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9-11『理由』

そろそろ協力者の影もチラつかせて……っと。

「ユートはさ。あー見えてすごい頑固なんだ」


 かつて、男はそう言った。

 黒い髪を風に靡かせて。

 青い瞳を優しげに揺らし、弟を見ていた。


「そうなのか?」

「うん。ユートは僕みたいな兄を持ったから、家族からは出来損ないとか落ちこぼれとか、天守の汚点だとか言われてる。けどね、彼が弱音を吐いた姿は一度も見た事はない」


 ま、嘘でならよく言うけどね、と。

 男は冗談交じりにそう言った。


「……思えば。最近、あの男は()()()()()()()()を使わないな」


 私は橘でありながら肉体性能に恵まれず、その欠点を補ってあまりある程の豪運に恵まれた。

 少年は、そのようなイレギュラーではなく……単純に、性能、才能が欠如していた。

 もちろん、私から見れば、その少年も十分に怪物と呼べる存在であったが……やはり、今隣に立つ男ほどではない。


「そうだね。最近になって()()()使()()()()って決めたみたいなんだ。……まぁ、完全に使わないってよりは、天能の正体に気付かれない範囲で使う、って話してたけど」


 言われて例の『弟』を見る。

 確かに、言われてみれば……使っている、のか? あまりに自然すぎて私の目では判別がつかない。

 それだけ天能の扱いが上手いと言うべきか、私の目が節穴と言うべきか。

 ……まぁ、運だけの男の目がどれだけ信用できるかも分からんからな。


「聞くに、自分の天能は強くないと分かってるから、ここぞと言う時、初見殺しするために取っておくんだってさ」

「……それは」


 私は彼の異能を知っている。

 正直、この兄とあの妹を思えば弱い。

 と言っても、私より強いことには変わりないと思うのだが……。と、そこまで考えて最初の発言を思い出す。


「成程。頑固か」

「そう。ユートは意地でも自分の意思は曲げないんだ。兄としてはもっと賢く生きて欲しいけれどね」


 そう、この兄は苦笑した。


「辛くても苦しくても、どれだけ泣き叫びたくても。ユートは悠々自適と余裕を見せて、裏で死ぬほど苦しんでいる。……そういうタイプさ」

「……損するタイプだな」

「そうだね克也。君と一緒だよ」


 そうして、その男は私を見た。


「だから、一つお願いをしてもいいかな」

「……なにが『だから』なのか知らないが」


 私はそう言うが、彼はもう聞いちゃいない。


「順風満帆に見えるほど、ユートは実は苦しんでいる。そんな時、克也にはユートを止めるつもりで動いて欲しい」

「……止めるつもり、か」


 随分と奇妙な言い回しだな。

 そんな言葉が顔に出たのか、男は笑う。


「ユートは僕より強くなる。克也じゃきっと勝てないよ」

「……お前を超える? 笑い話にもならないな」


 そう告げるが、彼は笑ったまま。

 冗談なのか……本気だったのか。

 真意を知ることなく、話は流れる。


「止める努力をして欲しいんだ。……この先、ユートが苦しんでいる時。必ずしも僕が隣にいられるわけじゃないと思うからね」

「何を馬鹿な。貴様が誰かに後れを取るわけが無い。貴様は生涯無敗だろうよ」

「だろうね。だけど、それでもさ」


 男の目は、どこまでも優しくて。



 まるで、自分が死ぬことさえ分かっているようだった。



「弟たちには、幸せになってもらいたいから」



 かつて、天守弥人と呼ばれた男は。

 最後までそう願って、死んだのだろう。




 ☆☆☆




「雨森悠人。私はお前を止める」


 王聖克也は断言した。

 その瞳の奥に映る覚悟。

 それを見て、僕は大きく息を吐く。


「……誰かに言われました?」

「あぁ。私が願いを聞いてやるほどの男など、過去にも未来にも1人しか居るまい」


 ……ああ、なるほど。

 妙にやる気だと思ったら、そういう理由か。

 僕は拳を握り締めるが……、間もなく、次の『じゃんけん』がやってくる時間だ。


『さァーて、時間と相成ったぜ! それじゃあ準備はイイかよ、二人ともォ!』


 執行官が元気に叫ぶ。

 僕は覚悟を決めると、王聖克也へと真正面から相対する。



『じゃあ行くぜ!【じゃんけん、ぽい】!』



 動体視力に一切頼ることなく。

 純粋な運で勝負した二回目。


 その結果。

 僕がチョキに対して。

 王聖克也はグー。

 当然のように、克也の勝利だった。


 二回連続の勝利。

 まだまだ偶然としてあり得る範囲。

 そのため、彼の強化幅も程度が知れてる。


「そうだな。無難に『目がよくなる』。堂島の異能を頂こう」


 勝利したことに一切の変調は見れない。

 それだけ、王聖克也にとって運での勝負は勝利こそが当たり前。

 この男に純粋な運で勝負しようと思えば、敗北は必至だ。

 ……星奈さんの異能を使えばそこら辺の勝敗も変えられるんだろうが……それはルールにおける【イカサマ】にあたる。どれだけ巧妙だろうと、どれだけ離れていても、執行官は必ず不正をかぎつける。


