プロローグ
普段の2倍の文量でお送りします。
『君は……毎度言うけれど、本当に人間かね?』
後日談。
といえば入院ともはや相場が決まっている。
入院生活、1週間。
担当医に顔をしかめられながらそう言われたのは、つい昨日のことだった。
というのも、久しぶりに本気になって戦った結果、僕は橘の敗北宣言を聞いてまもなく、本気で気を失ったからだ。
橘なら僕のダメージも癒せるか……とも思ったが、よく考えたらあいつもあいつで限界だったはずだ。
僕がこうして入院しているってことは、橘が異能を使えないほど弱っている証明でもある。
「しかし……なぜお前も入院している?」
「あははー、無茶しすぎましたかね?」
僕は隣へと視線を向ける。
ベットの傍には1人の男が座っている。
点滴のスタンドがあるということは、こいつもかなり重症なんだろうけれど。
「無茶しろと言った覚えはないぞ、黒月」
そう言うと、彼は困ったように笑った。
1年A組と1年C組の戦いは終わった。
入学当初、熱原と戦った時とは違う。
正真正銘の決着だ。
その戦いにおいて。
負傷者はかなりの数に及んだと聞く。
といっても、その多くは『大声で鼓膜が破れて気絶した』って話だったが。
錦町……直接聞いたわけじゃないから分からないが、どれだけ大声出せるんだあいつ。
あの男の異能だけは、僕や橘の防御すら貫通してきそうで恐ろしい。
閑話休題。
今回、1番の重傷者は雨森悠人。
真面目に1週間近く気絶したくらいだ。
余程の重症だったんだろう。
次に、黒月奏。
医者が言うには焦るくらいの出血多量。
そして異能の使いすぎ、との事だ。
魔力不足と血液不足のダブルパンチで、彼もここ数日間は目を覚まさなかったそうだ。
ちなみに橘は知らない。
あいつの話は、目覚めてからひとつも入ってこない。おおよそ、負けたのが存外にショックでA組に引きこもっているんだろう。
「でも、無茶した甲斐はありましたよ。雨森さん、僕が守ってる塔は落とす気で戦ってましたよね?」
彼はそう言って、得意げに胸を張る。
……何を言ってるんだか。
お前の所の塔は諦めてた?
そんなわけがあるか。
「それに関しては心配していなかった。黒月、お前なら平然と勝つだろうと思ってたしな」
「えっ」
むしろ、倉敷の方を心配してたくらいだ。
あいつは最初からの付き合いだが、僕は倉敷の強さを何も知らない。加護ということ、その名前は知っていても、その実態は謎に包まれている。
そんな奴に、あの熱原退治を任せたんだ。
そっちの方が心配だっての。
黒月をみると、何故か顔を赤くしている。
「……照れるな気色悪い」
「い、今のは雨森さんが悪いですよ!」
彼はそう叫ぶが、たぶんこの病室にも結界を張っているんだろうな。
どれだけ騒いでも、病室の外には音は漏れないはずだ。
「聞いたぞ、朝比奈なんぞに助けられて……。あんなのに助けられるとか少し恥を知れ」
「いやー、なんとか時間まで耐えきるつもりだったんですけどね」
朝比奈は、試合後半の時点ですでに黒月たちと合流していた。
ヤツは疲弊した紅たちを掃討。
数名には逃げられたようだが、それでもA組勢力の多くを削り、勝利に貢献した。
そして、C組生徒たちの無事を確認し。
試合、最終盤で。
彼女はあの場に訪れた。
計算していなかった訳じゃないが。
それでも、来るかどうかは運だった。
朝比奈が来れば確実に勝てるし。
来なければ、今回の勝敗は逆転していたかもしれない。
「まさか、あんなのを頼りにして戦う日が来ようとはな……」
「酷い言い草ですね……」
黒月はそう苦笑する。
彼の表情を見て、僕は口を開――く、その直前に、ふと気づく。
少しだけ思考が固まって。
やがて、口から言葉の代わりに、深いため息を漏らした。
「…………はぁ。噂、するんじゃなかったな」
「? どうしたんですか、雨森さ――」
黒月は僕の様子を見て不思議そうにしたが。
すぐに気がついたようで、背後の病室ドアへと振り返った。
そして、まもなく。
