1-15『後日談』
「で、結局雨森くんの異能って、なんだったの?」
――あれから数日が経ち、火曜日。
今日は体育の授業がある。
体育と言えば霧道による暴力事件を思い出すが、幸いなことに奴はもういない。
霧道走は、退学となった。
その事実は瞬く間に学園中に広まったらしく、その被害者である僕と彼女――倉敷蛍は必然的に一躍時の人、みたいな感じになってしまった。
僕は頬に氷嚢を当てながら。
倉敷は頭に包帯を巻いたまま。
それぞれ先日の怪我の影響で『見学』が許された僕らは、二人並んで座り込み、ただじっとクラスメイト達の戦闘訓練を眺めていた。
「言ったろ、『目を悪くする』って」
「そんな嘘はとっくに聞き飽きたよっ! 霧道くんが言ってたみたいだよ? 朝比奈さんが空き教室に入っていくのを見た。朝比奈さんの幻聴が聞こえてきた。雨森は絶対に異能を隠してる、って」
「狂人の戯言だな。真面目に聞いてたら耳が腐るぞ委員長」
そう告げるが、委員長の顔色は優れない。
「うーん……、運が悪かったのかなぁ。雨森くんが教室に入ってくる直前、何故か入口とは反対側から朝比奈さんの声がしてね? 驚いて振り返った途端に雨森くんがやってきて、すぐに振り返ったら雨森くん、もうすでに机の上に座ってたし……その直後だよ? 霧道くんが教室のドア蹴破って突撃してきたの」
「へえ、そんなこともあるんだな」
摩訶不思議なこともあったもんだ。
なんだろう、もしかして朝比奈さんの声を好きなところから出せるような異能持ちでも居るのかな。そんなことを一人思う僕を前に。
「――ねえ雨森くん。朝比奈さんと裏で繋がってたりする?」
問われた言葉は、酷く鋭かった。
隣の彼女へと視線を向けると、いつもより細められた瞳はじっと訓練中の朝比奈嬢を見つめており、その口からはいつもとは違う素の感情が漏れ出していた。
「『雷神の加護』。あの異能の一番の恐ろしさは速度にあると思う。だってあの速度、雨森くん……なら反応できるかもしれないけど、普通は無理でしょ? あれ、たぶんどれだけ強化してたって人間の反応できる速度じゃないよ」
「……あの朝比奈が僕みたいのと手を組むとでも?」
「……だよねぇ。知ってたよそのくらい」
僕が朝比奈と裏で繋がっている。
明言しよう、その可能性はゼロだ。確実にあり得ない。
これだけは嘘でも何でもない、純然たる事実。
……ま、それは彼女の性格を考えれば誰でも分かることなんだろうけどな。
ちなみに、倉敷が僕のことを遠回しに『人外』と言っているのは無視した。
「だったら、雨森くんの異能の影響か、もしくは既に私以外の誰かと協力関係になってるか、だよね。後者に関しては雨森くんみたいなぼっちが私以外の生徒と話せるはずもないから自然消滅するとして――」
「おい、悲しいこと言うな」
別にお前以外と話せないわけじゃない。
単純に話す必要性がないだけだ。別に話そうと思えば誰とだって話せる。たぶん廊下ですれ違った顔も知らない上級生の女子にすら話しかけられる。話しかけた後のことは知らないけど。
「ほら、結局雨森くんの異能ってわけじゃん。で、結局のところどんな異能なの?『声を違うところから出す』って感じ? それとも『姿を変える』的な異能?」
「……お前は、本っとうに話聞かないよな」
思わずこっちが折れたくなってくるくらいには。
そう考えて大きく息を吐くと、周囲へと小さく視線を巡らす。
とりあえず聞き耳立てているような存在は遠くで訓練中の朝比奈嬢以外は見当たらない。なぜ彼女が僕に興味津々なのかはまったく理解出来ないが……ま、さすがにこの距離で聞こえちゃいないだろう。
「……そう、だな。どちらかと言えば後者に近い」
「おっ、本当のこと言う気になったね?」
ずいずいっと倉敷が近寄ってくる。
遠くの方で朝比奈嬢が体を震わせ、ちらちらと先ほどよりも高い頻度でこっちを見てくる。なんだこいつら。
「僕の本当の異能は【変身】。第四位……何の特徴もない雑魚能力だ」
異能【変身】
戦闘能力だけで言えば、おそらく【目を悪くする】の方が勝るだろう。
それほどまでに戦闘には向かない弱い力。
まあ、その分他の能力には長けているがな。
僕の答えに、倉敷はとてもつまらなそうな顔をした。
顔に書いてる『それも嘘だろ』と。
僕は見なかったことにした。
「朝比奈嬢に化けて、霧道のすぐ近くで奴を煽った。第三者の独り言、あるいは会話ってのは得てして盗み聞きした奴の心に浸透しやすい。簡単に言えば信じ込ませやすい」
真っ向から『僕は宇宙人だ』と言われるよりも、誰かに『実は僕……宇宙人なんだよね』と話しているのを盗み聞きしたほうが信ぴょう性は高いだろう。つまりそういうことだ。
