8-12『配役』
「……あれ、雨森……だよな?」
C組のスタート地点から最寄りの塔。
その入口地点に集まったC組面々は、遠く離れた塔を見て顔色を青くしていた。
「……だろうな。この距離まで破壊音が聞こえてくる」
先程、塔へと何かが激突した。
そして塔の内部からさらなる破壊音が響いた後、衝撃で塔そのものの崩壊が始まるが……気がつけば、全て幻であったように元通りになっている。
「……やっぱしかー。体育祭の騎馬戦であったA組の異能。橘って、あの女の子の力だったわけね」
「……火芥子か」
黒月はそう声をかけてきた火芥子を振り返る。
彼女は心配そうに塔を見ていたが、何かを思い出したようにふっと笑った。
「雨森の事だし、多分全部わかった上での作戦なんだよね?」
「……だろうな。アイツはあぁ見えてよく考えて動くタイプの人間だから」
「へぇー、やっぱり黒月も、雨森のことけっこー気に入ってんじゃん」
やっぱり……と、彼女は言った。
雨森悠人曰く、火芥子茶々は空気を読む能力に長けた人、だそうだ。
……黒月と雨森が表で話したのは、思い返してみても……両手の指の数もない。
それでもその感想が出てくるあたり、下手に誤魔化すのも難しそうだ。
「そうだな。俺の数少ない友人だからな、雨森は」
「だから、信頼して任せられたってわけねー」
そう言って彼女は笑うと、自分たちが守る塔の上を振り返る。
――既に王冠は見つけてある。
塔の頂上には王冠を守る役目の生徒たちが数名残っており、その中には文芸部部長である星奈蕾も含まれている。
「あの雨森がさ、今回ばかりは星奈部長に見向きもしてなかった。ってことは、それだけ本気で挑んでるってことじゃん」
彼女は黒月越しに前方を見る。
黒月もまた前方を見れば……森の奥から多くの気配を感じとれた。
「何だかやる気のなさそうな奴だけどさ。……分かるんだよ、雨森はマジで勝とうとしてる。なら、私達が雨森を信じるように、私達も、雨森に任せられた分は頑張らなきゃダメってもんじゃん」
雨森悠人の友人としての、彼女の言葉。
それを聞いて、黒月奏は苦笑する。
「これでも雨森とは仲がいいと自負していたが……少し嫉妬しそうだな」
雨森悠人にも、親友と呼べるだけの仲間がいる。
その事実に嫉妬すると同時に。
少しだけ、黒月奏は安堵する。
(……雨森さん、良かったですね)
本人には言えないけれど。
彼が人間としての『正常』へと戻る架け橋が、こんな所に架けられている。
その希望を、今は心の中でだけ嬉しがる。
だけど、喜んでいられるのは今はここまで。
「さて、雑談はここまでだ。非戦闘員は塔の中へと避難していろ。――激戦になるだろうからな」
森の中から、多くの生徒が姿を現す。
紅、邁進、ロバート、米田。
この四人を筆頭としたエリートばかりのA組生徒。その総数は――28名。
「……熱原が居ない、か」
「あら黒月、もしかしてビビっちゃってる?」
先頭にいた紅が、黒月の呟きに反応する。
「そりゃそうよね。どうせ戦うなら一度勝った相手と……、なんて当然思うもの。でも残念、アンタの相手は私たち」
彼女は両手を広げる。
そこに集うA組生徒は、皆が皆殺意に満ちている。
……A組には優秀な生徒が選ばれる。
黒月もその噂は聞いていた。
今年度は朝比奈に黒月、倉敷、小森……そして雨森と、特に優秀な生徒がC組に集められたと考えていた……だが。
(倉敷さんは居ない。小森……は、いつの間にか姿がない。雨森さんにトラウマがある身としては……もう脱落してる可能性が高い)
