1-14『かくして、霧道走は終焉する』
そこは、空き教室。
部屋のカーテンは閉め切られ、室内は暗闇に満ちている。
教室の中に点々と置かれた小さなランタンが唯一の光源であり、霧道が扉を蹴破ってくれたおかげで随分と明るくなった。
椅子に座りながら思考を巡らす僕は、眼前の霧道へとこう告げる。
「――霧道、お前を排除する」
かくして僕は、立ち上がる。
かつて、一方的に僕を屠っているはずの霧道。
ソレが……場に呑まれたか? なぜか僕に対して恐怖を抱いているようで、一動作に大きく体を震わせたのが分かった。
「ねえねえ雨森くんっ! 霧道ビビってるけど、こんなの本当に相手にする必要あるの? だって、私が泣いた振りしたらそれだけでクラスに居場所がなくなっちゃうようなゴミだよ? クラスの廃棄物だよっ? そんなの何もしなくったってそのうち消えるの目に見えてるよね? というか現時点で私物に数万円使ってる時点で終わってるしさっ!」
「く、倉、敷……?」
満面の笑顔でそう告げる倉敷に、霧道の喉から小さな悲鳴が漏れる。
が、返ってきたのは舌打ちだけ。
――そして、倉敷の体が一気に加速する。
「蟲が私を呼ぶんじゃねえよ。イメージが穢れるだろうが」
次に声が響いたのは、霧道の背後から。
驚き振り返れば、壊れた扉を片手に入口に栓をする倉敷蛍の姿があり、その体からは考えられない怪力とスピードに霧道は愕然と目を見開いている。
「榊が初日に言ってたろ。そこの貧弱は保健室で聞いちゃいなかったが、異能には『位階』ってのがある」
え、何それ本当に知らない。
そう霧道同様に目を見開く僕をよそに、倉敷は語り出す。
「大まかに分けると四種類。最低位――第四位が『なんもなし』。その馬鹿の『目が悪くなる』やお前の『瞬間加速』等々……ピンからキリまで使えなくはねえが他より劣る。つまりは雑魚だ」
へえー、霧道って雑魚なんだ。
「次、第三位が『王』の異能。名前のどっかに『王』って文字がついてりゃ一線を画す。第二位が『加護』。なんとかの加護って能力はさらに強え。その中でも朝比奈みてぇな『神の加護』はおそらく学園全体で見ても五人もいねえ。つまるところ実質上の最強だ」
え、じゃあ一位ってのは何なんだろう。
そう考えた僕に、されど倉敷は説明してはくれない。
「第一位は……まあ、榊も言ってた通り『確率的にはあるかもしれない』ってレベルの都市伝説みたいだから説明は省くが――本題。私の異能、なんだと思う? なあ第四位」
「……ん、王スキルじゃないのか? 見るからに一線画してるだろ」
「テメェには聞いちゃいねえから黙ってろ。あと舐めてんのかお前」
第四位と言われたので答えてみたが、どうやら違ったらしい。
霧道へと視線を向ければ彼は顔を青く染めて体を震わせており、倉敷のありえない豹変に、そして『王スキルで舐めてる』との発言に、彼は嫌な予感を口にする。
「だ、第二位――『加護』の位」
その言葉に、倉敷が目に見えて口角を吊り上げる。
ソレは言外に正解だと伝えているようなもの。
加護、つまり朝比奈霞の同格。
……すごいなぁ、僕じゃ勝てないかもしれない。
そんな事をぼんやり思いながら、霧道へと視線を戻す。
そろそろ倉敷の『抵抗しても無駄』アピールも済んだことだろうし。
「――さて、本題に入ろうか」
ここに霧道を呼びつけた、本当の理由。
彼は摩訶不思議なことに朝比奈嬢の幻影でも見たような顔をしているが、そこは彼の目がおかしかったという話だし、幻聴も『耳鼻科行け』の一言で済ませられるが――なあ霧道、それ以外はタダじゃ済ませられんのだわ。
「霧道、お前は少しエゴが過ぎたな」
「……っ、て、テメエ一体何を――」