バチリと、黄色い稲妻が弾けた。
「雨森くん、私が来たわ!」
勢いよく扉が開かれ。
その向こうから、正義の味方が現れた。
「誰だテメェは」
僕は、嫌悪感を隠そうともせずそう言った。
……噂をすればなんとやら。
今回の勝利の立役者。
と同時にC組崩壊危機の発端。
MVPであり戦犯でもある。
偶然にも相反する称号を獲得してしまった女だ。
……話には聞いたよ。
このクソ比奈、僕と黒月が気絶している最中、毎日見舞いに来ていたんだとか。
そして、僕が目覚めて朝比奈と会うのは、これが最初。
なぜ彼女が、ここまで病院に入り浸っていたのか。
その理由は『心配だったから』というのはもちろんあるだろう。
けれど、まだ他にもあるはずだ。
彼女は病室の中へとずいずい入ってくる。
「クラスメイトの朝比奈よ! まずは意識が戻ってよかったわ雨森くん! そして意識が戻ったなら聞きたいことがあるの!」
そういって、彼女はベッドの前で立ち止まる。
前かがみになって僕の瞳を覗き込み。
面倒くさかったので視線を逸らしたが、無理やりに視界の中に入り込んでくる。
厄介なり、雷神の加護……。
「聞きたいというのは、他でもないわ!」
彼女の顔は興奮と期待に満ちている。
嫌悪しか抱けないその表情を見て。
彼女は、ニヤケ混じりに僕へと問うた。
「雨森くんの本当の異能、教えて欲しいの!」
☆☆☆
朝比奈の言葉を受けて。
僕は、その足で病院の屋上にまでやってきていた。
「い、異次元な体力ね。1週間も気絶していた人間だとは思えないわ」
「それはお前の知識が乏しいだけだな」
長い上り階段を経て、息ひとつ乱していない僕を見て、朝比奈嬢は苦笑する。
僕と朝比奈に続いて、黒月も屋上へとやってくるが、点滴スタンドを片手に大きく息を荒らげている。
……ふむ。それが病人本来の反応か。勉強になった、次から参考にしよう。
「で、なんだったか朝比奈。僕の好きな異性は誰かって? 答えは星奈さんだ」
「そっ、そんなことは聞いてないわ! い、いえ、気にならないって訳じゃないけれど! というか、今の発言についても後でじっくり聞かせていただきたいけれど!!」
彼女は顔を真っ赤にして叫ぶ。
しかし、直ぐに咳払いをして、真剣そうな表情へと切り替えた。
「雨森くん、私に嘘をついていたわね!」
……今更何を言っているんだろう。
僕は首を傾げると、彼女へ問うた。
「毎度お前の名前を間違えているアレか? 真面目に覚えられていないと思っていたのか阿波川」
「朝比奈よ雨森くん。……名前が覚えられていないのは本当だったのね」
小声でショックを受けている朝比奈嬢。
さて、このまま話を逸らしていこうか。そう考えて口を開こうとしたが――そんな僕を、朝比奈霞は真剣な目で見つめていた。
「橘さんを相手に……雨森くん、3時間も1人で戦ってくれたそうね」
「らしいな。必死で記憶も確かじゃないが」
「……必死でもなんでも、私には到底不可能な芸当よ、雨森くん」
……まあ、その通りだろうな。
橘月姫と真正面から戦って勝てる生命体は、おそらく地球上に存在しない。
僕ですら勝てなかったんだ。
今の朝比奈じゃ、逃げに徹しても1時間がいい所だろう。
「……私、貴方がA組の紅さんたちと戦った時、思ったの。雨森くんが強い異能を持っていたなら……その時は、一体誰が勝てるんだろう、って」
「……で?」
「結果として、あなたは強力な異能を隠していた。私はそれが知りたいの」
強力な異能……ねぇ。
僕はまだ、扉をすり抜けるくらいしか見せた覚えはないが。
そう反論しようと思ったけれど……まあ、無駄なんだろうな。
正義の味方としての直感。
桁並外れた嗅覚を誤魔化すことは出来ない。
僕は大きく息を吐き。
そして、彼女へと吐き捨てた。
「嫌だ。今のお前には教えない」
ただの感情論ぶっぱ。
理論的の『り』の字もない発言。
されど、僕の返答に朝比奈は動じない。
