9-16『兄の答え』
クリスマスプレゼントに爆弾を用意しました。
私には、夢があった。
それは、兄を倒すこと。
一番上の兄も。
捻くれた二番目の兄も。
拾われてきた三番目の兄も。
一癖も二癖もあるような人たちだけど。
やっぱり、三人が三人とも、尊敬すべき場所があった。
輝かしい程の強さがあった。
だけど、個人的に……だけれど。
私が最も尊敬し、目標にしたのはあの兄だった。
『兄上は……なんというか弱々しいですな!』
かつて、彼に対して放った言葉を思い出す。
天守家は代々、概念使いの天能を授かる。
その中でも当代は豊作と噂され、大兄上の『善』や私の『斬』など、歴代でも類を見ないレベルの天能を受けたと評判になっている。……まあ、真ん中の兄上二人は違うのだけれど。
『そりゃそうだろう。だって、僕って殴り合いが得意なわけでもないし。……まあ、弱点を弱点のままにしておくつもりはないけどさ。鍛えろって言うならその内鍛えるよ』
『そのうちとはどのうちでしょうか! 兄上はそう言うときに限って絶対にやらないのです!』
『やるって。たぶん。きっと。……おそらくな。僕は嘘なんてついたことないんだから』
『まあ、それはそう……でしたか?』
どうでしたっけ。
嘘を大量に吐かれたような気もするのですが。
けれど、不思議と過去を思い出し。
その兄に抱いている印象は『誠実だった』ということだ。
確かに彼は、私のことを思っていたし。
誰よりも家族思いだったと断言できる。
私が彼を弱いと言ったのは。
きっと、私は彼より強く在るのだと、自分に言い聞かせたかったから。
頑固な兄は、きっとこれからも苦労する。
多くのことを背負おうとして。
自分一人で解決しようとして。
その度に失敗して、裏でこそこそと泣きわめき。
されど、そんな弱みなんて家族には一切見せやしない。
そんな兄の姿を見て、少し悲しくもあったけれど。
やっぱり妹は、兄の背中に憧れるもので。
私は、彼の背中を支えられるような人物になるんだと。
絶対に彼より強くなって、いつか、私が彼を守るんだと。
そういう思いで、私は夢を志した。
『まあいいでしょう! 勝負です勝負! ぶっ飛ばして差し上げましょう!』
私の言葉に。
兄は、とっても嫌そうな顔をしたのを覚えている。
☆☆☆
「……先に一つ問いますが、雨森様」
ふと、橘月姫は口を開く。
「……なんですか、アレは。あんなもの、私は知りません」
「……だろうな」
元より、橘があの技術を知るはずが無かった。
天能臨界。
そう呼ばれる技術は、言うなれば神性への特攻奥義。
かつて人の身で神を打倒した天守の一族。
彼らが培った『神殺し』の技術を天能に落とし込み、昇華。
異次元な性能を持った『口伝奥義』として完成させたもの。
そしてそれは、残存した神の末裔『橘』が世界に背いた時に使われるはずだった。
……あの父親、僕らには一切教えなかったくせに、弥人と恋にはしっかり教えていたって訳か。今更になってムカついてきた……が。
しかしなるほど……確かにそうだったな。
神性への特攻であるならば、神を喰らった天守の一族にも有効だ。
「……僕も教わってないから詳しくは知らないが……、見る限り、異能を一点へと極限まで凝縮したモノ。人だろうが神だろうが等しく屠り倒す。そんな感じか」
僕も所詮は、弥人たちからの又聞き。
だから、実際に教わっていないものは分からない。
どうやってあそこまで昇華させたのか。
そして、その道筋にどれだけの努力を擁するのか。
「対処方法はあるのでしょうか」
「ない。そも、あれは基本的には発動した時点で相手を殺すと決定付ける技だ」
そう説明した――次の瞬間。
恋は構えた刀を、上段から振り下ろす。
