9-8『3人1組』
王聖克也。
その名前を聞いた時、僕の顔は歪んだかもしれない。それほどの衝撃と……うっわ、なんつー輩に絡まれたんだよ、という面倒臭さ。
「……以上、王聖先輩からの伝言よ」
「あぁ、悪いな朝浜」
場所は1年C組の教室内。
周囲には、他の生徒は誰も居ない。
学園祭の『出し物』期間は終了し、生徒たちには体育館に集合するよう伝えられているためだ。
僕と朝比奈は急げば秒で体育館までたどり着けるため、ほんの少しだけゆっくりと話していた。
僕は椅子に座り、朝比奈から伝えられた言葉に頭を悩ませる。
僕を前に朝比奈嬢は「私の名前は朝比奈よ雨森くん」とかなんとか言っていたが無視。
僕は視線を下へと移動させると、僕の太ももを枕にして寝ている恋の姿が。
「……遊び疲れちゃったのかしら?」
「かもしれないな。……人伝に聞いている話だと、近頃はめっきりはしゃぐこともなかったらしいし」
一成さんから聞くところによると。
天守恋はかつての『元気の塊』とは程遠く、どこか落ち込んで、寂しそうな様子だと聞いていた。
前みたいにはしゃぐことも、奇声を上げて強者に襲いかかることも無く……まぁ、後者は無くなって正解なんだけどさ。
それでも、あの事件以降元気のなかった恋が、今日は半日程度とはいえ思う存分はしゃいでいたと思う。
その理由は……まぁ、僕なのかな。
この学園に僕がいること。
あるいは、直感的に僕が雨森悠人であると分かっていたのかもしれない。
……少なくとも、終わった今ではどうでもいい事だけれど。
久しぶりで、最後の兄妹水入らず。
せめてものことは、出来たと思う。
「――おい、橘」
「あら、呼びましたか雨森様」
背後へと声をかけると、当然のように声が返る。
僕の後方を見た朝比奈が一瞬だけ目を見開いたが、さすがに彼女も慣れたものだ。
「……いつから居たのかしら、橘さん」
「雨森様が声をかけた瞬間から。そう答えれば満足ですか? 朝比奈霞さん」
二人の間で、視線がバチりと火花を散らす。
まぁ、僕がひと睨みすればそれも収まったが、この2人もあの『決着』以来、どこかバチバチしてる気がする。
個人的にはあれ以上ないくらいの配役だったとおもうのだが、まぁ、そこら辺の問題は本人たちに任せておこうか。
「そろそろいいだろう。姿を戻せ」
「あら、もうよろしいのですか?」
橘は指を鳴らす。
途端に僕の姿は元の男子制服へと戻り、やっと慣れないスカート姿とはおさらばだ。
ちょっと残念そうな朝比奈嬢はスルーして、僕は背後の橘へと声をかける。
「あぁ。……あの王聖克也に目をつけられたんだ。さすがに女装のまま戦えないだろう」
おおよそ、学園長の差し金か。
学園長の命令に、王様気質だと噂の王聖克也が従うとも思えないが……果たしてどう言って王聖を誘導したのか。
……無能だと思ってたが、少なくとも『誰かを扇動する』という一点に限っていえば、あの男の隣に出る者はいないだろうな。
「そうですね……。ただ、私もこの状況で学園長が動くのは想定外でした。……学園祭が始まるより以前の『一手』でしょうか」
「興味は無い。僕はただ、降りかかる火の粉を払うだけだ」
僕は体を霧に変え、眠る恋をゆっくりとソファーの上へと移す。
その寝顔を一瞥し、僕は橘へと振り返った。
「……頼んでいた『争奪戦』の内容は?」
「A組の担任を使って調べてきました」
僕らの会話を聞いていた朝比奈が目を剥く。
「ちょ!? あ、雨森くん!? いつの間に橘さんにそんなことお願いしていたのかしら……!?」
「少なくとも、お前が知らぬ間だろうな」
僕は橘から1枚のプリントを受け取る。
その内容へと目を通し……僕は少し瞼を閉ざす。
雨森恋の乱入に。
王聖克也の介入。
学園長の思惑に。
加えてこの内容と来た。
……ずいぶんとまぁ、嫌なことが続くもんだ。今まで自分を隠し続けてきたけれど、そろそろ限界だぞとでも言わんばかりの怒涛さだ。
「ときに雨森様、ご相談があるのですが」
ふと、橘から声が掛かる。
彼女へと見ると、その頬には微笑が浮かんでいた。
その笑顔は玩具を目の前にした子供のように無邪気で……だからこそ、彼女の言わんとすることは想像できた。
「貴方様の目下の重点事項は『極力体力の消耗を抑えたい』。対するはやる気満々の新崎君に、潰す気満点の王聖克也。加えて、A組の面々も貴方様への復讐心は忘れていないでしょうね」
「……で、何が言いたい?」
僕がそう問うた時には。
既に僕の手からプリントは消えていて、橘は僕から奪い取ったその紙を掲げている。
「【3人1組で行う銃撃戦】。……雨森様としては、より強い従者をお望みだろうと思いまして」
彼女は自分の胸に片手を添えて、自信満々に、堂々と言ってのけた。
そこまで言えば朝比奈嬢とて察しがつく。
「ちょ!?」
「雨森悠人様。貴方様は既に終点を見据えている。……そのために、今必要なものは純粋な武力。……違いますか?」
