前日談
そんなこんなで傷も癒えた。
ちなみに黒月はまだ入院中だ。
『どうして僕より重症の雨森さんが先に退院出来るんですか!?』
とは黒月の言。
知らん、鍛え方が違うんじゃないか?
そんなことを思いつつも、いつも通りクラスへと登校。
みんなに復活を祝われながらも時は流れ、放課後。
僕は久方ぶりの部活動へと向かった。
「随分と久しぶりな気がするな」
「そうだね、雨森くん、ここ2週間は入院してたし……もう学園祭準備だって終わっちゃったよ」
隣を歩く井篠が笑う。
他の文芸部員……星奈さんを筆頭とした面々は既に図書館へと向かったらしい。
僕と井篠は榊先生から『このプリント、教員室まで持って行って欲しい』と言われ、パシられたから遅れている。
「……にしてもあの先生、病み上がりの僕をパシるだなんて頭沸いてるんじゃないか」
「き、きこえちゃうよ雨森くん!」
彼は焦ったようにそう言うが、別に今更聞かれたところでなぁ。あの人、たぶんだけどC組の生徒を退学させるつもりないだろうし。ちなみに霧道は例外。
そんなことを言いながらも、2人図書館の方まで歩いていく。
近くまで来ると、図書館の中から神聖さが漏れ出しているのがわかった。
ふむ、このオーラは星奈さんだな。
どうやら中には居るらしい。
その他にも見知った気配がいくつか。
愉に火芥子さん、天道さんに、四季も居るな。
けれど、他にもうひとつ。
なんとも読みづらい気配があるような気がするんだが……この距離で、僕から正体を隠せる相手か。間違いなく、朝比奈とか新崎レベルだとは思うけど。
「あれっ、この気配って……」
井篠も、扉の直前でなにか気がついた様子。
僕は小さく息を吐いてから、扉へと手をかける。
扉の向こうからは、図書館ではついぞ1度も聞いたことがない喧騒が聞こえてくる。
……なんだか嫌な予感がするけれど。
僕は覚悟を決めて、扉を開く。
そして――
「あら、お待ちしておりました、雨森さま」
アルビノの少女を見た瞬間。
僕はぴしゃりと、扉を閉めた。
☆☆☆
「酷いではありませんか、傷つきました」
少女は、当たり前のように座していた。
窓から吹く風が、彼女の白髪を揺らす。
不機嫌そうに細められた赤い瞳は、まるで宝石を削り作られた珠のよう。
どこからどこを見ても『美』の1文字で片付けられるほど、完成され尽くした肉体を持つ少女。
略して橘月姫。
僕は頬杖をつき、呆れて言う。
「再登場が早すぎる。新崎ですらもうちょっと待ったぞ」
「あら、言ったはずですよ。敗者は勝者に下るもの。雨森様、この度、文芸部に入部しようと思うのですが、異論ありませんね?」
異論しかねぇ。
そう言おうとした僕の背後から、多くの声が上がった。
「い、異論しかありません! あぅ、あなたは雨森くんを入院させたひとです! 信用できません!」
「よく言ったよ星奈部長! 私もあんたの入部は反対だね! なんか嫌だから!」
「私も流れで反対しましょう! 何故って? 明確な理由はありませんが、雨森氏も嫌がってそうなので嫌としましょう!」
文芸部の女性陣、3名からの猛反対。
それに対して、橘は気にした様子もない。
彼女は僕の隣へと視線を向けると、文芸部のもう1人の女子へと話しかけた。
「して、あなたはどうです? 四季いろは」
「えっ、私?」
僕の隣でお茶を飲んでいた四季。
彼女は驚いたように橘を見たが、直ぐに僕へと視線を向けた。
「私は悠人に従うわ。悠人がいいっていうなら入れてもいいし、嫌っていうなら入れちゃ嫌よ」
「あなたの意見を聞きたいのですが……」
「だから言ってるじゃない。分からない子ね、悠人が白といえば白いし、黒いといえば黒いの。それに殉ずるのが私の意見。お分かりかしら?」
一切の淀みなく、四季は言い切る。
彼女の言葉に橘は少し目を見開いて、僕へと視線を向けた。
「雨森様、この子、貰ってもよろしいでしょうか。とても気に入りました」
「殺すぞ年増」
即答した。
ふざけんな、四季は僕のだ。
朝比奈ならお前にやってもいいが、四季はだめだ。あと星奈さんもだめ。
そんな内心を知ってか知らずか、彼女は椅子から立ち上がる。
「そうですね……どうやら歓迎されていない様子。本来であれば出直すところですが……こう見えて手痛い敗北をしたばかり。今後成長していくには、いつも通りに縛られることなく、時には力技も大切だと思うのです」
お前が……成長と言ったか?
