10-3『目的』
【嘘なし豆情報】
雨森悠人「この作品、【書籍化】します」
天能【銃】
それこそが自分の力だと、彼は語った。
「あらゆる銃火器を司る力。僕はこの世に存在する全ての銃を支配する。……まぁ、天守家の中で人類絶滅タイムアタックしたら、僕の圧勝だろうね」
そう言って彼は苦笑する。
けど、笑えたものでは無かった。
銃火器を支配する。
それは、警察官の持つ拳銃から、戦争で用いられている機関銃……果ては、銃という括りを超えてミサイルや爆弾にまで影響を与えかねない。
当時の僕がそこまで察していたかは別として、とにかく『全く笑えない』ことだけは理解していた。
「ただ、それでも弱いと言われているのは、僕が使えるのは『この星に実物として存在している銃に限る』から。……銃火器は、天守の中では通用しないからさ」
そう言って、彼は手元の銃を発砲する。
虚空へと放たれた弾丸は、同時に発射された斬撃に両断され、二つになって窓の外へと飛んでゆく。
「ほら、3歳児にすら見切られてる」
「い、いや……その子は3歳児とは、よ、呼べないんじゃないかな」
「そのとおりであります! 恋はすでにおとなのじょせい! よくわかってるではないですか! きにいりました!」
何故か上機嫌の恋が、僕の肩をばしばし叩く。骨が砕けそうな衝撃だったが、なんとかこらえて優人に話す。
「そ、その力でも……まだ弱いのかい?」
「弱い。いくら大量の武器があろうと、飛び抜けた個の力には絶対に敵わない」
彼はそう言って、悲しく笑う。
それは、既に自分の限界を見切ったと言わんばかりの様子で、見ているこっちが辛くなるような……そんな笑顔だった。
「現代の銃火器で、天守は倒せない」
☆☆☆
「……そういえば、紹介する場所があった」
優人がそう言ってしばらく。
僕は、彼に連れられて屋敷を歩いていた。
彼たっての希望で、恋は居ない。
彼女も「どうしてもついてくであります!」と駄々をこねていたが、優人が「言うこと聞いたら明日のおやつをあげる」と言った途端に静かになった。
「優人は、恋のことをよく分かってるん、だね」
「当たり前だ。妹の面倒一つ見れなくてどうして兄を名乗れるんだ」
二人で歩きながら、そんな会話をする。
不思議と、弥人を相手に話すよりも、彼を前にした方が安心して喋れる気がした。
歳が近いっていうのもあるんだろうけど。
彼が僕を『自分と同列』として扱ってくれることが、嬉しかったんだと思う。
彼は屋敷の奥へ奥へと歩いている。
やがて、階段を地下へと降ってゆく。
日本庭園として木造が目立ったはずが、地下におりてからはコンクリートや機械の部分が目立つようになる。
暖かな空気から一転。
どこか冷たい空気の漂う場所だった。
「ここは恋も知らない場所だ。本来であればお前にだって見せたくはない。けど、志善。お前が天能の実験体になるって言うならこの場所は見なくちゃいけない」
そう言って彼が僕を連れて行ったのは、ガラス張りになった不思議な空間だった。
その中には多くの子供たちが座っていて、積み木などを使って遊んでいた。
「こ、れは……?」
「死ぬ予定の被検体の子供達だ」
「………………は?」
彼の言葉が、理解できなくて。
僕は思わず問い直した。
「ど、ういう――」
「父さんが言った『危害にならない程度の実験体』っていうのは、どの程度まで施術すれば危険か、っていうのを熟知していたから出る言葉だ。もう、何人も実験されて、今まで24人の子供が死んでいる」
彼がそう言った、次の瞬間。
近くの扉が開いて、その奥から担架に乗せられた『なにか』が運ばれてくる。
それは、黒い寝袋に包まれていて。
その袋には、なにか書かれている。
『#25.倉敷遥、5歳。死因:心臓発作』
当時の僕に、その意味までは理解できなかった。けれど、その中身が何なのかは想像できた。
「な、なにが……どうして!」
思わず、優人に詰め寄った。
