8-19『橘月姫』
橘家。
はるか昔より代々続く、由緒正しき一族。
日本において、あらゆる金と政治は橘家を中心として巡り、あらゆる生殺与奪は彼らの手の内にあった。
『私たちには神の血が流れています』
とは、私の母の言。
橘の血統には、眉目秀麗で、才能に溢れたものしか生まれてこない。
平凡こそが異端。
醜悪こそが例外。
出来て当然。あたりまえ。
そのような魔境の中で。
その言葉はある種の真実味を帯びていた。
けれど。
その言葉を『真実』と結びつけられる、もっと明確な現実もあった。
『そのため、我ら橘にはかつての神の名残り【天能】が与えられ、寿命は人間より遥かに長く、加えて奇跡的なまでの肉体性能が与えられました』
母の言う通り、私の体は奇跡で出来ていた。
生まれた頃より使える【天能】。
名を、幻、と言うらしい。
橘の家でも歴代で類を見ぬほど強力な力。
死すらなかったことにする、現実を否定することに特化した力。
全てを思うがままに改変できる力だ。
寿命……に関してはよく分からないが、私の曾祖母のさらに母まで、見た目は20代とさほど変わらず生きている。
それと、この身体能力。
素手でコンクリートを砕き。
蹴りで山を潰し、海を割る。
1度試して見たところ本当にできたため、これはもう使わない方がいいだろうと心から思った。
『私たちは、現世における神そのもの』
否定はできなかった。
橘の一族だけでこの世全てを敵に回しても勝てるだろうから。
そんな怪物種、神と呼ばずになんと呼ぶだろうか。むしろ悪魔、とか?
そう考えた私を前に。
母は、見たことが無いほど顔を顰めた。
『そう。私たちは神でなければならない。……他に劣るなど、あってはならないのです』
「……お母様?」
不思議な事だ。
これだけの能力を授かっていて。
神の力すら与えられていて。
それでもその顔は、劣等感に歪んでいた。
「私たちより……強い人達が居るのですか?」
それは、生まれて初めて抱いた好奇心だったかもしれない。
全てを肯定され続けて。
何もかもを既知で埋め尽くされて。
成すこと全てが正しい中で。
私は少し、興味を抱いた。
橘家よりも、優れるというその人たちを。
『――天守の一族』
母は言った。
屈辱的な顔で。
されど橘の一員として。
嘘偽りなく、真実を口にする。
『それは、かつて神を殺した者の末裔』
我らが祖先を葬り。
神の世から人の世へと変えた者達。
そして、私たちと同様に【天能】を授かった一族でもある、と。
あぁ、なるほど。
私はその時、直感した。
私の敵になり得るとしたら。
きっと、天守を除いて他には居ない。
☆☆☆
初めて天守を訪れたのは、齢5つの頃。
既に自我が確立し、知性が育ち切った頃。
橘と天守の当主が話し合う機会があって。
私もまた、その土地へと足を踏み入れた。
天守の家は屋敷と呼ぶに相応しい姿だった。
巨大な外壁と、門ひとつ挟んだ先には広大な日本庭園が広がっている。
橘の家の方が正直凄いが、これはこれで凄まじいほどの金銭が掛かっているでしょう。
そんなことを思いながら足を踏み出し。
『やぁ、君がツキヒちゃん? 僕は弥人! この家の長男をやってるんだけど、よろしくね!』
敷地を跨いですぐ。
私の前に、同年代の少年が姿を見せた。
……いえ、少し年上でしょうか?
身長は私よりもずっと高いけれど、その顔に浮かぶ無邪気な笑顔が、どこか子供らしくも感じられました。
「……貴方、強いですね」
私の開口一番がソレだった。
その時の驚きを今でも覚えています。
この人物にはどう足掻いても勝てない。
直感的にそう思ったのです。
試してはいないけれど。
実際に戦って、私の【幻】を打ち破るのはまず無理だと思うけれど。
何となく、勝てないと思った。
『なんてったって、僕の将来の夢は正義の味方だからね! 強くったってあたりまえ! というか、まだまだ足りないくらいさ!』
眩しいなぁ、そう思いました。
太陽のような少年だった。
強く、賢く、逞しく、優しく。
初対面で『いい人』なのは、痛いくらいに伝わってきました。
「ですが、強いだけではダメでしょう?」
正義の味方。
まともに考えたこともなかったけれど。
私が思うに……正義の味方として最も大切なものは【責任感】だと思います。
何があっても挫けない。
仮に挫けたとて曲がらない。
諦めない。
私こそが正義の味方なんだと。
皆の代表なのだと。
曲がらず折れず。
突っ走る姿を指して、人は正義の味方と呼ぶのでしょう。
たぶん。
よく知りませんけど。
「あら、またひとつ未知を知りました。ありがとうございます、弥人さん」
『えっ?』
勝手に自己完結している私に、彼は不思議そうな目をしていた。
「ちなみに、弥人さん。貴方の天能はどう言ったものなのですか?」
まぁ、教えてくれないでしょうね。
そんなことを思いながら私は聞いた。
彼は私の言葉にきょとんと目を丸くしていたけれど、答えは直ぐに返ってきた。
『僕の天能は【善】。世を護る善なる者として、その日ごとに十四個の力を選んで使えるんだ』
「……馬鹿ですか、あなた?」
私は思わず素で言った。
えっ、この人……本気ですよね?
