表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
161/240

10-14『正義の味方②』

志善悠人にとって、天守優人がそうであるように。

天守優人にとって、正義の味方とは一人だけだった

 天守と橘。

 その世代の最強を決める戦い――神人試合。

 三対三、二勝した方の勝利。

 それは試合であり、死合ではない。

 よって殺しを禁止とされ、安全第一で優劣を競い合う。

 ……一成さんのセリフを思い出すと少し心配になってくるけど。

 天守周旋は間違っている。

 それだけは分かったし、彼を否定してくれるなら一成さんを僕は応援する。


 僕は、優人を探して走り回っていた。


 何を伝えるべきかも分からない。

 どうやって励ませばいいのかも分からない。

 ……というより、僕に出来ることなんてないのかもしれない。

 けど、彼の隣に居たかった。

 兄弟と呼んでくれた人。

 いつも優しかった彼を、兄弟として、友達として励ましたかった。

 哀しい時は傍に居てやるもんだって、恋から借りた漫画に描いてあったし。

 僕はそうしたいから、そうするのだ。

 それがうじうじと考え続けて、出した答えだ。


「どこだ、優人……っ」


 天守の屋敷は広い。

 隠れるなら地下だろうと考え、真っ先に地下の施設へと向かったが、子供たちが言うには優人は来ていないということだった。

 ならばと地上の屋敷に戻って、優人の部屋へとやってくる。

 しかし、居ない。優人の姿は無い。

 ならばどこだ。

 天守優人が行くような場所。

 彼が心から落ち込んだ時。

 真っ先に頼るような、人は――


「……っ!」


 ほんの少しだけ悔しいけれど。

 そう考えたとき、真っ先に一人の少年が頭に浮かんだ。


 僕は走り出す。

 その部屋まで来るのに時間はかからなかった。

 すっかり荒くなった息を、整える。

 部屋の扉を一つ隔てて、中の気配を探った。


 ――気配は、二つ。


 いずれも見知った気配。

 そのうち一つは、天守優人のものだった。


「……優人は、泣き虫だなぁ」


 どこまでも優しい声に、泣きそうになる。

 天守優人が泣いている。

 その時に、隣に居てやれない自分が、悔しかった。


「だって……」


 優人らしくない、鼻声が聞こえる。

 それは、いつか僕がその少年――弥人に対して返した言葉と瓜二つだった。


「だっても何も無い。男なら泣くな、その方がカッコイイからな」

「……馬鹿じゃん」

「当たり前だろ? 正義の味方なんて目指すのはたいがい馬鹿さ」


 そう言って兄は――天守弥人は笑ったのだろう。


「……まさか、優人が参加しないとはね。僕も父上にすっかり騙されたよ。優人と恋と、三人で一緒に頑張れるって、浮かれてたのかもしれないね」

「……お前が、か?」

「あたりまえだろう? 僕は二人のことが大好きなんだから」


 恥ずかしいような言葉を、恥ずかしげもなく言う弥人。


「僕だって人の子だ。正義の味方を志しても、地下の子供たちを救えない。いくら完璧を目指そうと、少し浮かれれば騙される。いっそ、僕に人の心なんてなければ。機械のように動くだけなら、どれだけ正義の味方に近づけるだろうと……思わなかった日はないよ」


 僕も、優人も恋も、父上も。

 全員が認める事実――天守弥人は化け物である。

 子供とは思えないスペックを有し、あらゆる分野に秀でている。こと、純粋な強さにおいて弥人は父上には劣るだろうが、おそらくその他大半の分野で彼は父上を上回るだろう。

 上には上がいる。が、神は彼の上に人を作らなかった。

 同じ人間とは思えない性能に、何度憧れたかも覚えていない。

 そんな少年が漏らす、弱音。

 正義の味方が身内だけに見せる、本当の自分。


「……お前が機械なら、僕はお前を兄とは思ってない」

「あはは。だから困ったんだよね。正義の味方には憧れる。けど、()()()()()()()()()()()()()()()()()()。優人たちの兄であることを諦められない。諦められない以上、僕は正義の味方として半端ものさ」


 そう、弥人は笑ったのだろう。

 けれど、見なくとも分かる。

 彼は悲しそうな笑顔で笑ったのではなく。

 誇らしげな満面の笑みで、そう言ったのだと。


「どっちつかずの半端な人間。兄としての自分を望みながら、正義の味方に憧れる。……半端というなら優人じゃなくて僕だろう。現に、どちらかに徹したのなら、僕は今の数倍強い」


