8-13『倉敷VS熱原』
その少女を前に。
熱原永志は、橘が前に言っていたことを思い出していた。
『C組は素晴らしいですね。欲しい人材がああも揃っている。特に、雨森様とあの委員長。あの二人は否が応でも引き抜きたい』
委員長……と。
名こそ言わなかったが、橘は言っていた。
そして、今垣間見せた『綺麗な笑顔』。
熱原永志の中で、点と点が繋がってゆく。
「てめぇ、C組の委員長か」
「えっ、もう1回言ってくれる? 格下の戯言は聞き流す主義なんだー」
常人なら焼け死ぬ温度の中で、それでも少女は平然と毒を吐いていた。
それが疑惑を確信へ変える。
間違いない、この女だ。
あの橘月姫が、雨森悠人と並べて名を挙げていた人物。彼女の中で、黒月奏よりもさらに優先度――警戒度が高い人物。
そう知るや否や、熱原は『熱』のリミッターを解除した。
「黒月以上かもしれねぇ。なら、力を抜くのはもう辞めだ」
さらなる熱が周囲に弾ける。
熱だけで皮膚が焦げ、肺が爛れ、眼球が溶けるほどの超高温。
立ち入るだけで即死の超危険区域。
「『死熱帯』」
彼の周囲から溶岩が垂れ流される。
さらなる熱気が倉敷蛍を襲う。
この中で生きていける生命体なんて、同系統の熱能力を持つ生徒か……あるいは、熱を相殺できる異能を持った生徒か。
いずれにせよ、生半可な異能じゃこの空間は凌げない。
「悪いが、さっさと終わらせてもらうぜ」
熱原永志は床を蹴り駆け出した。
それは正しく、人型の巨大な鉄塊。
全身を異能の『鉄』へと変質させた熱原は、触れるだけで骨すら焦がす超高温体。
その上、異能で身体能力まで強化している。
その速度は目を見張るほど。
瞼すら焼き焦がす超熱帯において、倉敷蛍はその速度に驚きを見せた。
「へぇー、前より速いみたいだねー」
「……ッ!?」
熱原は拳を振るう。
されど、振るった拳は宙を切り。
すぐ背後から、少女の軽快な声がした。
「……で、それが最高速? だったら諦めた方がいいんじゃないかな……。一生経っても当たらないよ」
「て、てめぇ……ッ!」
背後へと裏拳を叩き込む。
しかし、それも空振り。
今度は目の前から声がした。
「無駄だって言ってんだよ、糞鈍間」
そして、衝撃が弾けた。
熱原の体は勢いよく吹き飛ばされてゆき、半分溶けかかった外壁を貫通する。
室内に閉じ込められていた熱気が、一気に外へと漏れてゆく。
と同時に、勢いそのまま熱原の体も塔の外へと放り出された。
「……ッ!?」
咄嗟に外壁へと手をかけ、落下を防ぐ。
「あ、良かったよ生きててくれて。まだ答えてもらってないもんねー」
「て、てめぇ……!」
上を見上げれば、倉敷蛍は笑って熱原を見下ろしていた。見下げ果てていた。
口調と笑顔とは裏腹に、その目はどこまでも冷たく、そして残酷だった。
「ねぇ答えてよぉ、どんな負け様が1番屈辱なのかさー?」
この女……本気でやばい。
直感した熱原は腕の力だけで跳ね上がると、再び塔の中へと舞い戻る。
外を見下ろしていた倉敷は振り返る。
室内の熱気はほとんど外に逃げ。
だいぶ冷えた室内で、少女は最初と変わらぬ様子でそこに居た。
「……てめぇ、どうして無事で居やがる。しかも、この状態の俺を……殴って、その手が無事で済んでるわけがねぇ」
先程の衝撃は、おそらく拳だ。
恐ろしく早い右ストレート。完全に目で捉えることは出来なかったが、初動と拳を振り抜いたあとの姿勢から想像はできる。
……間違いない、この少女はあの瞬間、超高温に熱せられた『鉄の体』に、その拳で触れたのだ。
「皮膚だけじゃ済まねぇ。肉なんざ蒸発して、骨が焦げてねぇと示しがつかねぇ。俺の熱ってのはそういうもんだ」
だと言うのに。
少女はヒラヒラと右手を振る。
その手は全くの無傷だった。
ならば左手は……とも思ったが、そちらも無傷。
熱を完全に無効化する能力……?
