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9-14『怪物の血統』

 今でも、その光景を思い出す。


 満月の夜。

 肺を焦がすような灼熱と。

 凄まじい衝撃。

 鼓膜を貫いた炸裂音。

 まるで世界が崩壊したような。

 大切だった何かが終わる音で、あの日の私は目を醒ました。


「……あ、れっ」


 自分の部屋で寝ていたはずなのに。

 気が付けば、私は外に放り出されていて。

 生まれてからずっと住んでいた屋敷は、既に崩壊を始めていた。


 自分の部屋は既に跡形もなく。

 何かの衝撃で屋敷の一部が吹っ飛んで。

 その余波で放り出されたのだと理解する。


「な、なにが……!?」


 咄嗟に意識を完全覚醒。

 態勢を整え、近くに転がっていた木刀を構える。

 周囲へと視線を巡らせ、意識を広げる。

 ……そして、倒れている人物がいることに気づく。


「あ、兄上……!?」


 自身の後方、ずっと奥。

 壊れる屋敷のすぐ前で。



 かつて、天守弥人と呼ばれた男の死体が転がっていた。



 咄嗟に駆け寄る。

 されど、彼がもう死んでいることは分かってた。

 その体から石畳に広がる赤い血が。

 冷たく冷え切った体が、最悪の事実を突きつける。


「な、なんで……どうして!」


 天守弥人は無敵である。

 そんなことは周知の事実だ。

 彼の天能は彼自身を不滅にする。

 14の力などあくまでも付属品。

【善】という天能は使用者を不死にする。

 あらゆる状態異常を防ぎ、あらゆる傷を瞬く間に癒し尽くす。


 正義の体現者として不滅で在る。

 それこそが、彼の天能の真髄だった。


 なのに、死んだ。


 その理由は火を見るより明らかだった。


「兄上……まさか天能が!」


 不滅である兄が死んだ。

 それはイコール、善なる天能の消失を意味する。

 完全に無くなったのか……あるいは、欠片を残して他を強奪されたのか。

 詳しいことは分からずとも。

 完全体の【善】の天能さえあれば、弥人が死ぬことなど有り得ない。


 なぜ、どうして。


 そして何より――誰がやったのか。


 思考が赤く染まる中。

 衝撃と共に、屋敷の一部が爆発する。


「――ッ」


 顔を上げる。

 彼女の瞳が映したのは、崩壊する館で戦うもう一人の兄の姿。

 かつて、天守優人と呼ばれた男は。

 憎悪と悲しみを浮かべ、何者かと戦っていた。



 館を覆い尽くす黒い霧。


 昏き雷が空を灼く。


 有り得ない吹雪が頬を打ち。


 重力すら崩壊し、瓦礫が浮かぶ。



「この、力は――」


 この力を知っていた。

 されど、彼女が知る力とは全くの別種。

 ()()()()()()()()()()()()()


「どう、して――」


 その天能を、知っていたから。

 少女は涙を瞳に浮かべて。

 たった一つの、問いを抱く。



「どうして――」



 その問いを、ついぞ口にすることはなく。


 少女は、その光景を目に焼き付け続けた。




 ☆☆☆




「いやマジでふざけんなよお前」


 新崎康仁は、キレていた。


「なに、せっかく追いついたと思ったら素で弱体受けていて? しかも筋肉痛だかなんだかよく聞こえなかったけど不調極まりなくて? そのうえ王聖やら朝比奈やらに削られて? 最初に言ったよね? 今回お前らに復讐するってさ。なら相応の準備整えてくんない?」


