9-10『王聖克也』
橘家長女、橘月姫。
彼女には弟が居る。
名前は伏せるが、橘月姫と比べれば目に見えて劣る才能を持ち、次期当主としては相応しくないと判断された弟だ。
だが、そんな弟をして『優秀』と、橘の家では噂されている。
それは何故か。
「……不出来、その上不良極まりない【兄】が居たから」
橘月姫は、その男へと視線を向ける。
自分によく似た白髪と。
橘の一族とはかけ離れた青い瞳。
「王聖克也。……実名は、橘克也」
生徒会長、最上が告げる。
橘は視線を戻すと、自分を前にしても一切の余裕を崩さない男が立っている。
「彼に聞いたところ、『あんな腐った死体共が彷徨く家など私には相応しくない』とか言って家出したのだとか。……それで合っているかい?」
「というより、父から勘当されたのですが。父は才能など気にしない人物ですが、あそこの男があまりにも問題ばかり起こすもので」
橘月姫は、雨森悠人を追うために高校生活を二巡している。
そのため、年齢通りであれば、本来ならば高校三年生。
当然、兄である克也はその年齢通りであれば高校生の枠には収まっていない。
にもかかわらず、未だ高校二年生であるという事実。
それはひとえに、あの男もまた『高校生をやり直している』証明でもあった。
「『異能というものに興味がわいた』とは彼の言でね。当時高校二年生だった彼は、わざわざ学校を辞めてまでこの学園に入り直した」
「頭が痛くなるほど、どこかで聞いた話ですね」
史上最高の妹である月姫と。
その兄、橘家最大の汚点である克也。
正反対を生きる二人であれど。
思うがままに、我が儘に、己を貫き。
最後まで自分の信じる道を歩き続ける。
その一点に限って言えば、同じものを持っている。
故に、橘月姫は、兄が苦手だった。
それには当然、同族嫌悪というものもあったが。
彼女が最も嫌ったのは、克也のその在り方だった。
「……で、あの男。最近は何にハマっているのですか?」
橘月姫の言葉に。
最上は、頭をかいて答えるのだった――
☆☆☆
「……ジャンケン?」
僕の隣で、小森茜が困惑していた。
僕は彼女を一瞥し、朝比奈嬢へと視線を向ける。
彼女は……既に王聖克也の能力については知らされているのか、あまり動揺した様子はない。
僕は再び王聖へと視線を戻すと、端的に告げる。
「――大嫌いですね」
応えた、次の瞬間。
変化は唐突で、目を見張るほど大きなものだった。
どこからともなく、楽し気な音楽が流れてくる。
正体不明なスポットライトが降り注ぎ。
周囲の空間が、宵闇のように暗くなる。
それはまるで、サーカスの一幕。
そんな折に聞こえてくる声は、誠実さとは正反対のモノだった。
『Hey Boy! って、随分と懐かしい顔が居やがんなァ! 天守の倅かよ!』
「……【執行官】」
気が付けば、王聖克也の背後には異形が佇んでいる。
人のようなシルエット。しかしそれはヒトではない。
異様なまでに細い手足。
それはまるで人形のよう。
身に纏う衣服は裁判官のモノで、その手には虫眼鏡を持っている。
顔面はド派手な仮面に覆われて、容姿の一切はうかがえない。
それでも、仮面の奥から聞こえてくるのは、品性の欠片もない声だった。
『随分とやつれた顔してんじゃァねぇの! 女にでも振られたかァ!? きひひっひひ!』
「執行官。あまり汚い言葉を使うな。実に耳障りだ」
『そうかいカッツー! んじゃあ、さっそく本題といってみようかァ!』
あまりの状況に、小森さんは呆然としている。
朝比奈嬢も聞いてはいただろうが、あの王聖から出てきたとは思えない『口の悪い何か』に戸惑いを隠しきれてはいない。
そんな中で、その異形――【執行官】と呼ばれる異能は語りだす。
「【該当者:雨森悠人。対戦内容:じゃんけん5回勝負】」