幾度となく繰り返した反復練習。
剣道において、誰もが繰り返すであろう初歩の初歩。
ただの一閃。
それを、僕と橘は全力で回避した。
――音は、遅れてやってきた。
衝撃は、無かったと思う。
それほどまでに、その一閃は静かに。
されど、決定的な破壊をもたらした。
「な……っ!?」
橘から、珍しいくらいの焦燥が僕まで届く。
それもそのはず。
恋の放った一撃は校舎を両断し。
それにとどまらず――大地をも斬り裂いた。
咄嗟に上空へと跳ねたからこそ、見えた光景。
一刀の元に裂かれた大地は、地平線の彼方まで続き。
眼下を見れば、深さも分からないほどの斬撃痕が刻まれている。
【一度使えば、星すら壊す】
かつて聞いたその言葉。
いや、マジのヤツじゃんと内心顔をしかめる。
対し、雨森恋は自信満々に笑っていた。
「ですが死なないでしょう兄上は! なんせ、貴方は一度【天能臨界】を真正面から打ち破っている! あの戦いの勝者が兄上であるならば、この程度の半端な臨界、当然のように破り捨てるはず!」
「…………」
えっ、半端な臨界って言ったのかしらこの子。
にしてはあり得ない威力してるんですが。
彼女の言葉を信じるのなら、これ以上の臨界がこの世に存在するのか?
……まあ、弥人あたりはこれ以上を持っていてもおかしくはなかったけれど。
「……今の話は本当ですか、雨森様」
「半端な臨界って話か? だとしたら多少は勝機も――」
「――その前です」
橘は、鋭い視線を僕に向けていた。
そんな視線を受け流し、僕はいつも通り口を開く。
「……それはない。勝利、それが必ずしも自分の優等とは限らないだろう」
嘘か、あるいは気まぐれの本心か。
橘はしばらく探っていたようだが、やがてあきらめたように視線を逸らす。
「……ですか。過去にも居たのですね。天守弥人以外の、規格外が」
僕は言葉を返すことなく、拳を握る。
さて、雑談もそろそろ終わらせよう。
……恋の天能臨界。
さすがにこれだけの威力だと、長引かせると地球が危険だ。
かつて人類を守った天守が今度は人類を終わらせる。
そんなことになったら、今度は死んだ弥人に怒られかねない。
彼女を倒すにしろ。
ここで負けるにしても。
そろそろ、雨森恋とは決着をつける。
「橘。そろそろ新崎も戻るだろう。三人がかりで――」
言いかけた言葉。
選びかけた、最も簡単な選択肢。
雨森悠人らしい、人間らしさとはかけ離れた合理策。
それを前に、橘から声が飛ぶ。
「――雨森様。それで、後悔はありませんか?」
……彼女らしくもない、情に訴える言葉選び。
されど、この場においては的確無比な一言だった。
「……後悔か。耳が痛くなる話だな」
「だからこそ、です。貴方はここで、後悔するような選択をするべきではない」
兄として。
妹に対して。
一般家庭であれば、幾度と繰り返される大喧嘩。
されど、僕らを一般家庭とは間違っても呼ばないだろう。
兄として妹に接せられる時間が、どれだけあるかもわからない。
これが最期かもしれないのなら。
であればもう、僕は意地など張るべきではないのかもしれない。
恋の願う優しい兄として、彼女に対するべきなのかもしれない。
けれど。
やっぱり、雨森悠人は思うのだ。
『ここで意地を捨てて、お前は本当に後悔しないのか』と。
「……そう、だな。ありがとう橘。少し目が醒めた」
僕はそう言って、前に出る。
僕の姿を見た恋は、一層に緊張感をにじませた。
彼女が僕の姿に……瞳に、何を見たのかは知らない。
だが、答えは出た。
どこまで行っても、これはあくまで兄妹喧嘩。
であれば、意地は張るもの。
見栄は作るし、虚勢も吐く。
意地でも妹に負けてたまるモノかと。
そう願うことこそ、本来、雨森悠人がすべき反応。