今まで生きてきた中で、最大級の『解釈違い』って言葉を送ろう。頼むからそれ以上厄介にならないでくれないかな?
「ではこうしましょう。好きなだけ勝負を挑んできてください。どんなジャンルでも構いません。そのうちのどれかひとつでも私が負けたのなら、入部を諦めます」
「へぇ、随分と自信満々じゃん! 普通ならそういう所は好感だけど、今回ばかりは別ってことで!」
ノリノリの火芥子さん。
橘も随分と余裕をぶっこいた様子だが……橘の知識外を攻めることが出来ればこちらの勝ち、出来なければ橘の圧勝となるだろう。
星奈さん、火芥子さん、天道さんはやる気に満ちている。
その姿に苦笑しながら、僕はその勝負の行方を見守ることにした。
☆☆☆
第1勝負、料理対決。
「女子といえば料理と相場が決まっています! ちなみに雨森氏、感謝ならば思う存分にするといいですよ!」
「君は天使かな、天道さん」
家庭科室に僕らはお邪魔していた。
料理部の面々から不思議そうな目で見られる中、僕は星奈さんのエプロン姿を見て、料理勝負を提案した天道さんに感謝の限りを送っていた。
ありがとう、天道さん。
僕は今日、この日のために生きてきたのかもしれない。
星奈さんの手料理だなんて……うっひょお! 待ちきれねぇぜ!
「雨森様、そちらばかり注目していては妬いてしまいます」
「そのまま妬け死んでくれないか?」
「あらいけず」
嫌々声の方へと視線を向ければ……エプロン姿の橘。
くっそ、似合ってるんだよなぁ、こいつ。
認めたくないけど。
というか絶対認めないけど。
現に、その場にいる生徒のほとんどが、橘の姿に見惚れていた。
「では、私は出来ましたので、どうぞご賞味ください」
そういって、橘は机に料理を並べる。
彼女の作った料理は――まさかの『青椒肉絲』。
どシンプルな中華である。
「こぅ、これは……」
「め、めちゃくちゃいい匂い……」
戦慄する星奈さんと火芥子さん。
2人は机の上に並べられた青椒肉絲を見て喉を鳴らす。
恐る恐ると言った様子で箸を伸ばし、口へと運ぶ。
――その瞬間、2人は同時に泣き崩れた。
「つ、次に……行きましょう」
「こ、こんなに美味いの初めて食べたわ……」
「ふ、2人とも!? りょ、料理を作る前から棄権ですか!? せっかく料理部の友達に頭を下げてこの場を用意したというのに!」
2人の様子に焦る天道さん。及び僕。
えっ、嘘でしょ?
もしかして星奈さんの料理、お預け?
夏休みの時もそうだったが……神は僕に恨みでもあるんだろうか? 僕のご先祖さまが何かしました? あるいは、神の血引いてる橘に当たりがきついから、こんなにも僕を星奈さんから遠ざけるのか。
……どっちもありそうな理由だから怖いなぁ。
「2人とも気にする事はない。勝負は何事もやってみなければ分からない。とりあえず星奈さんの料理が食べたいんだ。こんな奴に負けるんじゃない」
「雨森、本音出てるし……だったらこれ、食べてみなよ」
ジト目の火芥子さんが僕を見上げる。
僕は当然のように準備していた四季から箸を受け取ると、目の前の青椒肉絲へと箸を伸ばす。
そして、箸で触った瞬間理解する。
あっ、これ。
僕の知ってる青椒肉絲じゃないわ。
嫌な予感が全身を貫く。
期待した笑顔で橘が僕を見上げている。
く、くそ……ッ!
