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10-4『交渉』

 翌日の朝。

 僕は、天守家当主――天守周旋(しゅうせん)の執務室に来ていた。

 隣には優人と弥人が立っていて、対するは執務机を前に座る周旋。

 彼は右手人差し指で額を叩き、机の書類に目を通していた。


 拾われて二日目。今日は、彼に対して僕の意志を伝えるために、この場を用意してもらった。

 当然弥人には猛反対を受けたけれど、優人が「本人の意思と覚悟を侮辱するな」と僕を後押ししてくれた。


『やるというのなら、僕もお前の覚悟に応えよう。……ただし、覚悟が揺らげばすぐに追い出す。死にそうになっても同じことだ』


 優人の言葉を思い出す。

 弥人も彼の言葉を受けて一晩悩んでいたようだが、今朝になってこの場を用意したと教えてくれた。


 なら、もう迷うことは無かった。


 僕は周旋に自分の意思を伝えた。

 僕が、地下での被験者になること。

 地下にいる子供たちが受けている実験を僕が引き受ける代わりに、僕が生きている間は彼らを使わないで欲しいということ。

 伝えたいことはシンプルだったけれど。

 言うに従って、部屋の空気が重くなるのを感じていた。


「……なるほど。言い分は把握した」


 一通り伝え終えて。

 しばらくして、彼はそう言った。

 その日初めて、周旋は僕を見上げる。


 その瞬間、僕は明確な【死】を見た。


 どこまでも暗く淀んだ青い瞳。

 まるで安価なガラス玉のような、濁った眼。

 そこには、純粋な殺意が滲んでいた。


 背筋が凍る。

 唇が震え、緊張に乾く。

 思わず喉を鳴らす。

 その頃になって、自分の膝が震えていることに初めて気がついた。


 ……たったの一瞥だ。

 ただ、その瞳で見据えられただけ。

 なのに、鋭い日本刀を首筋に添えられているような感覚を覚えた。

 今まで受けたどんな暴力よりも、すぐ近くに自分の死を感じる。

 きっと今、僕は生と死の瀬戸際だ。

 一歩踏み出しただけで、間違いなく死ぬ。


「私が、その条件を呑む、メリットは?」

「……これ以上、他から被験者を連れてこなくて済みます」


 彼の問いに、僕が答える。

 直後、天守周旋は動き出す。



「――論外。聞くだけ時間の無駄だった」



 そう言って、彼は立ち上がる。

 その姿を見た瞬間、弥人は僕達の前に立ち塞がる。しかし、その頬には冷や汗が伝い、いつもの余裕は浮かんでいなかった。


「ち、父上!」

「疾く退けろ弥人。そも、貴様に押されて溝鼠(どぶねずみ)一匹引き入れたのが間違いだった。ここで殺す」


 彼は机を回り込むように歩き出す。

 一歩、一歩と距離が縮まる。

 威圧感がその度に膨れ上がり、あまりの圧に膝が折れる。


「無知、無駄、無謀。私が嫌いな言葉だ。貴様が死なぬ道理がない。被験者の代わりを務められる根拠がない。であれば、それは妄言と私は捉える。であれば貴様は、天守に妄言を吐いた自殺志願者だ」


