10-12『汚濁』
まだ詳しくは読めませんが、この章は過去最大話数になるかもしれません。
天守家最後の一日が濃厚スケジュール過ぎて……。
八雲学園長の暗躍、弥人の死、そして雨森の爆誕まで。
過去編最終日だけでも、一体何話つぎ込めば書ききれるのか……。
……三十話までは、行きたくないなァと思ってます。
自己紹介は、なんやかんやで終了した。
まあ、一応全員が自己紹介したのだけれど、最初の二名の自己紹介が印象的すぎてね……。覚えていないとまでは言わないまでも、随分とあっさり終わった印象だ。
その後、入学式までもう少し時間があるということで自由時間に。
周囲の同級生たちはどこか落ち込んだ様子だったが、特に興味もない。
僕は気にせず優人たちへと歩いて行った。
「かっこよかったね優人! 僕が女の子だったら惚れてたよ」
「気持ち悪いな」
彼の背中を叩きながら言うと、彼は顔をしかめていた。
なので少し声を静めて、周囲に聞こえないよう本音を喋る。
「……誇らしいけど、自分で目立つのはらしくないね。どうしたの?」
そう問うと、彼の顔のしわが深まった。
「……単に、気分が悪かっただけだ。僕が嫌いなのは他人を笑う奴と、人の自由を奪う奴。逆に僕が好きなのは、そういう奴らを完膚なきまでに黙らせてやることだ」
「言うことあるなら、ちゃんと自己紹介すればいいのに」
「どっちにしろ特技はなかった。それに紹介できるほど、誇らしい自己なんてないさ」
……まあ優秀な兄と妹に居るから、彼の言わんとしていることは分かる。
彼は二人に劣っているとは口では言わないし、二人に勝とうと頑張っている。けど、そういう劣等感が一切無い、って言えばウソなんだろう。だから彼の言葉に何とも言えない顔をしていると、彼が険しい顔で僕を見ていることに気づく。
「――お前、使いそうになっただろ」
彼の言葉を聞いて、僕は背筋が冷たくなった。
……霞ちゃんが笑われているとき、僕は天能を使おうとした。
現に、優人が動いていなければ、僕は物理的に笑い声を消していただろう。
それを責められているのだと察して、心臓が強く跳ねた。
僕は彼の背から手を放す。
彼は呆れたように、僕を睨んでいた。
「もしかしてダメだった……かな? 僕なりに守ろうとしたんだけど」
「姿勢は正しい、ただし手段は大外れだ」
優人は僕の瞳をまっすぐに見つめる。
その眼光は少し居心地が悪くて、視線を逸らした。
「いいか志善。どんな時であれ武力行使は最終手段だ。その手段を取らないために人は知恵を磨き、今まで人類史を積み重ねてきた。困ったら実力行使。そんな考えで動くのならば、人間は猿のままで進化しなくてよかったんだ」
「そう、だね。うん、優人が正しいと思う」
彼の言っていることはすべてが正論だったと思う。
突きつけることは厳しくとも、一から十まですべてが正しい。
……いや、たぶん。正しい、のだろう。
僕は頭がわるいからよく分からないけれど。
害為す相手を害して何が悪いのか……と思うけれど。
優人がそういうのなら、優人の言葉が正しいのだと、僕は思う。
「……お前は、弥人とは真逆に難儀だな」
全て見透かして、優人が苦笑する。
何もかも恵まれて育った、善性の弥人。
対して僕は、悪意の中で生きてきた。
誰にも求められず、誰にも救われず。
両親からは常に侮蔑と後悔だけを向けられて生きてきた。
ならば濁って当然。
思考は悪性に寄るのだと自覚している。
ただ僕は、どの部分が悪なのか分からないんだ。