「……私は教室で、あなたへの不満を漏らした。あんな場面を見られて……いいえ、見られていなかったにしても、私は、貴方に嫌われて然るべきなのかもしれない」
安心しろ、だいぶ前から嫌ってるから。
心の底からそう思ったが、口に出さないだけの配慮はあった。さすがの僕でも。
「あなたの事が聞きたいって言うのはあくまで願望。願望が聞き入れられないのは想定済み……だから、私が今日来たのは、こうして、貴方が無事だっていうのを見たかったから。今の私にそれ以上の資格はないでしょう」
……また弱音か。
と、そんなふうに思ったのは、わずか一瞬。
彼女の浮かべる表情を見て。
言いかけていた説教を、飲み込む。
「けれど諦めない。私は意地でも、貴方に認められて、正義の味方になるんだから」
瞳に宿るは決意。
いつか見たショッピングモールの喫茶店。
あの時、あの場所で。
彼女が浮かべた決意の表情は、今に至るまで一片の汚れもなく健在だった。
「前言撤回はナシよ、雨森くん。私はあなたに認められる人間になる。天高くまで実績と経験と信頼を積み重ねて、いつか、胸を張ってあなたの事を聞きに行くわ」
綺麗だと。
朝比奈嬢を、初めてそう思った。
吹っ切れたような正義感。
迷いの一切がない、純白の御旗。
開花し始めた朝比奈霞という花は。
危なっかしく、恐ろしく。
それでいて背筋が凍るほど美しい。
「私は逆にお願いするわ。その時まであなたのことは教えないで欲しいの。あなたを納得させて、あなたの口から全てを聞きたい。……まあ、100%私の我欲なのだけれど」
「悪いとは思わない。僕だって、我欲にしたがって生きているだけだ」
そうとだけ言って。
僕は彼女へ背を向け、空を見上げる。
「……ありがとう、雨森くん。そして待っていてちょうだい。私が、無敵の正義の味方になるまで」
彼女はそう言って笑ったのだろう。
今の彼女からは、いつかの兄と同じ雰囲気を感じる。
強さも賢さも精神力も。
当時の【彼】には遠く及ばずとも。
その在り方は、酷く似ていた。
「強く、なったんだな」
「いいえ、まだまだこれからよ。私はこの場所がスタートラインのつもりで、ここに立っているのだから」
入学当初、熱原に踊らされていた頃のお前にみせてやりたいくらいだ。
……いいや、それよりも前。
膝を抱えて泣いていた子供の頃のお前に、こういう生き方もあるんだと教えてやりたいよ。
僕は大きく息を吐く。
朝比奈を振り返ると、彼女は自信に満ちていた。
負けても砕けても。
決して諦めない正義の味方。
……今のお前になら。
少しは頼ってもいいかもしれない。
「朝比奈、ひとつ相談があるんだが」
「あら、何かしら雨森くん! 名前を呼ばれたことも嬉しいけれど、貴方が私を頼ってくれて、私は嬉しいわ!」
意気揚々と朝比奈は言う。
ズカズカと僕の前へと歩いてきた朝比奈に向かって。
僕は、少し意地悪を言う。
「好きな子に告白したいんだが……朝比奈、どんな言葉で伝えたらいいかな?」
「ぐげふっ!?」
朝比奈霞は吐血した。
彼女は屋上に大量の鮮血を撒き散らしながら、ぴくぴくと痙攣していた。
「そっ、そそそ、それっ、それは――」
「星奈さんか四季か、あるいは橘かもな。少なくともお前ではないことは確かだ」
「ごげほっ!?」
さらに吐血。
その姿を見下ろして嘲笑っていると、苦笑した黒月が首を横に振っていた。
『やめてあげてくれ』
そんな声が聞こえた気がして。
僕は朝比奈を鼻で笑った。
「冗談だ。お前が苦しむかと思って言ってみただけだ」
「ひ、酷いわ雨森くん!」
「当然だ。教室で僕の悪口を言って勝手に自爆して、散々迷惑かけられたんだ。僕はお前を存分に苦しめたい」
そう言って笑うと、彼女は赤くした顔で思いっきり膨れっ面をした。
はっ、なんだその怒り顔は。
少しは星奈さんの可愛らしさを見習ってから出直してこい。
そう考えたが……さすがに思っていることをそのまま言うのも躊躇われる。
僕は顎に手を当て、少し考え。
「少しは星奈さんの可愛らしさを見習ってから出直してこい、糞比奈」