 兄として正義の味方を諦めるか。

 機械のような正義として、兄であることを捨てるか。

 半端な弥人であっても――半端であるからこそ、この程度。

 人類最優の名は伊達ではない。

 仮に徹することができたのなら――確かに、弥人の性能は跳ね上がるだろう。


「人生に一度くらいは、どちらかに徹して生きてみたいと思うけど。そんなのは自分の死を悟ってからでも遅くはない。少なくとも今の僕は半端のままで生き続ける」


 だからね、と。

 弥人は何の迷いもなく、自信たっぷりに言った。



「――きっと近い将来、僕は優人に超されると思うんだ」



 その言葉に、室内の優人が息をのむ。

 しかし、僕に驚きはなかった。

 天守優人なら、いつか弥人を超えるだろうと。

 何の根拠もなく信頼していたから。


「優人の『良さ』は天能の性能だけじゃない。天能の性能だけ見て語るなら、橘の多くが優人以下だよ。知ってた? 橘って多く居るだけ才能が無い人も多いんだ。優人だって、橘から見ればかなりの天才なんだよ。カッツーが羨ましがってた!」

「……知らなかった」


 良いこと言うじゃん、カッツー。誰か知らないけど。


「始まりはみんなバラバラさ。でも、そこで見限るなんてもったいないだろう? スタートラインが後ろだったからって、その道がどこまで続いているかなんてわからないんだから。それこそ、僕なんてスタートラインが先過ぎたせいでもうお先真っ暗だよ。どこ成長したらいいの、ってさ」

