9-1『学園祭』
新章開幕!
近日公開とか言っておきながら、翌日に出してみました。
「ふむ!」
少女は鼻息荒く校舎を見上げる。
私立選英高校。
来年、入学志望の高校だ。
理由?
異能が少し面白そうだから。
そして何より、兄が在学しているから。
「ここにあの兄が居るのか! ここ数年はめっきり私を避けるようになっていたが……ふむ! 今日という今日ばかりは避けられまい!」
今日は選英高校、学園祭。
一年間で唯一、外部からの来客を許可している日でもある。
橘の家に頼み込み……というか半分脅し、見事来客用のチケットを強奪した少女は、満面の笑みを浮かべていた。
「それではいざ参ろう! 選英高校へ!」
少女の目的はただ一つ。
優秀な兄をぶっ潰すこと。
子供の頃から、それだけは変わっていなかった。
☆☆☆
A組との決戦から時は流れ。
……というか、タイミング的には僕が退院して間もなく。焼肉に行った翌日、比較的すぐの時期だったのだが。
「学園祭だぁぁぁぁぁぁあ!!」
錦町は叫んだ。
どこかで見たような既視感と。
そして、非常にうるさかった。
錦町の頭を、佐久間が上靴でぺしゃりと叩く。大袈裟に痛がる錦町と、呆れたように上靴を履き直す佐久間。
「錦町うるせぇ。……まぁ、体育祭と違って他の組と直接対決の仕様じゃねぇが……かと言って、売上で負けるのも気に食わねぇよなぁ!」
佐久間の言葉にクラスメイトたちが拳を掲げて大声をあげる。
1年C組。
出し物はメイド喫茶。
準備はA組との決戦を行う傍らで進めてきた。最後の最後は入院していて手伝えなかったが、こうしてC組の内装を見るにかなり頑張ってくれたんだろう。
「雨森くん! 今日の調子はいかがかしら!」
「なんで半分キレ気味なんだよ。というか誰だお前」
ふと、キレ気味の朝比奈嬢が隣に来た。
彼女はぷいっと顔を背けながら『クラスメイトの朝比奈よ!』と叫ぶため、僕は面倒臭くなって歩き出す。
すると……ちょこちょこと僕の後ろを着いてくる朝比奈嬢。非常に鬱陶しい。
「聞いたわ四季さんから! それはもう自信満々に、自慢げに聞いたわ! 雨森くんと蛍さん、黒月くんで焼肉を食べに行ったと! 私も参加したかったわ!」
「不可能だな。僕がお前と飯を食うのは最初に学食で食べた1回きりだ。後にも先にも」
そう言うと、彼女は僕の前へと回り込んでくる。
その顔には妙に自信が漲っていて実に気分が悪い。泣かしてやりたいなぁ、その笑顔。
「いいえ、そうはいかないわ! これでもA組との戦いに一切関与できなかった点に申し訳なさを抱いているの! 故に、ご飯くらいは私に奢らせて欲しいわ! 雨森くんは橘さんを足止めした、闘争におけるMVPなのだから!」
「そーだぜ雨森! 何をどーやったか知らねぇけど、あの化け物相手に凄いやつだぜお前はさ!」
朝比奈嬢の大声を聞いて烏丸が乱入。
その後ろには佐久間たちの姿もあり、佐久間は不機嫌そうに顔を歪めている。
「てめぇが直前まで作戦隠してたのは恨んでるがな。有言実行たぁ、随分とやるじゃねぇか」
「運が良かっただけじゃないか?」
「熱原ん時も同じこと言ってたぜテメェ」
佐久間がニヤリと笑ってそう言った。
彼を始めとして、C組の中でも賢い連中、僕をよく知る連中は『雨森悠人は力を隠している』ってことに気づいていそうな雰囲気だ。
まぁ、異能を隠してることまでバレているかは分からないが……別に想定内なので気にしてない。
そも、僕が最も警戒していたのは橘だ。
僕が能力を隠したのは、橘のため。
あの女との戦いが終わった今、雨森悠人がこれ以上力を隠す必要性は……正直、あまり見当たらない。
まぁ、だからといってコイツらに全て話すかと聞かれれば『NO』と答えるがな。
「初見殺しが思いの外通用してな」
「雨森は、なんか俺らに隠してること多そうだしなー。口数も多い方じゃないし」
烏丸の言葉に、朝比奈嬢が鼻の穴をピクピクさせる。
おい、なんだその分かりやすい反応。
そんなんだから橘に掌で転がされるんだよ。少しは精神鍛えてこい。
「隠し事か。そうだな……。実を言うと、クラスメイトに好きな人がい――」
「「星奈さんだろ」」
「……ることは、バレてるのか」
そんな茶番で、朝比奈の反応から目を逸らす。
烏丸と佐久間がニヤニヤと笑い、遠くの方にいた星奈さんが顔を真っ赤にしているのを見てほっこりする。好き。
そうこうしていると、既にいい時間。
時刻を見れば、学園祭開会式の、20分前。
「みんなー! そろそろ体育館に集合するよー。開会式に遅れたら罰金だからね! ねー、榊せんせー!」
「倉敷の言う通りだ。遅刻厳禁、そろそろ体育館に向かった方がいい」
いつもの白衣姿とは異なり。
1年C組のクラスTシャツ(もちろん僕は制作に携わっていない)を着た榊先生が教壇に立ってそう言った。
