9-7『麒麟児』
それは、学園祭が始まるより前の一幕。
白髪をワックスで固めたスーツの男性――学園長、八雲選人は、生徒会室に出向いていた。
学園長と呼ばれる人物が、なぜこんな場所に居るのか。
生徒会が始まって以来、初めての来客に生徒会役員たちも驚きを隠せない。
「……どうしたんですか、学園長。貴方がこの場に来るだなんて」
生徒会長、最上が敵愾心を隠すことなく声をかける。
それを前に、学園長は一切の余裕を崩さない。
「なに、ただの視察だよ。……と、そう言えたら楽だったのだけれどね」
彼は生徒会室をぐるりと見渡す。
生徒会長から庶務まで、全員がその場には揃っていて。
いずれの生徒からも警戒心を向けられながら、彼は言う。
「――雨森悠人を再起不能にする。是非奮って参加してほしい」
「論外ですね」
最上は間髪入れず即答する。
その目には怒りにも近しい激情が揺れていた。
「確かに僕はあなたに敗れた。が、その責を後輩に向けるのはあり得ない。仮に僕があなたの命令に従わねばならないというのであれば――今日限りで、僕はこの学園を退学する」
「……生徒会長。少し落ち着いてください」
彼の隣にいた少女、真柄めいは口を開く。
生徒会役員でありながら、自警団の一員でもある少女。
彼女は学園長へと視線を向けると、彼の真意を問いただす。
「学園長。まずは『何故』と問わせていただきたい。雨森悠人……たしか一年C組の一生徒であったはずですが。なぜ彼を、退学ではなく再起不能にしたいのか。お聞かせ願いたい」
この学園の総統はこの男である。
この男が退学と言えば退学。である以上、雨森悠人という個人をどうして付け狙うのか……というのも気になるが、学園長が言った『再起不能』の意味も気になってくる。
「――フン、そんなの決まっているだろうが」
されど、返事は別の場所から返ってきた。
見れば、腕を組み足を組み、まるでここが自身の玉座とでも言わんばかりに座っている男子生徒の姿がある。
彼の姿に真柄は顔をしかめたが、口を開くより先に男子生徒が言葉を重ねる。
「――雨森悠人が学園長の権限では排除できないから。そうだろう八雲よ」
不遜に男子生徒は言い放つ。
「……学園長権限では排除できない?」
「その通りだよ真柄。いつの時代も、飛び抜けた強さというものは権力では歯が立たない」
男子生徒の言葉に、学園長の表情が僅かに固くなる。その様子を見ていた最上生徒会長は、再び男子生徒へと視線を向ける。
「君は、彼がその『飛び抜けた強者』だと思うのかい、王聖くん」
その男子生徒。
名前を――王聖克也。
彼こそは生徒会の副会長でもあり。
他でもない彼の言う、『学園長権限で動かせない在校生』の一人でもある。
「当然。四月の闘争要請を見た当時から、私は彼を買っていたよ。……まぁ、君が認め、学園長が警戒を示す以上、私の見る目も間違っていなかったようだ」
彼はそう言うと、足を組みなおし学園長へと視線を向ける。
「そして学園長。君の提案は論外だと言っておこう。私が私である以上、私が命令されるというのは実に不愉快だ」
彼の発言に、さしもの学園長も困り顔を浮かべる。
同じく生徒会の役員たちも苦笑いを浮かべていたが、されど、その場において『驚き』を見せるものは一人もいない。
彼ら彼女らは知っているのだ、
それこそが、彼の在り方だと。
王聖克也は、根からの王聖気質である。
誰よりもワガママに。
誰よりも傲慢に。
誰よりも豪胆に。
誰より気高く、誰より強く。
怖いもの知らずの【麒麟児】。
「実を言うとね。生徒会……というより、私は君を誘いに来たんだがね。王聖くん。相応しいステージさえあれば、君なら雨森悠人を完封できる」
「否定はしないが、お前からの命令というのが気に食わない。結論は変わらず論外だ。疾く去りたまえ」
学園長がどう言おうと、王聖克也は1度決めたことは覆さない。
たとえどのような搦手を使ったところで、嫌な物は嫌だと通す。
そのくせ強さまであるから、下手に実力行使にも出られない。
現、2、3年生において。
最強と言えば生徒会長『最上優』だが。
王聖克也は、正しくその【ルール外】に位置する存在。通常の異能戦における尽くの定石を覆し、戦えば十中八九勝利する。
そこに相手の実力は関係なく。
