10-14『正義の味方②』
志善悠人にとって、天守優人がそうであるように。
天守優人にとって、正義の味方とは一人だけだった
天守と橘。
その世代の最強を決める戦い――神人試合。
三対三、二勝した方の勝利。
それは試合であり、死合ではない。
よって殺しを禁止とされ、安全第一で優劣を競い合う。
……一成さんのセリフを思い出すと少し心配になってくるけど。
天守周旋は間違っている。
それだけは分かったし、彼を否定してくれるなら一成さんを僕は応援する。
僕は、優人を探して走り回っていた。
何を伝えるべきかも分からない。
どうやって励ませばいいのかも分からない。
……というより、僕に出来ることなんてないのかもしれない。
けど、彼の隣に居たかった。
兄弟と呼んでくれた人。
いつも優しかった彼を、兄弟として、友達として励ましたかった。
哀しい時は傍に居てやるもんだって、恋から借りた漫画に描いてあったし。
僕はそうしたいから、そうするのだ。
それがうじうじと考え続けて、出した答えだ。
「どこだ、優人……っ」
天守の屋敷は広い。
隠れるなら地下だろうと考え、真っ先に地下の施設へと向かったが、子供たちが言うには優人は来ていないということだった。
ならばと地上の屋敷に戻って、優人の部屋へとやってくる。
しかし、居ない。優人の姿は無い。
ならばどこだ。
天守優人が行くような場所。
彼が心から落ち込んだ時。
真っ先に頼るような、人は――
「……っ!」
ほんの少しだけ悔しいけれど。
そう考えたとき、真っ先に一人の少年が頭に浮かんだ。
僕は走り出す。
その部屋まで来るのに時間はかからなかった。
すっかり荒くなった息を、整える。
部屋の扉を一つ隔てて、中の気配を探った。
――気配は、二つ。
いずれも見知った気配。
そのうち一つは、天守優人のものだった。
「……優人は、泣き虫だなぁ」
どこまでも優しい声に、泣きそうになる。
天守優人が泣いている。
その時に、隣に居てやれない自分が、悔しかった。
「だって……」
優人らしくない、鼻声が聞こえる。
それは、いつか僕がその少年――弥人に対して返した言葉と瓜二つだった。
「だっても何も無い。男なら泣くな、その方がカッコイイからな」
「……馬鹿じゃん」
「当たり前だろ? 正義の味方なんて目指すのはたいがい馬鹿さ」
そう言って兄は――天守弥人は笑ったのだろう。
「……まさか、優人が参加しないとはね。僕も父上にすっかり騙されたよ。優人と恋と、三人で一緒に頑張れるって、浮かれてたのかもしれないね」
「……お前が、か?」
「あたりまえだろう? 僕は二人のことが大好きなんだから」
恥ずかしいような言葉を、恥ずかしげもなく言う弥人。
「僕だって人の子だ。正義の味方を志しても、地下の子供たちを救えない。いくら完璧を目指そうと、少し浮かれれば騙される。いっそ、僕に人の心なんてなければ。機械のように動くだけなら、どれだけ正義の味方に近づけるだろうと……思わなかった日はないよ」
僕も、優人も恋も、父上も。
全員が認める事実――天守弥人は化け物である。
子供とは思えないスペックを有し、あらゆる分野に秀でている。こと、純粋な強さにおいて弥人は父上には劣るだろうが、おそらくその他大半の分野で彼は父上を上回るだろう。
上には上がいる。が、神は彼の上に人を作らなかった。
同じ人間とは思えない性能に、何度憧れたかも覚えていない。
そんな少年が漏らす、弱音。
正義の味方が身内だけに見せる、本当の自分。
「……お前が機械なら、僕はお前を兄とは思ってない」
「あはは。だから困ったんだよね。正義の味方には憧れる。けど、天守弥人はどこまでもお兄ちゃんなんだ。優人たちの兄であることを諦められない。諦められない以上、僕は正義の味方として半端ものさ」
そう、弥人は笑ったのだろう。
けれど、見なくとも分かる。
