9-2『新たな波乱』
「いらっしゃいませご主人様ー!」
倉敷の、元気のいい声が響いた。
クラスの出入り口を見ると、明らかにオタク臭を漂わせる男子生徒の姿。
彼はおどおどとしながらも、倉敷に案内されて席に着く。
「おっ、おどっ、おっ、ふ、あ、え。っと」
「ご注文は何になさいますかっ? 当店のおすすめはこちら! 数量限定の超スペシャル萌え萌えパフェになります! ご指名のメイドから萌え萌えビームの注入作業をさせていただきますっ!」
数量限定の超スペシャル萌え萌えパフェ。
値段――驚異の6,400円。
えげつねぇ。
素直に思った。
かわいい女子と接して脳内が混乱しているであろう男子にいきなりそんなものを吹っかける倉敷。分かってはいたが、なんつー性格の悪さしてやがる。
「あっ、えっと、そ、そそそ、それは、誰にお願いしても……」
「はいっ、もちろんです!」
ここで発動、満開の笑顔。
初心な男子の心を弄び、時に一撃で彼方へと葬り去る超必殺。
百点満点の少女から百点満点の笑顔を受けて。
オタク男子は――眼鏡をキラッと光らせた。
「――では、お願いします。指定は君、倉敷氏で」
「はいっ! スペシャルパフェ入りましたーっ!」
「「「ありがとうございますぅ!」」」
そこから先は、もはや流れ作業。
倉敷がオタク男子の心を完膚なきまでに掌握し、金銭の限りを使い果たしたのちに、ネギを背負った鴨……じゃなかった。哀れな少年は解放される。
持ちうるすべての有り金(学園祭用に配布されたモノ)を溶かしたというのに、少年の顔はどこか晴れやかだった。
「ふぅー! いい仕事したねっ!」
「僕はとても、心が痛いよ」
僕は一縷の涙を流しつつ、そう言った。
倉敷を見下ろすと、メイド服姿でいい感じに汗をかいている。
それがまた彼女の色香を増大させ、客が増える。
これらすべて計算の上だというのだから、もう救えない。
倉敷蛍。
嘘つきの称号は彼女にこそふさわしいのかもしれないね。
「そういう雨森くんこそ、けっこう稼いでるみたいじゃん!」
そう言って、彼女は僕の方を指さす。
僕は目に視えて嫌な顔をしているだろう。
それほどまでに、僕の現状も――地獄絵図だった。
「では、私はこの『お嬢様、見下げ果てたものですね ランチ』を一つ。それと『カップがないなら直接口で飲みなさいお嬢様 ジュース』を一ついただきましょうか」
「私は……そうねぇ。『お嬢様、お帰りの三択ですよ ランチ』一つとー、『お嬢様、俺のモノになっちまえよ オラオラ写真撮影』をお願いしようかしら!」
「あら、私としたことがそんなメニューを見逃していましたか。雨森さま。オラオラ写真撮影を私にも一つお願いします」
「お前ら……」
目の前のテーブルに座っている女子二人。
白髪アルビノの少女と。
いかにもギャルと言った雰囲気の金髪の少女。
教室でも明らかに悪目立ちしている二人の前には……何故か、執事のコスプレをした僕が立っているわけだった。
「なんでこうなったんだ……」
「えっ? それは――」
「お答えしましょう、雨森君! クラスメイトの朝比奈よ!」
倉敷の言葉を、うるさい奴がかき消した。
「メイド喫茶を作るのはよくとも、そうしたら男子の出番がとても少なくなるのを私は危惧したの。だから考えたわ! なら、メイド兼、執事喫茶にしてしまえばいいじゃない、と!」
「分かっている。分かっているんだが……どうして」
どうして、僕がその執事になってるんだよ!
裏方で良いって言ったじゃん!
後ろの方で料理作ってるから、執事やりたくないって言ったぢゃん!
なのに、なんで蓋を開けてみれば接客の方やってるんですか?
「悠人はイケメンだからしょうがないわ! それに、けっこう悠人のファンはいるのよ!」
「そうですね。ラブレターも何通か貰っているようですし。雨森さまの執事目当てで来る女子生徒も一定数はいることでしょう」
「えっ、雨森君ラブレター貰ってたの!?」
とっても嬉しそうな笑顔で、倉敷が詰め寄ってくる。
僕は思わず彼女を引きはがしつつ、ため息を漏らす。
「……何故それを知っているのかは別として。……まあ、言わんとすることは分かった。……だがいるだろう他に。黒月とか佐久間とか烏丸とか黒月とか黒月とか」
「黒月くんは料理担当だよっ! 黒月くんの手料理っていうだけでたくさん女の子はやってくるからね!」
くっそ黒月め!
彼ほどイケメンだと、表に出なくても女子がやってくるのか!
なんたる理不尽! 世の中の男子全員に土下座して謝れ!
僕はおもくそ大きなため息を漏らしていると……ふと、橘と目が合った。
そして、とても嫌な予感がした。
「ふむ。それほどまでに執事は嫌ですか。ならばメイドのほうに致しましょうか」
「おい待て。お前何言ってる?」
背筋が凍った。それこそ一切の誇張なく。
僕は彼女へと待ったをかけたが。
それより早く、彼女は指を弾いた。
――瞬間、夢幻が溢れる。
橘月姫――能力【幻】。
ありとあらゆる幻術系統の集合体。
彼女があると言えば在り、ないと言えば無い。
そんな彼女が、今回は何を望むのか。
……前述のセリフからして分かりますね、クソったれ!!!