嘘、言ってないですよね。
その目が、表情が。
一切の曇りなき姿が。
彼の言葉が【真実】だと告げていた。
私は思わず頭を抱える。
「……敵になるかもしれない相手に、良くもまぁ、自分の手の内を明かせますね?」
『うーん。まぁ、僕、ツキヒちゃんと敵対しようとか思ってないしなー』
彼はそう言って頭をかいた。
けれど。
ふっと、彼は私を真っ直ぐ見つめて。
困ったように、されど真面目に。
『というか、知られても負けないしね』
などと、ほざくのだ。
さすがの私もカッチン来ました。
えっ、殺していいですかね?
確かに強いと思いますけど?
勝てるとは思わないですけど?
それでも、面と向かってそう言われると無性にイラッと来るのです。
恐るべき、天守。
私を挑発する腕に関していえば、おそらくこの世に並ぶものが居ないでしょう。
「うふふ。殺しますよ?」
『いやー、そんなにいい笑顔で言われても困るなー。あっ、そうだツキヒちゃん! せっかくだから僕の弟たち、紹介するよ』
露骨に話をすり替えましたね。
彼はそう言って駆けてゆき、私はため息ひとつ、その後を追って歩いてゆく。
しばし歩く。
大きな家の角を曲がれば、遠くの方に小さな中庭が見えてくる。
そこには、二人の子供が遊んでいました。
『あっ、ツキヒちゃん! こっちこっち!』
私は弥人さんに呼ばれて歩いていく。
彼は二人の子供を呼んでくると、私の前に連れてきました。
『これ、僕の弟の優人と、妹の恋だよ』
黒髪に青い瞳の少年と少女。
ぱっと見た感じ、優人……さんと言いましたか? 弟の方はあまり強そうな気配を感じませんが、妹の方は……凄まじいですね。
えっ、なんなんでしょう、彼女。
体から闘気が吹き上がるとでも言うのでしょうか?
この四人で殴りあったら一人勝ちする。
そんなレベルの異様さを感じます。
「は、初めまして。橘月姫です」
私がそう言うと、二人は慌てた様子で頭を下げます。
『天守、優人です。……よろしくお願いします』
『天守恋です! 将来のゆめは兄上を三人ともぶっつぶすことです! よろしくおねがいします!』
イカれてる。
私は実直にそう思いましたね。
そして、真面目にやってしまいかねない異様さを感じました。
……この子とは、何があったとしても戦いたくないですねぇ。
「……って、三人?」
『うむ! このあいだ、弥人の兄上がひろってきたのであります! ものすごい根暗で弱いのですが!』
『こ、こら恋っ! そんなこと言うんじゃありません!』
弥人さんが慌てたようにそう言います。
……拾ってきた。根暗で弱い?
そんな人物をなぜ拾ってきたのでしょう。
少し考えましたが、まぁ、想像はつきます。
「……正義の味方、ですか」
『うん! なんか捨てられてたっぽいし、雨の中で弱ってたし! ここで僕まで見捨てたら人類の名折れってね! だから拾ってきたんだー』
……この男。
人類の名折れ、と言いますか。
まるで自分が人類を代表しているような言い回しですが……いや、それは事実なのかも知れません。
将来彼は、きっと世界を背負って立つ。
それだけの能力を持っています。
それでいて善の心に一部の揺るぎもない。
彼を中心として世界は変わり。
きっと彼の正義が世界を上書きする。
悪は滅され、掛け値なしに【いい世界】が来る。そんな予感がある。
……なるほど。
これが正義の味方、ですか。
現実に初めて見ました。
「で、その弟さんは――」
『……やめときなよ。あいつには何も望まない方がいい。望むだけ時間の無駄だ』
ふと、声がしました。
見れば……1人目の弟さん。
名前を、【天守優人】と言いましたか。
「……何故です?」
『上昇志向が欠片もない。僕らを見て【凄い】と思うだけで勝とうと思う気概もない。努力をしない。だからあいつは、天守にはなれないよ』
彼はそう言って、家の中へと視線を向けます。
その視線を追えば……あぁ、いましたね。あまり顔も見えませんが、男の子が一人座っているのが見えます。
まぁ、天守の三人を見てやる気を無くすのも頷けますが……これだけ最高な環境が整っている中で、努力をしないというのは気に入りません。
『優人は優しいからな。拾ってきた相手でも、天守として受け入れて、家族にしてやりたいんだよ。だから色々求めるんだけど……まぁ、あの様子だともう数週間もしないうちに養子に出されるだろうね』
「でしょうね。元より、我らが家系にああいうものは不要でしょうから」
私は名前も知らない少年から視線を外します。
ふと、私は【優人】と名乗った少年を見る。
優れた兄と。
強烈な妹と。
絶望的な才覚差。
努力では埋まらぬ大きな溝。
