8-17『覚悟』
「はぁっ、はぁっ。これは……、運動不足、かな」
黒月奏は、頬を引き攣らせて呟いた。
――場所は変わらず、C組の死守する塔の前。
戦闘開始前と比べて荒れ果てた地に立つ黒月は、身体中に傷を作り、血を流している。
ちらりと、遠くの空を見る。
(……にしても、アレは、なんだったのか)
一時間ほど前のこと。
上空へと巨大な鳥が飛び上がった。
数キロ離れているここからでもよく見えた。
それほどの巨体。
黒月は考える。アレはどっちの異能なのだろうか。雨森の黒霧か、橘の幻覚か。……どちらも有り得るから笑えない。
しばしして、黒い鳥が上空で弾けた。
と、ほぼ同時に。
黒鳥のいた場所から、地上へと向かって黒い光線が降り注いだんだ。
あまりの衝撃に森が揺れ、一時、戦場から全ての音が消えたほどだった。
(アレは、どちらの攻撃……なのか)
黒月ですら理解が及ばない。
当然A組の生徒も、C組の生徒に至っては何が何だか分からないだろう。
ただ、全員の共通意見は。
あの場所に近づけば確実に死ぬ。
という一点だけだった。
「……はっ!」
鋭い掛け声がした。
と同時に目の前へと蹴りが迫る。
それを直前で躱し、カウンター気味に拳を放つが……されど受け流されてしまう。
「アンタ、殴り合いの喧嘩なんてしたことないでしょ!」
拳が黒月の腹に突き刺さる。
口から血の混じった咳が漏れる。
黒月は咄嗟に右手を振るうと、火炎が溢れる。
それを察知した少女は一気に距離を取ると、それを見送って黒月は膝をつく。
「つーかさ、私を前に余所見だなんて……随分と余裕じゃない?」
「……くそっ」
既に試合開始から二時間が経過している。
しかし、それでもまだ一時間は残ってる。
黒月は、周囲へと視線をめぐらせる。
どこもかしこも、C組は劣勢だった。
人数差、そして純粋な戦力差で押され気味だ。
(時間を掛けすぎたな)
C組はロバートと米田に多くの戦力を割いている。
佐久間、烏丸、楽市。
クラスの数少ない王クラス異能者を三名と、さらに錦町と井篠まで加わって、それでもまだ仕留めるには足りてない。
さらに、真備は邁進につきっきりで、二人は森の中から出てくる気配はない。
これだけの戦力が抜けていても、C組の生徒たちは2時間あまりもA組の戦力を退け続けていた。
それ自体が奇跡だったのだ。
今やC組の生徒たちの顔には色濃く疲労が刻まれていて、脱落した生徒も一人や二人ではない。
今の劣勢はなるべくして成った結果。
本来なら、紅を早々に倒し、黒月がサポートに入る予定だったが……。
「――ねぇ黒月、土下座したら許してあげるわよ? たぶんだけど」
紅秋葉。
A組の主格四人組の中では一番弱かった……はずだ。少なくとも異能が変質するより前は。
(この女は強い……、一切の誇張なく)
黒月奏をして、二時間かけても『倒しきる』ことが出来なかった。
それほど2人の実力は均衡していて。
そんな相手に魔力不足を考慮して戦わなければならない。
この戦場において、黒月が1番の逆境に立たされている。そう言っても過言ではなかった。
『気をつけろ黒月。紅の異能は変質してる。……まだ加護が変質しなかっただけマシだが、ヤツの危険性はA組の中でも熱原以上だと考えるべきだ』
ふと、雨森の声が頭に蘇る。
それは、闘争の数日前に言われたこと。
……彼はきっと、この局面まで読んでいたんだろうな。
そう思うと何故か笑みがこぼれてくる。
(……なるほど、身に染みましたよ雨森さん)
多くの傷を負い、火傷を喰らい。
それでも自身を追い詰めた少女を見て、彼は立ち上がる。
(……で、雨森さん。貴方は、どっちが勝つ方に賭けたんでしょうか?)
