8-10『闘争開始』
カウントダウンが終了し。
と同時に、A組は一斉に動き出す。
熱原は最寄りの塔へと駆けてゆき、それと同時に残る生徒たちも遠方の塔へと駆けてゆく。
「紅、貴方たちの向かう塔はC組開始地点から最寄りです。既に奪われた王冠を奪取する前提で動いてください」
「はっ! 好き放題壊していいってことね! 上等じゃないの!」
橘と紅の会話はそれだけ。
橘は指を小さく鳴らすと、次の瞬間には駆ける熱原の隣にいた。
「熱原君。難しいことは言いません。尽く燃やしなさい。以前のあなたならまだしも、純粋な戦闘力で、A組で君は最強と言っていいでしょうから」
「お前みたいな怪物を除けばな」
以前からは比べようもなく熱原は落ち着いていた。
雨森悠人に打ち破られ。
黒月奏に敗北し。
完膚なきまでに洗脳を壊されて。
精神が崩壊するような逆境で、それでも努力し、成長した。
それこそ、単体で塔をひとつ任せられるほどに。
問答に満足した橘は、自分も持ち場の塔へと向かおうと視線を移動して――。
「――ッ」
周囲に蠢く黒い霧に気がついた。
一瞬で背筋が凍る。
A組とC組の距離は五キロ以上離れている。
開幕してまだ、30秒も経っていない。
にも関わらず、この目に映るのは――。
「皆さんッ!」
橘が、らしくもなく叫ぶ。
既にA組全員の視界に黒い霧は映っていて、彼らの脳裏に一人の男の姿が映る。
「『鮭』」
聞こえたのは覚えのある声。
そして、塔へと駆け出したA組クラスメイトの方から聞こえた悲鳴だった。
「……っ、本当に、無駄を嫌うお人ですね」
影のような、霞のような。
黒一色に染まった鮭の濁流。
攻撃性の欠けらも無い。
ただ、『押し流す』という一点にのみ特化した能力だった。
A組の生徒たちは濁流に飲まれ、抵抗も出来ずに押し流される。
熱原も目を見開いて驚いており、咄嗟に異能を使おうとしたが――それよりも早く紅が動いていた。
「……っとに、しゃらくさいわね!」
――崩壊王の加護。
彼女が触れた鮭の濁流、尽くが崩壊し、朽ち果ててゆく。
暴走ではなく、訓練により緻密にコントロールされた異能。
それは相手の異能のみをピンポイントに壊し、後に残ったのはスタート地点へと押し返されたA組クラスメイトだけ。
「……おい、橘」
「ええ、最初っから予定変更です。……可能性は考えていましたが、さすがに想定外すぎるので」
橘と熱原もまた、スタート地点へと走り出す。
二人の視線の先には、尻もちをつくA組のクラスメイトたちと。
木の上からそれらを見下ろす、一人の少年の姿があった。
「だから最初から言っていたんだ。僕ならA組を一人で完封できる」
全員の視線が彼へと向かう。
霧に溶けるような黒い髪と。
一切の光を映さない、濁った水晶のような瞳。
A組の誰もが知る、C組最強の男。
誰よりも警戒すべき……というか。
『絶対に戦うな』と。
橘から、再三に言われて来た相手。
橘はクラスメイトたちの前に出る。
その顔には苦笑いが張り付いていて。
彼女の微笑が崩れたことに、青年は壊れたような笑顔を見せる。
「……五キロ超を十数秒で駆けてくるなど……もはや人間技じゃありませんね」
「否定はしないが、お前にだけは言われたくないな」
青年は木の上から飛び降りる。
音もなく着地し、A組を見据えるその姿からは……普段、C組で見かける彼からは考えられない威圧感を感じた。
「おいおいおい……」
「私達と戦った時ですら……本気じゃなかったと言うのですか」
実際に戦った紅、邁進、ロバート、米田が顔を歪めて、熱原は拳を強く握りしめた。
「僕は、無駄なことは嫌いなんだ」
いつも言ってる、彼の口癖。
そして、B組を潰した時と同じ言葉。