 王聖の異能はあくまでも【公正なゲームの強要】にある。

 その点に限って、彼の異能を騙すことは絶対に出来ない。


 彼の体から、さらなる闘気が膨れ上がる。

 まだまだ手に負える範囲……にしても、彼の素の身体能力と二連続勝利のボーナス。合わせれば……そうだな。無人島で戦った時の新崎程度には迫っているんじゃなかろうか。

 ……だが、逆に言えば二回までこれだ。


「……小森さん、これ以上はまずい。全力で王聖を潰す」

「わかってる」


 僕と小森さんは、朝比奈を無視して駆け出した。

 だが、僕らが駆けると同時に、まるで反射するように彼女も動く。

 無数の弾丸が僕らへと飛び、それらの正確さに内心で舌打ちを漏らす。

 どいつもこいつも……才人ってのは本当に嫌になる。

 なんで、渡されたばかりの銃をそこまで使いこなせるんですかね!


「お前、少し邪魔だな」


 咄嗟に弾丸を躱し、朝比奈へと向かう先を変更。

 邪魔はあっさりと片して、今は王聖が優先だ。

 そういうつもりで拳を放つ。

 ――が、僕の拳は宙を切った。

 見れば、朝比奈は間一髪のところで僕の拳を回避しており、その目を見てぞっとする。

 ……王聖克也など眼中になく。

 彼女は純粋に、僕を倒すという一点に集中していた。


「言っておくわね雨森くん」


 雷鳴が、轟く。

 凄まじい衝撃が全身を貫き、思い切り体が吹き飛ばされる。

 僕の姿を小森さんが驚いて振り返る中、僕は小さく咳込み、視線を上げる。


 正義の味方は、弱者に対して攻撃できない。

 その在り方は、最初から今まで変わることはない。

 にもかかわらず……今の一撃は、本気だった。


「……格下相手に、随分と本気を出すじゃないか」

「あら雨森くん。今の一撃を防げる相手を、私は格下だとは思っていないわ」


 彼女は、イラっと来るような笑顔を浮かべて、僕を見ていた。



「貴方に認めさせる第一歩目として、()()()()()()!」


「抜かせ雑魚が」



 イラっと来たので、思い切りドロップキック。

 奴は咄嗟にガードをしたようだが、ガードした体ごと吹き飛んで行く。

 砂煙の中に消えた朝比奈を一瞥し、吐き捨てる。


「吠えなければ勝たせてやったものを。いつもお前は無性に腹が立つ」

「雨森! もう10秒経つ!」


 遠くから小森さんの声が響く。

 見れば、彼女は王聖と一対一で戦っており、今はまだ小森さんの優勢に見えた。

 だが、それも二回目まで。

 三回目からは、一気に強さの格が膨れ上がる。

 なんせ、三回連続勝利は、実に1/27の確率。

 言い替えれば、4%にも満たない割合。


「ああ、分かってるさ」


 さすがにこれ以上、王聖克也を勝たせるわけにはいかない。

 僕は校舎の方へと一瞥を向ける。

 ――次の瞬間、僕らの周囲へと巨大な()()が展開された。

 外部と内部を完全に遮断するような、黒い幕。

 僕と小森さん、朝比奈、王聖。少し離れた橘と最上。

 全員を飲み込んで、幕は閉ざされる。

 外からの視界は完全に隔絶され、僕は大きく息を吐いた。


「これで、心置きなく【力】を使える」


 朝比奈の目がある以上、雷は使えない。

 であれば、使う力は霧。

 僕は指を重ねて告げる。


 右手の指を三本。

 左手の指を四本。

 計七本で呼び起こす。



「【裏七番・()()()()()】」



 表二番、鮭。

 その裏側として配置した、海獣。

 地上が黒い海に変わる。

 それを見た王聖と小森さんが焦って退避した直後、海の底より巨大な何かが現れる。


「く、(くじら)……!?」


 バハムートと呼べば竜を想像する者も多いと思うが。

 元来、バハムートとは魚であり、水生生物だ。

 まあ、巨大な魚をバハムートとして設定してもよかったのだが、そこは『魚より鯨の方が大きくて重そうだし』という僕の独断と偏見で変えさせてもらった。


「……この結界。雨森、貴様……随分と変わったのを仲間にしたな」

「ただの()()()ですよ」


 というか、随分と余裕じゃないか。

 僕の裏番号を前に余所見とは……さすがは王聖克也って感じもするが。


「まあいいや、潰せ、バハムート」

『イイところ悪いが、約束の時間だぜぇ! 必殺技も余裕も引っ込めて、純粋勝負に興じる時間だァ!』


 13秒。

 体内時計が間際の時間を告げてくる。

 執行者から声が響くが、関係ない。

 ここで王聖克也を倒す。

 これ以上の引き延ばしは危険だと判断した


 巨鯨バハムートは、巨体を宙へと躍らせる。

 大量の黒い霧が質量を伴い、やがて落下を始める。