何も違わない。
そして僕の目の前には、橘家において歴代最高傑作と呼び声高い最高峰の戦力が、両手を広げて待っている。
「端的に。私と組みましょう、雨森様」
その言葉を受けて、僕は溜息を漏らした。
☆☆☆
その一時間後。
僕は配布された模擬銃を触りながら、先程説明されたルールについて思い出す。
「3人1組の銃撃戦」
舞台はこの学園の敷地全土。
……といっても、校舎の周囲を囲む塀から内側、ということなので、学園の校舎内とグラウンド、中庭辺りが主戦場となるだろう。
弾丸はペイント弾。
人体に直撃した場合のみ破裂する特別仕様で、そのペイントが衣服に少しでも付着した人物は即脱落。強制的に安全地帯へと転移されるとかなんとか。
また、報酬は今回の学園祭で動いたポイント全てになる。
今回の売上を全て徴収し、集計。
それらを最後まで残った上位から順位ごとに配っていくシステムらしい。
そのため、いかに相手を蹴落とすか……と言うよりは、どれだけペイント弾に触れずに生き延びれるか、という勝負になる。
「触れただけでアウト。……その上銃撃戦か。銃なんて初めて触れたんだがな」
まともに使える気もしない。
僕はとりあえず近くの木目掛けて銃を撃ってみるが……案の定当たらない。
いや、こんなの無理でしょ。
余程センスのある人じゃないと、渡された初日で銃は使いこなせませんよ。
「……へぇ。お前、苦手なことあるんだ」
ふと、隣から声がする。
久しく聞くことのなかった声に、僕は恥じることなく言葉を返した。
「当然。僕はもとより凡人だ。出来ることはどこまでもできるが、専門外は何も出来ない。そういうふうに出来ている」
「……意外。お前は私たちにとっての悪魔そのもの。どこにも隙なんてないと思ってた」
それはそれは……。
まぁ、そういう風に見せたのは間違いないが、僕だって人間だ。何でもかんでもできる訳じゃないんだよ。
全てに手が届くのだとしたら。
きっと僕は、こんな場所には立ってない。
「さて、そろそろ時間のようですよ」
橘が、そう言って僕らを振り返る。
場所はグラウンドの端の方。
周囲には多くの生徒たちがいる。
見知った顔から、二、三年生の見知らぬ生徒たちまで。
それらを前に、橘月姫は自信満々に立っていた。
「正しく過剰戦力。……私のよく知る人物だけで集めた結果、これほど結果が見えているチームも無いでしょうね」
彼女の言うとおり。
橘月姫。
雨森悠人。
そして最後の一人――小森茜。
かつて僕が心をへし折り。
再起不能にしたはずの、A組のスパイ。
僕が急ぎ気味にボコったせいで彼女の力も影が薄いが、よく良く考えれば『霧』と『雷』のふたつだけでは手に負えなかった怪物だ。
いかに事前準備が完璧だったといえど……彼女をチームに加えることは納得のいく結果だった。
「しかし、いいのか。僕のこと怖いだろう」
「……怖くない。お前なんてどうってことない。自意識過剰にもほどがある」
早口でそう返す小森は、膝が震えていた。
まぁ、橘としてはそれを克服する為にも無理やり同じチームに捻りこんだのだろうが。……ただ、一番の理由は違うだろうな。
「さて。雨森様とはこの間戦わせていただきましたので。……此度は、朝比奈霞と新崎康仁。あの二人が私の玩具になって貰いましょう」
彼女の瞳は楽しげに揺らいでいた。
小森茜……身内をチームに入れた理由。
それは、僕のチームから朝比奈霞を除外したかったから。
加護の異能でありながら、既に速度は僕や橘と同等まで達している朝比奈嬢。
概念使いに覚醒し、純粋な腕力において雨森恋と同等の力を見せた新崎康仁。
僕や橘というイレギュラーを排除し。
純粋な彼女たちの力を以て、今の僕らにどれだけ対抗できるのか。
それを今のうちに知っておきたい。
彼女の思惑としてはそんな感じだろうし。
それについては、僕としても願ったり叶ったり。
終局面を前にした最終確認だ。これでひとつ、真面目にやる理由が増えました。
「最初の獲物は?」
「そんなものは決めませんよ。私はただ、目に映るもの全てを倒して進むだけです」
橘のそんな言葉に苦笑しながら、僕は頭上へと視線を向ける。
上空には銃撃戦開始までの時間が刻まれていて。
間もなく残り1分という数字を見て。
人知れず、銃のグリップを握りしめた。
……嫌だなぁ、本当に。
こんなものは使いたくなんてなかったのに。
※忘れてる方のために補足です。
〇小森茜
1年C組所属の、橘のスパイ。
異能【百獣の加護】
全身、あるいは一部へと獣の力を取り入れる力。
筋力、聴力、視力。あらゆる動物の最も優れた能力だけを取り込み、さらに強化することで尋常ならざる力を発揮出来る。
病院の屋上で雨森悠人と戦った際は、小森側の準備が万端だったとはいえ、雨森悠人が『霧』と『雷』だけでは厳しいと見て、三つ目の異能を切ったほど。