「バテバテじゃない、黒月奏! そんなにボロボロなら降参したっていいのよ?」
紅は、黒月を見下している。
彼女の言うとおり体力不足だ。
それだけじゃない、魔力も全然足りてない。
黒月は立ち上がるが、膝は笑っている。
これは、帰ったら走り込みしないとな、なんて思いながら。
彼は大きく深呼吸した。
「だからどうした。バテているのはお前も同じだろう? ……なぁ、鼻血が出ているぞ?」
「……っ!?」
彼女は焦ったように鼻を袖で拭う。
袖にはべったりと血がついており、彼女は黒月を睨んで歯噛みした。
「力を使いすぎたな。……お前はまだ、崩壊の出力をコントロール出来ていない。違うか?」
彼女の『崩壊王の加護』は強力無比。
崩壊という一点に特化した能力だ。
そしてそれは、『超火力』という一言で済ませられるほど、威力に優れていた。
――黒月奏は、そこに疑問を挟めた。
仮に、それが違うとしたら?
彼女自身、まだ能力を完全には使いこなせていなくて。
その『威力』という項目を、常に『最大』にして攻撃していたのだとしたら?
「……先に体力が尽きた俺と、先に異能の尽きたお前。バテているのは変わらない」
「う、うっさいわね! 異能が尽き始めてんのはあんたも同じでしょうが!」
彼女はそう叫ぶと走り出す。
その鼻からは血が止まらない。
黒月は精細さの欠いた紅の拳を躱す……が、その先でよろけ、転んでしまう。
その光景に笑みをうかべた紅だったが、彼女も拳が空振る勢いで地面に倒れる。
「はぁっ、がはぁ……っ、く、くそっ」
「紅。お前も、体力が尽き始めているみたいだな」
そう笑い、紅へと手を向ける。
その光景に紅は目を見開き、咄嗟に回避しようと動き出すが……泥に足を滑らせ、咄嗟に立ち上がることが出来なかった。
「やば――」
「悪いが、そろそろ終わらせてもらう」
そして彼が放ったのは、小さな黒玉。
ブラックボール。
かつて雨森へ向けて放った魔法だ。
それを前に、紅は大きく目を見開いた。
――直撃する。
そう確信した黒月だった。
けれど。
どこからともなく飛来した短剣が、黒月の手の甲を貫いた。
「ぐぅぅっッ」
鋭い痛みが走る。
と同時に、放った魔法が大きくズレて、紅から一メートルの地面を深く抉った。
しかし、問題は今、そこじゃない。
「この短剣……まさか!」
黒月は右手に刺さった短剣を見る。
この短剣には覚えがあった。
他でもない、雨森悠人とA組の闘争で。
一人の少女がこの短剣を使っていた。
「……っ」
嫌な予感に、森へと視線を向ける。
そして、大きく目を見開いた。
「はぁ、はぁ……っ、だいぶ手こずりましたが、間に合ったようですね」
――1年A組、邁進。
真備と戦っていたはずの少女。
二人が森の中へと突っ込んで行ったのは見えたが……あの様子だと真備に勝って戻ってきたらしい。
「くっ」
しかし、その体には多くの傷が残っている。
特に右足の負傷が深く、巨大な鉄スクラップがふくらはぎに一本、腿に二本突き刺さり、貫通している。
彼女は足を引きずりながら、黒月たちの方へと歩いてくる。
(ま、まずい……均衡が完全に崩れる!)