あまりにも荒唐無稽すぎる内容に、さしもの僕でも顔が歪んだと思う。
「【ルール選定:じゃんけんの合図は、15秒毎に下される。そのタイミングでじゃんけんを行わなかった場合は無条件で敗北とし、勝者へと相応の報酬が支払われることとなる】」
「【ルール再訂:勝者への相応の報酬について。じゃんけんで勝利したものは、その回数に応じた強度の身体強化と、相応階位の異能を新たに獲得することができる。また、仮にすべてのじゃんけんで勝利した場合、勝者を無敵にする】」
「【ルール再訂:じゃんけんにおける違反について。じゃんけんは純粋な運で勝負すること。これに反した者は無条件で敗北とし、違反内容に応じてペナルティを課すものとする】」
「【ルール再訂:本対戦における強化・弱体化状態は、五回戦が終わり最終的な結果が確立した後、5分後にすべて消失するものとする。その時点で異能使用者:王聖克也が続行を望む場合は、再度一回戦からじゃんけんを行うものとする】」
続けざまに放たれる対戦ルール。
あまりの異質さに頭が痛くなるが……言っていることは簡単だ。
15秒ごとに、イカサマ無しのじゃんけんをする。
勝てば身体強化。加えて好きな異能を一つ貰える。
負ければなにもなし。イカサマすれば罰ゲーム。
そして、これが最も大事。
「五連続勝利した場合の絶対無敵」
243分の1。
じゃんけんで五連続勝利する確率だ。
変換すると、実に0.4%。
これが戦いである以上、一発勝負。
一度でも負ければ逆に相手を強化してしまう。
まさしく背水の陣で挑んだ末に、手に出来る確率はたったその程度。
ゆえにこそ、その【無敵】という言葉は無類の重さを誇る。
「……なるほど。相手を強化するデメリットと、到達できる『最大強化条件』の難しさ。頭いかれてるとしか思えない前提条件――縛りを加えることで、その最大強化状態をぶっ壊れにしてる。そういうこと」
「さすが」
小森さんの言う通り。
王聖克也は概念使いではない。
橘の一族に生まれておきながら、弱すぎる異能を与えられた異端児。
加護の異能でも、王の異能でもない。
彼の異能は、堂々の第四階位。
学園でも最大級の弱さを誇る異能。
「王聖克也。……異能名は【皇制執行官】」
あくまでも【公正】な対戦内容を定め、その勝負を強要するだけ。
その結果についても、あくまでも平等。
どちらも五分五分で勝率がある。
そのようなルールでしか執行官は訪れない。
一切の技術、身体能力、才能を度外視し。
純粋無垢な『勝負』によって、敵味方平等に勝者を讃える。
それこそが彼の異能。
皇制執行官。
酷くて弱くて。
誰にだって使いこなせない最低の異能。
――まあそれも、王聖克也を除いて、の話だが。
僕と小森さんを前に、王聖克也は勝利を確信している。
その頬には微笑を。
その全身には余裕を。
圧倒的な優位を誇示し、僕らを見下す。
「素の身体能力で、私はお前たちに遠く及ばない。だが、私は王聖克也だ。私は勝つべくして、当然のように勝つ。その道筋に一切の淀みはなく、一切の努力、精進、精神的介入は不要だ」
彼は生まれたときから自分が勝ち組であると思ってる。
自分こそが世界の中心であると確信している。
故の自信。
橘の才能の上に胡坐をかき。
向上意識など欠片もなく。
ただ、そういうものだから、と。
天運すらも自分のものだと豪語する。
そりゃあ、一成さんでも怒ると思うし。
……彼の言葉に虚勢がないから、余計質が悪い。
端的に真実を告げよう。
王聖克也はアホみたいに運がいい。
「勝負しようか、雨森悠人。主人公面のただの被害者。そんな不幸面の男よりかは、私の方が主人公に相応しいとは思うんだが」
「主人公だなんて……生まれて一度も張ったことはないですよ」
僕は前傾姿勢を取る。