「目障りだと言ったんだ」
被せるように告げ、奴を黙らす。
反論なんざいらないんだよ。
僕がお前に求めるのはただ一つ。
「別にこちらとしては、お前と朝比奈が恋仲になろうが構わないし、それで朝比奈のモチベーションに繋がるなら応援する気だった。その先に平穏が待つならそれでよかった。だから二日間、おまえを見てきた」
「ふ、二日……?」
おまえが朝比奈の隣に相応しい人間なのか。
今後このクラスで益をもたらせる人間なのか。
じっくりと、間近でお前のことを見てきた。
でもって、結論は昨日出た。
だから二日。
今日……三日目は、その結論を伝えるために用意した。
唖然とする霧道へ。
僕は端的に結論を言う。
「結論――お前は不要だ。だから潰す。無駄は視界から排除する」
「……ふっ、ふざけんなよ、テメェ……ッ! 一体何様のつもりだ!」
何様……か。
ここで『俺様』とか言えるセンスがあればいいんだが、無表情でそんなトンチ利かせても冷めるだけだし、そもそも一人称が違うから使えないんだけれど。
でもまあ、僕が何様かなんてどうでもいいことだろう。
そう、どうでもいいんだ。
ただ、僕が迷惑だからお前を潰す。
僕が嫌だと思うから、お前の人生を踏みにじる。
「――別に、お前のしてることと変わらないだろう」
僕もお前も、やってることは同じだ。
僕だってこういうエゴを貫くから、お前に何をされても怒らなかった。
自分がやってることを他人にやられて嫌がるだなんて、それは人としておかしいだろうから。
だからこそ――なあ霧道、迷惑だなんて言うなよ。
僕もお前も所詮は同類、仲間なんだからさ。
「だから、ここで終わっても文句は言うなよ、霧道走」
教室前方の黒板へと大きな映像が映し出される。
迸った光に霧道は目を細め、その映像へと視線を向ける。
――そして、唖然と目を見開いた。
『……へっ、雨森の野郎が足引きずって登校するのが目に浮かぶぜ……』
その映像に映っていたのは、霧道本人。
場所は本校舎玄関。
まだ陽も登らない早朝の時間帯。
薄暗い中、懐中電灯片手に奴は誰かの上履きへと画びょうを大量に詰め込んでいた。
こうしてみると馬鹿だなぁ。
そんなことを思ってる間にも画面は次へと移り変わる。
それは、霧道が不気味な笑顔を浮かべ、机に彫刻刀で傷を掘っている写真だった。
その衝撃は先ほどよりも強かったらしく、霧道は愕然と叫んだ。
「な……ッ! ふ、ふざけんな! こ、こんなの……俺はやってねえ!」
「まあ、落ち着けよ霧道。まずは最後まで見てほしいんだ」
同時にパチンと指を鳴らすと、次に映し出されたのは――食堂裏のゴミ箱から残飯をあさる霧道の写真と、それを机にぶちまける霧道の写真。二枚が左右に分かれて映し出されている。
それらの写真はスマホで隠し撮りしたような雰囲気で、第三者が見れば彼の犯行を確信するようなもの――で、あったのだが。
「やめろクソが! 俺はっ、俺はこんなことやってねえ! 本当にだ! なんで、なんでったって俺がこんなことをやってる写真が――」
その取り乱しようは、常軌を逸していた。
素人目にだってわかる、彼は嘘を言ってはいない。
本当にやっちゃいないのだろう。
映像として画びょうの詰め込み事件はばっちり記録済みだが、それ以外の写真に関しちゃ全く身に覚えがないんだろう。
それもそうだ、どちらも彼の取り巻きであるモブBがやったことに過ぎない。だからこそ、彼がソレを行っている写真があるはずもない。けど。
「不思議だな、写真は残っている」
呟き、机に置いてあったカメラと監視カメラを奴へと見せる。