運が見放せば子供にも負けるし。
逆に条件さえ整えば、誰よりも強い。
(……だからこそ、手に入れておきたかったのだがね)
以前に起きたクーデター。
あの日、王聖克也は欠席していた。
だからこそ学園側もあれだけの被害で勝利を収められたというのもあるが……されど、彼に首輪を嵌められなかったのは酷く痛い。
「……そこまで言うなら他を当たろう。なにも、君たちが私の持つ【主力】では無いのだからね」
学園長は理解する。
ここまで意固地になった王聖克也を覆すのはまず無理である、と。
ならば、これ以上ここにいるのは無意味。
彼はあっさりと引き返すと、生徒会室の扉へと手をかけた。
しかし、その際に少し止まって。
最後に1度だけ、生徒会室を振り返る。
「時に王聖克也くん。次期生徒会長の君に聞きたいのだが……君は、雨森悠人を生徒会に入れるつもりかね?」
「無論だ」
彼は即答する。
そこに一切の迷いはなく。
それは確定事項と言わんばかりに、彼は告げる。
「雨森悠人は、いずれ生徒会へと引き入れる」
その断定に。
学園長は僅かに微笑むのだ。
「あぁ、それは良かった」と。
☆☆☆
「雨森悠人は居るか」
その声は、騒がしい教室内でよく響いた。
教室内にいた多くが声の方向へと振り返る。
逆立つような白髪と、真っ青な瞳。
どこまでも人間離れした整った容姿と、見上げるほどの巨体。堂島忠や錦町ほどでは無いが、間違いなく黒月と同じか、それ以上の身長を有しているだろう。
威風堂々たるその姿。
それを前に、多くの生徒が目を剥いた。
「う、嘘……!?」
「せ、副会長がどうしてここに……!」
中でも2年生の反応は大きかった。
それだけ同学年の彼らは『王聖』という生徒の力をよく知っているように思える。
「雨森くんは、今はこの教室には居ませんよ、王聖副会長」
彼の問いに対し、相対したのは朝比奈霞。
彼女はどこか不満げにそう言った。
その姿を後ろから見ていた倉敷は。
『わ、私ね! 雨森くんを学園祭の時、一緒に回りませんかって誘ってみようと思うの!』
『ぶふっ!? ……ま、まぁ、いいんじゃないのかな? 私は応援するよっ!』
という過去の会話を思い出し、思わず苦笑いをしてしまったが。
兎にも角にも、雨森悠人は不在である。
教室の前で客寄せをしてもらっていたが、なにやら学園長がやってきて、その後すぐ、中学生によって連れ去られたとの情報がある。
「そうか。……そうか。それは少し残念だが、……そうだな。雨森悠人が戻った際、1つ伝えて欲しいことがある」
「ええ、それは構いませんが……」
見た目ほどの傲慢さを示すでは無く。
王聖克也は、言伝という方法を示した。
内心では警戒をしていた朝比奈もそれには思わず気を抜きそうになったが……。
「祭後の争奪戦において、私はお前の敵に回る」
「「な……っ!?」」
その言葉に、多くの者が驚きを見せた。
「どっ、どうして……ですか?」
「理由が必要か? ……まぁそうだな。加えて伝えろ。『お前の力を精確に測っておきたい』、以上だ」
王聖克也は、雨森悠人を認めている。
熱原との闘争要請で彼を見た時から。
あの一部始終を、校舎から俯瞰的に見ていたからこそ、あの勝利に雨森悠人が大きく貢献していたのを知っている。
「潰すつもりは毛頭ないが……仮に潰れたのならそれまでの男だったということ。私は全力でお前を潰しに向かう。お前はそれを耐えるだけでいい……。まあ、そんな感じで伝えれば問題なかろう」
そう言って、王聖克也は去ってゆく。
返事など聞かない。
YES以外に選択肢など無いのだから。
彼が決めたことは絶対であり。
力を試すと。
そのために全力で潰すと。
そう宣言した以上、この学園最大の【イレギュラー】にして【校則外の麒麟児】は、なんの憂いもなく牙を剥くだろう。
彼の背中を見送って。
朝比奈霞は、疲れ果てたように声を漏らした。
「雨森くん……。あなた、どこで何をやらかしたのかしら……?」
【嘘なし豆情報】
王聖克也は、規格外です。
相手との相性はありますが、条件が揃い、準備が整えば、天守弥人と殺し合えるだけのポテンシャルは持ってます。
ただし、過去にも本編で言いましたが、2年生、3年生の中に【神の加護】は存在しません。当然、それよりも上位である【概念使い】も存在しません。




