10-1『はじまり』
あけましておめでとうございます!
そして、何一つおめでたくない過去編、スタートです!
追記)
あの雨森悠人の過去編ですので、重いです。
バットエンドは苦手、っていう方向けに、過去編完結後に『過去編総集編』を投稿します。そちらを読んでも過去編の内容は分かるようになってます。
過去を振り返って。
まず初めに言っておくと。
僕は、自分を不幸だと思ったことはない。
生まれた家は、ボロのアパート。
僕は、そのアパートの汚いトイレで産まれたそうだ。
父親は母の妊娠自体を認めようとせず。
出生を隠したかった母親は、病院に頼らずトイレで僕を生まれ落とした。
それならいっそ、病院で僕の妊娠を『なかったこと』にすればよかったのに。
そうは思ったが、よく考えれば僕の家には金もなかった。
金がなければ、病院に頼るという選択肢も思い浮かばない。
不清潔な出生場所。
不衛生な住まい。
おおよそ、赤ん坊が生きていけるはずもない状況下。
だというのに、僕は不思議と生きていたから、こうして過去を語れるわけだが。
父は浮気者で、ギャンブル依存者だった。
毎日のように違う女をアパートに連れ込み、犯し尽くした。
その女が誰も彼も死んだ目をしていたから、きっと……まあ、考えたくもないような裏があったのだろう。幼い僕には調べようもないことだったけれど。
母は『気弱で物静か』という仮面を被り、その裏では嫉妬に狂っていた。
父は僕になんて興味はなかったけれど。
いないモノ、として扱っていたけれど。
母には僕しかいなかったから、八つ当たりの矛先は決まって僕だ。
どうしてあの人は私を見てくれない。
アンタが生まれてきたせいだ。
お前が原因だ、お前がすべて悪いんだ。
お前さえ産まなければ、私は――。
……それが、母の口癖だった。
体に刻まれた傷の過半は、この女から受けたもの。
歴戦の傷だとか、激戦の痕だとか。
そんなカッコいいものではない。
僕の受けた傷はすべて、家族によって受けたものだ。
人生が破綻した父親と。
人格が破綻した母親と。
そんな二人から生まれた僕も、総じて人間失格のクズなのだろうと。
幼くして思い始めていたのが、確か、齢4歳の頃だったか。
そして、僕がその家を捨てたのも……ちょうどそんな時期だった。
きっかけは、些細な事。
いつも通り、父親が見知らぬ女を連れ込んだ。
その女はどうやら、母親と見知った仲だったらしく。
どうして、なんで――と、耐えていた母親の不満が噴き出した。
気弱を演じていた母による、突然の激昂。
それには父もあっけにとられた様子だった。
――だからこそ、父は母の持つ凶刃に気づけなかった。
母は、父を殺した。
父を殺し、自分を刺して自殺した。
残ったのは驚き呆気にとられる連れ込まれた女性と。
もう、何も感じなくなった子供だけ。
僕は、家を出た。
生まれて初めて、部屋の外に出た。
一度として跨いだことのない扉。
その外に出て。
初めて、我が家の『表札』を目にした。
「……志善……?」
殴りが書かれたような文字で、そう書かれている。
読みやすいように、ひらがなまで振った上で。
バカ丸出しの、子供が書いたような字で書かれている。
今まで生きてきて、本ばっかり読んでいたから。
部屋に転がっているものばかり見てきたから。
ひらがなが振られているのなら、まだ読めたし理解できた。
だからこそ。
僕はその時になって、自分の名前を知ったのだ。
「――僕の名前は、志善悠人」
それが、全ての始まり。
……いいや、終わりの始まりだったのかもしれない。
☆☆☆
「てなわけで! 雨に濡れてたから拾ってきたよ!」
家を出て、半日後。
僕は、よく知らない男に連れられ、変な屋敷にやってきていた。