「まぁ、橘がいる時点で、ここで完全決着……なんてことは無理だと思うけど」
それでも、と。
彼は両手の指を組みかえる。
右の三本と、左の四本。
そして、A組の周囲で霧が弾ける。
「な、なん……っ」
「なんだよコイツら!?」
A組の周囲を囲うように、膨大な動物が生まれ落ちる。
霧で出来た、命なき躯。
それらはまるで、『猪』と『蛇』のように見えた。
しかも、それぞれが尋常ではない大きさだ。
猪は体高が1メートルを超え。
蛇は全長で3メートルは違いない。
「『3番――猪』『4番――蛇』」
そして、指を一本突き立てる。
「『1番――烏』」
空を、膨大なカラスが埋め尽くす。
まるでこの世の終わりのような情景。
A組生徒たちの顔に影が落ちる中、少年は告げる。
「――行け。半殺しまでは許可する」
30対1。
比べようもない戦力差は。
今、絶望的なまでにひっくり返った。
「個で強いヤツが軍隊持っててどうすんだよ!?」
「くそっ……もうヤケよ! 片っ端からぶっ殺してやる!」
紅たちが応戦する中。
橘月姫は、真っ直ぐに青年を見つめる。
あぁ、やっぱり。
作戦なんて意味はなかった。
だって、すぐに壊される。
どんなに考え、どれだけ捻っても。
純粋な力技で、一瞬にして崩される。
(ええ、分かっていました)
彼女は、心より嬉しそうに笑った。
「あなたは――雨森悠人は策では殺せない」
歯には歯を、目には目を。
嘘には嘘を。
そして絶対的な武を持つ男は。
同じく、『武』をもってしか殺せない。
全く、なんて厄介な相手だと。
橘月姫は、歓喜と共に呟いた。
☆☆☆
「悪いが、今回も僕は個人で動く」
カウントダウンが落ちる前。
僕は、C組の皆を前に堂々と宣言した。
「「「……は?」」」
驚く……というより固まる皆。
その中でも一番最初に立ち直ったのは烏丸だった。
「ちょ、ちょちょちょ……! ちょっと待て雨森!? おま……おまえっ、何言ってんのか分かってんのか!?」
「あぁ、その方が勝率が高いと思ってな」
普通なら空気を読むところを、今回はズケズケと言葉を刺していく。
「……おい、どういうことだ雨森」
「言葉の通りだよ佐久間。黒月の策は最優だが……今のC組じゃA組には勝てない」
真っ直ぐに佐久間へと言う。
ぶちっ、と音がしたような気がした。
佐久間を見れば額に青筋が浮かんでいて。
彼は僕へと詰め寄ると、力任せに胸ぐらを掴んだ。
「ちょ! 佐久間! 暴力はダメなんだなー!」
「うるせぇ。コイツは今、俺らを信用してねぇって言ったんだ。……堂々と言うところはコイツらしいけどな」
佐久間は真っ直ぐに僕を見ている。
怒り……というより失意か。
信頼していた友達が、真正面から『いや、お前らじゃ勝てないよ』って言ってきたんだ。
そりゃ、キレる。
普通なら失望するかもしれない。
けどさ、佐久間。
「自覚はあるだろ、朝比奈がいないならまともに戦えばこっちが不利だ」
言いづらいことを、ズケズケという。
「C組が戦力的に勝っているという紅の話は、あくまで朝比奈霞がいて、橘月姫とやらがいない場合の話だ」
胸ぐらを掴まれて。
至近距離から睨まれて。
それでも僕の口は止まらない。
「熱原は黒月が止め、A組4人は僕が止めるとして。……だが、橘はどうする。僕から見れば、橘はA組の生徒全員よりもさらに強いが」
「……っ、それは……」
僕が言うのは正論だ。
僕の策……いや、作戦というレベルでもないけれど、それを為すにはここで論破することが必要不可欠。
クラスの雰囲気が最悪に落ちても構わない。
というか、むしろその方がやりやすい。
「ちょっ、雨森くん……!?」
僕の作戦を聞いていなかった倉敷も焦る。
彼女……そして黒月も、どうやって戦況を覆すか、色々と考えていたことだろう。
