9-4『仇敵』
「あ、雨森……なのか? お前は……」
「何も言うな愉。何も言わないでくれ」
客足も多少落ち着……いてはいないが、というか正体不明の銀髪美女が現れたとか何とかで客足は増える一方だが。
そんな折に、料理担当の愉が家庭科室から教室へとやってきた。
でもって、僕の姿を見て今の発言である。
「いや、人の趣味にとやかく言うつもりは無い。俺も自由に趣味に講じているからな。お前がどんな人間であれ、お前は俺の友人だ。安心し――」
「愉、勘違いだちょっと止まれ。君は大きすぎる勘違いをしている」
僕は勘違いする愉を抑え、事情を説明する。
学内に妹が来ていること。諸事情あって絶対に会いたくないこと。会うくらいなら女装した方がマシだってこと。……マシか? いやマシだろう。絶対に会いたくないもん。
「……女装するほど嫌なのか。いやちょっと待て。わざわざ女装しなくとも、別の変装をすればいいのでは――」
「そうは思ったんだがな。それを言うより先に橘に逃げられてしまった」
あの後。
変装するならせめて男の姿にしろと橘に言おうと思ったが、さすがにそんな反論なんて目に見えていたのだろう。言うより先に橘は姿を消して居なくなった。
全力で隠蔽にかかった橘月姫を探し出すとか至難の業過ぎる。
今の僕が全力を出して探し出せるかどうかと言ったレベルだし、面倒くさかったので色々と諦めた。
「で、お前はどうしたのだ雨森。店は盛況のようだが……」
「あぁ、僕か」
僕は今、クラスの前に設置しているベンチで寛いでいる所だった。
というのも、ウチの守銭奴が。
『今の雨森くんはすっごい美人さんなんだから! ほら、接客してないで店の前に出て座ってて! 喋っちゃダメだよ、男声なんだから! あくまで客寄せパンダとして黙って座るのがお仕事さ!』
とか言って僕をクラスから追い出してな。
現在進行形で客寄せパンダをしているところだ。
「そ、それは、なんとも……残念な……」
「いや、あまり哀れまないでくれ」
なんとも言えない表情の彼へ、思わずそう言う。
僕はため息混じりに背もたれへと体重を預けると、ふと、愉はなにか思い出したように教室内へと視線を向けた。
「あ、そういえば忘れる所だった。悪いが雨森、俺は用があったので失礼する。教室に注文表を取りに行く途中だったのだ」
愉はそう言って教室の中へと入っていく。
彼も彼で、当番の時間は忙しいようだ。
暇してるのは……僕くらいかな。
教室内の気配を探るが、皆慌ただしく働いて、学生のうちからそんなに働いてどうするのだと言ってやりたくなる。
「……さて、と」
倉敷に黙って座っていろと言われたことだし。僕も僕で、少し自分のことをやらせてもらおう。
右手へと視線を下ろす。
握って、開いて、また握って。
作った拳へとぎゅっと力を込める。
僕がこうして、大人しく学園祭に参加している理由。それはひとえに、橘との戦いで負ったダメージが抜けきっていないからだ。
まぁ、ダメージ……というより、俗に言う【筋肉痛】ってやつなんだけれど。
修行時代は幾度となくこういう痛みにも悩まされてきたが、ここ数年は筋肉痛なんてものとは無縁の生活を送ってきた。
それだけ橘との戦いが強烈だったのか。言い換えれば……このレベルの戦いが、僕の肉体にとっての限界なのだ、とも取れる。
……まぁ、そこら辺は措いておくとして。
異能では直せない類の痛みが、まだ僕の体の中に残っている。
この状態で、学園を相手取るのは少し厳しい。
視線を上げる。
多くの生徒、保護者が廊下を歩く。
その中には数名の教師たちの姿もあった。
「…………」
学園長、八雲選人の飼い犬。
金銭的な優位に立たれ。
社会的な保証もされて。
異能の与奪権さえ握られて。
否が応でも学園長に従わねばならない、ある種の奴隷。いや、それ以下も有り得るな。
協力者の情報によると、教師一人一人が最上級クラスの異能を誇る。
加えて教師たちは現一年生よりも2年間、多く異能に触れている。
この学年は、まだ異能を使い慣れていない者が多く、戦略も異能頼りに寄っていた。
だから、これだけ短期間で1年生を統一できた訳だが……教師陣は別だ。
純粋な力技……だけで押し切れるか。
異能で負けるつもりは無い。
加護が例え百人居ようと、僕の異能には届かない。それだけの自信はある。
……だが、学園長は?