悪であると知りながら、なにが悪なのか分からない。
……なんというタチの悪さ。
人間として、決定的になにかが間違っている。
僕もまた、自分で自分に苦笑する。
「だから君たちに憧れるし、正しく在れるよう学ぶんだ。一生懸命にさ」
「……当たり前だ。志善なんて名前の男を、悪にしてたまるモノか」
そうこう話していると……ふと、視界の端にこっちを見ている霞ちゃんが映った。
「あ、霞ちゃん。大丈夫だった?」
「えっ、あ、は、はい……」
彼女はそう言いながら、顔を赤くして優人を見ている。
その姿を見て――ピキーンと、脳内にひらめきが走った。
「ちょっと優人」
「は?」
不機嫌そうな優人の手を引き、僕は教室の隅まで歩いていく。
肩を組むと、周囲へと聞こえないよう声を潜めた。
「……時に優人。どんな女子が好み?」
「唐突だな。いや、言いたいことはだいたい分かるが……あれは恋愛感情じゃな――」
「大丈夫! これでも恋ちゃんから少女漫画借りて読み漁ってきたんだ! 常識は無くても男女の色恋沙汰に関しては敏いよ、僕ぁね!」
「タチが悪いな……」
彼はそう言って顔をしかめるが、逃げる気配はない。
「ちなみに僕は、おとなしそうな文学少女かな! 実は隣の席の女の子とかちょっと好みだったりするんだけど……優人って同じ好みだったりする?」
「知らん。……ただ、完璧な奴は嫌いだ。弥人に被る。ただ、完璧じゃなくても目標に向かって頑張ってるやつは、好ましいと思うけどな」
なるほどなるほど……頑張ってる子が好み、と。
僕は彼の方から手を離すと、振り返る。
そこには、話したそうにしている霞ちゃんが立っていた。
「あ、あの……っ、あ、天守くん……!」
「……なんだ」
ぶっきらぼうに返す優人を、肘で突く。
面倒くさそうに僕の腕を振り払う優人へ、霞ちゃんは赤い顔で問う。
「どっ、どうしたら……天守くん、みたいになれますかっ?」
少女の問いに、優人は顔をしかめる。
っていうのも、その少女の在り方が『目標に向かって頑張ってるヤツ』とも取れたからだ。
「……さあな。そもそも前提、自信が無ければ他人は動かせない。お前じゃ無理だろう」
「じ、じしん……」
それこそ自信なさげに霞ちゃんは呟く。
酷いこと言うなぁとは思うけれど、人には向き不向きがある。
霞ちゃんは、まちがっても優人を目指すべきではないと思う。
天守優人をマネできるのは、天守優人だけ。
或いは、彼をとても近くから見続けてきた何者かが居れば話は違うのかもしれないけれど、他の人間に優人を模倣するのは難しいだろう。
それこそ、誇張なしに地獄を見ると思う。
「ま、霞ちゃんもあんまり気にしちゃだめだよ。優人は言うことキツいんだから」
「正論だろうが」
正論だけどね。僕が言うのもなんだけど……優人はちょっと頑固すぎる。
その場に合わせて自分の意見に嘘を被せるくらい、したらいいのに。
ほら、いつも恋ちゃんをあしらうときは嘘言ってるでしょ、優人って。
そうこう考えていると……ぽつりと、霞ちゃんから声がする。
「か、かっこ、いい……!」
「「…………はぁ?」」
思わず、僕ら二人の声が重なった。
「あっ、す、すいません! で、でも……他の人の目なんて気にしないで、自分の思ったことを、その、平気な顔で言えるって。わ、わたしからは信じられなくて。……でも、かっこいいとおもいます! すごいです、天守くん!」
「あ、あぁ……変な奴だなお前」
「ちょっと優人!」
女の子に酷いこと言っちゃダメでしょう!
