表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
120/240

8-15『逆鱗』

 拳を振るう。

 と同時に腹に衝撃が走った。


「ぐ……ッ」


 口から濁った血が零れる。

 内臓……破裂とまではいかないが、かなり深刻なダメージだな。いくら僕でも何発も食らってたら死にかねない。


 眼前へと視線を戻す。

 僕の振るった拳は奴の顔面を捉えている。


 女は口から血を吐くと、感極まったように笑顔をうかべる。


「楽しいですね……命の脅かし合いは!」

「はっ、クソ喰らえ、だッ!」


 そう簡単に命の危険に陥ってたまるかってんだ。

 拳を振るうと、橘は一切回避することなく顔面に受ける。

 嫌な感触と鮮血が噴き出す。


 ……数キロ吹き飛ばすつもりで拳を振るった。常人なら即死させる威力だった。

 にも関わらず、橘は数メートルほど地面を滑り、再び僕へと笑顔を見せた。


「……お前、体重数トンあるんじゃ……」

「レディになんと失礼な!」


 彼女は一気に床を蹴り出す。

 踏み込んだ衝撃だけで塔の床が崩れる。

 下の階へと落下しながら、それでも橘の速度は変わらない。


「ですが許しましょう! 夢にまで見た貴方様との戦い! 心ゆくまで楽しまなければ損ですから!」


 橘は、落下中の瓦礫を足場に僕の四方を跳ね回る。

 速度は既に雷の平均速にすら迫る。純粋な身体能力で『雷神の加護』に匹敵とか馬鹿なんじゃないのかな。


「――お前、馬鹿だろ」


 僕は、移動中の橘へと拳を叩き込む。


「が……!?」


 彼女は目を見開いて僕を見る。

 生身で加護の速度まで至ったのは驚いた。

 やっぱり人間じゃねぇな、って。

 改めてお前を脅威だと思った。


 けどさ、橘。



 ()()()()()()()()()()()()()()