「決めた。これが天守の問題である以上、家族の問題は家族内で解決する」
過去、僕は大きな後悔をした。
表情を失うほどの、大きな失敗をした。
それが嫌だから、死ぬほど体を鍛え上げた。
二度と後悔しないために、あらゆる努力を積み上げた。
もう何も失わないために。
否が応でも自分の意思を貫くために。
誰より強くと、願い走った。
だけど、その根底に在ったものは――。
そこまで過去を振り返り、少し笑った。
僕の顔を見て、恋が大きく目を見開いて。
どこか嬉しそうに橘が微笑む中。
雨森悠人は兄として、妹に拳を突きつける。
「恋は僕がぶん殴る。そろそろ、キツイ灸を据える時期だ」
僕の言葉に、恋の頬が、僅かに吊り上がる。
瞳に映るのは歓喜と恐怖。
……そりゃそうだよな。
かつて、何度も繰り広げた模擬戦闘。
幾度となく襲い掛かられた過去。
一度として、僕がお前に負けたことはない。
「恋。天能をやたらめったらと使うなと教えたはずだ」
「そ、それはそうですが……」
「ですが、ではない。時と場所を考えろ。馬鹿かお前は」
一歩、一歩と歩みを進める。
戦力差は、歴然。
誰がどう見たって僕の敗色濃厚だ。
けれど、不思議と負ける予定はなかった。
恋は僕の姿を見て、緊張気味に刀を握る。
「ば、バカは兄上のほうです! な、なにも言わずに私の前から姿を消して――」
「そうだな。だが、バカはお互い様だろう。……兄妹なんだから」
まあ、兄として彼女には何一つ『らしいこと』はしてやれなかったが。
その代わり……と言ってはなんだけど。
僕は兄として、彼女へと大切なことを教えようと思う。
「時に恋。自由に生きるには、強さが要る」
弱ければ何も得られない。
何も掴めず、何もかもを取りこぼす。
僕の夢は、自由に生きること。
かつて語った言葉に、偽りはなかった。
自由に、何にも縛られることなく、家族で幸せに生きること。
お前の夢は、僕にとっての夢でもあった。
けどね、恋。
その夢を目指すのは、この次だ。
幸せになるには、殺さなきゃいけない男がいる。
僕ら以前に。
幸せになってはいけない男が、今日も微笑み生きている。
僕は、それがどうしたって許せない。
「お前が望むもの。僕が渇望するもの。それぞれが相反する以上、僕らは戦うしかない。戦って、最終的に意地を通せた奴こそ強者だ。……それなりに生きてきたが、僕が得た答えはそんな簡単なものだったよ」
だからさ、恋。
僕は、勝つよ。
別になんということはない。
昔のように。当然のように。
兄として、大人げなく妹に勝つつもりだ。
「……まあ、独学だからあまり期待しないで欲しいのだが」
僕の言葉に、恋は目に見えて警戒を強めるが。
まあ、結果にはさほど影響はないと思うよ。
だって、僕が【この異能】を使うと決めた時点で。
雨森悠人は、もう誰にだって負けはしないのだから。
「――【天能臨界】」
全身全霊。
最大限に警戒を強めていた、雨森恋の持つ刀は。
僕がそう、唱えた直後。
まるでガラス細工のように、粉々に砕け散っていた。
【嘘なし豆知識】
〇天能臨界について。
天守家に伝わる口伝奥義。
体内に存在する天能を抽出。
形在り、姿在る物質として具現化する力。
一点へと抽出、圧縮された天能は性能を大幅に向上させ、抽出した天能によっては星すら砕く威力となる。
ただし、天能臨界の技術はあくまでも『ステータスの再割付』に過ぎず、防御性や汎用性を全て攻撃力に割り振るだけ。
そのため、臨界中は通常時の異能を使うことが出来ず、使用者の体は非常に無防備な状態となる。
風の噂によると、天能臨界を『前提』とした異能もあるらしいが……。
次回【おしまい】
第9章、最終話
12/31、大晦日
18:00~公開予定