誇張なく、優しい人だと思った。
妹に向けていた笑顔も。
僕に接してくれた態度も。
刺々しい言葉に交じる気遣いも。
良い人だと、思った。
なのに――。
「どうして……そんな――」
まるで、裏切られたような気分で、僕は生まれて初めて泣きそうになった。
あの家にいた頃は、こんなことは無かったのに。彼らと知り合って、まだ間もないのに。
「君は、こんなことを許してる、のか……っ」
そういう人じゃないと、信じたかった。
対して優人は、詰め寄る僕を鋭く睨む。
その瞳には……僕が、過去に受けたよりも激しい『憎悪』が見えた。
「許せるわけがないだろう……ッ!」
彼が吐いた怒気は、未だかつて感じたことのない熱気を帯びていた。
あまりの圧に、体が後ろへと退く。
見れば、優人は拳を強く握り締め、ガラス越しに子供たちを見つめていた。
「許せるはずがない……。だが、これは父さんが主導している事業だ。そして、父さんは弥人よりさらに強い。……言っただろ、僕の力じゃ天守は倒せないって」
悔しそうに、彼は言う。
呆然とその姿を見つめていると、ガラスの向こう側にいた子供たちが優人に気づき、こっちへと駆けてくる。
「あー、ゆーとだ!! 元気してた?」
「あぁ、幾年。珍しく起きてるみたいだな。眠るの大好きなのに」
「珍しくね! でも、優人の言う通り眠るの大好きだから、私もみんなを眠らせてあげる能力が欲しいんだー」
「あ、ゆうと……」
「不安そうだな。施術前か? 小賀本」
「う、うん。あんまり痛いのは嫌だなーって。でも、きっと痛いと思うから……」
「……分かった。なら、施術が終わったらお菓子を持ってくるよ。楽しみがあれば我慢できるだろ?」
「う、うん……っ! ありがとゆうと!」
「ねぇねぇゆうとー。くらしきの姉ちゃんしらない? さっきから見当たらなくてさー」
「あぁ、烏丸。倉敷ならさっき外に出たよ。施術に成功したから、家族に会いに行けるって喜んでたよ」
「あ、そーなんだなー! 姉ちゃん、妹に会いたいって言ってたからよかったよ!」
会話が、流れてゆく。
優人は優しそうな表情を浮かべていた。
本当に、どこまでも底抜けの優しさをもって、残酷なまでの嘘を垂れ流す。
さっき、運ばれていった『なにか』を思い出し、奥歯を思いっきり噛み締める。
「……悪い、僕も少し用事があってな。そろそろ失礼するよ」
「「「じゃーねー!」」」
子供たちが、みんな笑顔で手を振った。
優人はそれに応えながら、僕を引連れて来た道を戻る。
その際に、震える声で確かに言った。
「天守は狂っている。……お前は知るべきだと思った。今、自分がどれだけ瀬戸際を歩いているのか、をな」
底抜けに明るい天守弥人。
どこまでも優しい天守優人。
果てなく元気な天守恋。
三人を見ていたから、一時、すばらしい家に拾われたのだと幻想を見た。
それを彼は察してくれて、こうして、現実を見せに案内してくれたんだ。
そこまで気付いて、僕は泣きそうになる。
「……本当に、優しいね、君は」
「優しくなんてない。……力がないのを理由に、僕は25人も見送った」
地下から、地上へと戻ってくる。
日本屋敷の風景を前に、彼は縁側へと向かい、サンダルで庭に立った。
「……弥人は」
「もちろん知っている。あの男はふざけて見えても完璧だ。だが、仮にも相手は天守の当主、相手が悪すぎる」
彼が語ったのは、天守弥人の封殺方法。
弥人に実験を隠し通すのは不可能。
だから、例の父親は家族を人質にした。
名目としては『本来は優人か恋のいずれかを使って研究したい』と彼に告げたそうだ。
だが、それに対して弥人の回答は明快。
『では、僕を実験体にしていいですよ!』
それもそうだと、僕は思った。
弥人は正義の味方を自称していた。
こんな僕を拾ってきたくらいだ。
見ず知らずの人達を守るためなら、平然と自分の命を投げ打つだろう。
しかし、それは父親が認めない。