 硬直した彼女へと連続で拳を叩き込む。

 下階へと落下するまでの数秒。

 叩き込んだ拳の数は数百にも及ぶ。


 下階へと落下する。

 思い出したように数百の拳から衝撃が溢れ、周囲の全てを弾き飛ばす。

 上下階の外壁諸共吹き飛ばし、塔半ばの合計3階を一気に失ったことで塔が崩れ始める。


 崩れゆく塔の中。

 僕は、目の前に倒れる橘を見下ろして顔を顰めた。


「……普通は即死だぞ」

「あら、それは人間の限界でしょう? なら、私には該当しませんね」


 橘月姫は、けろっとしていた。

 ダメージはある。

 確実に攻撃は通っている。

 だが、瀕死には程遠く、血を吐き痣を作っても、まだまだ命には程遠い。


「……本当に、嫌になるな」


 橘は指を鳴らす。

 瞬間、崩れゆく塔が元へと戻ってゆく。

 傷一つない状態へと戻るに、コンマ数秒もかからない。

 おおかた『塔が傷ついた事実』を無かったことにしたのだろう。

 改めて、なんつー反則能力だ。

 相手にするのも嫌になってくる。


「さて、それでは仕切り直しですね」


 気がつけば、橘は少し離れたところに立っていた。

 その体を、その顔を見てため息が出た。


 ()()()()()()()()()()()()()()から。


 対する僕は傷だらけ。

 口から血は出てるし、腹には痛みが残ってる。まるで氷山でも殴ったように拳も痛いし、もう嫌になってくる。


「……だから嫌だったんだ。お前も、お前と戦うのも」

「あら、私は好きですよ? 貴方様も、貴方様と戦うのも」


 僕は深く息を吸って拳を構える。

 負けるつもりは毛頭ないが、同じくらい勝てる気もしない。

 今まで色々なヤツと戦ってきたけれど、こんな感覚は初めてだ。


 彼女はぐるぐると肩を回す。

 その姿を見て、僕は一気に駆けだした。


「あら、照れ隠しですか?」


 そう笑う橘を、思い切り蹴りあげる。


 確実に骨が砕けた感触があった。

 彼女の体は天井を突破って上階へと吹き飛んでゆき、僕はその後を追いかける。


 追いついた頃には4階分は登っていた。

 されるがままに吹き飛ばされている橘。

 僕は天井まで回り込むと、その背中へと全力で回し蹴りをぶち込んだ。


 ゴキリ、と。

 橘の背骨が砕けた。


 嫌な音に歯を食いしばる。


 ……まず、人間相手に使える威力じゃない。

 確実にオーバーキルだ。

 人間なら肉片になって弾け飛ぶ。

 そういう火力だ。

 当然、この女とてただじゃ済まない。


 ……はず、なのに。



「痛い、じゃぁ、ないですかぁ」



 蹴り抜いた僕の足を、奴の両手が捕まえる。


 ゾクリと、背筋が冷えた。


「お返しです」


 僕が蹴り抜いた勢いのまま。

 僕の足を持った橘は、僕の体を思い切り床へと叩きつけた。


「が……ッ!?」


 異次元な衝撃。

 自分の放った蹴りを数倍にしてカウンターされた気分だ。いや、その表現通りの威力なんだけどさ。


「化け物が……!」

「……私が、人間に見えますか?」


 答えは簡単、『NO』だ。

 僕の目の前の橘は、既に傷が無くなっていた。

 塔も暴れた形跡無く元通りになっており、この場で傷ついているのは僕一人。


 絶望的な状況で、それでも思考は止まらない。


 幻の理論構築と書き換えが異様に速い。

 二言交える隙さえあれば、この女はなんでも『なかったこと』に出来てしまう。

 ――秒数にして、約二~三秒。

 その間に、百発殴っても殺せぬような耐久力をぶち抜かなければ殺せない。

 そして、仮に殺せたにしても彼女の【幻】は自動で発動する。

 死体を跡形もなく消し飛ばしても、きっとこの女は再生するだろう。


「……お前無敵か?」


 一切の冗談なく、本気で思った。

 どうやったら殺せんだ、こいつ。

 そう思った言葉が知らず口に出ていたのか、彼女は困ったように眉を寄せた。


「難題ですね……橘月姫の殺し方。……二百年ほどお時間を頂いてよろしいですか? それだけあれば見つけ出せると思うのですが」

「……冗談にしても笑えないな」


 僕は立ち上がると、彼女は歩く速度で僕へと寄ってくる。

 ……そこに暴力はない。

 一人の少女のように、すぐ目の前で立ち止まり、僕を見上げる。


「笑えない。そう、誰も自分を殺せないというのは笑えないんです。誰より優れた結果、そこには退屈しか待っていなかった」


 誰もが自分より劣っている。

 どの分野においても、どんな場面でも。

 自分を上回る存在が居ない。


 それは、なんという地獄だろうか。


 目指すべき先がない。

 自分は既に完成していて。

 成長も進化もなくて。

 後続の人間たちは、どれだけ成長しようと絶対に自分には敵わない。

 そう、確信できるだけの能力があったなら。


 そこまで考え、拳を振るう。


「同情なんてしない。興味無いからな」


 拳は彼女の顔へと刺さった。

 数メートル吹き飛んで仰向けに倒れた橘からは、楽しそうな笑い声が聞こえてくる。


「うふふふ……そういうと思いました。でも言っておきたかったのです。()()()()()と。貴方様は暗闇の中に見つけた光。……私を超えうる可能性。好きになって当然ですよ」


 彼女は体を起こす。

 その顔面を、思い切り蹴り抜いた。

 サッカーボールキックだ。


 彼女の首の骨がへし折れる。


 と同時に追撃。

 両の拳で彼女の肩を左右共に砕く。


 ……嫌な予感がしたんだ。


 これ以上、橘を喋らせるといけない。

 この女は、喋っちゃいけない部分まで口を滑らせるつもりだ。



「その面、()はとても惜しかった」



 話し声が続く。

 嫌な予感が確信に変わる。

 真っ先に喉を手刀で潰した。


「――止めておけ」


 力任せに拳を腹へ叩きつける。

 その際に、彼女の背中に付けられた脱落用の器具が目に入る。

 これを押してしまえば――。


 咄嗟に手を伸ばす。


 だけど。



「――彼は、天守弥人は惜しかった」



 伸ばした手は、その直前で止められる。

 目を見開けば、彼女の喉は既に癒え。

 焦る間もなく、他の傷も全て消えていた。


「……やめろと、言ったはずだが」

「やめませんよ。少し私は怒っているんです。夢のような殴り合い。私は勝つにせよ負けるにせよ、()()()()()()()()()()。……言っていること、お分かりですよね?」