共に倉敷と行った電器店において購入しておいた私物である。カメラが『13,655円』、監視カメラはちょいと安物で『9,875円』。それなりに値は張ったが、それでも望んだ通りの『良いもの』は買えただろう。
「て、めえッ!」
霧道が叫び――次の瞬間、彼の姿が掻き消える。
同時に手元から消えた二つの機器。
背後を振り返ればカメラ二つを地面に叩きつけ、粉々に踏み砕いている霧道の姿がある。
「こんなっ、こんなことがあって……たまるかってんだッ!」
「残念だが、現実ってのは残酷だ。本当にあるんだよ霧道」
言いながらスマートフォンを操作する。
『――ぶっ、殺してやる』
再生されるのは、かつて聞いた霧道の暴言。
ソレを前に彼は振り返り、真っ赤になった顔で拳を握る。
「こ、この野郎……ッ!」
「残念だが、これは校則違反にはならないな。ただ、この録音と同時に僕が殴られた事実を『やっぱり許さない』と言えばどうなるか……。ああ霧道。僕はお前が心配だよ。お前がついつい退学になってしまいそうで恐ろしい」
平坦な声で煽ってみると、霧道の額にくっきりと青筋が浮かぶ。
ぶちり、とどこからか音が響き。
――次の瞬間、鋭く、そして速く、霧道の体が僕へと迫る。
ブチ切れたことで加速のリミッターが外れたのだろう。
速度だけで言えば加護異能持ちの倉敷と張るレベル――だが。
「言ったろ、お前は正攻法で壊すって」
直後、霧道は僕の前で倒れていた。
奴は何が起こったか分からず倒れたままで、その光景に今まで黙っていた倉敷からヒュウと口笛が上がる。
「……雨森、今の、朝比奈と同速か……それ以上だったんじゃねぇのか?」
「さてな。比べようとも思わない」
無難に返す。
朝比奈霞の雷神の加護。
どうやって【目を悪くする】異能で加護を超えられるのかは知らないけれど、倉敷が言うならそうなのかもしれない。
「て、テメエ! まさか嘘の異能を!?」
「ん? あぁ、安心してくれ霧道。お前程度に僕の力は使わない。今のは純粋な身体能力だ」
僕は善意100%で笑いかける。
まぁ無表情だけど。
対して顔色を真っ青にした霧道と。
思い切り頬を引き攣らせた倉敷。
二人の反応を前に、僕は霧道を見下した。
「僕はお前に反撃しない。お前は無傷で――この学園から消えるんだ」
僕は倉敷に対して小さく頷く。
すると彼女は少し嫌な顔をしながら僕の方へと近寄ってきて――そして、思いっきり僕の顔をぶん殴る。
「……っ」
霧道の拳とは重みが全く異なる彼女の一撃。
それは僕の体を窓際まで勢いよく吹き飛ばし、教室中……いや、学校中へと窓ガラスが割れた音が響き渡ってゆく。
そんな中、何とか窓枠にしがみ付いて墜落を回避した僕は、口の中の血の塊をあえて制服の胸元へと吐き出すと、倉敷へと顎で合図を送る。
すると彼女は面倒臭そうにロッカーから掃除用のモップを取り出すと、思いっきりモップの柄部分を膝でもってへし折った。
ボキンと清々しいまでの快音が教室に響き、現状の狂気について行けず霧道が茫然と目を見開く中。
「はいっ、霧道くん。これあげるっ」
委員長モードの倉敷から渡されたのは、へし折れたモップの片っぽ。
咄嗟に受け取ってしまったソレを茫然と見降ろす霧道。
そんな彼をよそに――倉敷は、残った片っぽのモップを思い切り自分の頭へと叩き落とした。
「う、……っ!?」
……痛そうだ。
見れば頭に木端をのせた倉敷は額から血を流しており、味方に殴られた僕、自分で自分を殴った倉敷。あり得ない現状に霧道はモップを片手に立ち上がる。
「て、テメエらさっきから何なんだよ! いったい何をして――」
「『第五項、生徒及び教師に対する暴力行為を禁ずる。これを破った生徒は被害者による容認がない限り、暴力の度合いに応じて罰金、或いは退学、いずれかの処置を受けねばならない』