天守弥人は、名実共に次世代の当主だ。
優人曰く『自分の天能は天守としては認められない』らしく、恋は性別が女性だ。当主として相応しいとは判断されなかったらしい。
だから、当主も弥人を殺せない。
間違っても実験体になんて出来やしない。
彼は弥人の犠牲を認めなかった。
その末に何が起きたか。
答えは簡単、口喧嘩である。
息子を殺せない父親と。
父に手を上げるのは論外と、弥人。
『実験は止めない。必要犠牲だ』
『そんな悪は認められません』
意地でも実験を決行したい父と。
意地でも正義を通したい弥人。
されど、切り札としては『家族を人質』の方が質が高い。
父親は、いつでも優人、恋の両名を殺害できる。そういう能力を持っているらしいから。
と、そこまで告げられれば、正義の味方と言えどなにも出来ない。
弥人に出来たことは、自身の天能を使って子供たちの生存率を底上げしたこと。
そして、被検体として選ぶのは不治の病で死が確定している者に限らせる、という条件設定だった。
「……認めれないだろうがな。あいつは父を倒す道を選ばず、正義の味方として犠牲を許容した。……その時点であいつは、正義の味方として破綻したんだ」
彼の言うとおり、犠牲の許容、それは決して正義ではない。間違いなく悪だと断定できる。
だが、何もしないよりは悪が薄い。
絶対に犯してはならない禁忌【親殺し】よりは、彼にとっても罪が薄い。
だから、逃げたのだろう。
正義の味方としては絶対にしてはならない許容。それを弥人は許してしまっている。
「正義の味方は、負けるのか」
「……当たり前の話だよ。相手が悪ければ正義は負ける。何も為せずに潰される。……それが現実ってものだ。現実に、正義の味方なんて存在しないのさ」
彼は悲しそうに言った。
その横顔を見て。
あの光景を思い出して。
僕は俯き、胸元のシャツを握りしめた。
頭の中はぐちゃぐちゃで。
胸の内もよく分からない。
そんな状態の僕へ、彼は言う。
「――だから、僕がお前を逃がしてやる」
優人の言葉に、目を見開いた。
驚いて彼を見れば、その瞳は真っ直ぐに僕を見据えていた。
「お前は幸福になるべきだ。詳しくは知らないが、よほど酷い状況で暮らしてきたと見える。……なら、お前はこんな場所に居ていい人間じゃない」
「ゆ、優人……」
優しさに、胸が苦しくなる。
彼の言う『幸福』なんて、知らない。
幸も不幸も分からないし、感じない。
でも、彼が辛いのは分かるんだ。
目の前で何人も見送って。
一番辛いのは、僕なんかじゃない。
なのに――。
「お前は別の場所で、幸せに生きろ」
なんで君は、僕を救おうと思うんだ。
「父さんは僕が騙す。弥人は……まぁ、どうだっていいが、国外であれば天守も手が届きにくい。……そうだな。ヨーロッパの親戚になら僕の一声で匿ってもらえるだろう」
ブツブツと、彼は思考をめぐらせる。
どうやって僕を救うか。
彼はきっと、それだけを考えている。
目の前の少年が、ただ幸福に生きられるように、自分の身だって危険なはずなのに、自分を棚に上げて考えている。
その姿を見て。
僕は、強く歯を食いしばった。
「……地下の、子供たちは」
「完全な形での救出は出来ない。死ぬ直前を見極めて、僕から『もう死ぬから捨てろ』と提言する。そうすれば生きた状態でこの家から外に出せるはずだ」
それは、彼の考える苦肉の策。
……だけど、難しいんだよな、それって。
だって、そうじゃなきゃあんな顔はしないはずだから。もう、新しい犠牲者なんて出るわけがないんだから。
運び出された黒い袋を思い出し。
僕は、大きく息を吐いた。
そして生まれて初めて、覚悟を決めた。
「ようは、研究が終わればいいんだよな」
「…………おい。何を考えている」
僕の言葉に、優人は眉をしかめた。
さすが。僕みたいな凡人の考えていることなんて、直ぐに見通されてしまったみたいだ。
だけど、これって名案だと僕は思うんだ。