口にする前からなんか嫌な予感がする。
けど、ここで引けば橘相手にビビってるみたいでなんか癪だ。
僕は緊張に喉を鳴らして。
覚悟を決めて、青椒肉絲を口へと運んだ――!
☆☆☆
「やってらんねーよ、ほんとにさー」
火芥子さんは、見るからにやる気を喪失していた。
というか、それは星奈さんも似たような感じだった。
2人とも顔を俯かせ、己の無力さに打ちのめされている感じだ。
『お嬢様っぽいし、料理なんてできないっしょ!』
みたいな感じで挑んだはいいが、結果は大敗。
というか、料理を作る以前に『これは勝てない』と理解してしまった。
うん、まあ……なんだ。
相手が悪かったよね。
橘って、言っちゃあれだけど完全無欠なんだ。
「あら、料理対決だけでよろしかったので?」
「良くはないけど……ねえ橘さん。戦闘メチャ強で、勉強も黒月よりできるって噂だし、さっきの見るに家庭科も出来そうだし……逆に何ができないわけ?」
火芥子さんは、呆れ混じりにそう問うた。
最初から勝負にならないじゃん。
そんな気持ちを含ませた、半分嫌味。
それに対して橘は、顎に手を当て考え込んだ。
でもって、結論。
「未来予知……とかでしょうか? そういう意味では、星奈部長には神経衰弱において絶対に勝てないと考えます」
「それくらい反則しないと絶対に勝てない、ってわけね」
もはや、火芥子さんも笑う他なかった。
その光景を、僕は米を頬張りながら眺めている。
「悠人、追加のお米が炊けたわ! さっきのは冷凍のでごめんなさいね、今回のはたぶん美味しいから期待してちょうだい! あと、ご飯のお供にふりかけも持ってきたわ! おかかの美味しいやつよ!」
「ああ。助かるよ四季」
茶碗を渡すと、四季がご飯をよそってくれる。
おかかのふりかけをぶっかけ、四季飯の完成だ。
……なんだかんだいって、僕はこういうご飯でいいな。
橘の料理は確かにうまいが、毎日食いたいとは思えない。
「うん。四季の飯なら毎朝食べても飽きなさそうだな」
「あら、永久就職かしら!」
「何を言ってる。お前はもう就職済みだ。もとより手放す気はない」
「あの、私の入部試験の途中でイチャつかないでもらっていいですか?」
橘から苛立ちの声がした。
僕は頬張っていた米を飲み込むと、そのタイミングで彼女は続ける。
「昔から貴方という人は……他人の心境をこの上なく理解した上で、平然とそれらを逆撫でていくのがお好きなようで」
「言葉遊びが好きなんじゃない。単純に、お前が困ってる姿が好物なだけだ」
「あら、酷い性格」
そう言って彼女は笑う。
なんだかんだ言いつつ、もう十年以上の仲だ。
互いにずっと一緒にいた訳では無いが、妹を除けば僕のことを一番よく知っているのはこの女だろう。
不本意だけどな。
そうこう考えていると、ずいずいっと火芥子が僕らの間に割り込んできた。
「えっ、橘さん、雨森の知り合いだっけ?」
あ、そういえば言ってなかったっけ。
僕は『腐れ縁だよ』と言おうとしたが、それよりも先に、橘月姫は即答した。
「ええ。これでも幼馴染ですし」
「「「おっ、幼馴染!?」」」