ちなみに倉敷は既にメイド姿。
開幕前から他クラスに存在感を植え付けるのが目的らしい。商売根性逞しいというか、他クラスから金銭巻き上げる気満々というか。
……個人的には、開会式にその服装はどうなのかと思うが、榊先生がクラスTシャツなのを見るにOKなのだろう。
なんてったって学園祭。
今日ばかりは校則も過半が効力を失う。
僕らにとって、一年に一度の自由の宴。
「それじゃ! 早速行ってみよう、学園祭!」
かくして、僕らは開会式へと向かうのだった。
☆☆☆
「そういえば、今日は雨森くんのお家はご家族誰か来るのかな?」
開会式の直前。
体育館に出席番号順で並べられた僕ら。
隣の席からそんな声がして見ると、井篠が僕を見上げていた。
「家族か……。来ないんじゃないか? 特に招待も送っていないし」
というか、両親どっちも死んでるし。
親戚とか妹とか。そこら辺なら存命だが、僕がこんなところで油を売っているとは思いもしないはずだ。どこからか情報が漏れない限りはな。
「井篠の所は?」
「僕はお父さんとお母さんが来てるみたい。ほら、あっちの方にいるんだけど」
彼の視線の先を見ると、仲睦まじそうに腕を組んでる女性二人の姿がある。
あぁ、なるほど。
あの女性のうちどっちかが『男の娘』なんでしょうね。井篠のファンタジックは遺伝でしたか。
「なるほどな。ちなみに……おい。さっきから話に混じりたそうにしているストーカー。鬱陶しいからお前にも聞いてやるよ」
「あら、呼んだかしら雨森くん!」
呼んだよ。
だってお前、僕の逆隣の席だし。
さっきから異様に身を乗り出して、僕と井篠の会話を頷きながら聞いてたし。これでスルーしたらずっとこれが続きそうで怖かったです。
「私は、父と母。あと弟が来ているはずよ! 雨森くんにもぜひ紹介したいわね!」
「それは良かったな。よし、話を聞いてやったからもうこっち来るなよ」
「そうは行くものですか! 私はもっと雨森くんとお話したいわ! 切実に!」
そんなことを話していると、やがて、マイクのスピーカーが入ったような音がした。
『えー、それでは皆揃っているようだね』
――聞き覚えのある、声がした。
一気に頭が冷たく醒める。
前方へと視線を向ける。
体育館前方のステージには、一人の男が登壇していた。
髪をオールバックにワックスで固め、シワひとつないスーツに身を包んだ男性。
針金でも通ったように伸びた背筋と、裾からわずかに見えた腕時計はブランド物だろう。
艶のある革靴を履き、清潔感を感じる程度の髭を嗜む。
まるで理想の大人像。
子供の理想を100%叶えたような、理想の姿。
見るものすべてを安堵させるような微笑みは今も健在で。
まるで嘘で塗り固めたようなその在り方に、僕は不快感に満たされた。
「……八雲、選人」
「学園長。……随分と久しぶりの登場ね」
隣を見れば、朝比奈嬢もすっかり雰囲気が落ち着いていた。
僕も朝比奈も、目指す場所は非常に近い。
学園を……学園長を潰そうとする僕と。
学園自体を作り変えようとする朝比奈と。
僕ら二人の共通意見として『学園長は敵である』という認識はあった。
『今日は当学園、三度目の学園祭となります。年に一度だけ外部からの来客を認可した日でもあります。いつもは厳しい校則も過半を停止するので、皆様には思う存分、楽しんでいただければと思います』
保護者の目もあるため、表面上だけ敬語を纏ったその姿。
普通の生徒には、フランクで取っ付きやすい、好感の持てる学園長……に見えるのかもしれないが。
「アレがこの学園の狂いの元凶。……多くを見て見ぬふりをしている以上、全責任はあの男にあると言っても過言じゃないわね」
朝比奈嬢から鋭い声が届く。
珍しいな、酷く同感だ。
学園長を無表情で見つめる。
胡散臭く、反吐が出そうな笑顔。
それを眺めていると……一瞬だけ、学園長はこちらを見たような気がした。
『……それでは、あまり長々と話していてもアレなのでね。早速ですが、これより学園祭を開幕します!』
学園長の声に、多くのクラッカーが鳴り響く。
体育館の外から花火が鳴り響き、生徒たちのテンションが一気に昇り上がる。
……まぁ、あの男への不満は後でいいや。
どの道、あの男は必ず殺す。
その機会があれば、いつでも殺す。
けれど、その好機を掴みに行くには、まだ、2年生と3年生が残っている。
……まぁ、一年生の統一と比べても勝手の違う『下処理』になるとは思うが。
上ばっかり見ていたら、思わぬ所で足元を掬われかねないからな。
「それじゃー改めて! 学園祭だぁぁぁ!」
錦町が叫び。
かくして、様々な思考入り交じる『学園祭』が幕を開けるのだった。
次の更新は来週の日曜日!