 控えめに言っても、ガチギレだった。

 笑顔がここまで恐ろしいことも中々ないだろう。

 僕はそんな彼を前にして、誠心誠意謝罪する。


「すまない新崎。お前は延期だ」

「ぶっ殺すよお前」


 満面の笑みで青筋を浮かべる新崎。

 今にも殴りかかってきそうな勢いに内心ビビる。

 いやー、結構疲れちゃってね。

 真面目に殴り合ったら、今のお前に勝てる気がしないんだよ。

 ……僕としては戦ってもいいんだが、お前は今の僕と戦って勝ったからって、それで満足するような男でもないだろう。


 新崎康仁は、全力の僕と戦い勝ってこそ。

 そこに初めて意味を見出せる。そういうタイプだ。


 ……とは思うモノの、素直に言ってやる義理もない。


「安心しろ新崎。お前は腕力で恋と同等なんだ。もうそれ僕を超えてるだろ」

「弱体喰らってるお前より、って話だろ? なにそれどこが嬉しいんだよ」


 ……色々と茶化しを入れてみたが、新崎も珍しく真剣な様子。

 さて、どうやって対処したものか。

 そう考えていると、新崎の隣から助け舟が。


「ちょっとやめなさいよ新崎! 悠人が嫌がってるじゃないの!」


 金色の髪が揺れ、聞きなれた声が響く。


「お前どっちの味方……って、そういや雨森か」

「当たり前じゃないの!!」


 そう正々堂々宣言したのは、我らが大食いクイーン四季いろは。

 彼女は僕の隣まで来て腕を抱きよせると、新崎へと向かって威嚇する。


「私が悠人のチームに入ったら足引っ張っちゃうから、仕方なくアンタのチームに入ってるだけで、私はいつでもどこでも悠人の味方よ! 引っ込んでなさいお邪魔虫!」

「はーーっ、気持ちわりぃ! 甘ったるくて吐きそうになってきたよ!」

「はんっ、恋人の一人でも作ってからほざくことね!」


 そういって、四季は僕の腕を強く抱く。

 ……その際に。

 彼女が僕の体を支えるように動いていたこと。

 彼女の手が、少し震えていたこと。

 それらを感じて、少し微笑む。


「悪いな四季。いつも助かる」

「お礼なんていいのよ。私は悠人の意志に殉じるだけなんだから」


 彼女はそう言って、近くのベンチまで僕を引っ張っていく。


 ――場所は、校舎近くの中庭。


 既にゲームの開始から一時間近く。

 多くの生徒が脱落し、多くの勝敗が決した。

 残る生徒はどれだけいるのか……。

 ベンチに腰掛けながら、周囲へと視線を巡らせる。


「橘。あとどれくらい残ってる?」

「…………」


 僕の問いに、彼女からの返事はない。

 不思議に思ってそちらを見ると、彼女はある一方向を見つめ、苦々しい表情を浮かべていた。


「……失礼、雨森様。どうしたものかと悩んでおりまして」

「……?」


 橘月姫が悩む状況。

 咄嗟に理解が追い付かなかったが、やがて、嫌な予感が膨れ上がる。

 急ぎそちらの方向へと視線を向ける。

 ……何気ない、僕らが生活する校舎。

 その、1年C組がある方向。


 そこで問題。


 Q.その方向には……僕らのクラスには何がある?



 A.眠ったまま放置されてる化け物がいる。




「――ッ」


 ――ぞっと、悪寒が走った。


 咄嗟に隣の四季を放り投げる。

 次の瞬間には彼女を投げた腕が【切断】され、激痛に思わず顔が歪む。


「ぐっ……」

「斬られた事実はなかったことに」


 橘が僕の腕に『幻』を使ったため、傷は癒えた。

 というより、受けたダメージが無かったことになった。

 現実を真正面から拒絶するような超絶チート。

 そりゃ、こんな能力連発されたら勝てないよな……。

 再び繋がった右腕に違和感を覚えつつも、拳を握ってそちらを見る。


 現実逃避もほどほどに。

 ……僕は、今の異能をよく知っている。

 いいや、彼女には『天能』という言葉を使ったほうが相応しいか。



「こうして会うのは何年ぶりになりますかな、愛しき兄上」



 声が聞こえて。

 上空から、黒髪の少女が落ちてくる。


 凄まじい砂埃と衝撃と。

 この学園に来て一番の緊張が胃を貫く。


 絶対に会いたくなかった相手。

 雨森悠人としては、絶対に顔を合わせたくなかった相手。

 ……あれを最期のひと時に、終わらせてしまいたかった相手。


 世界で唯一、僕よりも肉体性能が勝るかもしれない。


 正真正銘の『怪物の血統』。

 誰よりも正当なる、天守の継承者。



「……恋」



 天守恋。

 あらゆることに特化したのが弥人であり。

 なににも特化できなかったのが僕であり。

 純粋な戦闘性能に特化したのが、この少女だった。


「言いたいことがたくさんあるのです。……それこそ、こうして相対して、すぐに頭に浮かんでこないくらいには。たくさん、たくさん……伝えたいことがあったのです」

「……げろ」


 僕は、背後の四季たちへと言葉を紡ぐ。

 緊張で上手いこと声が出ず、苛立ちが募り。

 そんな僕を前に、天守恋は正々堂々宣言した。



「なので、手足切り飛ばしてからゆっくり聞かせます」



「逃げろッ!」


 跳ねるように、四季たちが後方へ駆ける。

 恋に相対したのは、僕、橘、新崎の三名。

 残る面々は、この少女を前には虫も同然。

 戦闘型の小森さんも、非戦闘型の四季も。

 等しく戦力外。

 で、あるならば――。


 ……僕らとて、生半可な覚悟では喰われるだけだ。


「――ッ!?」


 一瞬にして、僕ら三名の全身が()()()()()()