 その重量は、生身の一般人であれば瞬く間に擦り潰れるほど。

 いかに橘といえど――運に特化した失敗作。

 今の王聖克也に、その一撃を防げるだけの力はない。


「なるほど。これは私の敗北かな」


 彼は頭上を見上げ、ぽつりとつぶやく。

 その姿に対して抱いたのは、勝利への確信――では、無かった。

 胸の内で嫌な予感が膨れ上がる。

 ……ありえない。

 王聖克也が敗北を認めるなんて絶対にない。

 勝利を諦めることも、まずありえない。

 なら、なんだあの姿は。

 余裕? だとしたらどこにそんなものがある?


 一気に思考が加速する。

 彼がこの状況で頼れるもの。

 ……王聖克也が、昔っから信じていたモノ。


 そこまで考え、僕は理解する。



「ただし、私が一人であったなら、の話だ」



 再び、雷鳴が耳朶を貫く。

 彼が信じたもの。彼が心の底から認めていたモノ。

 そんなものは……そんな存在は、僕は一つしか知らない。


「悪いが私には、()()()()()が付いている」


 視界を、光が埋め尽くす。

 かつてそれは、僕が橘月姫へと放ったモノの、劣化版。

 僕ほどの技量もなく、あれほどの威力もなく。


 されど、僕の異能を灼くには、余りある熱量。



「【()()()】」



 瞬いたのは、白亜の光線。

 たったの一撃。

 それは寸分たがわず巨鯨を貫き、一瞬にして蒸発させる。


 僅かに残った血肉が、水に戻って降り注ぐ。

 黒い雨の中、僕はそちらの方向へと視線を向ける。

 ……僕のさっきの一撃は、それなりに手加減を抜いていた。

 朝比奈霞を一撃で戦闘不能にする。

 あるいは、一時的な無力化につながると、確信できる一撃だった。


「防御、していたな。そういえば」


 彼女は既に、立ち上がっていた。

 防御したからといって、耐えれられる威力ではない。

 にもかかわらずの現状なのだから……これは、僕の読み違いを責めるべきだろう。


 朝比奈霞は、既に僕の想定を超えている。


「雨森!」


 小森さんから声が飛ぶ。

 咄嗟にそちらを見ると――既に、眼前には執行者が立っていた。


『【故意の妨害を確認・検証……結論:ゲームの妨害に値する】……Hey Boy、あの嬢ちゃんが止めたとはいえ、お前は今、じゃんけんの妨害をしようとした。それは純粋な運勝負の範囲外。つまるところはイカサマに該当するわけだァ!』


「な――」


 彼の言葉を受けて、思わず目を見開く。

 確かに僕は、巨鯨バハムートで攻撃を仕掛けた。

 だがそれは、15秒以前での話だ。

 明確に、じゃんけんを邪魔したわけではない。


「何を馬鹿な――」

『逆に聞くがよBoy、じゃんけん勝負間際。巨大なクジラが自分を押しつぶそうとしてる。そんな状況で平静でいられるかぁ? ()()()()()()()()()。問答無用でペナルティだぜ! ケヒヒヒヒ!』


 躱す間もなく。

 執行者の手が、僕の頭蓋を鷲掴む。


 僕も、小森さんも、朝比奈すらも目を見開く中。

 王聖勝也は、満足げな笑顔を見せた。




「【ペナルティ:()()()()()()()()()()()()()】」


インターバルは15秒。

僅かの妨害行為も許されず。

ひたすら、勝敗の見えた儀式を強要される。

橘家の長男。

名こそ変われど、その本質は変わりなく。

王聖克也の歩みは、いつだって勝利へと向かっている。


「私は勝利する。……亡き友の、最後の願いだからな」



次回【枷】

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【新連載】 史上最弱。 されどその男、最凶につき。 無尽の魔力、大量の召喚獣を従え、とにかく働きたくない主人公が往く。 それは異端極まる異世界英雄譚。 規格外の召喚術士~異世界行っても引きこもりたい~
― 新着の感想 ―
[良い点] 朝御飯つよくなりすぎぃ! [気になる点] やっぱ雨森は異能2つ持ち? [一言] ぶっちゃけ朝御飯がいなかったら王聖さほど強くないんかね? それともなんだかんだ持ち前の豪運でジャンケンまでこ…
2022/11/20 22:24 あんぽんたん
[気になる点] 結界ねぇ… 橘と最上は何してんのかなぁ。 [一言] 雨森なら異能なくても肉体性能でゴリ押しそう。
[良い点] 朝比奈頑張ってんなぁ 王聖も認めるってすごくない? 相変わらず雨森からの好感度は低いんですけどね 評価自体は上がってそうだけど
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