橘の家でもザラに見る秀才でしょうが、このご兄妹に挟まれていては大変ですね。
「優人さんも、大変ですね」
私の言葉に、彼は少し驚いて。
だけど困ったように笑うのです。
『……そうだね。僕は天才じゃないから、二人について行くだけでも精一杯さ』
まぁ、一般人からしたら化け物レベルの天才なんでしょうけれど。
そんなことを、当時の私は思っていたと思います。
☆☆☆
そして。
天守家が滅んだ。
そう聞かされたのは数年後のこと。
一族郎党、皆殺し。
生き残ったのは長女、天守恋のみ。
天守家の当主も死亡。
天守弥人は……死んだと聞かされました。
あの怪物を、どうすれば殺せるのか。
正直、今の私をして全然わかりませんが、とりあえず死んだとの事です。
そして、その犯人と思しき人物。
その名を、【雨森悠人】というらしい。
彼が天守優人と同一人物なのか。
あるいはそれ以外の何者か、なのか。
私はとても気になった。
されど、彼は姿を眩ました。
無論、彼を殺すために多くが動いた。
けれど、送り込んだ刺客は、ついぞ一人も帰ってこなかったとの事です。
当然、橘の方にも協力要請はありました。
ですが……どうして、でしょうね。
橘家は一切の追手は出しませんでした。
それは現当主の、私の父の判断だったそうですが、どういう意図でその判断をしたのか、私は知りません。
「お父様、私は【雨森悠人】を追おうと思います」
今から遡って、一年前。
私は父へとそう言った。
『……止めておいた方がいい。彼を追ったところで誰も救われない。何も戻らないし、どんな結末にも繋がらない』
きっと、父は全て知っている。
その上で私を止めているのでしょう。
「ですが、止めても私は家を出ます。むしろ、こうして伝えただけ、お父様への親愛と取って頂きたいのです」
『……我が娘ながら、誰に似たのか』
きっと貴方でしょう。
絶対に曲がらぬ頑固さ。
話を聞かぬ無鉄砲さ。
曰く【橘家らしからぬ脳筋】と。
そう噂された貴方と、自分でも似ていると思います。親娘ですしね。
お父様は大きくため息を漏らす。
そして、机の引き出しから封筒を取り出した。
『この学園へと行きなさい。雨森悠人は、この学園へと入学する手筈となっている』
なるほど。
やはり、雨森悠人の後ろ盾は橘家でしたか。
私は納得とともに封筒を受け取ります。
「……私立、選英高校、ですか」
聞いたことのある名前です。
たしか……生徒に『異能』とやらを植え付け、学園生活を送らせる……とか。
つい最近になって開校されたばかりの高校だったと思いますが。
「また天能の劣化品が出てきたな、とは確かに思っていましたが……何故ここに?」
私は不思議に思ってお父様へと問う。
雨森悠人は既に異能を持っているはずだ。
今更このような【劣化品の集い】に混じったところで、何の得もないだろう。
そんな確信へと。
彼は、嫌な事実を突きつけた。
『その異能開発に、天守が関わっていた』
「……へぇ」
それはそれは……少し面白そうですね。
何故、どうして。
そのような疑問は置いておくとして。
潰れたはずの天守家。
それを潰した雨森悠人。
天守家が関わった異能学園。
まだまだ情報は足りませんが。
間違いなく、面白い。
私はそう確信しました。
「では、早速入学準備と行きましょう。今通っている高校は中退しなければなりませんね」
『……橘の名に傷がつくが』
彼は少し渋るけれど。
「何を今更。高校中退と、私が今後積み重ねる実績。どちらが重いとお思いですか?」
そう言えば、お父様も何も言えません。
私は今、高校一年生。
今からふたたび高校受験など、少し逆戻りすることになりますが……それもまた一興でしょう。
「さて、雨森悠人さん」
貴方は一体誰なのか。
貴方は悪なのか。
あるいは、悪の皮を被った正義なのか。
私はそれを見定めに参ります。
そして、貴方が私の思いどおりの人だったなら。
私の隣に立つにふさわしい人物であったなら。
是非とも。
貴方には、私を負かしてもらいたい。
私はそう願うのです。
【嘘ナシ豆知識】
○異能【善】
善なる者として、その日ごとに14個、好きな能力を得られる。
ただし日を跨ぐと得た能力は消え、また新しく能力を得る権利が与えられる。
前日と同じ能力も取得可能であるため、同一の能力を使い続けることも可能。
また、天守弥人が用いたソレは、左右14の銀翼として顕現していた。
異能を保持した彼はあらゆる状態異常を防ぎ、一種の不死状態でもあったとも聞くが、異能を使う天守弥人を知る者の大半が死しているため、その真偽は不明。
全能であり万能。
全てに手が届き、遍くを照らす。
人類史が選んだ【正義の味方】に与えられた権能。