そんなこと言ってたら嫌われるわよ、と再び肘で突く。
彼は知らんと言わんばかりにそっぽを向いており、僕はため息交じりに霞ちゃんへと声をかける。
「……でも、かっこいいのはとても同感だよ。見る目あるね霞ちゃん!」
「し、志善くんもおもいますか!」
少し興奮気味に霞ちゃんが寄ってくる。
どうやら『優人かっこいいよね』同士が誕生してしまったらしい。
霞ちゃんとは今後も仲良くやっていけそうだ。
それに、初めてできた友達だしね。ぜひ大切にしていきたい。
「よーしっ! それじゃあみんな、そろそろ入学式いくよー!」
そうこうしている内に、榊先生からの声が響く。
クラスメイト達はぞろぞろと廊下へと並び、体育館へと歩き始めるのだった。
☆☆☆
「……ええ、二人とも目立った様子はないかと」
物陰から、猫背の男の声がする。
どうやら電話をしているらしい。
電話越しに聞こえる声はどこか威圧的で、苛立っているようにすら聞こえた。
『目立った様子はない……? 天能発動の予兆があったがどう説明するつもりだ?』
「志善悠人が小学生を黙らせようとしたらしいですね、八雲所長」
電話の相手は、研究者、八雲。
対して校内の物陰に隠れていたのは、彼の助手、名を――海老原と言った。
猫背に白髪、歳は二十代後半と言ったところだろう。彼は、淡々と八雲に返答していた。
『それを目立った様子がない……と言ったのか貴様! 頭でも沸いたのか!? 下手をすれば死者が出ていたところだぞ!!』
酷く当たり前の説教。
されど、研究者八雲の内心に善性などないと、助手は知っていた。
「……そうですね。こんな場所で被検体に目を付けられるわけにはいきません」
『当たり前だ! あのモルモットは私たちのモノだ! 他の誰にも弄らせるわけにはいかない……! 考えただけで嫉妬に狂いそうだ!』
志善悠人の肉体は、研究者にとっては宝箱そのもの。
幾ら弄っても壊れず、どれほど無茶な実験でも平然と耐え抜く。
そんな貴重なサンプルを、他人に奪われるわけにはいかない。
まして、この学校には橘が二人も通っている。警戒すべきはそちらだろう
『しっかりと監視しろ! そのために被検体の娘を一人、貴様の養子として付けたのだからな!』
助手が校内に居る理由。
それは監視の為だったが――そのために、八雲は被検体の少女を利用した。
被検体No.47、呼称『少女H』を養子として助手の娘にしたのだ。
その上で少女を当該小学校へと入学させ、保護者として正式に学内へと招かれたわけだ。
「……もしも、第三者の手に渡るようであれば?」
『――殺して構わん。確かに貴重だが、サンプルはいくらでも用意できる』
殺そうとしても死なない被検体は初めてだが。
別に、死んでしまう被検体でも実験は出来るのだ。
志善悠人が現れるより前も、そうやって二十数名を使い捨ててきた。
彼が死ねば、死んだで構わない。
全て、以前の『形態』へと戻るだけだ。
ブツリと、電話が切れる。
助手は異なる番号へと電話を掛けると、すぐに繋がる。
視線の先には、養子として迎え入れた小柄な少女がいる。
その脳内には遠隔操作の通信機が埋め込み済みだ。
……といっても、脳を弄るなど無茶な手術。
多少人格に影響は出るだろうが……その少女も使い捨てだ。別に構わない。
「近くで観察するように。不審な点があれば私に報告を。――すぐに処置します」
少女が、遠目からも頷いたのが分かった。
その姿を一瞥し、猫背の助手はその場を後にする。
仮にも保護者の役割だ。
入学式に遅れてしまうなんて、言語道断だろう――と。
非人道に染まりながらも。
彼は、人並みの感情を胸に抱いていた。
人はそれを、俗に【狂人】と呼ぶのだろう。
今のところ過去編で出てきた見知った名前。
①被験者『烏丸』
②運ばれていった死体『倉敷遥』
③若き研究者『八雲』
④小学校の担任教師『榊雅弓』
⑤初めての友達『朝比奈霞』
その他にも数名、登場している人物はいるのですが……おそらくそこらへんに触れるのは次章になると思われます。この章では謎を回収しませんので、ご了承ください。