「君が危険を背負う必要は無い。僕はもう、十分すぎるほど優しさを貰ったさ。……だから、今度は僕が返す番だ」
生まれて初めて、優しさを受けた。
弥人は僕を思って、ここに連れてきた。
優人は僕を思って、僕を逃がそうとした。
幸福なんて知らないけれど。
僕が不幸だなんて思えないけど。
その優しさを貰っただけで、僕は今まで生きてきて良かったなぁって、心から思えたんだ。
「僕が被験者として、実験を完結させる」
僕の言葉に、彼は顔を顰めた。
それもそうだ。
僕が受けるはずだったのは、身に危険が及ばない程度の、軽い実験。
対して地下で起きているのは、生死の一切を度外視した【本来】の実験だろう。それでも実験は完成しておらず、明日にも新たな死者が出るかもしれない。
なら僕は、地下での実験を受け、その被験者として生存し続けようと思う。
どうすれば完結……なのかは分からないけど、ひとまず死ななければそれでいい。
そうすれば、被験者は僕だけで済む。
実験が終わるまで僕が生きられたのなら、もう、誰も死ぬことはない。
……大丈夫、生き残ることなら自信がある。唯一、ゴキブリみたいな生命力だけが、僕の取り柄なんだから。
「優人は天能を持っている。だから、自分を犠牲にすることは出来ない。実験材料にはなっても被検体には絶対になれないから。でも、僕は違うでしょ」
天守優人は、どこまでも優しい。
なら、彼は絶対に自分を犠牲にしようとしたはずだ。弥人と同じように、自分の身と引き換えに地下の子供たちを助けようとしたはずだ。
だというのに、実験は止まっていない。
なら、僕の考えは間違ってないはずだ。
実験を完成させるには、きっと、天能を持ってない一般人が必要なんだ。
「もう一度言う。お前は幸せに――」
「僕の生き方は僕が決めるよ。……元々死んだように生きてたんだ。拾った命なら、思う存分無茶できる」
彼の額に、青筋が浮かぶ。
悔しそうで、恨めしそうで。
何かを思い出すように、彼は瞼を閉ざす。
「死ぬんだぞ、お前」
「……これ以上、誰も死なせないために頑張りたいんだ」
そう笑うと、彼は悔しそうに唇を噛む。
頭をがしがしと掻きむしると、彼はややしばらく沈黙して、最後にはため息を漏らした。
「……好きに、したらいいさ。頑固者が」
彼にとっての、最大限の譲歩。
それを受けて、僕は満面の笑顔で返した。
「……うん、ありがとう」
最低最悪の両親から生まれた。
僕なんて生まれた時から人間失格で。
生まれてきた理由なんてないと思ってた。
なんで、今まで生きてこられたのか。
何故こんなにしぶとく生きているのか。
どうして僕は死ねないのか。
そう考えなかった日はなかった。
けれど、あの地下の光景を見て。
優人の、悲しそうな笑顔を見て。
僕は、不思議と確信していた。
あぁ、きっと。
志善悠人という男は、彼らを救うために、今までにしぶとく生き抜いたのだと。
書籍化の報告が霞むくらい情報過多。
前書きではあまり長々と語りたくなかったので、後書きですこし触れさせていただきます。
ついにこの作品、書籍化します!
おそらく、この作品をここまで読んできた読者諸兄は「はっ、どーせそれも嘘だろ?」「あー出た出たいつもの嘘だ」と考えるでしょうが、マジです。本当です。本当に書籍化します。2/25発売予定です。
オーバーラップ文庫様より発売予定となります。
それに伴い、近いうちに題名が変わります。
新題)異能学園の最強は平穏に潜む ~規格外の怪物、無能を演じ学園を影から支配する~
一週間以内には変えますので、『題名変わって作品分かんなくなった』ということにはお気を付けください。また、詳しいことは活動報告にあげる予定です。
とにもかくにも。
今まで応援してくださった皆様のおかげです。
おかげで、書籍版で霧道くんのイキリっぷりをお届けできます。
今後とも頑張っていきますので、ぜひよろしくお願いいたします。