ふと考えが脳を過る。
だが、その能力だと仮定するなら、この異常な身体能力は証明できない。
「熱の無力化がメイン能力で、その身体能力が副次的なもの……にしたって速すぎる」
「バカはいくら考えても分からないよ。……つーかよ。さっきから無駄に室温上げやがって、汗かくだろうが」
倉敷がそう告げる。
瞬間、風穴の空いた部分から大量の風が室内に吹き込み、内部の熱気を全て外へと逃がしてしまう。
「ん、ありがとな」
「……風、だと」
明らかに自然現象じゃない。
今の風も異能の一部だ。
そう考えた時、彼女の異能の輪郭はさらに曖昧となる。
加護並の身体能力の強化。
熱攻撃の全無効。
そして風の操作。
間違いなく『複合型』ではあるものの……はたして、どのような異能であるのかは見当も付かない。
……というより。
「……てめぇ、まだ何か隠してるだろ」
見当など付くはずもない。
なんせ、少女はまだ底を見せていない。
間違いなく、まだ何かある。
その『本質』を見ない限り、異能の正体には絶対にたどり着けない。
そう確信する熱原へ、されど倉敷は余裕を隠そうともしない。
「さぁね。どっちにしろ手は抜いてやるよ。手抜きで勝つことが、お前に対する最大限の侮辱だと思うから」
だから異能も教えない。
底など見せない。
あからさまに手を抜いて。
それでも圧倒してこそ、侮辱たり得る。
「だからさ……もういいだろ、そろそろ潰しちまっても」
少女はにへらと笑う。
その笑顔に薄気味悪いものを感じた熱原は、全身の警戒度を強めてゆく。
――熱が再発する。
されどそれは攻撃するための熱ではなく。
自身の体を超強化した際の、副次的に生まれたものでしかない。
熱原の体が膨張する。
肌はさらなる鉄色を帯びる。
身体を真鉄へと変換し、熱を用いて無理やりに性能を強化する。
無論、身体への悪影響は少なくないが……犠牲を払うだけ、身体能力は爆発的に強化される。
「その余裕、踏み砕く」
三メートルもの躰になって。
熱原永志は拳を構える。
「あっそ、やってみろよ糞野郎」
対する倉敷もまた、拳を構え。
――そして、二人は同時に床を蹴る。
あまりの踏み込みにタイルが割れる。
そして、両者は部屋の中心部で激突した。
「ラァッ!」
「ハァッ!」
振り下ろすような熱原の拳と。
真正面から相対す、倉敷の小さな拳。
重量からして圧倒的に熱原が有利。
されど、両者の拳は完全に拮抗しており、二人の歯からは軋む音が聞こえてくるようだ。
((こ、コイツ……拳の威力は雨森と……!))
期せずして、二人が感じたことは同じだった。
大きな驚愕とともに、両者の拳は弾かれる。
痛みが拳に走るが、それは相手も同じこと。
熱原は次の拳を握りしめるが、それよりも先に倉敷の細足が熱原の横面を蹴り飛ばす。
「が……ッ」
「はっ、何驚いてるか知らねぇが、そういう心の隙を察するのは得意でな!」
熱原の体が大きく揺れる。
だが、その手が素早く動くと、自分を蹴り飛ばした倉敷の右足を強く掴んだ。
「はっ、捕まえたぜぇ……ッ!」
掴んだ足から、肉の焼ける臭いがする。
どんな異能かは知らないが……、さすがにゼロ距離で掴まれれば熱の無効化は難しそうだ。
熱原はニヤリと笑うと、足を掴んだまま倉敷を四方八方へと叩きつけまくる。
「アハハハハハハ! 死んじまえ雑魚顔がァ!」
「――ッ!? こ、のやろうッ!」
鋭い蹴りが熱原の顔面へと突き刺さる。
あまりの痛みに手の拘束が僅かに、ほんの少しだけ緩んだ。
――その瞬間を見逃すことなく、倉敷蛍は彼の魔の手から脱出した。
「チッ、そんなに触ってなかったと思うんだが……女子の体に傷残ったらどうしてくれるんだよ糞味噌が」
「はっ、てめぇ見てぇな糞顔女、傷があろうとなかろうと貰い手なんざ居ねぇだろ」
「よし殺す」
熱原に掴まれていた右足は焼かれ……というか、焦げて。既に黒化が始まっている。
皮膚は炙られ、筋肉も焦げ付き、炎症は骨まで達しているだろう。
その傷を前に、彼女は深く息を吸う。
「『頼む、治してくれ』」
誰もいない空間に。
されど彼女は願いを告げる。
……気でも狂ったか。