彼は悲しそうな笑顔で笑ったのではなく。
誇らしげな満面の笑みで、そう言ったのだと。
「どっちつかずの半端な人間。兄としての自分を望みながら、正義の味方に憧れる。……半端というなら優人じゃなくて僕だろう。現に、どちらかに徹したのなら、僕は今の数倍強い」
兄として正義の味方を諦めるか。
機械のような正義として、兄であることを捨てるか。
半端な弥人であっても――半端であるからこそ、この程度。
人類最優の名は伊達ではない。
仮に徹することができたのなら――確かに、弥人の性能は跳ね上がるだろう。
「人生に一度くらいは、どちらかに徹して生きてみたいと思うけど。そんなのは自分の死を悟ってからでも遅くはない。少なくとも今の僕は半端のままで生き続ける」
だからね、と。
弥人は何の迷いもなく、自信たっぷりに言った。
「――きっと近い将来、僕は優人に超されると思うんだ」
その言葉に、室内の優人が息をのむ。
しかし、僕に驚きはなかった。
天守優人なら、いつか弥人を超えるだろうと。
何の根拠もなく信頼していたから。
「優人の『良さ』は天能の性能だけじゃない。天能の性能だけ見て語るなら、橘の多くが優人以下だよ。知ってた? 橘って多く居るだけ才能が無い人も多いんだ。優人だって、橘から見ればかなりの天才なんだよ。カッツーが羨ましがってた!」
「……知らなかった」
良いこと言うじゃん、カッツー。誰か知らないけど。
「始まりはみんなバラバラさ。でも、そこで見限るなんてもったいないだろう? スタートラインが後ろだったからって、その道がどこまで続いているかなんてわからないんだから。それこそ、僕なんてスタートラインが先過ぎたせいでもうお先真っ暗だよ。どこ成長したらいいの、ってさ」
「……一成さんも、似たようなことを言っていた」
「いいこと言うじゃん一成さん!」
そう言って、弥人が立ち上がったのが気配で分かった。
「で、これは世界最優である天守弥人の直感! 優人、君の道は果てしないよ」
一切の理由なく。
一切の根拠なく。
それでも彼の直感。それだけで不思議と信じてしまう。
「優人がどこまで歩けるかは分からない。……天守だからね。道半ばで終わることだってあるだろう。けど、優人が歩き続ける限り、君の道は途絶えない。そんな気がする」
「……気がするだけだろ」
「そうさ! でも、信じてみなって。ほら、お兄ちゃんに騙されると思ってさ!」
そう言って――ふと、弥人の気配が消える。
焦って僕は隠れようと動き出すが、次の瞬間には彼は僕の背後に立っていた。
首根っこを掴まれ、耳に息を吹きかけられる。
「ひぃっ!?」
「盗み聞きとは、感心しないなぁ」
扉を開け、弥人は僕を引きずり入室する。
僕の姿を見て優人は目を見開いていた。
バレてると思ったのに、今の優人は僕の気配も探れないくらい弱っていたのか……。
そう考えていると、弥人は満面の笑みで僕を見下ろす。
「その面、こっちの悠人もすごいと思うよー! 優人と同じくらいかな?」
「そんなわけないでしょ。どう考えても優人の方がすごいよ」
即答した。んなわけあるか、と。
僕みたいなモブと優人。すごいのは優人に決まってる。
僕は優人へと視線を向ける。
何を言えばいいのか。
どうすればいいのか。
よく分からないけど、言いたいことはあった。
「げ、元気出してよ! なんだったら父上、ぶん殴ってくるからさ!」
「……今のお前じゃ、まだ無理だろうなぁ」
僕の言葉に、優人は呆れたように苦笑した。
でも、どれだけ苦々しくても、一笑だ。
よし勝った! と内心で僕は喜んだ。
「……けど、こいつに心配されるようじゃ……ダメだな」
そう言って、優人は立ち上がる。
目元は腫れて、まだ少し鼻声ではあるけれど。
天守優人は以前と変わらぬ眼光で僕らを見据えた。
「――ああ、そうさ。父上や橘がなんだ。僕の目標は、打倒弥人だ」
「えっ、なんかちがくない?」
