1-11『関わるな』
「私の目的はね、この学校を正すこと」
帰り道、倉敷はいつもの様子でそう笑う。
あの後連絡先を彼女へと教えた僕は、彼女と並び寮へと帰宅中だった。
ちらりと見れば、既に『素』の彼女は引っ込んでいる。今の彼女は今までとは異なり、僕ですら見破れないほどの欠点なき完璧な委員長へと成りすましており、本当にわざと素の部分晒してたんだなと内心思う。
「……正す?」
「うん。私はね、楽に生きたいの。楽に生きるためならどんな努力もいとわない。楽に生きるためなら、どれだけ自分を偽ってもかまわない。心の底からそう思うんだ」
だから、正すと。
彼女は端的にそう告げる。
「だから同類を探した。何気ない顔晒しておきながら、心の裏側でどうしようもない不満や何かを抱えてるような、二つの顔を持ってるクソ野郎」
「女の子がそんな言葉使うんじゃありません」
「あっ、ごめんね雨森くんっ、つい口が滑っちゃった!」
そう満面の笑みを浮かべる倉敷はまったく懲りて居なさそう。
「……ま、簡潔に言えば、この学校に反旗を翻すのに同士を探してた、ってわけ。アンタと似たようなモンだよ雨森。幸いなことに、アンタの目的は私の目的に結構近いところにある。だから協力してやるさ」
「……ああ、それはよかった」
心の底から、そう思う。
別に今すぐ信頼関係を築く必要はない。
ただ、協力関係さえあればそれでいい。
そう、夕暮れの空を眺める僕へ、委員長モードの倉敷が話しかけてくる。
「でっ、これからどうするのかな、雨森くんっ! 実力行使しちゃう?」
「するか馬鹿。霧道に真正面からやって勝てるわけがない」
何せ一回負けてるからな。
そこらへんは懲りた上で作戦考えなきゃいかん。でなけりゃどこから僕の情報が漏れ出すかわかったもんじゃないからな。
「えー? でも、雨森くんが本当の異能使ったら勝てるでしょ?」
「……だから本当も何もないと言っている。それと倉敷、霧道の机に落書きしたのお前だろ。お前のせいでまたぶん殴られたんだからな」
「えー? なんのことかわかんなーい!」
元気いっぱいにそんなこと言ってくる倉敷この野郎。
どうせ霧道を僕に吹っかけることで僕の裏を探ろうとか、そういう魂胆だったのは目に見えている。が、けっこう痛かったんだからねアレ。顔面にグーパンとかどれだけ痛いか分かる? ねえ倉敷。
まあ、直撃の瞬間に威力は殺してるから、見た目ほど大きなダメージではないけれど。
そんなことを思いながら、大きく息を吐く。
何故そこまで僕が嘘ついてると思いたがるのか。
まったく意味がわからんが……まあ、もしも仮に隠してる力があったとしても、たぶん霧道相手には使わない。あの程度の雑魚に使ってる余裕なんてありはしない。
本当に厄介なのは、この学年において最初の校則違反を免れた奴ら。
一人は僕、雨森悠人。
もう一人は、朝比奈霞。
三人目は不明だが――四人目は、おそらく……。
「……まあ、関わらなければそれでいいが」
一人呟き、歩き出す。
隣には不思議そうに首を傾げる彼女の姿があり――。
「あっ、そういえば雨森、お前の連絡先誰かにバラしていい?」
「ぶん殴るぞお前」
そんな、ふざけたことを抜かしていた。
☆☆☆
――その日の晩。
唐突にどこかで聞いたような機械音が部屋中へと響き渡った。
見れば机の上のスマホから、ピロリロリンっ、という着信音が鳴っている。
……ああ、そういえば倉敷の着信音がこれだったな。もしかしてスマートフォンは全部この着信音なんだろうか。
そう考えながらも、どうせ倉敷あたりからだろうと当たりをつけてスマートフォンへと手を伸ばし――思いっきり硬直した。
「……嘘、だろ」
スマートフォンの画面に記されていたその名前。
それは『倉敷蛍』という名前では決してなく――
『朝比奈 霞』
画面に出てきたその名前に、思わず頭を抱えてしまう。
え、なに、何であの人僕の連絡先知ってるの?