 ふつふつと、腹の底が熱くなる。


 あぁ、なるほど。


 今からこいつは、僕を怒らせるつもりだ。

 どんな手を使ってでも。

 僕を怒らせ、本気にさせる。


 そして同時に思うのだ。

 ()()()()()

 橘が僕の過去を知っているなら。

 その手段はいくらでもある。



「誰より強く、誰より甘く、誰より優しく……そして、その優しさの果てを知らず。故に彼は愚かしかった」



 目を見開く僕へと。

 彼女は堂々と、逆鱗に触れた。





()()()()()()()()()()()()





 ☆☆☆




『なぁ、ユート! どうしたんだ?』


 記憶の中の彼は、いつも笑顔だった。

 彼は誰もが認める天才で。

 記憶の中の僕は、いつだって平凡だった。


『……いいよね、天才は』


 いつだったか、僕は言った。

 何が原因だったか、もう覚えてない。

 子供の頃の発言だ。

 きっと、些細なことだったんだろう。


 なにか、彼と僕の差が浮き彫りになって。

 思わず嫉妬から口を開いた。


『天才? まーね! 僕は君のためならなんだってできるんだ! なんてったって、正義の味方……ヒーローだからね!』

『……ヒーロー』


 正義の味方。

 懐かしい単語だ。

 彼は真面目に『ソレ』を目指してた。


 子供ながら、馬鹿だと思った。

 立派な夢だと思うよ。

 だけど無理だ、なれっこないよ。

 そう言った記憶がある。

 だけど彼は笑うのだ。


 折れず曲がらず、挫ける事を知らず。


 前だけ見て突っ走ってるはずなのに。

 時折、後ろで倒れる僕に手を差し出し、笑うのだ。



『大丈夫、僕は正義の味方になれる!』



「……あぁ、そうだったな」


 天守弥人。

 彼は正義の味方だった。

 僕にとってのヒーローだった。


 今までも、これからも。

 僕は彼以外を『それ』とは認めない。


 誰より強く。

 誰より優しく。

 ……優しさの果てを知らず。


 正義の味方になると笑って。



 最期に、それを諦めて死んだ男。



 記憶が目の前で再現される。


 血溜まりに沈んだ天守弥人を。

 いつかの僕は、何を思って見ていたのか。



『けひひっ』



 どこからか、嗤い声がする。


 僕は声の方向を振り返る。


 目の前が真っ赤に染まった。


 きっとこれは、憎悪なのだろう。

 朽ちたはずの感情が揺り動く。

 いつかの僕が使い果たしたはずの怒り。

 それが、腹の底から湧き上がる。



『「()()()()()」』



 少年はそう呟いた。

 その先の記憶は……もう、思い出すことも無い。


次回【雨森悠人の全力】

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【新連載】 史上最弱。 されどその男、最凶につき。 無尽の魔力、大量の召喚獣を従え、とにかく働きたくない主人公が往く。 それは異端極まる異世界英雄譚。 規格外の召喚術士~異世界行っても引きこもりたい~
― 新着の感想 ―
[気になる点] 人でなし……最新話でこんな言葉が出てきた気がするけどこの作者のことだからなぁ 当てにしない方がいいか
2023/07/31 18:57 退会済み
管理
[一言] 撃っていいのは撃たれる覚悟のある奴だけだ 最後、ルルーシュの名言似てましたね
[気になる点] 今の雨森と同等の化け物の弥人普通に生活できてたって、この世界はどれだけやベー人間が多いんだ? これほどの天才、確実に科学者等が実験体に欲しがるでしょ。それが無かったってことは、弥人の周…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