象。
間違っても、戦うべき相手では無い。
であれば、天守弥人の選択肢は一つだけ。
「……なるほど! じゃあ、5回目まで待つことにするよ!」
そう、あの男なら確実に『待つ』。
相手が弱者である限り、戦えない。
ならば、強者となってから思う存分に戦えばいい。
ーーとか。弥人の考えとしてはそんな感じだろう。
「や、弥人! ま、まずいよ! その人一成さんに勝ってーー」
「大丈夫だって、悠人。正義の味方は負けないものさ!」
なんの根拠もなく。
しかし自信満々に彼は言う。
どこをどう考えたらそういう結論になるのか。
全く分からなかったけれど、言い返そうとする僕の肩へと優人が手を乗せた。
「やめておけ志善。ああなったら弥人はてこでも動かん」
「で、でもーー」
「なんでもだ。あの男はそういう病気なんだよ。……痛い目見れば目も覚める。なら、今回はいい機会だ」
優人を振り返る。
そして、彼の笑顔を見てビクッとした。
「弟に散々言っておきながら、舐めプして無様に負ける兄。それが本当になれば、みっともないにも程がある」
彼の言葉に思わず頬が引き攣る。
遠くで弥人が背筋を震わせ。
橘月姫は口元に手を当てて笑っている。
……でも、たしかに。
負けるというのなら、最高に格好悪いと思う。
優人の言う通りだった。
……だからこそ、優人の言葉を聞いて。
なぜだか、弥人が勝つような気がした。
天守弥人は、正義の味方だ。
どんなに継ぎ接ぎでも、どれだけ苦しくとも。
常にそうあるべしと歩く男だ。
であれば、格好悪い真似なんてまず出来ない。
五回目まで待った上で負けるとか、まず有り得ない。
そんな最高に格好悪い真似、あの男がするはずもない。
「ふむ。……まぁいい。お前が勝つのであれば、な」
「当たり前でしょう父上! 変身シーンの間に攻撃するヒーローがどこに居ますか! それに、待ったからと負けるようではヒーローでは無いでしょう」
そう言って、弥人は宣言する。
「ーー僕は、当然のように勝利する」
対するは、橘克也。
彼は弥人を眺め、目を細めていた。
「……眩しいな、お前は」
「髪の色なら君の方が眩しいぜ、カッツー!」
そんな言葉を返す弥人。
それに橘克也は、瞼を閉ざしてため息ひとつ。
ややあって、瞼を開いた彼は。
どこまでも冷たい光を、その瞳に宿していた。
「ーーその自信ごと粉砕する。勝つのは私だ」
その瞳に、背筋が凍った。
強くなんて見えないのに。
まるで努力なんて見えないのに。
成長を嫌い、研鑽を嫌う。
怠惰の上を歩き続ける少年に。
僕は今、恐怖を感じた。
根拠の無い断言。
当たり前のように自分が勝つという自負。
一縷の揺るぎもない、確固たる自信。
それがたとえハッタリであったにしても。
そこまで突き詰められた『自信』は、時として殺意にも優る威圧となる。そう、今初めて身に染みた。
思わず喉を鳴らす。
そんな僕の緊張をよそに、試合は始まっていた。
一回戦、橘克也の勝利。
手にした力は【回復能力】
二回戦、橘克也の勝利。
手にした力は【念動力】
三回戦、橘克也の勝利。
手にした力は【瞬間移動】
四回戦、橘克也の勝利。
手にした力は【身体強化】
そしてーー五回戦。
75秒にも亘る、幼稚な戦い。
子供二人による、一切の暴力なき遊戯。
その決着は。
当たり前のように、橘克也の勝利に終わる。
五回戦ーー橘克也の勝利。
『【最終結果:橘克也の五連勝】』
『【よって、規定に則り橘克也を無敵にする】』
執行官が語り出す。
彼は自分の仮面へと手を伸ばす。
カチャリと。
外れた仮面は地面に落ちて。
現れた彼の顔にはーー底なしの【闇】が渦巻いていた。
『【橘克也。この一時、貴殿を神と認めよう】』
【嘘なし豆知識】
○橘家の闇
桁違いの年数を生きる橘。
代々当主は50~60歳前後でその座を退き、橘の別荘へと移り住む。
人生において一線を退いた後の方が長い彼らは、基本的には慢性的な暇であった。
隠居している以上、橘の進退にも関わることができず、下手に尋常ならざる力を持っているため外出も制限されている。当主の頃に死ぬほどの多忙を味わっていたせいもあって、彼らの暇の度合いは天元突破していた。
そんなある日、橘の5代目当主の橘桜がこんなことを言い出す。
「こんな場所に閉じ込められておっては時代の流れに取り残されてしまうのじゃ! おい、最近巷で流行っているもの、片っ端から送ってくるのじゃ!!」
そうしてご隠居の橘たちは現代の【流行】に触れることになる。
その中の一つとして、現代のゲームが混じっていたのは当然だった。
ソシャゲから家庭用ゲーム、据え置き機まで。
具体的に言うと原☆神からモ○ハン、エイぺ○クスまで。
ありとあらゆるゲームにどっぷりとつかったご隠居達。
現代の娯楽が所狭しと溢れ、流行の若者言葉が飛び交う魔境。
そんな中、一般家庭から嫁いできた一成の奥さんがご隠居達から人気を博し、まるで孫のようにかわいがられ、ありとあらゆる暇つぶしに付き合わされることになる。
そのせいで、真面目な一成も連鎖的にゲーム知識だけは豊富になってしまった様子。
また、皇制執行官を気味悪がられていた克也も、5代目当主が「こ、こやつ……ガチャ運も神なのでは!?」と言い始めたのが運の尽き、【神引きのカッツー】と呼ばれ崇め奉られていた。
克也が橘家を家出したのも、八割がそのせい。
「あんな死体が彷徨う家など居てたまるか」とは彼の言。
残りの二割が一成に怒られたせい。
「努力してたまるか、私は働かんぞ」と彼は言い残し去っていった。
ちなみに。
橘家、ご隠居の総課金額は国家予算にも届くらしい。