普通に言った。
「お、思っててもそういうことは言わないで欲しいわ雨森くん!」
「何故僕がお前に気を使わないといけない」
「そ、それは……そうだけれど!」
不満げな朝比奈と、嘲笑う僕。
それを微笑ましげに見つめる黒月。
その光景を、遠くから一人の少女が見つめていた。
☆☆☆
「雨森くん! くれぐれも安静にしてなさい! 暴れたらダメよ!」
「お前は僕の母親か」
「黒月くんも、雨森くんのことしっかり監視してて欲しいわ!」
朝比奈はそう言うと、ぷんすか怒りながら帰っていった。
ざまぁみやがれ。
僕は内心でほくそ笑むと、僕の隣に立っていた黒月も歩き出す。
「それじゃ、僕もそろそろ部屋に戻ります。雨森さんみたいに超人でもないですし、さすがに傷が痛んできました」
「あぁ、早く戻れ」
僕はそう言って、屋上のベンチへと腰を下ろす。
彼は僕の姿を見て苦笑すると、一礼してから屋上を後にする。
振り返ると、ちょうど黒月が屋上出入口の扉を閉めるところだった。
彼はゆっくりと扉を閉めて。
閉じきった、次の瞬間。
「……で、何の用だ、橘月姫」
僕の隣には、白髪の少女が座っていた。
「随分と見せてくれますね。私の前で朝比奈霞とイチャつくなど……喧嘩を売っているんですか?」
「あぁ、バレたか? 実はお前に喧嘩を売っていたんだ」
でなければ、朝比奈とあんなに喋るものか。
僕は隣へと視線を向けると、くりくりとした赤い瞳が僕を見上げていた。
なんだかなぁ。
あれだけ本気で殴ったのに、こうも無傷でいられると……、僕のなけなしのプライドも砕け散ってしまいそうだ。
僕は呆れ混じりにため息を漏らす。
「最初の質問に戻すが、何の用だ? 僕が目覚めてからずっと、お前の視線が鬱陶しかったんだ」
この女はおそらく、僕を監視していた。
僕が目覚めるまで。
目覚めてから……こうして、落ち着いて話せるような状況になるまで。
「あら、用が無ければ監視してはいけないのですか?」
「……外国人向けに、日本の一般常識を教えている塾があるんだが、紹介しようか?」
「いえ、私には不要ですね」
遠回しに『一般常識、どこに忘れてきやがった?』と非難する。
が、橘はどこ吹く風状態。
幸せそうな笑顔を浮かべて実に気持ち悪い。
「まぁ、実を言うとちゃんとした用があったので、こうして目覚めるのを今か今かと待ち望んでいたわけですが」
彼女はそう言って、僕から視線を外す。
橘月姫は、青空を見上げている。
喋らず、こっち見ず。
なんにもせずに座っているだけなら、それこそ星奈さん並に可愛らしいんだけどな。
そんなことを思う僕を他所に、彼女は疑問を呈す。
「前々から思っていたのです。雨森悠人は拘束を嫌い、自由を望む。……たとえこの学園の実態を事前に知れなかったにしても、私の知る雨森悠人ならば、校則に目を通した時点で自主退学していたって不思議じゃありません」
その赤い瞳が僕を捉える。
逃がしませんよと。
まるで将棋盤を挟んだ棋士のように。
確実に僕の退路を塞いでゆく。
「雨森様、貴方の本当の目的は何なんでしょうか?」
……本当の目的、ね。
自由を得ること。
と、そう言ってしまえば楽なんだが。
「私はあなたの邪魔をするつもりは無い。むしろ、その目的次第では協力しても構いません。古くより、敗者は勝者へと下るものですし」
「お前の口からそんな言葉を聞くことになるとはな」
そう苦笑し、僕は空を見上げる。
そして、いつかの過去を思い出す。
『無駄を承知で言わせてもらう。……やめたまえ。君がそのようなことをしても、死んだ者は戻らないし、喜ばない。彼のことは私に任せて欲しい』
橘一成。
今、目の前にいる少女の父親。
現、橘家の当主たる男。
彼は全てを知った上で、僕を止めようとした。
まあ、彼が言った通り無駄だったけれど。
さて、橘月姫。
歴代最強と名高い橘一成を『過去』とするほどの潜在能力を有し、彼と似たような思考と思想を持つ少女。
お前なら。
全てを知った上で、僕を止めるだろうか?