黒月の背中に冷たい汗が伝う。
いくら消耗した邁進であっても、非戦闘型の生徒よりはずっと強いはず。
ただでさえ押され始めている現状……彼女の参戦で一気に敗色が濃くなった。
黒月は思考する。
ここからどうする。
どうすれば勝てる。
どうすればあと一時間を凌ぎ切れる。
されど、いくら思考を回そうと確実な策なんてひとつも浮かばない。
この局面に至って、残されているのは一か八かの博打だけ。
(運と根性、あと覚悟)
大きく、息を吸う。
勝てる可能性がこれしかないのなら。
黒月奏は、迷うことなく命を賭ける。
「錦町ッ! まだ異能は使えるな!?」
らしくもなく、大声で叫ぶ。
離れた戦場で、ロバートに対していた錦町が勢いよく振り返る。
しかし、その声に反応したのは彼だけではなく、C組の全員が焦ったように、そして驚いたように黒月を見る。
「く、黒月……まさか!」
「あぁ、最終手段だ。錦町の異能を使う!」
手の甲から短剣を抜く。
大量の血があふれるが、気にする余裕もない。
苦痛に顔をゆがめながら、黒月奏は塔へと向けて走り出す。
「ま、待ちなさい! まだ決着は――」
「勝負ならお前の勝ちでいい。……ただ、試合にはC組として勝たせてもらう」
そう告げて、彼は塔の入口へとたどり着く。
手から零れる血液が、草原を赤く染めてゆく。
視界が揺れる、体が崩れそうになる。
それを必死になって堪えながら、前を見据える。
「黒月! やっていいんだなー!?」
遠くから錦町の声がする。
それに対し、彼は迷わず頷いた。
「あぁ、責任は俺が持つ」
その声が聞こえた訳では無いだろう。
それでも黒月の首肯を受け取って。
錦町は、嬉しそうに笑顔を見せた。
ただ、その周辺のC組生徒は正反対の反応を見せていたが。
「ちょ!? ま、待てよ錦町!? せめて俺らが逃げてからに――」
「残念だけどな佐久間ー! 待ってたらぜんぶ手遅れになる! 今しかないってバカなおれでも分かるんだな!」
「だ、だからって――」
佐久間が頬をひきつらせる。
烏丸も、井篠も、楽市も。
死を覚悟したような顔をしている。
それに反応したのはA組生徒。
対するロバート。
少し離れた場所にいた米田。
C組の生徒たちから嫌な空気を感じた2人は真っ先に動き出す。
標的は――錦町という一生徒。
「ロバート!」
「分かってイル!」
ロバートは錦町へと接近する。
あまりの速度に錦町は反応できない。
その腹にロバートの拳が突き刺さり、その体がくの字に折れる。
だけど。
拳を打ち込んだロバートは直に感じ取った。
拳を叩き込まれてなお。
錦町は大きく息を吸い込んだってことを。
その行為自体に、背筋が凍る。
ただでさえ大きな声を持つ錦町。
もしも、仮に。
彼の異能が……そういうタイプのものだったら。
「よ、米田! 耳を――」
ロバートは叫ぶ。
されど、その声は巨大な轟音にかき消された。
「『――――――――――――――――ァ!!!』」
それは正しく、爆弾だった。
錦町の口から放たれた、爆発に等しい超威力。純粋な『声』という名の凶器。
――錦町。
能力【声域拡大】。
それは自身の声量を何倍にも拡大し、一気に放つ。通常の生徒からすれば大して強くもない異能だった。
ただ、残念ながら。
その力を得たのは――あの錦町だ。
至近距離から受けたロバートは、一瞬で意識を刈り取られる。
鼓膜は破れ、両耳から血を流しながら大地に倒れる。
咄嗟に耳を塞いだ米田も似たようなもの。
片耳から血を流し、狂った平衡感覚に惑いながらも膝をつく。
「な、なんつー……馬鹿みたいな攻撃だよ!」
「は、ははっ! はははは! ざまーみやがれ! なんにも聞こえねーけど文句言ってるのだけは分かるぜ!」
近くで倒れていた烏丸が笑う。
錦町の攻撃は、敵味方など関係ない。
ただ、周辺にいた全生命体を問答無用で吹き飛ばす爆弾だ。