『第六項、他人の所有物に対する破壊行為を禁ずる。これを破った生徒には被害者による容認がない限り、破壊行為により破損した全ての弁償および100,000円の罰金、或いは退学、いずれかの処置を受けねばならない』
『第七項、他人の所有物を使用することを禁ず。所持者の許可無く他人の所有物を使用、あるいは持ち出した者は、原則として100,000円の罰金、或いは退学、いずれかの処置を受けねばならない』」
被せるように、それらの校則を読み上げる。
教室の外から慌てたような足音が聞こえてくる。
それは僕らのいる教室の前にまでやってくると、壊れた扉を蹴破り、僕らの前に現れる。
「雨森ッ! 貴様、急に空き教室をリースしたかと思えば、一体何をしでかして――……貴様、霧道。何をしている」
この学園は、教師こそが絶対である。
教師が可能と言えばそれは可能で。
教師が『教室を借りることができる』と言えば、それは可能となる。
たとえ、一年間で三十万もの金額を失うとしても。
他でもない、榊先生が『可能』だと言明し、五十万以上の金額を保有している初期の段階においてなら、空き教室の一つくらいは十分に借りられる。
「さ、榊……っ! そ、それに……ッ!?」
現状を確認し、霧道へと鋭い視線を向ける榊先生。
その背後には……これは予想外。限界まで目を見開いて僕らを見つめる黒髪の少女――朝比奈霞の姿まであり、その光景に霧道は引きつった笑みを浮かべる。
「な、なあ、二人とも聞いてくれよ! こいつら、おかしいんだぜ! 俺がやってもいねえ写真持ってたりよ、いきなり二人で殴り合ったり……、それにっ、こいつらいつもと口調も全然違うんだ! そう、こいつら猫かぶってやがったんだ! そんで、俺を陥れるために、こいつら――」
「――少し、黙れ霧道」
放たれた榊先生の声は、どこまでも冷たい。
黒板には未だに倉敷のスマホから放たれた映像が映し出されている。
ソレを一瞥し、周囲を確認する榊先生。
彼女は薄目を開いて苦笑する僕を一瞥すると倉敷の方へと歩き出し、その額へとそっと手を添える。
「現状は貴様の弁明なくして理解が及ぶ。おおよそ、自分の犯行の証拠を掴んだ2人に諭されたが、逆に激昂。結果としてこのような現状を作り上げた。それで間違ってはいないだろう。なあ霧道」
「は、はぁっ!? ふ、ふざけんなよ榊! どう、どうみたって、これは……ッ」
「お前が雨森を殴り飛ばし、助けに入った倉敷をモップで殴った。そうとしか見えないが」
その言葉に、霧道は限界まで目を見開く。
そりゃそうだ、こちとら仲間割れと自傷の果てに成り立っている。
が、それでも霧道の握り締めるモップの片割れが、彼の普段の行いが、そして、彼の本当かもわからぬ犯行写真と映像が、霧道走の『悪性』を浮かび上がらせる。
たとえ、その『悪』が作られたものだったとしても。
「あ、朝比奈っ、お、お前は信じてくれるだろう! 俺の、お前は俺のもんだ! なあ朝比奈、お前は、お前だけは俺のこと――」
「……なんて、こと」
朝比奈霞は、肩を震わせ短く呟く。
黄色い雷と共に、彼女は僕の前まで駆け抜けた。
僕の頬へと遠慮気味に手を伸ばした彼女は、後悔に瞳を揺らしている。
「……ごめん、なさい。貴方が拒絶するからと言って、貴方を助けることができなかった。きっと、私がいないところで、たくさんの――」
歯が軋む音がする。
霧道か、と思えば目の前で朝比奈が歯を食いしばっているのが見えた。
「う、嘘だろ……? なあ朝比奈ァ! おまえ、なんで雨森のところにいやがる! テメエは、てめえは俺の、俺だけのもので――」