僕はそれが、少し気になった。
「橘、この学園の設立に、天守家が関わっていること……くらいは知っているか?」
「当然です」
被せ気味に即答する橘。
……まあ、一成から聞いているか。
そりゃ、お前がこの学園に入学してきた当初から想像はついてたさ。
その姿に苦笑しながら、ひとつずつ情報を明かしてゆく。
「僕が最初に疑念を抱いたのは、異能の授与というシステムそのものだ」
異能なんて、空想上のおとぎ話だ。
人間にはそんな力はない。
誰かが物語として仕立てた話の、そのまた設定のひとつ。誰かが憧れ、拡散し、幻想として定着していった空想の具現。
それが異能で。
そんなものが実現する学園など、疑念を抱かないはずもなかった。
「一般には『最新技術によって生徒各人へと異能を授ける』……とされたこの学校だが、ならば、なぜ僕やお前には【新しい異能】が芽生えていない?」
「入学時に受けた注射のことでしょうか? 元々異能を発現していたものには無意味だから、と思っていましたが」
正解だ。
元々、僕らは異能を……天能を持っていた。
だから、外から異能を植え付けようとした際、既にあるものとして効果を成さなかった。
だが、そこでひとつ疑問が浮かぶ。
「なぁ、橘。ひとつ聞く」
それこそが、この学園へと来た真意。
僕がこの学園を辞めずに、こうして我慢を続けている理由。
「その注射器の中身、なんだと思う?」
「……っ!?」
橘は、焦ったようにベンチから立つ。
僕を見る彼女の目は、今まで見てきた中で最大限に見開かれていた。
既に異能があったから、異能に目覚めなかった。
それはいい。
別にこれ以上の異能なんて欲しくもないし。
だから僕は、その根底に疑問を呈す。
既に異能を持っている――と。
それは、いったい何が判断している?
どういう理屈で、判断されている?
第三者が遠隔で異能の発現を操作している訳でもないのなら。
注射器の中に入っていたものが。
自ずと、ひとりでに。
その相手に異能が必要かどうか確認して、僕らを振るいに落としているとでも言うのだろうか。
……仮にそうだとすれば。
それはもう科学ではない。
れっきとした、魔法の類だ。
そして、極めつけは無人島で見た魔物。
闘争の傍ら、アレらを解体して調べた結果……胸糞の悪いことに、アレらと僕の細胞が似ていることがわかった。
分かってしまえば……答えにはすぐたどり着く。
「天守と橘は、ルーツを辿れば神性に至る由緒ある血族。正真正銘の神から授かった【天能】。……それを現代科学で再現出来るわけがない」
僕やお前ですら考えもしない夢物語を。
お前以下の、凡人が成した。
おかしいとは思っていたんだ。
この学園を知った当初から。
だから、調べて……行き着いた。
「いえ、しかし……けれど、それしか可能性が考えられません。ですが、それをどうやって――」
橘もその可能性には考え至っている。
だからこそ困惑した。
そんなふざけたことがあるか、と。
そして同時に疑問を抱く。
どうすればそんなものを手に入れられるのか、と。
だから、僕は答えよう。
知ってたか、橘月姫。
「あの日、天守弥人の死体は盗まれた」
「な……っ!?」
そうだよな。
ありえないよな。
誰より優れた、次世代の王。
天守弥人が死んだ時点でありえない。
それに加えて、天守家より彼の死体を盗み出した何者かがいる、と来たものだ。
ありえない。
そう、ありえないんだ。
その盗賊と天守家が、結託でもしていない限りは。
僕は調べた。
必死になって調べ尽くした。
そして、全てを知った。
なぜ、天守弥人は死んだのか。
ヤツは、どうして弥人を殺そうとしたのか。
何がしたくて、天守をぶち壊したのか。
その理由に、いつかの僕は激怒して。
何もかもを終わらせると決意した。
「最初の質問に答えよう、橘」
僕は立ち上がり、橘を見据える。
僕がこの学園にいる理由。
成さねばならないことがあるから。
……殺さねばならない男がいるから。
「八雲選人――学園長を、この手で殺す」
復讐こそが、今の僕が生きる理由だ。
そして、真なる物語の幕が上がる。