異能開発の生みの親。
天守弥人の殺害に噛み。
彼の遺体を天守の家から盗んだ男。
あの男ならば。
たとえば、概念使いの天能を生み出しているのではないか。
最悪な可能性が頭を過ぎる。
いや、可能性と呼ぶには悪過ぎる。
そういう前提で学園には挑むべきだ。
少なくとも、数名の概念使いは居る。
そう思うことにする。
加えてこの学園に依存する教師陣……いや、この学園敷地内で働く全ての従業員たち。
それら全員が加護使いだと想定した上で動かねばならない。
……さすがに、加護の使用者千人と同時に戦えと言われたら……体力が持つかなぁ。負けるとは思わないけど、消耗した状態で概念使いに攻撃されたら目も当てられない。
「……楽には、いかないか」
長々と思考してみたが。
結論として、力技は難しいと思う。
少なくとも、僕一人での真っ向勝負は無理だ。さすがに戦力差が大き過ぎる。
僕は思考を一旦放棄すると、大きく息を吐く。
すると……ふと、廊下の向こう側から騒がしい声が聞こえてきた。
誰か有名人でも来ているのかな。
そんなふうに僕は視線を向けて。
――大きく、目を見開いた。
「――おや。これはこれは」
人混みの中から現れた男は、その身に纏う空気からして、常人とは異なっていた。
すらっと伸びた背筋。
一本の淀みもなく銀色に染まった髪と。
誰もを安堵させるような、優しい笑顔。
僕はその男に面識はないけれど。
こうして。
近距離で、間合いの内側にその男を見て。
血生臭い、と。
不思議とそんな感想を抱く。
「――八雲、選人」
「あぁ、私だとも。雨森悠人くん」
男は、僕の目の前で歩みを止める。
周囲から多くの視線が僕らへ向かう。
かなり注目を集めているが……そんなものはどうだっていい。目立ちたくない、なんて騙る時期は既に終えた。
目立ちたくないというのは、あくまでも1年生を統一するまで。
橘月姫という最大の障壁をぶち壊すまで、この男に目をつけられないようにするためだ。
橘月姫を打倒した今。
既に、裏方作業は終えている。
僕は立ち上がると、真正面から男を見上げる。
「初めまして、雨森悠人です。ウチの家族がお世話になっているようで」
「はは。君の父親には大変世話を焼いたよ。下手にプライドの高い人間と仕事をするのは疲れる。今でも教訓になっているよ」
男の微笑は崩れない。
僕は拳を握り締める。腹の底から込み上げるドロドロとした怒り。溶岩が零れるように、肌を突破って殺意が零れる。
だが、ソレが空気に溶けるより先に深呼吸すると、何とか心を落ち着かせる。
……雨森悠人。
お前はここで動くべきじゃない。
今さっき思い知ったばかりだろう。
雨森悠人個人のゴリ押しで、この学園は潰せない。この学園は、八雲選人という男を守る王国でもあるのだから。
個で国には敵わない。
そんなこと、子供だって分かるだろ。
「君のことは入学当時より知っていたよ。……以前は無関係だと考えていた。だけど、今でも判別がつかないのさ。君が本物なのか偽物なのか。偽物だとして……何故今の今まで生きてこれたのか」
「…………」
偽物、ねぇ。
随分と癇に障る言い回しだな。
煽られているのを承知で僕は拳を解くと、両ポケットへと手を突っ込む。
瞬発的な怒りは覚ました。
ここで感情論を出すは愚の骨頂。
どこまでも冷たく、残酷に。
僕はただ、理性で動く機械でいい。
それでこの学園を潰せるのなら。
あわよくば、今この場で、この男に一泡吹かせられるなら。
僕の人格なんて安いもんさ。
「下らない事にこだわるんだな。僕を相手に……怒らせれば優位に立てるとでも思ったか?」
僕は彼へと一歩踏み入る。
無表情を崩すことなく。
油断にも近い慢心をさらけ出して。
最大級の煽りをぶちかます。
「僕の正体も分からない能無しが、随分とまぁ、頑張ってるじゃないか」
僕の言葉に、学園長の額がピクつく。
彼の表情を見上げるが、微笑は壊れない。