「で、朝比奈さんのまま教室に入ってきて、すぐに元に戻ったと?」
「そういうこと。お前の言う幻聴についてはほんとに知らん。さすがにそこまで関与はしてない」
「……嘘臭ぇな」
……何だこいつ。
人にこれだけ暴露させておいてまだ信じないとでもいうのだろうか。
一体何様だこの野郎。委員長様とかぬかしやがったらぶん殴るぞこら。
そう言わんばかりにガンつけていると、彼女は『無表情乙~』と一人呟く。
「……ま、いいが」
別に、彼女が僕のことを信頼する必要はない。
ただ、作戦を聞き、遂行してくれるのならそれでいい。
所詮はお互いに協力関係、利用関係と言ってもいい。
互いが互いを利用して成り立っている、歪な関係性。
それでもこうして軽口を叩き合えているのだから不思議なもんで。
「あっ、ああ、あ、あまっ、あまもろ、あまもっ、雨森君っ!」
前方から変な声が聞こえてきて、そっちを見る。
するとそこには、しどろもどろになりながらも僕のことを見つめている朝比奈嬢の姿があり、クラスメイト達からの生暖かい視線が妙に居心地の悪さを醸し出している。
「く、クラスメイトの朝比奈よ! よ、よかったら私とストレッチでも――」
「すいません、今療養中なんで」
「――しない、わよね。ええ分かってた。うん、分かってたわよ朝比奈霞……」
しかし拒絶。
霧道が居なくなったが関係ない。
いや、いなくなった今だからこそ強く拒絶する。
いくら『しゅん……』とかしてもだめだぞ朝比奈嬢。僕のことはクラスにいるだけの置物と考えてもらわなきゃ困る。下手に裏で動いてることがバレたら面倒だからな。
そう、一人考えて――
「で、でもっ、でも雨森君! 怪我してる時だからこそストレッチは大事だと私は思うわ! なにせ怪我してたら運動不足になりがちだもの! 無理しない範囲でのストレッチこそ最適だと私は思う! 私、負けない!」
その言葉に、思わず目を丸くした。
いや、最後の一言思いっきり内心吐露してたけど、何言ってんのこの子。
怪我してるときはおとなしく休む。ソレが鉄則だろうに。
……まあ、言わんとすることは分かるけどさ。
面倒臭いからまた拒否ろうかと口を開きかけ――されど、重ねるように朝比奈嬢の声が響く。
「い、一度……私は貴方を見捨てた。それは変わらない、変えるつもりもない。言い訳するつもりも一切ない。私が見捨てたせいで貴方が怪我をした。その事実は絶対に変わらない。その罪は、一生消えることなんてないのよ」
「……なに言ってんの、朝比奈さ――」
「だからこそッ!」
響く朝比奈ボイス。
もうこの子は僕に何か言わせるつもりがないんじゃないかな。
隣で倉敷が声を殺して笑ってる。
朝比奈嬢は緊張に顔を赤らめながら、握り拳を体の前で構えて宣言する。
「私はどんなに拒絶されようと、貴方を守ることを諦めない! 少なくとも貴方が平穏に過ごせるよう、同じクラスにいる間は私が傍で貴方を守るわ! この命に代えたとしても!」
それは、朝比奈霞の宣言だった。
僕を守る。ソレは万人を守る正義の味方として如何なものかとは思ったが、さすがに朝比奈嬢とて何の考えもなしにそんなことを宣言するとは思えない。
つまるところ、考えた末でのその答え、なのだろう。
彼女はじっと僕の瞳を見下ろしている。
……ま、僕の願いとしては変わらない。
ただ、平穏な自由が欲しい。
そこだけは、決して、何があろうと変わらない。
だからこそ、朝比奈嬢。
お前がそこまで言うなら僕にだって考えはある。
僕は立ち上がると、朝比奈嬢を真正面から見つめ返す。
おそらく僕の瞳には覚悟の炎がやどっているだろう。
瞳に宿る炎に何を見たか、朝比奈嬢はその表情をほころばせ――
「あの、ウザイから話しかけないでくれます?」
――朝比奈霞は、吐血した。
☆☆☆
これは、僕が自由を得るための物語。
別に、それ以外には何も求めない。
力も、知識も、名誉も、友も、女もいらない。
ただ、自由を寄こせ。
束縛などいらない。
校則も拘束も以ての外だ。
障害物は、なんだろうと踏み潰す。
それが霧道であろうと、学園であろうと。
それが、朝比奈霞であろうと。
敵も味方も関係ない。
ただ、僕は今日も屈強なエゴの下に呟くのだ。
「――ああ、ぶっ壊してしまいたい」
そんな僕は、控えめに言ってぶっ壊れていると思う。
知恵を隠し、力を隠し、本性を隠し。
狂人は今日も平穏に棲む。
以上、【壊れた怪物 雨森悠人】でした。
次回、幕間を1話挟んで第2章突入です。
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