しかも、本人は無傷という謎仕様。
「みんな! 逃げるんだな!」
彼は近くに倒れていた佐久間、烏丸、井篠、楽市を担ぐと、そのまま塔へと駆け出した。
その光景に咄嗟に動こうとした米田も、体がよろけて立ち上がれない。
「ま、邁進!」
「分かっています!」
唯一被害に遭わなかったのは邁進花蓮。
彼女は短剣を投擲すると、その一撃は深々と錦町の足へと刺さる。
あまりの激痛に錦町の顔が歪む。
されど、その歩みは止まらない。
歯を食いしばり、前を見て突っ走る。
「C組は負けないんだな! 負けたら絶対だめなんだ! 雨森を二度も見捨てたら、人間として終わりなんだ!」
かつて、霧道が在籍していた頃。
錦町は……C組の生徒は雨森を見捨てた。
見て見ぬふりをしてしまった。
学園生活が始まってまもない頃。
自分の生活すら危ぶまれる中、目の前で行われる『いじめ』を見て見ぬふりをした。
そして、霧道が退学になったと知って。
さらに傷を負った彼と倉敷を見て、心の底から後悔した。
「絶対に見捨てない……! 見捨てるくらいなら、片脚くらいどーってことないんだな!」
錦町は、勢いそのまま黒月の隣を通り過ぎてゆく。
C組の生徒たちもまた続々と塔の中へと駆け抜けてゆき、やがて、戦場からC組の生徒はいなくなる。
そこにあるのは、鼓膜を破られ、大きなダメージを受けたA組の生徒たち。
多くの生徒が気絶し、強制脱落してゆく中。
黒月奏は、背後を振り返って微笑んだ。
「そうだな。覚悟なんてもう出来ている」
黒月の右手から零れた血液が、大地に流れる。
それは彼を中心として円形に流れ、それが『魔法陣』のようだと気付いた頃には、もう全てが遅かった。
「今の俺が使える、全力全霊」
それは、相手を倒す魔法じゃない。
あらゆる攻撃から味方を守る絶対防御。
もう二度と大切なものを失わない。
そういう覚悟の下に生み出した、極大魔法。
「【白亜の氷城】」
周囲の空気が、氷点下へと下がる。
顕現したのは氷の城。
塔の入口を塞ぐように。
巨大な城が現像される。
「――ッ!? く、黒月……!」
「悪いな紅、勝ち逃げさせてもらう」
黒月は鼻から血を流しながら笑う。
右手からの大量出血。
異能を使いすぎた故の限界と。
魔力不足による震えも止まらない。
それでもなお、彼は最大威力を行使し続ける。
「残るは、一時間」
明らかに限界。
そういう様子の黒月に、紅は叫ぶ。
「死ぬわよ、あんた!」
「死なないさ。だって俺は……天才だからな」
彼は笑う。
満身創痍で。
勝ち目なんてこれしか分からなくて。
気を抜いても死んでも負ける。
そういう限界の、その先で。
彼は楽しそうに笑うのだ。
「それに、一度くらいは彼の【想定外】になってみたい。……子供じみたプライドだけどな」
かくして、激戦は停戦に。
誰も彼もが傷ついて。
多くのものが脱落して。
それでも残る、巨大な氷城。
「く、クソっ……せめて私が異能を使えたら……こんな、城なんて――!」
紅は歯を食いしばる。
A組も壊滅的な被害を受けている。
この城を破壊できるメンバーは……この中には残っていない。
彼女の周りに、A組の生徒たちが集まってくる。
誰も彼もが限界間際。
その様子に彼女は歯を食いしばり。
――がさり、と。
彼女らの背後で、足音が鳴った。
そして場面は、再び最後の戦場へ。
雨森と橘の戦いも、ついに最終幕。
誰も彼もが限界で。
何もかもを絞り尽くして勝利へ向かう。
そしてそれは――雨森悠人とて、例外ではなかった。
「今初めて……お前に勝ちたいと思ったよ」
既に余力は、ない。
今、初めて偽りを脱ぎ捨てて。
雨森悠人は、全力全霊で走り出す。
「僕はただ、勝つべくして勝つだけだ」
次回【王冠の行方】
面白ければ高評価よろしくお願いします。
とっても、元気になります。