「「「「…………えっ?」」」」
クラス中から、完全に音が消える。
ややしばらく経って、困惑の声が漏れる。
僕は自分の体へと視線を落として……それはもう不快だった。
真っ白なフリルのついた、黒基調のメイド服。
スカートの端から見えるガーターと、純白のニーソックス。
視界の端に映ったのは、橘の髪色を彷彿とさせる長髪。
純白の髪に、おそらく目の色は青いままだろう。
指の先から足の先まで、可愛いと美しいが詰まったような美形。
ただし雨森悠人。
そんなのが立っていた。
「うえぇ!? あ、雨森!? めちゃくちゃ美人じゃん!」
「た、たしかに色白で細身だったけど……」
「な、何が起こって……ああ、A組関連か」
「す、すごいよ雨森くん! その容姿ならC組で天下とれちゃうよ!!」
倉敷たちが騒ぐ中。
僕は橘に詰め寄ると、胸倉を掴む。
「ぶっ殺すぞ。戻せ橘」
「物理的に殺せないでしょう? その証明は既に成しました」
く……っ、こんなことになるなら、闘争要請で叩き潰しておくべきだった!
僕はため息交じりに彼女を離すと、隣を見る。
……妙に鼻息の荒い四季が、僕を見ていた。
「……何も言うな」
「ええ、悠人がそういうのなら言わないけれど、とっても美人さんで興奮してるわ! 女の子になっても大好きよ!」
何も言わないと言っておきながら思いっきり言っている四季。
僕は額を押さえてため息を漏らすと、クラスの中からわざとらしい笑い声が聞こえてきた。
「ぷっぁあ! ぶひゃひゃひゃひゃ! キッも! 気持ち悪すぎでしょ雨森! なにそのカッコ~!」
「こら、言っちゃダメだよ紅さん。雨森だってあんな姿でも必死に生きているんだ。笑うなら中途半端に笑うんじゃなく、心の底から嘲笑してやるべきだと僕は思うんだ」
「どういう組み合わせだよお前ら」
そこに居たのは、紅と新崎。
二人の僕を見る目は敵意に満ち溢れていて、なるほど、そういう繋がりかと聞いておいて自分で納得してしまう。
「いやねー、C組……というより、お前のせいで負けたA組とB組、なかなか互いに思うところもあったわけで。闘争要請の制約に抵触しない範囲でなら、お前に嫌がらせをする友達になれると思ってさー」
「といいつつ、新崎くんは私たちの情報を探ろうとしているようですが。まあ、無駄なので好きなように動いて貰っていますよ」
新崎の言葉に、橘がティーカップ片手に補足する。
よっぽど、四季を内通者として仕立て上げられたことが嫌だったのかな。
以前の新崎康仁からは考えることも出来ない切り込み方だが……敗北から数ヶ月、彼なりに考えることもあったのだろう。
「というより新崎。お前はただ自滅しただけだろう。あの時は八咫烏を呼び入れたお前が悪い。僕は何も悪くない」
「……うっわ、ココ最近で一番腹立ったかも。腹いせに写真撮らせてねー」
許可も取らず、僕の姿を激写する新崎。
スマホから連続してシャッター音が響き渡り、僕は顔を顰めつつ右手で遮る。
「用がないならさっさと帰れ。お前らみたいな奴らの相手をしている暇はない。それと橘、僕の姿を戻せ」
「嫌ですが。時に雨森様、当然知っておられますよね?」
なにを? と言っていいものなんだろうか。
こいつと違って僕は天才でもなんでもないわけ。以心伝心とか無理難題だし、話の流れでその『論題』を察せとかまず不可能。
僕はわざとらしくため息を漏らすと、橘は微笑んで言葉を重ねる。
「此度の学園祭……過去年度もそうだったらしいのですが、クラスの出し物の開催時間が極端に短いと思いませんか?」
「出し物? ……ええ。たしかにメイド喫茶も午後2時には戸締りをして、3時には体育館に集合……というスケジュールになっているわね」
いつの間にか、僕の隣に朝比奈が立っていた。
とりあえず1歩離れると、傷ついた様子の朝比奈を見下ろし口を開く。
「朝幅。だが、それは多少早いと言うだけであって、別段違和感を覚えるようなものでは無いと思うが」
「そ、そうね……。私もそう思っていたのだけれど。あと、私の名前は朝比奈よ雨森くん」
僕らの視線が橘へと向かう。
彼女は僕らを前に微笑むが。
その先の言葉は、違う方向から飛んできた。
「『全校生徒対抗の、ポイント争奪戦』」
そう告げたのは、新崎康仁。
彼の方へと視線を向けると。
彼は、いつになく鋭い視線を僕らへ向けている。
「この学園が平穏を許すわけがないだろ? 決まってんだよ、去年も、一昨年も。全校生徒でポイントを争奪するイベントがある。……当然、そんなイベントに闘争要請の制約なんて効かないわけさ」
「――っ!? ま、まさか貴方!」
彼の言葉に、朝比奈が目を剥く。
かくいう僕も、彼の言葉からすぐさまその結論まで達していた。
大人しくはなれど。
決して揺るがぬ敵意と憎悪。
そして、今向けられている視線の質と。
それらを受ければ。
彼の次の言葉なんで、容易に想像ができる。
「宣言するよ。お前らまとめて僕らが倒す」
その言葉を受け。
橘は、何故か満面の笑みを浮かべていた。
……嫌な予感しかしないなぁ。




