10-10『出会い』
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橘月姫がやってきて。
僕をコテンパンに倒し、自信たっぷりのドヤ顔を浮かべながら訓練場を去ってから、しばらく。
僕は、傷だらけの体を引き摺り、周旋さんの執務室へとやってきていた。
「なんの、用事でしょうか」
執務室の中を見渡す。
周旋さんを始めとして……おそらくは、橘月姫の血縁なのだろう。白髪の男性と、弥人よりも少し年上らしい少年がソファーに座っていた。
「ほぉ、彼が!」
「……橘殿」
「あぁ、いや、分かっているとも。私は我儘を言って同席させてもらっている訳だしな。あまり口は挟むまい」
そう言って男性は腕を組む。
白髪に、赤い瞳。
間違いないなぁ、と思いながら、周旋さんへと視線を戻した。
「まずは、よくやったと言っておこう。後天的に天能に目覚めた存在は貴様が史上初だ。胸を張っていい」
「……はい」
胸を張れ……といわれても。
僕がしたのは、我慢だけ。
頑張ってくれたのは、僕の前に犠牲になった25人の子供たちだ。胸を張れというのであれば、それは彼らに贈るべき言葉ではないか。
そんなことを思ったけれど、言ったところで何も変わらないのは目に見えていた。
「して、貴様の天能は自然……橘殿の言葉を借りるのであれば【自然の加護】とでも呼ぶべき代物。自然を扱えるらしいが……」
「……ええ、そうみたいですね」
【自然の加護】
そう言われて、素直にびっくりした。
それほど、その名称は『しっくりくる』モノだったからだ。
何とか驚きを出すことも無く、僕は右手を目の前に出した。
「雨……とか、風とか、火とか」
僕の手を中心に、室内に風が吹く。
僕の力は、自然の力を行使する。
この星にある自然現象。
雨も風も火も、きっと極めれば雷だって。
自然界にある力は全て使える……はずだ。
その光景に感心した様子の橘父に対し、周旋さんは苦々しい表情を浮かべていた。
「……それだけか」
「……まだ分かりません。なんとなく、使えるって言うのは分かるんですけど、どこまでできるかは……なんとも」
できることは多いと思う。
だからこそ、どこまで出来るのか、よく分からない。あまりにも使役出来る力の範囲が膨大すぎて、一日二日ではまるで把握しきれない。
そう告げる僕へ。
周旋さんは、失望した表情を浮かべた。
その変化に、僕も、橘の二人も驚く。
僕自身、この力は凄いものだと思ってた。
それこそ、『星を破壊する力』で言えば、優人の【銃】にも匹敵する。無差別な破壊攻撃だけなら、攻撃範囲だけなら、間違いなく天守と同格だと思った。
にも関わらず。
天守周旋は。
そうではないのだと。
そう、失望の顔で、絶望の貌で。
どこか泣きそうな表情で、僕を見ていた。
「…………ではないのだな」
「…………えっ?」
本当に小さな、周旋さんの呟き。
聞こえた。
確かに聞こえた。
けれど、それは……。
それは、いいのか。
……願ってもいいもの、なのか。
僕は頭は良くないけれど。
彼らが頑なに語ろうとしない、もう1人の家族。そして周旋さんの今の言葉を聞いて、否が応でも理解がついた。
天守周旋の、目的。
彼が、人体実験の果てに掴みたい未来。
「……いや、いい。その力であれば可能性がない訳では無い。引き続き天能の習熟に励むことだ」
「……はい。分かりました」
彼の声に、何とか返事をする。
頭の中はごっちゃごちゃだったし。
何を考えていいのかも分からなかった。
けれど、理由がわかって、目的がわかって、僕は――。
「あ、そういえば周旋」
ふと、思考の中に声が通る。
顔をあげれば、橘父の笑顔が見えた。
「そろそろ年の瀬だろう? この子も見たところ、来年あたりは小学校入学の時期だ。まさか、義務教育を無視するつもりはないよな?」
「……義務教育」
彼の言葉に、周旋は思いっきり顔を顰めた。