文芸部全員の視線が僕へ向く。
ので、とりあえず逸らして否定する。
「期待はするな。ただ、僕の兄妹とコイツが仲良かっただけ。僕と橘自体、あまり関わりは無い」
「で、でも雨森くん……た、橘さんって、タチバナグループのご令嬢さんでしょ? そんな彼女と仲のいいご兄妹って――」
橘の一族は多くの場所で知られている。
世界最大級の製薬会社。まあ、車やらなにやら作り過ぎて、今では何が本命で始まった会社なのかもわからないくらい大きくなってるけど。
橘家は多方面に手を伸ばし、世界主要各国でその名を知らない者は少ない。
そんなタチバナグループの長女と仲のいい相手。
……そんなもの、極小数に限られてくる。
「あ、雨森って、マジで天守家の一員だったりするわけ……?」
火芥子さんの口から、いつか無視した疑念が飛び出す。
天守家。
橘家は世界的に有名な家系だが、天守家は日本国内にのみ根ざした有名一族だ。
あるものは警察庁長官に。
あるものは難病研究の第一人者に。
あるものはスポーツで歴史を遺し。
数代前の当主は総理大臣だった気もする。
そんなこんなで。
天守家に属する人物は全員、日本において歴史に名を刻んでいる。
いつからか、天守の家系は『日本文化国宝』のひとつに認定され、その名声は今でも留まることを知らない。
橘家とは別のベクトルだが、国内においての知名度は橘家の比ではないと思われる。
「それは――」
否定するべきか……素直に肯定するべきか。
思考にノイズが走り、わずか数秒だけ返答が遅れる。
雨森悠人にとってはらしくない、詰まり。
僕は結論を出して口を開いたが……それを、火芥子さんは片手で制した。
「いやっ、やっぱりいいわ雨森! なんか言いたくなさそうだし、聞いたら聞いたでなんか気を使いそうだし? 面倒くさそうだから聞きたくないや!」
「ひっ、火芥子さん! 言い方がちょっときついよ!?」
井篠が焦ったように叫ぶ。
その姿に苦笑していると、隣に立っていた橘からフォローが飛ぶ。
「お気遣い痛み入りますが、雨森様は天守家の一員ではありませんよ。単純に、私の実家の近所に住んでいた少年が、雨森悠人であっただけ。誤解させてしまったようで申し訳ありません」
その言葉に、僕は少し驚いた。
嘘……は、ついていない、のか?
かなりギリギリのグレーゾーンだ。
聞く人が聞けば嘘だと思うし。
事情を全て知っている人なら、嘘は言っていないと判断できる。
その程度の、言葉遊び。
(既に天守家は崩壊、あなたは破門。とくれば、私の言葉に嘘はありませんよ)
そんな声が聞こえた気がして。
僕は思わず苦笑う。そりゃそうだ、と。
「あっ、そーなの? いやー、変に気つかっちゃったかなー! 悪いね雨森!」
「いえ、火芥子さんのそういう所は美徳であって、謝るようなことはしていないでしょう。ねえ、雨森さま」
「……まあ、そうだな」
そう答えると、火芥子さんは照れたように笑った。
その笑顔に天道さんが茶々を入れ、愉が不敵に笑いながらそれに続く。
その光景を眺めていると、ふと、星奈さんににじり寄る橘の姿が見えた。
……あの野郎、一体なにするつもりだ?
