9-9『激突』
「や、やべぇぞグラウンドの方! もう生き残ってるやつ一人もいねぇ!!」
そんな悲鳴が耳に届いた。
教室の窓から外へと視線を向ける。
先程までごった返していたはずのグラウンドには、もうほとんど生徒は見えない。
荒廃した、とでも言わんばかりに荒れ果てたグラウンドと、そこに無傷で佇む3人の姿。
小森茜。
橘月姫。
そして、雨森悠人。
「さて、雨森悠人君」
男は、愉悦を浮かべて少年を見下ろす。
彼は、天守優人なのか。
それとも別の人物なのか。
そして、何故今まで生きてこれたのか。
それは知らない。
興味はあるが、それを突き詰めるのは君を殺した後で構わない。死体は嘘をつかないからね。
だから今は、君に勝つ方法を模索するよ。
そう、彼は内心笑った。
「正直に告白しよう。君は脅威だ。自分が死ぬかもしれない。そう考えたのは本当に久方ぶりなのさ」
だからこそ、削る。
過去を知る彼だからこそ、断言出来る。
事情をある程度知っているからこそ。
「だけど君、そろそろ限界だろう?」
そう笑って、少年の姿を見下ろした。
――これは、実験だ。
彼の正体を探るために。
そして、彼の肉体がどこまで負傷し、追い込まれているのかを知るために。
その為だけに、この場を用意した。
学園長――八雲選人は断言する。
「勘違いさせたようで済まないが。私はね、全力全霊で君を潰すつもりだよ」
そこに、慢心など無い。
ただ純粋な悪意と保身を胸に抱いて。
あらゆる手を使って、雨森悠人を踏み潰す。
「既に、戦いは始まっているんだよ」
☆☆☆
「……前哨戦、と見るべきでしょうね」
橘月姫は断言した。
僕は彼女へと視線を移す。
彼女は誰もいなくなったグラウンドで顎に手を当てており、その衣服には埃一つ着いていない。
「……いきなり何言ってる。あれだけの生徒たちを殲滅しといて、前哨戦? 橘、相変わらず頭おかしい」
「茜。友達とはいえそれは失礼ですよ」
小森にそう言われ、橘はぷくっと頬をふくらませた。
橘のそういった『年相応の姿』を見たのは久しぶりな気がして……コイツにも友達と呼べる相手がいたんだなぁ、としみじみ思う。
「で、何が前哨戦だって?」
「当然今の掃除もそうですが、……戦いは既に始まっているということですよ。お察しでしょう?」
えっ、生徒たちを一方的に屠り尽くしておいて、それを『掃除』とか言ってるんですけどこの人。
彼女は腰のホルダーから銃を抜き放つと、僕の後方へと向けて射撃。
悲鳴が聞こえて振り返ると、木の上に居たらしい生徒が落下中に強制転移されていた。
「ですが誤算でしたね。私は疲れというものを知りません。私がいる以上、雨森様の出番など欠片もあるはずがないでしょう」
大胆不敵に大言壮語を吐き散らす橘。
しかし……それが大言じゃないからタチが悪い。僕だって橘が居ればそれだけで勝てると思ったから、こうして身内に引き入れたわけだし。
……というか、こいつだって銃を持ったのは初めてだろうに……なんでそんなに上手く使えるんですか?
