8-20『勝ち負け』
どれだけ力を尽くしても。
どれだけ想いを乗せたとしても。
成果に結びつくとは限らない。
僕は、思わず苦笑して。
ごふりと、口から大量の血が零れた。
「――私の勝ちですね、雨森様」
僕は視線を移動させる。
目の前の橘月姫。
僕の拳は……彼女の顔の、そのすぐ横を空振っていた。
僕は視線を下へと向ける。
彼女の放った拳は。
寸分違わず、僕の鳩尾を貫いている。
「……参ったなぁ、これは」
本気に勝ちに行って負けるだなんて。
小っ恥ずかし過ぎて死にたくなる。
「勝敗を分けたのは体格差、でしょうか? 長身故に、咄嗟に頭部を狙った雨森様と、小柄ゆえ、躱し辛い胴部を狙えた私。そして何より、この戦いが持久戦であったこと。……シンプルな耐久性能では、私は天守弥人以上ですから」
……随分、気を使ってくれるんだな。
どうあれ負けは負け、勝ちは勝ち。
その結果は揺るがない。
橘は、少し悲しそうに笑っていた。
間違っても勝者の浮かべる顔じゃない。
けれど……そうだな。
お前は本当は願っていたんだろう。
僕がお前を負かす未来を。
完膚なきまでに雨森悠人が勝利して。
橘月姫が負ける未来を。
僕は血の混じった息を吐き、瞼を閉ざす。
僕の後方で、王冠が上空から落ちてくる。
『終了30秒前となりました。これよりA組とC組、それぞれの王冠保有数を集計開始致します』
試合終了を告げる放送が流れてくる。
制限時間、ギリギリだったか。
橘は、僕の胴から腕を抜く。
と同時に僕の傷跡は幻と消えたが、使い果たした体力までは戻らない。
僕は体を支えきれずその場に倒れる。
「さて、雨森様。それでは試合にも勝たせていただきますね」
「……あぁ、そうだな」
彼女の悲しそうな表情を見上げ。
僕は、いつかの言葉を思い出す。
「……そういえば、前にお前に贈った言葉……覚えているか?」
「……言葉? 何を仰りたいのかよく分かりませんが――」
歩きだそうとした橘は、僕を振り返る。
僕を見下ろす瞳を見上げて、僕は笑う。
「――お前の相手は僕じゃない」
何度も言ったはずだ。
これは僕とお前の戦いじゃない。
1年A組と、1年C組の戦争で。
さらに言うなら。
僕は、お前に個人名を伝えたはずだ。
遠くから、雷鳴が聞こえる。
橘はようやく『その言葉』を思い出したのか、焦ったように王冠を振り返る。
橘月姫。
確かに僕は勝負に負けた。
殴り合いで敗北した。
お前は僕より強かった。
……だけどさ。
僕は、試合まで諦めるとは言ってない。
「――待たせてごめんなさい、雨森くん」
橘が走り出すより、更に速く。
黄色い稲妻が、僕らの隣を駆け抜ける。
それは、人知の及ばぬ超速度。
雷とは、自然が、星が生み出した災厄の化身。
誰より眩く。
何より速く。
時に美しく、どんなものより逞しい。
避けても潰れても、何が何だろうと僕の視界に入ってくる。
まるでゴキブリのような生命力が。
あの程度で潰えるはずがないだろう。
……分かってるだろ、橘。
疲弊したお前じゃ、彼女には届かない。
そう、あの姿が見えた時点で。
もう、僕や橘は、彼女の速度には追いつけない。
その少女は、王冠を手にする。
赤く染まった夕焼けの中で。
黒髪が風に揺れ、橘月姫は目を見開く。
それは、橘月姫の想定外。
絶対に有り得ないと思っていた可能性。
そして、僕が考える『A組に勝利するための最低条件』のひとつ。
橘月姫は愕然と。
その少女の名を呟く。
「あ、朝比奈、霞……っ!」
そして、上空から声が響く。
『結果が出ました』
空には今回の結果が浮かんでいる。
A組【0】C組【3】
想定通りの結果に納得する僕と。
唖然とした橘が、上空を見上げている。
彼女の顔には、見たこともないような表情が浮かんでいて。
『よってこの度の闘争はC組の勝利となります』
僕は、勝者であり敗者たる彼女に笑ってみせる。
「どうだい橘、これが敗北の味だ」
☆☆☆
A組との決着がついた。
結果は1年C組の圧勝に終わった。
3対0。
A組はついぞ王冠を一つも手に入れることができず。
C組は紆余曲折ありながら、最後にはすべての王冠を手にしていた。
幾ら言葉で説明しようと。
それが事実で、その現実はもう、覆らない。
……まあ、橘の【幻】なら、僕らの認識ごとすべてを書き換える事だってできるのだろうが、橘月姫は絶対にそんなことはしない。
おまえは『橘』で、格上で。
酸いも甘いも経験した上で強者たる。
故こそ嘘を嫌い、真実のみを愛し。
その歩みには、一片の【影】もない。
お前は敗北を、なかったことにはしない。
「な、何故……と、聞いて宜しいでしょうか?」
「理由は簡単。お前は僕の忠告を聞かなかった。それが原因だ」
僕は再三に亘って言っていた。
おまえの相手は僕じゃないよ、と。
普段通りの冷静な橘月姫なら、きっと僕の言葉の裏を察せたはずだ。