嫌な予感に眉根を寄せる僕を他所に、橘は懐から数枚の写真を取りだした。
「星奈部長、こちら、私からのささやかなプレゼントです。受け取っていただけますか?」
胡散臭すぎる。
星奈さんも彼女の言葉を受けて不安そうな顔をしていたが、橘が持っていた写真を見て、大きく目を見開いた。
「こっ、これは――!?」
らしくもなく驚く星奈さんを前に。
橘は、悪い顔をして言葉を重ねる。
「子供の頃の雨森さまの写真です。欲しくありません?」
その言葉が聞こえた瞬間。
僕は、橘の手にあった写真を奪い取った。
そしてそれを見て、泣き出しそうな顔で僕を見上げる星奈さん。可愛い。
「ああぅ!?」
「お前な……星奈さんになんてものを」
「あら。星奈蕾を買収するのに、それ以上の宝物はないでしょう」
橘の声を聞きながら、写真を見る。
……うん、なるほど。
どうしてこんな写真が残っているのか知らないが、これは処分しよう。見ているだけでとても不快だ。
僕は写真を破り捨てる。
その光景を星奈さんは絶望したように見つめていたが……その肩を、橘が叩いた。
「ご安心を。データなら私のPCに入っております。……ここではなんですし、次の休日にでもお渡ししましょう」
「おい」
思わず突っ込むが、たぶん、言っても無駄なんだろうな。だって橘だし。
嬉しそうな顔の星奈さんと。
悪い顔をしている橘月姫。
絶対に合わせたくないふたりが、奇跡の共演。……胃がキリキリと痛くなってきました。
僕は大きなため息を漏らすと、後ろから愉が肩を組んでくる。
「諦めろ雨森、ああいう女は二次元においても強いと相場が決まっている」
「……ああ。生まれて初めて何かを諦めた気がするよ」
そう言って、僕はがっくしと肩を落とす。
まあ、そんなこんなで。
橘月姫、文芸部への参入が決定した。
☆☆☆
「まさか、あの『橘』が負けるとはね」
男は、心底から驚いていた。
リモコンへと手を伸ばし、記録された映像を再生しては止め、再生しては止め……繰り返しその勝負を眺めている。
しかし、その繰り返しも長くは続かない。
「……バレていたのかな。ここまで映像にノイズがかかっていては、誰が誰と戦っていたのかも分からない」
映像は、意図的としか思えないほど荒れていた。
それこそ、全ての監視カメラを何かよく分からないもので覆われたとか。
あるいは――教師側に、今回は生徒の肩を持った人物がいる、とか。
くるりと椅子を回転させて。
学園長、八雲選人は目の前に立つ生徒を見る。
「ちなみに、戦っていたのは?」
「……おそらくは、雨森悠人という生徒でしょう。現場を見た訳では無いので、推測ですが」
雨森悠人。
その名に、八雲の眉がぴくりと動く。
彼の名前に覚えでもあったのか。
あるいは、嫌な過去でも思い出したか。
「……なるほどね。理解したよ」
男は、椅子から立ち上がる。
生徒は微動だにせずその場に立っており。
八雲は、彼の肩を優しく叩いた。
「では、君には引き続きC組の監視をお願いするよ。C組のクラスメイトとして、ね」
「はい、分かりました」
その声は、C組の生徒にとってはよく聞き覚えのあるものだった。
生徒は、校長室を後にする。
その姿を見送って、八雲は微笑を剥ぎ捨てた。
彼の視線は、ノイズの入った映像へ向かう。
「雨森悠人……名前だけは聞いていた。同じ読み方の別人だと考えていたけど」
その瞳に、鋭い光が宿る。
重く剣呑で、1種の恐怖すら孕んだ光。
彼は映像から視線を逸らすことなく。
遠く、過去を思いはせながら口を開く。
「天守の亡霊が……今更何の用だね、悠人君」
かつて。
兄の死を止めることも出来なかった人畜無害。
天守家始まって以来、最弱の天能保持者。
学園長は確信している。
どれだけ力をつけたにしても。
この学園は、あの男1人に潰されるほど小さくは無いのだと。
真なる敵は、八雲学園長。
されどその壁はあまりにも大きく。
悪意の渦は多くを飲み込み、やがて破滅へと辿る。
クラス内に存在する学園側の内通者と。
学園長が隠した、天守弥人の死体。
彼こそは誰より強く、誰より優れた次世代の王。
神の血を色濃く継いだ、最悪のジョーカー。
「……だからお前は負けたんだろう、最上生徒会長」
1年前に起きたクーデター。
現三年生が行った反逆が――失敗した本当の理由。
最上には、勝てるはずがないのだ。
かつての友の、死体を前に出されたら。
あの男の優しさは、きっと矛先を鈍らせる。
「――これは、僕にしかできない役目」
兄の死体を取り返し。
薄汚い盗人を、この手で必ず始末する。
それこそが、雨森悠人の【目的】なのだから。
――かくして。
多くの謎を残したまま。
数多の想いを抱えたまま。
真なる物語が始まる前の。
小さなお話の幕は閉ざされる。