自分が住んでいたボロアパートとは比べること自体恥ずかしいような、豪邸。
日本屋敷、と言えばわかりやすいだろう。
そんな場所に、濡れた格好のまま立っていた。
「……なにが『てなわけで』だよ。頭沸いたのかお前」
「うはー! 辛辣ぅ!」
僕を連れてきた少年に対し、屋敷から出てきた少年が鋭く睨む。
……黒髪に、青い瞳が特徴的な少年たち。
おそらくは兄弟なのだろうと、想像できた。
しかし、僕を連れてきたのが太陽のような少年だとするならば。
僕を出迎えた少年はどこか静かで……まるで月のようだと僕は思った。
「さっさと拾ってきたところに帰してきなさい。子供じゃないんだから分かるだろ……この家で一般人を預かれるわけがない」
静かに、至極まっとうなことを少年が言う。
その通りだと思ったし。
僕は、別にこの家に拾われたくて、あの雨の中で座っていたわけじゃない。
最悪の両親から生まれた『人でなしの子』。そんなものが、居ていいような場所ではないだろ、ここは。
僕は帰ろうと、振り向き歩き出そうとする。
その歩みを、弥人と名乗った少年が止める。
彼は僕の腕を強く掴んで、満面の笑みを浮かべていた。
「なーに言ってんだい。帰る場所が酷そうだから拾ってきたんだ。……今のがこの子のことを思っての発言ってのは分かるけれど、必ずしも帰った先が平穏とは限らないだろう?」
それに、と。
少年は続けるのだ。
「助けられる人は必ず助ける。本人が助けを求めていなくとも、辛いのなら無理矢理に救済する。無理矢理幸せを押し付ける。それでこそ『正義の味方』ってもんだろう?」
「……好きにすればいいさ。僕は知らん」
少年は呆れたような顔をして、どこかへと消えてゆく。
その後姿を呆然と眺めていると、弥人という少年が僕を覗き込んだ。
「ねぇ、君、名前は?」
「…………志善。志善悠人」
「……ユート? あちゃー……これはまた優人にどやされるなぁ」
そう言って、弥人は先ほどの少年が去っていった方向を見る。
ゆうと。きっと彼の名前も僕と同じだったのだろう。
同じ家に、同じ名前の者が二人もいる。
経験したことはなくても、面倒くさいことになるのは目に見えていた。
「……やっぱり、帰ります」
「いいって気にしなくてさ! 二人がいるときは、僕も志善、って呼ぶことにするし」
彼はそう言って、無理やり僕の手を引いて歩き出す。
僕は靴も履いていなかったから、裸足のままぺたぺたと床を汚していく。
そのことが申し訳なくて、だけど彼の手を振り払う力もなくて。
ややしばらく歩いて、連れてこられたのは大きな執務室だった。
「父上! 弱ってた少年を拾ってきたので、家族にしてよろしいでしょうか!」
大きな声で、開口一番にそう叫ぶ弥人。
それに対するは、机に座って気難しい顔をする一人の男性。
細身で、無表情。
顔色は悪く、その目元には深いクマが残っている。
堅物という言葉が非常によく似合う、神経質そうな男。
されど、彼から感じた威圧感は、僕の今までの人生の中で一番だった。
「無論、駄目だ。捨ててこい弥人」
「そうはいきません父上。救えた命をみすみす捨てるようなこと、正義の味方としては絶対にあってはいけない。だってカッコ悪いじゃないですか!」
「……我が子ながら、つくづく出来の悪い」
彼がそう言った――次の瞬間。
全身の毛穴が逆立つような。
気持ちの悪さが、僕を襲った。
「……っ」
咄嗟に反応は出来なくとも。
僕の顔色を見て、その男性と弥人が少し驚く。
「……なるほどな」
「もー、やめてくださいよ父上。初手で殺しに来るとか脳筋ですか?」
「……少なくとも、優人と貴様の天能が逆であれば、貴様などこの場で殺していた」
天能。
二人の話している言葉の意味は分からずとも。
