10-15『橘克也』
「へぶしっ!?」
神人試合、第一回戦。
天守恋VS橘月姫。
その勝負はあっという間に決着した。
優人と弥人は頭に手を当ててため息を漏らし、恋は白目を剥いて倒れている。
対する橘月姫は――勝ったにもかかわらず、随分と不満げだった。
「……私の人生史上、最もつまらない戦いでした。語るのも頭が痛くなります」
今回ばかりは、彼女の言葉に一切否定は挟まない。
なんてったって、今回の恋は戦う前からふてくされ果てていた。
『いやであります! なんで兄上が参戦しないでありますか! であれば恋もたたかわないであります! 兄上よりよわい私がでるなどはじのうわぬり! 橘にも兄上にももうしわけがたちませぬ!!』
『……恋、いいから戦え。これは命令だ』
『やっとわかったであります! わたしは父上がきらいでありますっ!!』
恋の言葉に、父上が傷ついたように見えた。
天守周旋は間違っている。
というより、彼の『やり方』が僕は嫌だ。
嫌われるのも当然だと内心思う。
……それを本人が自覚しているかどうかは分からないけど。
いつか、彼の間違いは正さないといけない。
不思議と、僕はそう決意していた。
それが拾ってくれた『天守』へと報いることだと思うし。
閑話休題。
最初っからやる気のなかった恋が負けるのは目に見えていた。
父上は見るからに顔をしかめていたが、自業自得である。
だが、彼に焦りはない。
それもそのはず。次の出場者は人類最優と名高いその男――天守弥人だったからだ。
準備体操をする弥人へ、優人が言う。
「負けたら殺す」
「ぶっそうだなぁー。ま、お兄ちゃんとしてカッコいいところ見せてくるよ!」
弥人はそう言ってウィンクした。
対して優人は首を掻っ切る仕草の後、サムズアップを裏返した。
ゴートゥヘル。質の悪い応援に弥人は苦笑い。
けど、いつも通りの優人に見えて、きっと心の中では安心しているんだと思う。
かくして弥人は戦場に出る。
天守弥人。
今まで彼が本気で戦っている場を見たことはない。
逆に、彼の本気を引き出せる相手が今まで一人もいなかった。
そういう意味で、僕は今回の戦いに期待している。
天守弥人。優人が目指す【人類の頂き】。
それが見れるかもしれないからだ。
しかし同時に、なんだか嫌な予感もしている。
橘から出てきたのは、人生を舐め腐ってるとしか思えない少年。
弥人よりも少し年上だろうか。
怠惰という言葉は彼のために在るのかもしれない。
そう思えるような私服姿。
しかしソレでも『格好良い』と思えるのは何なんだろう。
橘家としての優れたルックスか。
或いは――隠しきれないカリスマ性か。
しかし、その少年から醸し出される『やる気のなさ』。
果たして彼を相手に、あの弥人が本気を出せるのか。
そういう意味での嫌な予感。
もしかしたら……いや、普通に考えても弥人の圧勝で終わりそうな感じがした。
「ああ、面倒くさい。一番嫌な奴と当たってしまった」
「ひどいなカッツー! 僕ら親友だろ!」
弥人の言葉に僕と優人は驚いた。
『あいつがカッツーか!』
と。僕も、きっと優人も内心はそんな感じ。
なんだぁ、あの人がカッツーか。
ならいい人なんだろうなぁ。
だとしたら橘月姫はなんなんだろう。一成さんもカッツーもいい人で、アイツだけなんなんだろう。あの一点だけ嫌な奴なのは橘家の突然変異なのかな。
「……失礼なこと、考えてません?」
とか考えていたら背後に突然変異。
がっしりと肩を掴まれたため、僕は笑顔で振り返る。
「そんな事思ってないよ! 失礼なこと言わないでもらえるかな?」
「あら、嘘ですね。私、嘘には敏感なんですよ」
ずいっと橘月姫が顔を寄せてくる。
人形みたいに整った顔が目の前まで来て、僕は顔を逸らした。
「めんどくさいヤツだなぁ。ねぇ、優人もそう思わない?」
「僕を巻き込むな面倒くさい」
優人はそう言って僕らから視線を逸らす。
その様子を見ていた橘月姫は、僕から離れてスススッと優人の傍に寄った。
そして彼の腕を抱くと、これ見よがしに僕を見てくる。
「そうですよ面倒くさい志善様。その面、天守様は素直でとても好ましい」
「ふざけんなよ年増! 優人から離れろ病気が移るだろ!!!」
「志善くん、一応、その子は私の娘なのだが……」
近くから一成さんの声が聞こえてくる。
ごめんなさい、一成さん!
でもあの年増が悪いんです! なに優人の腕に抱き着いてやがんだテメェ! なんだったらここで恋ちゃんの仇を取ってやってもいいんだぞ!! 実際に口には出さないけどな!
