10-8『覚醒』
公式ホームページにて、書籍特典SSの詳細が発表されております。
特典SSは全五種類
○億劫なお誘い
○ゲームセンター
○倉敷の推察
○ショッピング
○月夜の訪問者
となっております。
感想欄でけっこう質問来てましたので、気になる方はぜひ見てみてください。
無数の、透明な槍。
それらは澄んだガラスのようで、限りなく背景に溶け込んでいる。
けれど、目を凝らせば何とか見える。
元々『目がいい』とは優人たちにも言われてきたけれど、痩せこけていた僕の身体にもだいぶ筋肉がつき、性能は軒並み上昇していた。その『性能向上』の中には動体視力も含まれている。
「っ」
走りながら、飛んでくる槍を躱す。
見える。動きながらでも槍が見える。
躱すのは全力で走って精一杯だけど、まだ、なんとかなる。
その光景に歯噛みする橘月姫。
同時に、後方からも声が聞こえてきた。
「あいつ……僕より速くないか」
「まあ、優人は運動からっきしだからねぇ……。にしても速いけど」
歩くだけで息が切れていた頃とは違い、体が軽い。
ちゃんとご飯を食べられるだけでこんなにも違うのか。
――あるいは、人体実験の影響なのか知らないけれど。
二人の言う通り、確かに子供の出せる速度じゃないと思った。
ま、物理法則ガン無視の恋を知っている手前、すごいとは思えなかったけど。
「諦めてくれないかな」
ふと、零れた本音。
ほんの小さなつぶやきだったはずなのに、橘月姫は耳聡かった。
「私の辞書に、敗北と諦念はありません」
「……難しい言葉をしってるんだね」
そう返したところ、槍の本数が増えた。
見れば、少女の額にはくっきりと青筋が浮かんでいる。
「……さすが天守。私を怒らせる術を熟知していますね」
そんな声を聞き流し、僕は足りない頭で考える。
彼女の天能。
今のところは、槍を飛ばすだけ。
それだけを見ると、優人の【銃】にも少し似ている。
彼の力も、極論を言えば『銃火器や爆弾を召喚し、使う』だけだ。
彼女の力が『槍を召喚し、使う』だけ、って可能性もある。
というか、今のところはそれしか考えられない。
……けど。
それだけなら、優人よりも弱いと思う。
優人なら、核爆弾だって持ってこれる。
槍だけなら、どう考えたって銃には敵わない。
なら近接戦は……とも考えたけど、間違っても彼女は近接戦闘向きな体格じゃない。
少女の小柄な体を一瞥し結論付けると、……ふと、疑問が出た。
なら、どうして僕は『橘月姫は優人よりも強い』と直感したのか。
考えて、考えて。
結果として、僕は最初のところに立ち戻った。
「……槍だけじゃない?」
「……っ!」
僕の呟きを拾って、少女の頬が強張る。
視界の端に笑顔の弥人が映り、二人の様子から考えが間違ってないのを知る。
なら、なんだろう。
あらゆる近接武器の支配……とか。
考え得る限り【武】とか【兵】とか。
けれど、しっくりはこない。
これだ、という確信がない。
僕は色々と考えを巡らせるが――次の瞬間、そんな思考は吹き飛んだ。
「同じ言葉を、2度言わせるおつもりで?」
その言葉が、僕の背後から聞こえた。
ありえない、嘘でしょ。
そんな咄嗟の思考。戦いに慣れていないせいもあって、驚きから反応までが少しだけ遅れた。
焦って振り返ったところ。
僕の頬へと、正拳突きが突き刺さった。
「――がっ!?」
あまりの衝撃。
まるで顔面を車ではねられたような威力……。本気で、首の骨が折れたんじゃないかと錯覚した。
思考もまとまらず、受け身もままならず吹き飛ばされて、僕は屋敷の襖を突き破って転がった。
「ぐ、う……っ」
痛い、とても痛い。
殴られた頬も、衝撃を受けた首も。
転げ回った身体中も、すごく痛い。
口の中が切れたのか、血の味がする。
けれど、この痛みは初めてじゃない。
実験中、これくらいならいくらでもあった。これくらいの痛みなら慣れている。
けれど、久しぶりに殴られて。
かつての恐怖が、じわりと心に染み渡る。
殴られたし、蹴られたし、時には斬られた。忘れたくても忘れられない過去の自分。身体中に刻まれた古傷が、じくりと痛み始めた。
奥歯を食いしばり、四肢に力を込めて立ち上がる。
「で、その後は?」
「!!」
再度、背後から声。
咄嗟に裏拳を振り回す。
殴るつもりなんてなかったのに。
戦うつもりなんてなかったのに。
痛みと恐怖で追い込まれて。
思わず飛び出してしまった、暴力。
けれど、当たらない。
……いや、正確には、当たったけれど。
僕の攻撃は、少女の細い指一本で受け止められていた。
「はっ」
信じられない光景に、思わず笑った。
いや、嘘でしょ。