最初はそう考えた熱原であったけれど、彼女の右足を光が包み、その考えは捨て去った。
「か、回復能力……だと」
みるみるうちに、傷が癒える。
叩きつけられた際に傷ついた肌も、一番重傷であった右足も、まるで何事も無かったかのように癒えてゆく。
尋常ではない……回復速度。
それだけを取って『王クラスの異能』と言われても納得できる。
「……ッ」
熱原は、考えるより先に駆け出した。
それがどういった仕様のモノなのか。
どういう異能による力なのか。
考えるよりも探るが先だ。
まだまだ、考えるには情報がバラバラ過ぎる。
「ハッ、勇敢だねェ」
倉敷蛍は拳を握る。
そして告げる。
「今回は水で頼むぜ」
彼女の両拳を、激流が包む。
それに熱原が目を見開くと同時に、彼女の姿が掻き消える。
「――ッ!?」
「見たところパワーは同格。それ以外は私の方が上みたいだな」
頭上から、かかと落としが落とされる。
鋼鉄の頭蓋骨で咄嗟に受け止める。
人体において最も硬い場所。
上手くダメージを最小限に押さえたが、それにしたってあまりある威力。
――肩に受ければ、骨ごと内臓まで殺られていた。
脳が揺れ、視界が歪む。
ふらついた所を足元を蹴り飛ばされ、その場に崩れ落ちた。
「さぁ、歯ァ食いしばれよ」
熱原が目を見開いた時。
既に拳は目の前だった。
「【■■拳・水】」
水の拳二つが、熱原の顔面と腹部を穿つ。
衝撃が塔を砕き、骨が碎ける音がした。
彼の体は勢いよく吹き飛んでゆく。
塔の壁すら突き破り、熱原永志は塔の外へと吹き飛ばされる。
「が……ぁッ!?」
咄嗟に手を伸ばすも、塔には届かない。
下を見れば、地上へは十メートル近く離れている。
落下が始まり、塔を見る。
倉敷蛍は笑っていた。
「お情けだぜ。てめぇの命は救ってやるよ」
そうして彼女が指さしたのは、熱原の腹部。
そこに取り付けられた機械はいつの間にか赤い点灯を始めていて。
熱原の体は、強制転移の光に包まれる。
「てめ――」
熱原永志は消えてゆく。
その姿を見送って、倉敷蛍は息を吐く。
「ふぅ、まだまだ戦えたって雰囲気だが……それこそ、お前との削り合いなんざ死んでもゴメンだぜ」
実際に戦ってみて。
確かに熱原永志は単調だったが、決して弱いという訳では無かった。
むしろ、以前よりも数段強くなっている。
圧倒的な熱量による殲滅力、破壊力と。
雨森悠人にすら匹敵する防御力。耐久性能。
最後の拳だって……どれだけダメージが通っているか分からない。
それこそ、一対一の殴り合いなら新崎康仁にだって引けを取らないだろう。
となれば当然、マトモに戦えば倉敷とて危険はあった。
そも、威力が互角だったのだ。
自分の最高火力が続けざまに直撃すると考えれば……回復する暇もなく潰されていたっておかしくない。
今回は速度にものを言わせて翻弄したが、あの耐久性能に加えて、彼が無尽蔵に動き続けられるフィジカルまで会得した日には……きっと、もう笑い話にもなりはしない。
と、そこまで考えて彼女は外を見る。
「はっ、今頃あの野郎、負けてねぇとかふざけんなとか、相当荒れてんじゃねぇかな」
そう言ってほくそ笑む。
一方的に手を抜いて。
一方的にボコって。
反撃の隙も与えず、脱落させる。
する方としては単純だし。
された方としてはたまったもんじゃない。
「実力も十分に出せず、試合にも勝負にも負けた気持ち……想像しただけで笑けてくるぜ」
なにも、まともに戦う必要は無いのだ。
ルールがあって、勝敗があるのなら。
その上での敗北を与えて、さっさと勝ち逃げしてしまえばいい。
そしてC組が勝った場合。
1年A組は、二度とC組へと危害を加えられない。
つまるところ、約定に守られた勝ち逃げルートの確立である。
「さーてとっ、これであと2時間……40分くらい? やることも無くなったわけだが」
彼女は瓦礫に腰を下ろす。
遠く、異なる塔からは戦闘音が響いてくる。
……無論、心配なんてしていないけど。
倉敷蛍は、その塔を見ながらぽつりと漏らす。
「――おいてめぇら、私は勝ったぜ」
彼女の視線の先で。
ふたつの戦場は激化の一途を辿っていた。