 弾ける鮮血。

 僕ら三人の防御を貫通し、容易く命まで届きうる攻撃。

 しかも、目にも止まらず、回避も不能ときたものだ。


 これだから、正真正銘の【概念使い】は嫌になる。


「橘……ッ」


 僕が声を上げるより早く、幻が僕らを包み込む。

 一瞬にして傷は癒えたが……恋の異能は不変のまま。

 絶望的なまでの性能を保持し、未だ僕らを捉え続けている。


「相変わらず……ふざけた性能してますね」

「学園外のヤツが異能を持ってる。……事情は聞くつもりないんだけどさー。僕も『概念使いの異能』を相手にするのは初めてだからよく分かんないんだけど、皆あんなにチートなもんなの?」


 二人の言葉に、苦笑しつつ言葉を返す。


「橘の言葉を借りるなら、それこそ『ふざけろ』って話だ。恋の異能より強い力なんて、僕は過去に二人しか見たことがない」


 一人は僕の隣に立っている少女、橘月姫。

 もう一人は言わずもがな、天守弥人。


 といっても、それはあくまで異能の性能だけに限った話。

 僕が知る中で一番強い存在は、現在の橘家当主、橘一成だ。

 当然、彼と僕とでは生きている年月が違う。研鑽の量も違う。

 そりゃ当然、僕ら子供よりは強いよね、って話だ。

 おそらく僕や橘がタッグを組んで、ようやく敵うかどうかというレベル。

 ……本来の異能を解禁しても、彼だけは確実に殺せる自信はない。


 そんな一成さんを殴り飛ばしてこの学園にやってきた――と宣言した恋。

 その時の一成さんが()()()()()()()は問わないが、少なくとも今の恋は、手抜きの一成さんを屠れる程度だと思ったほうがいい。


 僕は緊張と共に息を吐き。

 改めて、彼女の異能を思い出す。



「天守恋。異能名は――【斬】」



 橘のように応用が利くわけでもない。

 汎用性に優れているわけでもない。

 ただ一点にのみ特化した力。

 むしろ彼女こそが、典型的な『概念使い』。


【知覚範囲内の任意の対象を切断する】


 異能の内容としては、ただそれだけ。

 ……だけど、それだけに特化した高性能の異能に加えて。

 天守恋には、天性の肉体性能が与えられていた。



「……知覚範囲は、自分を中心に約15キロ」



 僕の言葉に、新崎が目に見えてぎょっとする。

 圧倒的な視力、圧倒的な聴力、圧倒的な嗅覚。

 およそ人間の肉体に備わるであろう全機能を、最大限強化した状態で保有する。

 であれば、彼女は15キロ先の光景すら手に取るように把握するだろう。


 その異様さ。

 ライフル銃の最大射程が『7キロ』だと言えば、いかほどか察せられる。


「半径15キロ……戦闘においておよそ【射程距離無限】に等しい」


 その下地の上に、凶悪な異能が上乗せされる。


「彼女の異能は【斬った】ことに重きがある。であれば、斬れるかどうかではないのです。残るのは斬った事実だけ、その過程は一切が存在しません。……新崎君、言いたいことが分かりますか?」

「分かりたくもないけどさ。それって『発動した時点で切断が終了してる』ってことだろ」


 回避も不能。防御も不能。

 あらかじめ【切断完了】と定めた上で異能が発動される。

 発動された時点で切断は完了されている。

 因果すら湾曲させて。

 あらゆる対策ガン無視で。

 ただ、切断する。



 すなわち、チートってわけだ。



「……恋ちゃん、参ったしたら見逃してくれる?」



 僕の切なる願いに、彼女は無表情でハキハキ言った。



「嫌ですな!」と。

【嘘なし豆情報】

○橘一成について。

現橘家の当主。

純粋な強さにおいて、現時点では最強の人物。

橘月姫が生まれるまで、歴代最高の才覚者と呼ばれていた男。

圧倒的な才覚に、雨森が『さん付け』するほどの人格者。

一切の驕りを知らず、常に研鑽を貫き続ける。

雨森の語った通り、生きてきた年数が違えば強さも違う。

学生の彼らが、数十年の成長を経てようやく至るべき高みに立っている。

その異能は、月姫曰く『無敵の防御』らしいが……。


「兄妹揃って、酷い火力してるよね」


とは、橘一成、本人の言。

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【新連載】 史上最弱。 されどその男、最凶につき。 無尽の魔力、大量の召喚獣を従え、とにかく働きたくない主人公が往く。 それは異端極まる異世界英雄譚。 規格外の召喚術士~異世界行っても引きこもりたい~
― 新着の感想 ―
[気になる点] 雨森が氷の能力を使用したのっていつでしたっけ?
[良い点] やっぱりシンプルな力って強いよねって話ですよ [気になる点] 弥人が今も生きていて【善】をより使いこなしてたらどんな化け物になってたんだ... 作者さんが思い付いたけどこりゃ作品のバランス…
[良い点] 回想で新しい情報が出たのにますますわからなくなりましたw [気になる点] 最上は斬も防げるんですか? [一言] 行間に消えた朝比奈...w
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