王聖克也を倒すのならば、速攻だ。
最初の15秒、じゃんけんが始まる前の時間で倒す。
相手も橘の血統。常人よりははるかに強いが、僕や月姫ほどじゃない。
「狙うなら速攻。……透けて見えるぞ雨森悠人。天運勝負で私に勝てる自信が無い。ゆえに、その前に勝負を決めてしまいたいという魂胆だろう?」
彼は、自信満々にこちらの策を看破する。
けど、だから何だと僕は結論付ける。
分かったからって、素のお前じゃ僕は止められないだろう。
それに、今回は弾丸が一撃でも入れば、即敗北。
なら、ゼロ距離まで詰めて一撃叩き込めば、僕の勝利だ。
僕は力強く大地を蹴り、王聖へと駆け出した。
――その、直後。
咄嗟に体をひねって回避すると、先ほどまで僕の居た場所を弾丸が通過する。
見れば、雷を纏った朝比奈嬢が僕と並走していて。
その姿を見て、僕は何とも言えない表情をしたと思う。
「悪いわね、私もいるのよ雨森くん」
「……随分と、速いな」
入学から今まで、終始僕は朝比奈霞を成長させようと動いてきた。
その結果がこれなのだから、成功したのだと喜ぶべき……はずなのだが。
A組との闘争要請、最後にお前の姿を見たときから、薄々と察していた。
――すでに朝比奈霞は、僕の速度に追いついている。
無人島で片手間に遊んだ時とは、もはや別人。
叩き潰される程強くなり。
敗北するたびに、立ち上がる。
その繰り返しを続けた結果が、今の彼女。
正真正銘、正義の味方と『なりかけている』朝比奈霞だ。
「――15秒経過」
ふと、声がする。
焦ってそちらを見れば、王聖克也は笑っていた。
その手はパーを出していて。
おそるおそると下を見れば、僕の拳は握られていた。
『【第一回戦、勝者は王聖克也】……さーてカッツー! 一番最初は何が欲しい!』
「死なぬ程度の自己治癒能力。異能の複数所有は肉体を内から滅ぼすからな」
そう言って、彼は僕を見る。
その身からあふれ出す威圧感が、僅かに膨れ上がる。
まだ一回の勝利。……されど、既に一回。
あと四回繰り返したなら、王聖克也は手の付けられない怪物となり果てる。
「さて、雨森悠人」
僕の名を呼び、彼は笑う。
その歩みに一切の迷いはなく。
絶対的な優位として、彼は言う。
「実を言うと。私の今の目的はお前の歩みを終わらせることにある」
彼は、どこか悲しそうな表情をしている……ような気がした。
その顔、もう分かってるだろ、王聖克也。
僕は止まらないんだよ。
止まるつもりなんて毛頭ない。
全てを終わらせるまで、僕は止まれないんだよ。止まったら……終わりなんだ。
「……先に言うが、これは善意だ」
彼はそう言って、右手を前に差し出す。
「父上にも言われただろう。お前は出張るべきでは無い。……お前の無念は私が晴らしてやってもいい」
だから、と。
彼はまるで、兄のような声色で。
残酷なほど優しい言葉を投げかける。
「雨森悠人は普通に戻れ」
その言葉には、拳を構えて答えとした。
クソ喰らえ、ってな。
雨森悠人の歩む道。
その先には、破綻しか待っていない。
そう、私は彼を見て理解した。
元より、破綻を上手く誤魔化して。
欠けた部品を継ぎ接ぎにして。
嘘で固めて、雨森悠人という男が出来たのだろう。
過去は知らないが、お前の正体なぞ察しがついてる。
であれば、お前の最後にハッピーエンドなど存在しない。
お前は目的こそ果たせても、その先には繋がらない。
であれば、私はお前を止めるつもりだ。
雨森悠人は、普通に戻れ。
生徒会にでも入って、大人しく青春に浸れ。
それがお前には相応しい。
――だから、断言しよう。
私は王聖克也として、当然のように勝つつもりだ。
お前を、この先には進ませない。
……だって、それはあまりに酷というものだろう?
次回【理由】