「チッ……」
「……何故私は舌打ちされたのでしょう」
ショックを受けた様子で僕を見上げる橘。
……まぁ、こいつの言わんとしていることも察してるよ。
学園長……あれだけ脅したとはいえ、僕と接触する以前から様々な策を練っていたらしい。王聖克也がそのいい例だろう。
……勘違いしていたな。
あの男は僕のことを格下だと舐め腐っているものだと思っていたが、どうやら、本気で僕のことを潰しに来ているらしい。
「頼むぞ橘。僕は今回、出来れば休みたい」
「おまかせを」
彼女はそう言い放つと、校舎の方へと視線を向ける。
しかし、その横顔には僅かばかりの緊張が映っていた。
それもそのはず。
僕も彼女も、既にそれらの気配には気がついていた。
絶対に組むことは無いだろう。
そう、タカをくくっていた。
彼らをよく知っているからこそ。
可能性の一つとしては考えていたが、あくまでも可能性の話。現実的には実現不可能なものだと考えていた。
けれど、現実はどうだ。
あの橘の顔が強ばっている。
その時点で、あの三人を同時に相手するのがどれだけ厳しいのか、お察しいただけると思う。
「やぁ、今日はいい天気だね。雨森くん」
清々しい声が聞こえてきた。
かつて、夏休みの一幕で。
兄について話したことは、記憶にもまだ新しい。
「……概念使い、こそ居ませんが」
「これはまた、酷いメンツを揃えてきましたね。最上生徒会長」
最上優。
学園最強の座を欲しいままにし。
かつて、天守弥人の友であった男。
当然、彼は概念使いではない。
本気で戦って、僕や橘が負けることは無い。確実に僕らが勝てると思う。
……だけど、それは一対一での話だ。
僕は、彼の背後にいる二人を見て顔を顰めた。
「生徒会長。月姫と他生徒は任せて良いのだろうな。私はあの男に用がある」
「悪いですが王聖副会長。雨森くんは私が相手したいです」
絶対に戦いたくない相手、王聖克也。
絶対に相手したくない奴、朝比奈霞。
最悪なふたりを揃えてきやがった。
しかも、その二人の目的は僕と来ている。
「……橘、気が変わった。僕も出る」
「そうですね。私も、王聖克也とだけは絶対に戦いたくなかったもので。……押し付けても問題ないですか?」
……嫌なんだけどなぁ。
王聖克也を相手にするってだけでも最悪なのに、それに加えて朝比奈嬢とか。
なに、僕に対する嫌がらせ?
橘を相手にするよりさらに嫌なんですけど。
「茜。あなたは雨森様と動きなさい。私は生徒会長をさくっと終わらせて……そうですね。朝比奈霞辺りを潰します」
「……サクッと終わる? こいつと二人で居るの、凄く嫌」
歯に衣着せぬ小森さん。
彼女は嫌な顔をしながらも僕の方へとやってくる。そして、相手を見据え、僕の方を一瞥した。
「……どっちが弱い?」
「朝比奈だろうな」
断言され、王聖克也はニヤリと笑う。
対する朝比奈嬢はショックを受けた様子で、涙目で僕を睨んできた。
僕はその視線を受け流し、声のボリュームを下げて言う。
「だが、その評価は現時点だ。潜在能力は朝比奈霞が圧倒的に勝る」
「……それ、本人に直接伝えてやれば」
小森さんにのみ伝えた言葉。
それに対し、彼女はジト目で僕を見上げる。
「先にも後にもその予定は無いな」
そう答えた……次の瞬間。
バチリと黄色い稲妻が視界を走り、僕の後頭部へと銃口が突きつけられた。
その速度に大きく目を見張る小森さんと。
涙目で銃を突きつけている、朝比奈嬢。
「雨森くん! 私は誰より強くなる予定よ! 少なくとも、あなたには負けないとここで証明してみせるわ!」
「何を当たり前のことを言っている。僕はお前には勝てないよ、朝御飯」
「私の名前は朝比奈よ! さっきはちゃんと言えてたじゃないの!!」
そう叫び、彼女はトリガーへと指をかける。
しかし、僕の隣から威圧感が溢れ出す。
あまりの圧に隣を見れば、小森さんが僕らへと向けて思いっきり銃をぶっぱなしていた。
大量の弾丸の嵐。
僕と朝比奈は咄嗟にその場から回避すると、目に見えて小森さんは舌打ちする。
「チッ、仕留め損ねた」
「それ、僕に対して言ってないよね?」
……こんなのと相棒かぁ。
実質、3対1じゃん。そうは思うものの、橘も生徒会長を倒し次第こちらに介入してくれる。僕はそれまで耐えるだけで十分だ。
……ただ、あの最上生徒会長が、そう簡単に倒されるとも思えない。
それに、この男を相手に時間をかけるってことは、イコール敗北を意味する。
僕は前方へと視線を向ける。
橘によく似た白髪と。
透き通るような青い瞳の男。
王聖克也は、悠々と僕へと歩いてくる。
その頬には微笑が浮かび。
その歩みに、一切の敗北は無いのだろう。
「久しいな雨森。そのついでに一つ聞いておきたいのだが」
「嫌ですね」
即答するが、きっと僕の声なんて届かない。
そういう男だと知っているし。
その質問こそが。
彼の異能だと、僕はよく知っている。
「雨森悠人。お前はジャンケンは好きか?」
次回【王聖克也】