まるで接着剤かなにかで固めてるみたいに不動だが……残念だなぁ。せっかくならその表情もぶっ壊してやりたかった。
「まぁ、気にするなよ。お前は所詮その程度だ。なんにも理解が及ばないまま、気がついたら負けてるよ。それがお似合いだ」
他人には聞かせられない会話内容。
僕はほぼゼロ距離で囁くと、虚空を見ていた彼の瞳が、僕を捉える。
「……随分と余裕じゃないか。今、どちらが優位に立っているのか。そんなことも分からないのかね。雨森悠人」
「興味無いな。いつだって、僕は勝つだけだ」
強がりだと思うか、八雲学園長。
お前だってわかってるはずだ。僕個人と学園側の戦力差。
これだけの差があれば、僕一人くらい押しつぶせると。
そう思うか、八雲選人。
「それは、また無謀な――」
男は頬に嘲笑を浮かべる。
まるで勝利を確信したような笑顔を前に。
僕は、黙って視線をずらした。
僕の視線が気になったか、奴もまたその方向を振り返り――
「おやっ、このあたりで兄上の声がした気がしたのですが!」
その声に、八雲選人の体が固まる。
僕の視線の先――彼の背後には、見覚えのある少女が立っている。
僕や橘と、間違いなく同格。
最強の一端に名を連ねし、天守家の正当なる後継者。
橘家の現当主すら屠り倒した、怪物の血統。
「どうした能無し、笑顔が消えたが?」
僕の言葉に、彼の目が見開かれる。
僕の復讐に、橘や恋を巻き込むつもりは無い。
これは僕が始め、僕が一人で終わらせるべき物語だ。
私情で始めたがゆえ。
最後も1人の私情で終わらせる。
この復讐劇に他人を巻き込むつもりは欠けらも無い。
だが。
利用する程度なら、心のひとつも痛くはない。
雨森悠人。
橘月姫。
天守恋。
……いや、こいつも今は雨森と名乗っているのだったか? まぁ、詳しいことは措いておくにしても……なぁ、学園長。
ここで始めたっていいのだが――本当に後悔しないかな?
今この学園には、最強の3人が揃ってる訳だが。
「…………」
「安心してくれていいよ。どの道……今年中には終わらせる。お前は、学園祭に手を出すな」
それこそが、僕の要望。
別に何を考えようが。
どんな対策を立てようが。
少なくとも、学園祭の間は静観しろ。
僕の言葉に、学園長が沈黙する。
周囲を見れば、野次馬が集まってくる。
だいぶ注目を集めてるな……と内心考えていると、彼は言葉を絞り出した。
「…………何故、と聞いても?」
……つくづく凡庸だなぁ。
彼の問いを聞いて、心の底からそう思う。
その答えを知ったところでお前に何が出来る。無駄、無意味、時間の浪費。その質問自体がお前の不出来の証明だ。
なぁ弥人。お前はこんなのに嵌め殺されたのか? 正義の味方の名が泣くぞ。
今は亡き兄に対して苦笑しながら、僕は素直に言葉を返す。
「雨森恋は、この件には無関係だ」
彼女の兄として。
僕は妹を守る義務がある。
例えもう会うことは無い関係だとしても。今じゃ、僕と繋がりがあるのは彼女だけ。
たった1人の兄妹を、これ以上危険に晒す訳にはいかない。
「……心配。それもお得意の嘘かね」
「さぁな。お前が気にすることじゃない」
僕はそう笑い、彼から距離を取る。
話は終わりだ。
学園長は僕を一瞥、ため息を吐いて歩き出す。
彼が僕を振り返ることはなく……その背を見送って、僕もまた息を吐いた。
……これだけ言っておけば、学園長も恋がいる学園祭内で攻撃してくることは無いだろう。
この怪物は、場合によっては僕や橘でさえ手に余る。天守弥人と身体面において同等かそれ以上、という時点でお察しだ。
加えて、異能も僕より強いんだから笑えない。
「ふむ! そこの白髪のお姉さん! 兄上と同じ声がしたのですが、もしや貴女か!」
怪物が僕の前へと歩いてくる。
さて、どう答えたもんかなぁ。
そう思いながらも、僕は再びベンチに座った。
……いずれにしても、面倒くさい結果になるのは間違いないと思うけど。