「そんなもの――」
「そんなもの、じゃない。学びは子供たちにとって必要なものだし、学校生活は彼らにとって大切な経験だ。まさか、天守が憲法を破るわけじゃないだろう?」
まぁ人体実験の時点でアウトだけどさ。
そう橘父は薄く笑う。
その笑顔に歯ぎしりした周旋だったが、おそらく家系的に同格の橘に、憲法まで出されてしまっては否定も出来ない。
「……あぁ、そうだな」
彼は頷き。
そして、橘父は僕へと笑った。
と、いうことで。
何が何だか分からない内に。
僕の、小学校への入学が決定した。
☆☆☆
小学校への入学。
僕の年齢は(どうやら天守の方で調べたところ)優人と同じだったらしく、彼と同時期の入学が決定した。
――ということで。
小学校入学の話があってから数ヶ月。
入学準備だとか諸々もあったけれど。
僕は、ランドセルを肩に校門前に立っていた。
「……まさか、僕が、学校なんて」
思わず苦笑し、前髪を弄る。
半年前までは、小さな部屋だけが僕の世界だったって言うのに……天能発現から数ヶ月、僕の世界はこんなにも広がっていた。
といっても、天守家の日々は変わらない。
引き続き人体実験を受けつつも、天能をそれなりに使えるようになってきた。
そのせい……だとは思うんだけど。
僕の黒髪は少し脱色が始まっていた。
前髪の毛先が少し、白くなっている。
それは、僕もよく知る【橘】とよく似た髪色で、周旋が言うには『人から神に近づいている証拠』だそうだ。
逆に弥人は『耐久力も凄いし、もしかして悠人って橘の遠縁だったりするのかな?』とも言っていた。冗談じゃないと思ったが、弥人の考察だと考えると割と可能性のある話かもしれない。
まぁ、何はともあれ……順調に、僕も人間を辞めてきてるよなぁ。
そんなことを考えていると、隣から声がした。
「おい、何を突っ立っている」
「あ、ごめん優人」
隣を見れば、堂々と肩がけのリュックを持った優人が立っていた。
「一般常識なんて全然知らない僕が言うのもなんだけど……そのリュックでいいの? みんな、ランドセル背負ってるけど」
「ランドセルは容量が狭過ぎる。これくらいの旅行バッグのほうが融通が利くだろう」
……なんとも彼らしい理由だった。
入学式の日。
周りを見れば様々な色のランドセルが見て取れる中、彼1人だけ旅行用の肩がけバッグを持っている。彼の日本人離れした青い瞳も目立つ原因の一つだったが、目の色なんかよりも明らかに悪目立ちしていた。
「……知らない人の振りしていいかな」
「好きにしろ。……まぁ、お前としても僕から距離を置いた方が過ごしやすいとは思うがな」
そう言ってバッグを肩にかけ、彼は歩き出す。焦ってその後ろを追いかけると、周囲からコソコソと話し声が聞こえてきた。
「ちょっと、あれ、天守家の……」
「まぁ! 本当に……」
「挨拶しておかなくちゃ! 親御様は……」
「後ろの子はどちらさまなのかしら――」
強化された聴覚は、本来は聞こえない声まである程度拾ってしまう。
なるほどなぁ、天守家か。
たしかに普通じゃないとは思ってたけど、やっぱり知名度、高かったんだね。
「有名人じゃん」
「煩い。他人の振りをするんじゃなかったか」
「冗談だよ。離れるつもりはないさ。僕は優人のこと好きだからね」
そういうと、彼はピタリと足を止めた。
疑問に思って僕も足を止めると、彼は僕を振り返って睨んでくる。
「えっ、なに?」
「お前な……そういうことは軽々しく口にするもんじゃない。そういうのは好きな女性にここぞって時に言うモノだ」
「……好きな女性。……恋とか?」
「……恋にはまだ早すぎるな」
彼はそう言って、再び歩き出す。
「……簡単に言うと、あんまり好きとか嫌いとか明言するな。天守である以上、ひとつの発言で家名に傷がつく」
「……なるほど。誰も聞いてないところで言えばいいんだね」
「……小学生が」
至極当然の罵倒が飛んできた。
小学生ですが、なにか?