弥人がそう驚いていたが、何も違わない。
弥人を超えるということは、弥人を倒すということだ。
「応援するよ優人! 弥人を倒すの!」
「本人の目の前で応援しないでもらえるかなぁ……」
弥人はそう言うが、その顔には穏やかな笑顔が浮かんでいる。
なんだかんだ言いつつ、優人が元気になったのが嬉しいのだろう。
「けど、僕は強いよ? そう簡単に超えられるかな……?」
「超えると言ったのはお前だろう。僕はお前を信じるだけだ、弥人」
そうして優人はにやりと笑う。
「騙されてやるよ弥人。僕の【銃】だって、こんなもんじゃ終わらない」
そうだ、優人はこんなところじゃ終わらない。
彼の強さも、彼の天能も。
僕の自然でさえ先があるのなら、彼の銃だって先があるはずだ。
「志善から学んだ。天能はもっと自由でいい。固定概念にとらわれるのは勿体ない」
僕から何か学べることがあったのだろうか。
色々と不思議だが、優人は何かをつかんだ様子だ。
そして、それは僕も同じ。
自然の加護、その先に在る力。
自然を操れるのだとすれば、まだ、僕には扱えていない【自然】がある。
まあ、この様子だと、僕よりも先に優人の方が色々と成長しそうだけど。
けれど、不思議と今。
弱り切った彼を見て、僕は生まれて初めてこう思った。
『大切な人を守れるよう、誰よりも強くなってみたい』と。
誰よりも。
それこそ弥人、優人、そして父上よりも。
最強と名高い橘一成をも超えて。
その先を見てみたいと……思ってしまった。
強くなることに躊躇はないけれど。
彼らを超すことには躊躇いがあった。
――僕なんて。
ふと湧きかけた暗い感情。
太陽よりも陰でいたい。
表よりも裏方に徹したい。
僕にはそれくらいがちょうどいい――と。
心の底からそう思った。
そんな僕を見透かすように、優人は言う。
「……当然、お前にも負けるつもりはない、志善悠人」
聞こえた声に目を丸くする。
「お前も強くなれ。……ただ、どーせ僕はお前より強いがな」
彼の言葉に目を見開いて驚いた。
……それもそうだ。僕は思った。
相手は天守優人だ。
僕がどれだけ手を伸ばそうと、絶対勝てないに決まってる。
志善悠人はどこまで行っても、天守優人の影だ。
僕がどれだけ頑張っても、彼の背中には届かない。
なら、僕だって本気で強くなってもいいんだと。
何故だか分からないけど、僕は少し安心した。
僕は笑顔で頷き返すと、優人は不敵に笑う。
そんな僕らを眺めていた弥人。
ふと、彼は何か思い出したように口を開いた。
「あっ! そうそう、そういえば二人に伝えたいことあったんだ!」
僕らは同じく弥人へと視線を向けると。
彼は悪戯小僧のように、人差し指を立てて笑った。
「【天能臨界】って、二人とも知ってる?」
――後にして思えば、だが。
それは、優人を悲しませた周旋に対し。
天守弥人が取った、精一杯の反抗だったのだろう。
兄としては人間性に欠け。
正義の味方として機械性に欠ける。
人としてはあまりに事務的で。
模範となるにはあまりに人間的。
どこを切っても半端な彼は、それでも嫌だと思ったのだ。
弟が泣くのは、嫌だ。
正義の味方としても、兄としても。
大切な人が泣くのは耐えられない。
だが、正義の味方として、父には歯向かうことはできない。
家族愛こそ正義であり、そこに不仲はあってはならない。
まして父に手を上げるのは『最悪』だと、正義の味方として深く思った。
だから、これは兄としての反抗だ。
兄として、弟を泣かせたことを許さない。
「父上が嫌がること――それは、口伝が他者へ伝わることだ」
父が直々に、自分と恋へと教えた奥義。
詳しいことまで語る時間は無いけれど。
この二人なら問題ないと、彼は根拠もなく考えた。
なんてったって、自慢の弟たちだ。
天能臨界。
独学だろうが何だろうが――勝手に覚えて成長するさ。