そう考えて……すぐに頭の中にテヘペロしてる倉敷の姿が浮かんだ。あの野郎、朝比奈嬢に僕の電話番号教えやがったな。
僕は居留守を使おうかどうか悩んだが、どうせ居留守を使ったところで明日の朝、霧道も居る目の前で話を振り出されるのがオチである。眉根によったしわを揉み解し、僕は朝比奈嬢からの電話を受け取った。
「……もしもし」
『夜分遅くにごめんなさい。クラスメイトの朝比奈だけれど……覚えてるかしら』
覚えてるよそりゃ。あんたみたいなクラスメイトの事を簡単に忘れられる奴が居たらそいつの頭はたぶん逝かれてる。
そんなことを思う傍ら、もしかして前に言った『一応クラスメイト』って言葉引きずっているのかな、なんてことも思ったり。
ま、正直なところ彼女が僕に対してどんな感情を抱いているかなんてどうでもいい。ただ、ピンポイントで彼女が僕に連絡をよこしてきた理由だけが少し気になる。
「……ああ、朝比奈さんね。覚えてるさ。一応クラスメイトだし。で、何の用?」
『一応……そうね、ええ分かってた。私があまり雨森君に好かれてないのは知ってたわ』
どうしよう、なんだか思いっきり引きずってらっしゃる。
電話越しに聞こえてくる弱々しい声に小さくため息を漏らす。
「用がないなら切るけど……いい?」
『ま、待ってちょうだい! さ、さすがに用もなく電話はしないわ、私となんて話したくないかもだけれど、少しだけ時間いいかしら、雨森君』
「……まあ、うん」
短くそう答えると、電話の向こうで朝比奈さんの深呼吸が聞こえてくる。
『……まず言わせてちょうだい。ごめんなさい、雨森君。間接的にとはいえ、私のせいであなたが何度も殴られた。……正直、直接会って頭を下げたいのだけれど』
直接それをしてこない、って事は、さすがに彼女もそんな姿を霧道に見られたら僕がぶち殺されちゃうってわかってるんだろう。最初よりは周りが見えてきたみたいで安心した。
「別にいいよ、僕が弱いのが悪い」
ま、それよりも霧道が馬鹿なのが悪いんだけど。
そんな僕の内心など知る由もない朝比奈嬢は、声を荒げて否定する。
『そ、そんなことはないわ! あなたの異能が……あまり優れていないのも、霧道君の異能が優れているのも、所詮は運によるもの。……あなたが気負う必要は、どこにもない』
そこまで聞いて、なんとなく察した。
彼女が今、僕に電話をしてきた理由を。
「――朝比奈さん、先に言っとくけど、別にストレスなんか抱えちゃ居ないよ」
その言葉に、電話越しに息を呑むのが分かった。
僕の立場を一言で表すならば、霧道に目をつけられ、いじめられている生徒A。しかも怒鳴られれば暴力も許しちゃうような気弱で、加えて異能も弱い劣等生。
それを、朝比奈嬢みたいな正義の味方が、味方しようと考えるのは当然だ。
弱きを助け、巨悪を滅する。
そんなヒーローになりたいと豪語する朝比奈が、僕という弱者を見逃すはずがなかったのだ。
「弱すぎてもダメか……」
『……? な、何か言ったかしら?』
あえて弱々しいその他雑多にまぎれてきたが、霧道のせいで彼女のセンサーに引っかかるほどの弱者にまで落ちぶれていたらしい。
これだと朝比奈嬢からの絡みが絶えず、目立たない学園生活には遠のいてしまう。
頭を抱えて息を吐くと、電話の向こうへ口を開く。
「別に霧道のことはなんとも思っちゃ居ない。というか、そもそも朝比奈さんにどうこうしてもらおうとも思っちゃ居ない」
『で、でも、今のままじゃ貴方――っ』
「鬱陶しいって言ってるんだよ、朝比奈さん」
それは、限りない本音だった。
僕にかかわろうとするな、朝比奈霞。
目立ちたくないんだ。
その他大勢の、そのうちの一人として、一人平穏に暮らして生きたいんだ。
電話の向こう側で朝比奈の声にならない悲鳴が漏れる。
ま、彼女からしたら挫折だろう。
助けようとしたものに遠慮される。
物語じゃよくある展開だが……僕のは遠慮じゃなく――ただの拒絶だ。
「なあ朝比奈さん、もう学校で話しかけないでくれ」
『そ、それは……っ』
「自分で言ったろ、アンタが話しかけたら僕が殴られる。あえて言おうか、僕が弱いのが一番悪い。次点で、アンタが考えなしに話しかけてくるのが悪い」
もちろん嘘だ、一番悪いのは霧道だ。間違いない。
が、朝比奈嬢にまったく責任がないかと聞かれれば、僕は迷いなく首を横に振る。
僕は大きく息を吐くと、今にも泣きそうな雰囲気の彼女へとこう告げる。
「――二度と僕に関わるな。朝比奈霞」
返事を待たずして電話を切る。
……正義の味方なんてのは、信じないようにしてるんだ。
ドS……ッ。