そしてなにより、朝比奈の不在。
C組がA組に誇れる生徒は、もはや黒月しか残っていない。
そして相対するのは、凶悪な武力を持つA組の四名と、その他多くの優秀な生徒。
「残念だけど、勝ち目ゼロよ」
「……はっ、負け犬が良く吠えるぜ」
「それはお互い様だろ? 熱原に負けた佐久間と、新崎に負けた黒月。俺らのことは笑えねぇはずだぜ?」
佐久間の言葉に、米田が返す。
それに対して佐久間は歯噛みし、拳を握りしめるが……、黒月は片手で彼の肩を掴む。
「佐久間……わかっていると思うが」
「……あぁ。この作戦は、雨森が橘を足止めするのが前提条件。んで、俺らがここを死守することがもうひとつの前提だ」
いくら雨森が足止めに成功しようと。
ここを破られれば、C組は敗北する。
多少頭の回る生徒ならそれくらいは察してる。その上で雨森悠人を信頼し……そして、彼からの信頼にも応えようと覚悟していた。
「――負けねぇぜ。C組は俺が勝たす」
「おいおい佐久間ァ! 俺らが、だろ? お前一人で戦うわけじゃないんだからよ!」
その後ろから烏丸たち、他の生徒たちも追随する。
彼らの顔にはやる気が溢れていて……全てが万全とまでは行かずとも、C組の状態も及第点と言っていいだろう。
黒月奏は前を向く。
(雨森さん……貴方が本当のところ、どういう風に考えているかは分かりません)
本当は、この塔のことなんて捨ててるのかもしれない。
ちゃんと彼の中に勝ち筋があって、この劣勢も全て彼の思い通りなのかもしれない。
黒月奏は敗北すると……考えているのかもしれない。
そこまで考えて。
黒月奏は、ニヤリと笑う。
「さて、勝つか」
彼の優秀な駒であり続けるため。
その背中を追い続けるため。
彼の隣に立つ……友人となるために。
彼の机上の想定など、ひっくり返して突き進む。
「はっ、そのいけ好かない余裕顔、どれだけ持つか楽しみになってきたわね!」
「その上から目線の余裕顔。いつまで続けられるか楽しみだな」
紅と黒月の視線がぶつかる。
互いの笑みが交錯し。
そして、両者は共に動き出す。
「『三重展開・炎海』」
「『崩壊』ッ!」
地を埋め尽くすような炎と。
大地ごと炎を崩壊させる両の掌。
そしてまもなく、崩壊地を突き破って数名の生徒が飛び出してくる。
邁進、ロバート、そして米田。
A組の中でも最強格の三人だ。
それらに対し、C組も三人が飛びだした。
「アンタらの相手は私たちよ!」
邁進の前に立ち塞がるは、一人の少女。
小柄な少女は無骨な機械を体に纏い、背から伸びるのは数メートルもある機械の翼。
異能名――『機翼の王』。
空に居座るその姿は、果たして人類があと何十年、何百年かけてたどり着くべきものだろうか。
「……真備佳奈。……雨森悠人の太鼓持ち風情が」
「だっ、誰が雨森の太鼓持ちよ!?」
そう叫ぶ真備の隣で、二人の男が米田とロバートに立ち塞がる。
「おっ、こっちは負け犬とチャラ男かよ」
「はっ、その負け犬とチャラ男に負けるお前らはなんなんだろうな!」
佐久間純也と烏丸冬至。
異能名――『溶岩の王』『虚ろの王』。
いずれもC組の主戦力。
朝比奈や黒月がいなければ、確実にC組の頂点に君臨していた実力者たちだ。
彼らなら、あの三人を止められる。
そう判断し、黒月は紅へと向き直る。
「――決着をつけるぞ、1年A組」
3時間後。
王冠を持っていたヤツが勝者だ。
☆☆☆
「あーあ、なんだかんだで、雨森の思うように使われちまってるなァ」
倉敷蛍は呟いた。