「……一成さんも、似たようなことを言っていた」

「いいこと言うじゃん一成さん!」


 そう言って、弥人が立ち上がったのが気配で分かった。



「で、これは世界最優である天守弥人の直感! 優人、君の道は果てしないよ」



 一切の理由なく。

 一切の根拠なく。

 それでも彼の直感。それだけで不思議と信じてしまう。


「優人がどこまで歩けるかは分からない。……天守だからね。道半ばで終わることだってあるだろう。けど、優人が歩き続ける限り、君の道は途絶えない。そんな気がする」

「……気がするだけだろ」

「そうさ! でも、信じてみなって。ほら、お兄ちゃんに騙されると思ってさ!」


 そう言って――ふと、弥人の気配が消える。

 焦って僕は隠れようと動き出すが、次の瞬間には彼は僕の背後に立っていた。

 首根っこを掴まれ、耳に息を吹きかけられる。


「ひぃっ!?」

「盗み聞きとは、感心しないなぁ」


 扉を開け、弥人は僕を引きずり入室する。

 僕の姿を見て優人は目を見開いていた。

 バレてると思ったのに、今の優人は僕の気配も探れないくらい弱っていたのか……。

 そう考えていると、弥人は満面の笑みで僕を見下ろす。


「その面、こっちの悠人もすごいと思うよー! 優人と同じくらいかな?」

「そんなわけないでしょ。どう考えても優人の方がすごいよ」


 即答した。んなわけあるか、と。

 僕みたいなモブと優人。すごいのは優人に決まってる。

 僕は優人へと視線を向ける。

 何を言えばいいのか。

 どうすればいいのか。

 よく分からないけど、言いたいことはあった。


「げ、元気出してよ! なんだったら父上、ぶん殴ってくるからさ!」

「……今のお前じゃ、まだ無理だろうなぁ」


 僕の言葉に、優人は呆れたように苦笑した。

 でも、どれだけ苦々しくても、一笑だ。

 よし勝った! と内心で僕は喜んだ。


「……けど、こいつに心配されるようじゃ……ダメだな」


 そう言って、優人は立ち上がる。

 目元は腫れて、まだ少し鼻声ではあるけれど。

 天守優人は以前と変わらぬ眼光で僕らを見据えた。



「――ああ、そうさ。父上や橘がなんだ。僕の目標は、打倒弥人だ」



「えっ、なんかちがくない?」


 弥人がそう驚いていたが、何も違わない。

 弥人を超えるということは、弥人を倒すということだ。


「応援するよ優人! 弥人を倒すの!」

「本人の目の前で応援しないでもらえるかなぁ……」


 弥人はそう言うが、その顔には穏やかな笑顔が浮かんでいる。

 なんだかんだ言いつつ、優人が元気になったのが嬉しいのだろう。


「けど、僕は強いよ? そう簡単に超えられるかな……?」

「超えると言ったのはお前だろう。僕はお前を信じるだけだ、弥人」


 そうして優人はにやりと笑う。


「騙されてやるよ弥人。僕の【銃】だって、こんなもんじゃ終わらない」


 そうだ、優人はこんなところじゃ終わらない。

 彼の強さも、彼の天能も。

 僕の自然でさえ先があるのなら、彼の銃だって先があるはずだ。


「志善から学んだ。天能はもっと自由でいい。固定概念にとらわれるのは勿体ない」


 僕から何か学べることがあったのだろうか。

 色々と不思議だが、優人は何かをつかんだ様子だ。

 そして、それは僕も同じ。

 自然の加護、その先に在る力。

 自然を操れるのだとすれば、まだ、僕には扱えていない【自然】がある。


 まあ、この様子だと、僕よりも先に優人の方が色々と成長しそうだけど。

 けれど、不思議と今。

 弱り切った彼を見て、僕は生まれて初めてこう思った。


『大切な人を守れるよう、誰よりも強くなってみたい』と。


 誰よりも。

 それこそ弥人、優人、そして父上よりも。

 最強と名高い橘一成をも超えて。

 その先を見てみたいと……思ってしまった。

 強くなることに躊躇はないけれど。

 彼らを超すことには躊躇いがあった。


 ――僕なんて。


 ふと湧きかけた暗い感情。


 太陽よりも陰でいたい。

 表よりも裏方に徹したい。

 僕にはそれくらいがちょうどいい――と。

 心の底からそう思った。


 そんな僕を見透かすように、優人は言う。


「……当然、お前にも負けるつもりはない、志善悠人」


 聞こえた声に目を丸くする。


「お前も強くなれ。……ただ、どーせ僕はお前より強いがな」


 彼の言葉に目を見開いて驚いた。

 ……()()()()()()。僕は思った。

 相手は天守優人だ。

 僕がどれだけ手を伸ばそうと、絶対勝てないに決まってる。

 志善悠人はどこまで行っても、天守優人の影だ。

 僕がどれだけ頑張っても、彼の背中には届かない。

 なら、僕だって本気で強くなってもいいんだと。

 何故だか分からないけど、僕は少し安心した。


 僕は笑顔で頷き返すと、優人は不敵に笑う。

 そんな僕らを眺めていた弥人。


 ふと、彼は何か思い出したように口を開いた。 


「あっ! そうそう、そういえば二人に伝えたいことあったんだ!」


 僕らは同じく弥人へと視線を向けると。

 彼は悪戯小僧のように、人差し指を立てて笑った。



「【天能臨界】って、二人とも知ってる?」



 ――後にして思えば、だが。


 それは、優人を悲しませた周旋に対し。

 天守弥人が取った、精一杯の反抗だったのだろう。


兄としては人間性に欠け。

正義の味方として機械性に欠ける。

人としてはあまりに事務的で。

模範となるにはあまりに人間的。

どこを切っても半端な彼は、それでも嫌だと思ったのだ。


弟が泣くのは、嫌だ。

正義の味方としても、兄としても。

大切な人が泣くのは耐えられない。


だが、正義の味方として、父には歯向かうことはできない。

家族愛こそ正義であり、そこに不仲はあってはならない。

まして父に手を上げるのは『最悪』だと、正義の味方として深く思った。

だから、これは兄としての反抗だ。

兄として、弟を泣かせたことを許さない。


「父上が嫌がること――それは、口伝が他者へ伝わることだ」


父が直々に、自分と恋へと教えた奥義。

詳しいことまで語る時間は無いけれど。

この二人なら問題ないと、彼は根拠もなく考えた。


なんてったって、自慢の弟たちだ。


天能臨界。

独学だろうが何だろうが――勝手に覚えて成長するさ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【新連載】 史上最弱。 されどその男、最凶につき。 無尽の魔力、大量の召喚獣を従え、とにかく働きたくない主人公が往く。 それは異端極まる異世界英雄譚。 規格外の召喚術士~異世界行っても引きこもりたい~
― 新着の感想 ―
[一言] 2日前にこの小説に出会いました。 面白くて最新話までノンストップで読み続けました! 過去編を見て今までの主人公の行動の裏にはこういう意図や想いがあったんだなって感動と驚きのジェットコースター…
[良い点] なんていい話なんだろう!(´;ω;`) 最後が最悪な終わりなことを除けばね! 弥人がいいお兄ちゃんだ。しかもこれでもまだ半端な状態なのか。兄として集中したらすごいブラコン&シスコンになりそ…
[良い点] なんか全部弥人のせいな気がしてきた。多分あってる。 [一言] カッツー……誰かはしらんけどすぐ終わってそう。 あ、王聖か。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