 天守周旋。

 彼の天能は聞いていた。

 であれば、もうこの場所は射程範囲内。

 この部屋に入った時点で、僕ら三人は既に王手を掛けられていた。


「父上! 僕を信じて――」

「信じない。貴様の正義など論ずるに値しない。将来は知らんが、今の貴様に信じられる実績が何処にある」


 弥人の言葉も、まるで届かない。

 彼は歯を食いしばると、僕らを振り返る。


「うん最悪だね! 今日は父上の機嫌が悪い日だった! 優人は彼と部屋の外へ! さすがに本気の父上を相手に他の人は守りきれない!」


 弥人は必死な形相でそう叫ぶ。

 彼の背から、白銀の翼が生まれた。

 天守弥人。

 天能の名は【善】

 善なる者として、不滅になる力。

 加えて14の力を取得するという、まさしく怪物の名にふさわしい力。

 されど、相手は天守家の当主。

 そも、生きて積み上げてきた経験が違う。


「そうか。であれば、死なぬ程度に手加減しよう。弥人、貴様だけは生かさねばならん」


 周旋は、僕らへと右手を伸ばす。

 殺意が一気に膨れ上がる。

 息すら出来ないような、圧の中で。


 ふと、隣を見れば。


 彼は、実に涼し気な顔で立っていた。



「殺すのは勝手だが、その前に、僕の話を聞かなくていいのか?」



 優人が、軽い調子で声を出す。

 その姿に、弥人も、周旋も驚いた様子で彼を見た。……というより、彼が手に持つ『何かの機械』を見た。


「……優人」

「父さんも僕の力は知っているだろ。天守とは橘を抑制する者。であれば、()()()()()()()()()()()()()()()()。僕が落ちこぼれと言われる理由は納得してるよ」


 橘という名に聞き覚えはなかったけれど。

 彼の手に握るものを見て。

 そこに書かれている文字を見て。

 意味を理解し、背筋が凍った。



「……だけど、僕が壊せないのは神だけだ」



【地球滅亡スイッチ】


 意味……は、理解出来た。

 けど、全く()()()()()()()()

 内容は把握出来ても、どうして、どうやって。そういう部分が何一つ分からなかった。


「貴様……」

「あんたが父親である以上、弥人じゃ無理だし、恋は実力不足だ。けど、僕なら父さんを相手に【脅し】が使える」


 彼の横顔を見て、頬が引きつる。

 弥人を見れば全く同じ反応だった。



()()()()()()()()()()()()()()()



 ここに来て、初めて周旋の顔色が変わる。

 ただでさえ白かった顔に、どこか青さが滲む。それだけ天守優人の言っていることは頭がおかしかった。


「小さな弾丸から、地雷、ミサイル、核爆弾まで。それら全てを総括するのが僕の天能だ。この男の条件が呑めない、あるいは逆ギレして殺そうとしたりしたら、その時点で僕は地表の六割を吹き飛ばす」


「う、うわぁ……」


 弥人が、そんな声を漏らした。

 それに対し、優人は生き生きとしながら笑っている。


「何を驚く。弥人が善なら、僕は悪さ。赤の他人からこの星の命まで、誰を道連れにしようが、何ら心は痛まない」


 嘘だ、と僕は思った。

 だってこの人、地下の子供たちを見て怒ってた人だもの。……まぁ、明らかに悪役の顔してるし、言ってることは最低だけど、地下で見た彼を知っている僕からしたら見え見えの嘘だった。


「なにも、実験をやめろと言ってるわけじゃない。……それを願うなら、あんたはこの脅しでも止められない。ただ、今回は『志善悠人の願いを受け入れる』だけでいい。実験は引き続きこの男で続ければいいだけさ。仮に死んだらまた被験者を使い始めればいい」