「――黙りなさい」
響いたのは、朝比奈の鋭い声だった。
その声は怒りに燃えていた。
かつて彼女と出会った初日に聞いたものより、ずっと鋭く、冷たく、それでいて轟々と怒りの炎に燃え滾った、強い言葉だ。
以前のクラス全体へと向けられていた怒りとは異なり、今回は激情は霧道個人へと向けられている。
体は無傷でも。
何の痛みも感じなくとも。
好いた相手からの言葉の刃は、的確に霧道の心を穿ってゆく。
「恥を知りなさい。ただ平穏に生きたいと願う彼を幾度も侮辱し、何の関係もない倉敷さんにまで手をあげた……ッ。なんたる卑劣、なんたる邪悪……、貴方にも和解の道があると思っていた自分が情けないッ」
今この瞬間だけは。
そこに立っているのは正義の味方なんかじゃなくて。
ただの高校一年生、朝比奈霞という少女なんだ。
だから響くし。
正義の味方と一生徒ではなく。
ただの少女と少年に堕ちた今。
はっきりと言われる否定は、霧道にとって一番つらいだろう。
「ねえ霧道くん……生まれて、初めてこのセリフを他人に言うわ」
「あっ、あさひ――」
「私はあなたが嫌いよ、霧道くん」
霧道は、膝から崩れ落ちる。
その瞳は虚ろで、一切の光を宿しちゃいない。
ただ虚無だけが広がっており、そんな霧道へと榊先生から声が上がる。
「霧道。貴様を校則違反とみなして罰則する。該当項目は校則の第五項、並びに六項、そして七項。違反内容としては生徒に対する暴力行為。及び生徒の所持品、並びに生徒が借りた学園の所有物の破損、及び許可なき使用。生徒が借りた学園の所有物の破損については【重複違反】とみなし、貴様に課す罰則は必然的に二倍となる」
かくして、霧道走は終焉する。
教室内の器物破損×11。
並びに所持品の窃盗×3。
そして、暴力行為×2。
「傷の具合、そして現状から第五項、暴力行為の罰金は私が独断と偏見で選定する。雨森悠人に対する暴力の罰則を二十万、そして、倉敷蛍に対する暴力の罰則を――四十万とする」
恐らくその違いは、男か女か。
男は顔に傷ができたくらい問題はない。
が、女性は違う。顔に傷ができるなどシャレにもならない。
故に、納得できる選定だ。
これに加えて、器物破損に対する弁償額も加わってくる。
扉だけだが、それでも空き教室が【300,000円】。
防犯カメラが【9,875円】、カメラが【13,655円】。
学習机、窓ガラス。
モップ、画びょうで傷ついた上履き。
器物破損総額で【1,100,000円】、窃盗総額で【300,000円】。
そして、暴力行為で【600,000円】。
更には破壊したものの弁償額がこれに乗ってくる。
……うん。少し、やり過ぎたかもしれないな。
『霧道走は、校則第五項、第六項、第七項に違反しました。罰則として所持金から2,361,612円が減額されます。所持金の不足が確認されました。よって校則第一項に従い――』
インフォメーションが鳴り響く中、僕は第一項を思い出す。
【第一項、以下の全ての校則は原則として学園生活において絶対のものとし、校則を破った際、罰金を払える状態になかったものは総じて退学処分とする】
それはどう足掻いても救済不能な、最悪の一文。
されど、だからこそ安心できる。
僕は大きく息を吐き、瞼を閉ざす。
『――霧道走を退学処分とする』
それは、学園内において神すら凌駕する絶対の文言。
割れた窓ガラスの外から爽やかな風が流れてくる。
季節は、春だ。
期待に胸を膨らませ、新たな門出を祝う季節。
桜の花びらが風に舞い、頭の上に落ちてくる。
僕の心もまた、春の日差し同様に晴れやかだった。
――ただひたすらに、教室の空気とは裏腹に。