けど、僕との戦いを目前にし。
ありもしない『橘月姫の敗北』に心躍らせ。
お前は、あからさまに冷静さを失っていた。
「……何故」
彼女はぽつりと呟いた。
橘の瞳には『不可解』って感情に揺れている。
「あり得ません。いくら心踊らせようと、平時でなかろうと……私が、橘月姫が……その程度の言葉遊びに気づかぬわけがない」
彼女の言葉に、思わず笑う。
そうさ。本来ならあり得ないミスだ。
その程度も気づけないなら、彼女は橘足り得ない。
幾ら冷静さを失っていても。
幾ら目の前の餌につられていても。
彼女は『普通ならば』気づいたはずだ。
でも、気づかなかった。
彼女は僕を見下ろして。
――今になって、大きく目を見開いた。
最初から分かっていたんだ。
目には目を。
歯には歯を。
武力には武力を。
そして――幻には、嘘を。
お前は僕じゃ倒せない。
お前を倒せるのは――同系統の能力者だけ。
「四季いろは」
橘は、ある少女の名を言った。
……さっすが橘。
答え合わせなんてしなくとも自己完結してる。
こりゃ、冷静な橘が相手だったらいよいよ負けてたかもな。
そんな事を思いつつ、彼女の言葉を聞く。
「なるほど……嘘王の戯れ。あの力の本質は【思考誘導】にこそあるのでしょう。仮に彼女が、冷静さを欠いた私を相手に、一切悟らせることなく能力を行使できたなら……」
「四季を舐めるなよ。彼女は、僕がこの学園で異能を教えた『特別』だ」
井篠には体の動かし方を教えた。
そして四季には――異能の使い方を叩き込んできた。
彼女を仲間に引き入れたのは、B組を倒すためじゃない。
最初から全ては、お前に対する切り札へと育てるため。
クラスの不要物を手早く処理したのも。
朝比奈、黒月、倉敷の成長を促してきたのも。
四季いろはを、B組打倒のためと騙って手に入れたのも。
今まで動いてきた、ほぼすべてが。
お前に対する、策略だった。
「……なるほど。道理で近頃は四季さんの姿を見ないと思っていました。……私の視界にすら入れない徹底っぷり。見事というほかありませんか」
彼女はそう言うと、深く、深く息を吐く。
なにか大切なものを失ったような。
それでいて、重荷から解放されたような。
悲しそうで、スッキリした表情で。
橘月姫は僕を見下ろす。
「……それは、こういう結末になるのでしょうね。私たちは終始、違う場所で戦っていたのですから」
雨森悠人は、武力で倒してこそと考えた橘と。
橘月姫は、知恵比べで倒してこそと考えた僕と。
お前の言う通り。
そりゃ、結果はこうなるさ。
元より僕らは、異なる分野で戦っていたんだから。
武力で僕を負かした橘と。
知力でお前を負かした僕と。
お互いの得意分野で敗北し。
されど、狙った勝利は手にしてる。
互いが敗者で。
互いが勝者。
「ちょうどいい落とし所だろう?」
僕はそう笑うと、彼女はどこか拗ねたようだった。
「……不思議と、勝った気がしませんね。終始私は、貴方の掌で踊っていただけ。……そもそも、なぜ『忠告』なんてしたのですか? もしも、その忠告をまともに聞いていれば……」
ん?
ああ、お前の敵は朝比奈だ、って発言か。
あれはお前の注意を朝比奈と僕に二分しようというつもりで放った言葉。
それ以上の意味も、それ以下の意味もない。
事実、お前がそれで動揺したから、四季が介入できるだけの隙が生まれたわけだしな。
ただ、それでも。
お前が僕の真意に気づいたのなら。
お前が、朝比奈の復調に気づけていたなら。
「その時は……それこそ、腕力で潰していたさ」
小細工無しの、真っ向勝負。
お前が武力で向かうのに対し、僕も武力で対抗したはずだ。
まあ、今の結果を見れば、その作戦でも僕は負け、2対1でC組が勝っていたんじゃないかと思うけど。
「……なるほど。いずれにせよ、A組はC組に負けていたわけですね」
橘は眩しそうに目を細める。
夕日は落ちて。
遠くから、朝比奈嬢が歩いてくる。
橘月姫は、疲れたようにその場に座り込み。
今まで見た中で、1番綺麗な顔で僕を見た。
「――負けました。言い訳の余地もない完敗です」
互いが勝者で。
互いに敗者で。
敗北を多く知る少年と。
敗北を初めて味わう少女と。
二人を巡る小さな戦争の、決着はついた。
これにて、この学年での諍いは終わりを迎える。
目的へと続く道に、躓くような小石は無く。
故にこそ、雨森悠人は本来の目的へと動き出せる。
次回【プロローグ】
半年に渡る『下準備』は、これにて終了。
ここから先は、真の目的のために歩きだそう。
雨森悠人が、この学園に来た原因と。
彼が学園を潰そうとする、本当の理由。
「僕の本当の目的は――」
点と点は繋がり。
血に濡れた、憎悪の歯車は動き出す。
面白ければ高評価よろしくお願いします。
とっても元気になります。