そう返そうとしたところで、校舎玄関へとたどり着いた。多くの子供たちが親と一緒に受付をしていて、それぞれのクラスへと案内されている様子だ。
「やっぱり父上は――」
「来るわけがないだろう。あの人はこういう家族ごっこに興味はない」
ここ数ヶ月。
僕は周旋のことを父上と呼んでいた。
それは弥人からの、『さん付けとかってちょっと他人行儀すぎない?』という強い要望あってのものだった。
まぁ、僕も天守周旋には思うところがあったし、天守家の一員として生きる覚悟もいい加減決まってきた。結果として、僕は彼を『父上』と呼ぶことに決めたわけだ。
……ちなみに、僕は実の父親の方は『父さん』と呼んでいた。……まぁ、アレを実際に呼ぶことは数度もなかったけどな。
「へぇ、1年C組かぁ。二人一緒だね」
「A組の方が良かったな。CよりもAの方が優れているイメージがある」
「……優人って、たまに変なこと言うよね」
そんなことを言いながら受付を済ませた僕らは、荷物を置きに教室へと向かう。
……今にして思えば、僕は少し浮かれていたんだと思う。
通うことなんて考えも出来なかった小学校。
それも、優人と一緒のクラスになれると知って、嬉しかった。
あと、これは言い訳になるけれど。
僕は人の気配を察知できるような、達人ではない。
ごく普通……ではないにしても、一般人だ。
だから――というわけでもないけれど。
周囲をきょろきょろと見渡していた僕は。
廊下の角を曲がる際、その奥から歩いてきた少女とぶつかってしまった。
「きゃっ」
「っ!? ご、ごめんなさい! 大丈夫……?」
咄嗟に、倒れてしまった少女へと駆けよる。
ちらりと見れば、優人が白い目で僕を見ていた。
あれは『ちゃんと周囲を見て歩け馬鹿が』と蔑んでいる目だ。
相変わらず厳しいな……。
でも、今は優人より女の子の方が優先だ。
「こ、こちらこそ、その、ご、ごご、ごめんなさ、い……」
少女には、見たところ怪我した様子はない。
僕も悲鳴が聞こえてちょっと焦ったが、まずは怪我が無くて良かった……。
少女は肩まで伸びる黒髪に、日本人とは思えない綺麗な碧眼だった。
緑色の、宝石のような瞳が僕を見上げる。
……随分と怯えている様子だが、そんなに僕の顔は怖かっただろうか。
珍しい目の色だったから、じっと見ていたのが悪かったかもしれない。
「いや、僕がよそ見してたから悪いんだ。ごめんね……いきなりぶつかっちゃって」
「そ、そそ、そんなこと……ない、です。私の方が、……私が、悪いんです」
肩を震わせ、少女が言う。
あまりの怯えように驚いていると、黙っていた優人が口を開いた。
「半年前のどっかの馬鹿にそっくりだな。一にも二にも自信が無い。そんな顔だ」
「優人はちょっと黙ってて」
あきらかに僕のことだった。
ぎろりと彼を睨んでそういうと、鼻で笑って彼は黙った。
改めて少女へと手を差し伸べると、彼女はびっくりして目を丸くした。
「とにかく、ごめんなさい。……僕は志善悠人。君の名前は?」
何気なくした、自己紹介。
それに対して、少女は怯えを見せたけれど。
すこし間を開けて、おずおずと差し伸べた手を握り返した。
「わたっ、私、は……朝比奈、って、言います」
その時の僕は、まだ知らない。
その出会いこそが、ただの少女を『正義の味方』なんてものに縛り付けてしまうだなんて。
記憶も褪せるような、古い記憶。
されどその出会いを、忘れることはないだろう。
少年が出会ったのは、気弱な少女。
彼にとっては初めての、友人だった。
次回【正義の味方】
面白ければ高評価よろしくお願いいたします!
作者が喜びます。