今、僕が違和感を覚えていなければ、きっとここで死んでいた。
その事実だけは、容易に理解できた。
「分かった。だが……条件がいくつかある。家族ではなく居候であること。貴様が責任をもってソレの里親を探すこと。そして――」
「天能開発の実験体になってもらう――ではありませんか?」
背後からいきなり声がして、驚く。
振り返れば、白衣を着た一人の男性が立っている。
おそらくは、その、天能? というモノの研究者なのだろう。
まだ若く……見えるが、明らかに年老いた人物の風格を纏っている。
その後方には猫背の男性も一人ついていて、助手か何かなのだろう。
「……八雲か」
「ええ、ご無沙汰しております。天守閣下」
八雲と呼ばれた男は、深々と一礼する。
その頬に張り付いた笑顔は、どこか不気味だった。
その男を一瞥した閣下と呼ばれた男は、再び弥人へと視線を戻した。
「弥人。ソレには異能開発の実験体になってもらう」
ちょうど、実験体を探していたのだと。
世間的には『非道徳』極まりない発言がその後に続いた。
「それ、僕が了承するとでも思いました? クソ喰らえですね!」
「……だろうな。お前が反対する以上、あくまでもソレに危害が及ばぬ程度で実験を行うさ。それに、運が良ければ、後天的な天能の継承者になれるやもしれん」
後天的?
天能……継承者?
まったく意味が分からない。
けれど、分かることもある。
断れば、僕はこの場で殺される。
「そうなれば里親探しは不要だ。……仮にも天能保有者。この家の外に出す訳にはいかなくなってくる。であれば【家族】と呼べるのではないか?」
男が、僕を見る。
生まれて初めて、恐怖に膝が震える。
この人は、やばい。
明らかに格が違う。
同じ生物として、明らかに別種だ。
人間とそこらの蟻一匹を比べているようなもの。それくらい果てしない闇が、その男には垣間見えた。
「断ったら、殺されますよねー……」
恐怖で震える僕に、隣から声がする。
驚いてそちらを見ると、弥人が疲れたように笑っていた。
「……分かりましたよ。ただし、あくまでも【協力】に収めてください。本人の意思を100%尊重し、決定の場には僕か優人のどちらかを確実に同席させる。これがその条件の条件ですね!」
「……随分と、あっさり引き下がるのだな」
「だって、父上ったらガチでしょう? 仮にも天守の血統がその年まで生きて積み重ねた研鑽。積み上げた努力はすさまじいと思ってますし。なんなら戦っても勝てないかもしれないじゃないですか」
それでも弥人は、この化け物に『勝てない』とは言わなかった。
弥人の父は、それに気づいて額に青筋を浮かべていた。
一層に威圧感が膨れ上がるが、弥人が片手で僕をかばった。
「では、交渉成功ということで」
息が詰まるような空気の中。
あっさりとそう言ったのは、八雲を名乗る男……の、助手だった。
猫背の助手の言葉に、八雲は静かに頷いた。
「であれば早速――と、したいところですが。さすがに拾われてきた一般人にいきなり実験を行うのも酷というモノ。……弥人くん。今日一日はその少年の準備期間とした方がいいと思うのだが」
「それでいいんじゃないですか? 僕もこの子としても助かります」
その答えに満足して、研究者たちは足早に執務室を後にする。
その背を見送った僕も、弥人に腕を掴まれて退室する。
――その直前。
何の気なしに振り返った、執務室の机の奥で。
どこまでも昏く淀んだ無表情の瞳が、じっと僕らを睨んでいるのが見えた。
「……ぜ、私…………ない……」
かすかに、声が聞こえた気がした。
けれど、意味が分かるほどは聞き取れず。
途切れ途切れの言葉からは……ただ、怒りだけが伝わってきた。