「……貴様ら、少しは場を考えて――」
「黙ってもらえるかな周旋」
そうこうしていると、父親同士でバチリと火花が散った。
「といっても、すぐ黙ることになるさ。人類の最高傑作が弥人くんなら、神々の最低傑作と自称するのが私の息子でね。事実、橘において類を見ないほどに才能が欠落した子だ」
「……であれば、間違いなく弥人が――」
「勝つと思うかい? ああ、それが普通の相手ならね」
一成さんはそう言って、苦笑いする。
弥人の強さは間違いない。
が、それはあくまで正統なもの。
決して異端な強さではない、純然たる力の結晶。
天守弥人がそうである以上……一成さんの言葉には重みがあった。
「弥人くんは強い。が、その上で言わせてもらうよ」
僕は、対する二人へと視線を向ける。
やる気満々の弥人と、やる気の感じられないカッツー。
そんな二人を眺めて、一成さんは自信満々に告げるのだった。
「橘克也は強いよ。過去――私は彼に敗れてるからね」
☆☆☆
「天守弥人、お前……あっち向いてホイは好きか?」
試合開始、いきなりカッツー……橘克也は問うた。
その言葉に、駆け出そうとしていた弥人は思わず急停止。
目を丸くして問いに答えた。
「いや、嫌いではないけど……いきなりどしたん?」
「……気にするな。ただの儀式だ」
克也がそう返した――次の瞬間。
何かを感じ取ったか、弥人の背へと白銀の翼が現れる。
左右に対の七翼。計十四翼。
無数の羽が空を舞う。
あまりの美麗さに僕らは絶句する。
けれど、少し遅れて弥人の行動の意味を理解した。
あの弥人が初手で十四翼を出したのだから。
天守弥人。
天能名は【善】
善なる者として不滅であること。
あらゆる負傷、あらゆる異常、あらゆる害悪から身を守り。
遍く善の代行として、十四の権能を自由自在に操る力。
また、十四の権能は個々が僕の天能よりもずっと強く、日を跨ぐ度にまた新たに十四の力を選べるようになる――というぶっ壊れっぷり。初めて聞いた時は目を剥いたね。
「あの弥人が……」
隣で優人も驚いている。
弥人の不滅性は常時発動型だ。
どんな時だろうと、寝ていようとなんだろうと発動している。
が、十四の権能を選択するときだけは、あの翼を出現させる必要があった。
弥人は今まで、あの翼まで出すことは滅多になかった。
圧倒的な身体能力。
恋と同等の戦闘センス。
加えて不滅だ。
殴り合いでだって、彼は異能を使った優人より強い。
――そんな彼が、初手で十四の権能に頼る。その意味。
「……なんだろう、とっても嫌な気配がするね」
「ご明察。正直、私も自分の力を測りかねていてな」
気が付けば。
克也の背後へと、見たこともないシルエットが現れていた。
まるで人形のように細長い四肢。
黒いタキシードを身に包み、顔は仮面で隠されている。
……その姿を見た瞬間。
背筋がーー恐怖に震えたのを自覚した。
『Hey Boy! 楽しくヤッてるかい子供たちィ!』
まるで、自分が下品ですと自己紹介するような声色。
だけど……僕の背筋は凍りついていた。
「なん……っ、な、なんだ、よ、あれ……!」
隣を見れば、優人も似たような様子だった。
橘月姫は頬を引き攣らせ、一成さんは苦笑い。
父上はこれ以上ないってくらいの苦渋を滲ませていた。
「……なんだ、アレは。天能……なのか? いや違う。根本的に何かがおかしい。自我のある天能等、今までの歴史を振り返っても前例がない」
「けど、自我の云々が問題じゃないだろう。問題は、あの天能が僕らは『嫌だ』ということ。……そうだろう?」
それは、橘、天守としての本能。
直感的に、アレは嫌だと感じた。
両家が同じく感じているのなら……あれは確実に『良くないもの』だ。あの少年……橘克也が保有する天能は、なにか、絶対に良くないものに違いない。
「……ねぇカッツー、それは何かな」
弥人から問いが飛ぶ。
それに返したのは黒衣の天能だった。
『おうオォウ、随分と敵意を感じるぜぇ! なーにを、こんなちっぽけなピエロに向かって本気になってるんだかネェ? なぁ、カッツー?』
「……その名で呼ぶな愚図が。そして弥人、貴様のせいでこの変態が変な言葉を覚えただろうが」
「えぇ……」
弥人が困り顔を浮かべる。
その中で、黒衣の天能は周囲をキョロキョロと見渡している。
僕や優人、月姫とも目があった気がした。
仮面を被っているため正確には分からないが、僕らを見たのだろうと、それだけは何となくわかった。
『なーるほどォ、今回の敵はこの坊ちゃんってことネ! イヒヒヒヒ! イイんじゃネェーの? イイじゃネェーのぉ! 圧倒的格上にぶちかます余裕! 絶望的な力量差を覆すためのギャンブル! そういうのは大好物だぜェ!』
そう笑い、その化け物は両手の指を鳴らす。
そのまま弥人を指さしたソレは、意味不明なことを言い出した。
『【あっち向いてホイ五回勝負】、今回の賭けはそれで行こう!』
依然、弥人が負けるとは思えないけど。
……僕の心の中には、嫌な予感が募りつつあった。