 優人が一気に畳み掛ける。

 それを前に目を見開いた周旋は、やがて大きなため息を漏らして眉根を揉んだ。


「……貴様は阿呆か」

「だろうね。昨日知り合ったばかりの他人をここまで信じるなんて。案外、なにか感じるものがあったのかもしれないよ」


 そう言って、優人は僕を振り返る。

 何を思ってか彼は微笑し、そのまま出口へと歩き出した。


「ほら、戻るぞ志善、弥人。交渉成立だ」

「……へ?」


 驚いて見れば、周旋は疲れた表情で執務机の前に座っている。

 弥人は安心した表情で翼を消して、僕の肩に手を乗せた。



「……ほらね。困ったら優人に相談する。そしたら大抵は何とかしちゃうんだ」




 天守家生活、2日目。

 僕は大きな勘違いを今になって思い知る。


 この家で一番大きな影響力を持つ男。

 それは周旋でも、弥人でもなく。


 才能なしと騙った少年、天守優人だったのだ。




 ☆☆☆




「そこで優人は言ったのさ!『言うこと聞かなかったら地球を爆破させるぞ!』ってね!」

「ず、ずるいであります! 私もそのいっせいちだいのきょうはくを聞いてみたかったであります!」


 三十分後、朝食の時間。

 食卓で、弥人は恋に先程の光景を伝え聞かせていた。その様子を優人が青筋を浮かべながら横目で見ていて……当然のように、その隣には天守周旋の姿もある。


「地球爆破までは言ってないだろ」

「……似たようなものだろう。優人、貴様も随分と無茶をするようになった」

「だとしたらあの馬鹿に影響されたかな、仮にも兄だし」

「あぁ、一応あっちの方が兄だったか」


「あっれぇ! なんか悪口聞こえるなぁ!」


 優人と周旋による悪口。

 弥人は機敏に反応すると、二人に対してぶーぶーと文句を垂れている。

 その様子を、僕は端っこの方に座りながら見つめていた。


 ……さっきまで殺意マシマシで脅し合っていたっていうのに、今では普通に会話し合っている。

 もしかして、一般家庭っていうのはこれが日常なのだろうか?

 そうこう考えていると、僕の隣に恋がお盆を持ってやってきた。


「ふむ! ひとりでかわいそうなので、恋が一緒にたべてあげましょうぞ! 代償はあさごはんのウインナーで勘弁するであります!」


 ひょいっと、僕の皿にあったウインナーが恋の口の中へと消える。

 その光景に少し驚いたけれど、美味しそうに食べている幼女を見て頬を緩める。


「うん、ありがとう」

「どういたしまして、であります!」

「こら志善、ちゃんと怒りなさい。恋も他人の朝食を勝手に食うな」


 僕らの会話を聞いていた優人が、呆れたように叱ってくる。

 恋が「きこえませんであります!」と叫びながらご飯を食べているため、優人も困った表情だ。


 和気あいあい……とまではいかなくとも、不和などは見えない家庭の様子。

 しかし、その中にも違和感はあった。



 ――母親が居ない。



 その事実に触れるべきではないだろう。

 僕は、そう判断した。

 どういう理由があるのか分からない。

 というより、僕が探っていいようなものでもない。拾われた……とはいえ、僕はあくまでも赤の他人だ。他人の家庭環境にまで口を挟んでいい訳じゃない。

 そんなことを思いながら、僕は目の前の朝食へと視線を向ける。


「……温かいご飯なんて、初めてだな」

「そうなのですか? であればたいりょうにおかわりすればよろしいでしょう! へいメイドさま! ごはんたいりょうおかわりであります!」


 隣で恋が騒ぎながら。

 僕は生まれて初めて、ちゃんとしたご飯を食べた。


 その時のことは、一生忘れることは無いだろう。


天守家ですが。

天守弥人は『全てができる』

天守優人は『遠距離戦最強』

天守恋は『近距離戦最強』

そして、天守周旋は『汎用性と殺傷能力の塊』としてイメージして頂けるとわかりやすいと思います。

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【新連載】 史上最弱。 されどその男、最凶につき。 無尽の魔力、大量の召喚獣を従え、とにかく働きたくない主人公が往く。 それは異端極まる異世界英雄譚。 規格外の召喚術士~異世界行っても引きこもりたい~
― 新着の感想 ―
[良い点] あーなんか周旋さんまで好きになってきた…いい人ではないけど。みんながこれからぶっ壊れると思うと楽しみだなぁ。苦しい話になるのかなぁ。 [気になる点] 優人くんの【銃】の拡大解釈すごいな…。…
[良い点] 殲滅力に特化したド○えもん [気になる点] 10章1話後半に出てきた途切れ途切れの声の正体が天守母なんちゃう? 今になって思ったけど学園を出るときにどうやって異能を回収するんだ? [一言]…
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