そんなことを思った直後、僕は衝撃と共に吹き飛んでいた。
「し、志善……!?」
「な、なにがおこってるでありますか!」
再び、庭先へと戻ってくる。
僕は地面を滑りながら何とか体勢を整えるけれど、先程僕らが立っていた場所を見ても、橘月姫の姿はなかった。
そして、僕に影が差しているのを見て。
誰かが、背後に佇んでいることを知った。
「いや、嘘でしょ」
今日、何回目とも知らない言葉。
それでも言わずには居られなかった。
背後を振り返れば、白髪の少女が微笑んでいた。
「ふふ、本当ですね」
その微笑みは、悪魔のそれに見えた。
☆☆☆
「勝てるわけが無い」
天守優人は断言した。
現在進行形で、志善悠人は橘月姫と戦っている。その光景、志善悠人の劣勢を眺めてしばらく、結論はやはりソレだった。
「だろうねぇー」
「分かってたろ。相手は子供と言えど橘だ。神の末裔に、生まれて初めて戦うような一般人が、敵うわけが無い」
元はと言えば、神を殺した当時の『天守』は一般人でしか無かった……とされている。
特殊能力もなく、身体能力も多少優れている程度。今の恋よりも遥かに劣るだろう。
そんな一般人が、何代にもわたって策を練り、罠を巡らせ、多くの屍を乗り越えて神を殺した。
そういう意味では、一般人でも神は殺し得るのだと、天守の血筋が証明していた。
――だが、それはあくまでも一般人として全てを窮めたが故の偉業だ。
間違っても、初めて戦うような少年に求めるものでは無い。
現に、志善悠人は追い込まれていた。
おそらく、橘の天能にすら気付けてはいまい。というか、こうして傍観している優人としても『確信』までは至れていない。
それほど上手く、巧みに、自身の力を隠しながら橘は戦っていた。
(言ってしまえば、それは手加減だ)
手加減した上で、掌で転がされている。
完全に遊ばれている。
志善悠人の身体能力、動体視力。そして【槍】の能力ではないと見破ったところまでは、橘月姫も感心を示していた。
が、そこまでだ。
いくら実験で身体能力が向上していようとも、身体能力はせいぜい大人と同程度。いくら視えていても彼は一般人だ。
天能が使えないのであれば、それ以上、勝敗の秤が傾くことは無い。
「で、お前はなんで、志善を戦わせた?」
「ん? あぁ、僕かい?」
弥人は、優人の言葉に少し微笑む。
彼は楽しそうに二人の様子を眺めており、その瞳を見た優人は顔を顰める。
分不相応な夢の形。
空想上の職業。
今までも、彼を貶した者は多く居た。
けれど、その全てを受け止め、この男は笑い続けている。何一つ気にすることなく、自分の夢を誇らしげに語っている。
――曰く、正義の味方、と。
馬鹿だと思った。
できるわけが無い、そう思った。
普段の彼を知れば知るほど、お前にそんなものは似合わないと言ってやりたくなった。
けれど。
時折、彼の瞳の奥深くに。
自分では測りきれない『なにか』が在るのが見えて、それもまた悔しかった。
「悠人にも言ったんだけどね。天能なんて、頭でいくら考えたって使えるわけないのさ。特に、悠人なんて勉強とは程遠い環境にいたんだ。知性で天能を解き明かせるわけが無い」
「…………」
目の前で悠人の話をされて、なんだか自分の悪口を言われているような気分になる優人。
これだから同じ名前ってのは嫌なんだとため息ひとつ、彼は戦場へと視線を戻した。
「否定はしない。……ただ、勉強とは程遠い環境、と呼ぶにはアイツは随分達者だと思うがな」
「うん。彼は間違いなく天才だよ。天守には及ばないにしても、世間一般からしたら化け物だろうね。断言するよ」
「ほほう! ばけもの!」
恋が意味もなく頷き叫ぶ。
視線の先では、悠人は一方的に殴られている。その顔には余裕はなく、極限まで追い込まれているのが誰の目にも分かった。
「天才だから、ちょっと試しに自分で頑張らせてみたのさ。けど、ちょうどよく都合のいい来客が来たからねー。ついつい利用しちゃった☆」
「……お前、それ本人には言うなよ」
「言わないよー。だって橘だよ?」
そう笑って、彼は自信満々に胸を張る。
さぁ、盤面は揃った、と。
どう足掻いても到底敵わない相手。
追い詰められる恐怖と焦燥。
再認識する、自分の無力さ。
そこまで来れば、あとは簡単だ。
なぁに、彼はもう掴みかけてる。
あとはちょっと背中を押してやるだけで、あっという間に【芽】は醒めるさ。
そう笑って、少年は期待する。
「いつだって、力は心の底から求めて始めて手に入るのさ」
少年が、呟いて間もなく。
――空から、雨が降り始めた。
次回【志善の天能】
書籍発売に合わせて、土曜日更新予定です。