彼女は雨森に言われた通り塔に登った。
されど、それはC組へ説明した通り、橘月姫が担当する無人の塔……ではなかった。
背後から足音がする。
階段を登ってくる足音だ。
「なぁ、お前も思うだろ……熱原永志」
足音が、部屋に入ってくる直前で止まる。
振り返ると、見覚えのある生徒が倉敷の姿を見て目を見開いていた。
「……お前、は」
「覚えがねぇか? そうだよなぁ、お前は私を『雑魚顔』とか言ってたからなァ?」
懐かしい記憶を呼び起こし、倉敷は苛立ったような笑顔を浮かべる。
それを見て、熱原は部屋の中へと入ってきた。
「知らねぇな。C組の生徒だったのは覚えてるが、名前は知らねぇ。興味もねぇ。橘も注意喚起してなかったってことは……その顔面どおりの雑魚ってことだろ」
熱原の全身から熱気が吹き上がる。
彼が単体で塔を任された理由は二つ。
そのひとつが『強い』から。
そしてもうひとつが、『彼の能力が敵味方関係なく凶暴だ』から。
「『熱鉄の加護』……悪いがこの塔は、今から溶岩だらけの熱地獄になる」
熱が塔を占める。
彼の言葉の通り壁表面が溶け始め、一息で肺が焼けるような熱気が室内を吹き荒れた。
異能を使ったが最後。
もう、この塔は誰も立入ることが出来なくなる。
この熱気の中じゃ、まともな生物は一分だって生きていけない。
そしてそれは、特別な異能を持つ学園の生徒だって同じこと。
「その手に持ってる王冠、さっさと置いて失せろ雑魚。俺は雑魚に構うほど暇じゃねぇんだ。命だけは見逃してやる」
圧倒的な格上として。
熱原永志は命令する。
――だけど。
「…………あ?」
十秒ほどが経過して。
ふと、違和感を覚えた。
返事がない。
どころか少女は動く気配もない。
顔を俯かせ。
肩を震わせ、そこに立っている。
「……おい」
無視されたこと自体に、多少腹は立つ。
だが、今重要なのはそこじゃない。
違和感の正体。それは――。
(……この女、どうしてこの温度で……この熱で、苦しむ様子が一切ねェ……?)
おかしい。
そう思った時には、既に熱原は拳を構えていた。
「お前、何者だ?」
「く、くくっ、くはっ、あははははは!」
問いかける。
それに返ってきたのは笑い声だった。
とても楽しそうな笑い声。
だけどその質は善なるものでは無い。
まるで、悪役が使うような高笑いにしか聞こえない。
「お前は忘れたかもしんねぇが、C組で、最初にお前から喧嘩を売られたのはこの私だ。……なのに、黒月と雨森が始末しちまって……ボコり損ねたと内心落ち込んだのを今でも覚えてるぜ」
「……さっきから、何を言って――」
「黙れよ、糞虫風情が」
熱原は、少女の殺意に言葉を詰まらせる。
『お前は熱原から王冠を取れ』と。
命じられたのはつい先程のこと。
事前に何も伝えられず。
ただ、森を駆けながら彼は言った。
『お前、確か熱原に吐かれた暴言でだいぶ荒れてただろ。あの時はお前の出番はなかったが……必ず機会は作ると約束したしな』
その言葉を思い出し。
倉敷蛍は、満面に笑う。
「売られた喧嘩は買う主義だ。でもって、売られた喧嘩は絶対に忘れない」
貼り付けられた笑顔は、100点満点。
誰がどう見ても清廉潔白で。
委員長に相応しい綺麗な笑顔で。
吐かれた悪意は、針より鋭い。
「ねぇ熱原くんっ、どんな負けザマがお好みかなっ?」
誰もが認める委員長。
朝比奈霞の親友であり。
雨森悠人の右腕であり。
きっと世界の誰よりも、嘘を愛して嗜む女。
1年C組の、もう一人の『加護』使い。
朝比奈と並ぶ最強が、今動く。