そして結果、全戦力で確実に、2つの王冠を奪取する、という結論に落ち着いた。
その案自体に不満はない。
ただ、確実性もないと思うだけだ。
僕はため息を吐くと、嫌々ながら提案する。
「橘月姫は、僕が止める」
その言葉に、クラスの多くが唖然とする。
その中でも特に、文芸部からの驚きは大きかったと思う。
「ちょ! あ、雨森!?」
「雨森……危険すぎる。それは認められない」
火芥子さんと愉を中心に反論が上がる。
だけど、いくら仲良くとも否定はさせない。
だって、じゃないと勝てないからな。
「なら止めるか? 止めるならこの場の全員を黙らせるだけだが」
佐久間の腕を握る。
少し力を込めると、彼は激痛に顔をゆがめて手を離した。
僕の言葉に、もう誰も反論できない。
だって、雨森悠人は強いから。
黒月や朝比奈には及ばない……程度に控えているが、それでも、それ以外の生徒よりはずっと強い。
そういう風に見せてきた。
「本来なら黒月を橘に当てるべきだが……そうなるとクラスを牽引できるヤツがいない。なら、僕が適任だ」
「た、確かに雨森は強いけどよ……」
烏丸が、なおも認められないと声を上げる。
クラス全体を見渡しても、意地でも認めるか、って顔してる生徒が多く居る。
もう少し冷静になって戦況を見てくれれば文句はないんだが……下手に悪意がない分、強気の言葉はかけづらい。
まあ、辛いだけで言わない訳には行かないけれど。
「ちなみに、もっと早く言ってくれ……というのはナシだ。開始直前のタイミングでなければ、この話がA組に傍受される危険がある」
小森が僅かに肩を動かす。
知ってるよ、どうせC組の策、バラしてるだろ?
黒月も極力小森を遠ざけつつ作戦を練っていた様だが、小森は異能で耳がいい。結局はクラスに作戦を伝えねばいけない以上、確実に彼女に伝わる。
だから、僕はこのタイミングで切り込んだ。
そして、この提案は僕からでなければならない。
黒月を通せば、黒月が悪役になる。
それはダメだ。
朝比奈が居ない時、任せられるリーダー。
それは、必ず潔白でなければいけない。
どれだけ狡く、狡猾であっても。
クラスからのヘイトを買ってはいけない。
「……黒月」
「……確かに橘は強いだろう。現に、情報だと橘が塔を一つ確保し、残りを他の生徒が二分担当する……という話はあった」
無論、その情報は僕から発信したものだ。
A組も橘が情報統制を行い、作戦を漏らさないように気をつけていたようだが……悪いが僕には通じない。
まぁ、それを想定した上で、橘も直前で作戦を変えている可能性があるけどな。
だけど、そんなもんは速攻かければ意味もない。
「僕の仕事は橘の行くべきだった塔を無人にすること。あとは……そうだな。一人でいい。誰かを無人の塔に向かわせれば王冠を確保出来る。他の全生徒は残る塔のうちどちらかに集中すればいい」
ようは、2冠を取ることに変わりはない。
ただ、ターゲットを変えるだけ。
橘の塔から一個と。
紅たちが向かうという塔から一個。
2つを確実に奪取する。
それが、僕の今話した作戦だ。
「……話はわかったが、それを――いや、そうだったな。事前に言えない理由があるのだったな」
黒月は明らかに不満たらたらな顔。
倉敷と黒月にも言わなかったのは悪いと思ってるけど……今回は橘が相手だ。情報の管理だけは徹底させてもらう。
黒月をじっと見つめると、彼はややしばらくして吐息を漏らした。
「……決めた。その作戦で行こう」
「お、おい黒月! ふざけたこと言ってんじゃねぇぞ!?」
佐久間が焦ったように叫ぶ。
だが、黒月は猛る佐久間の肩を掴む。
「仮に橘を本当に足止めできるなら、勝率は俺の案よりずっと高い。……ようは、雨森への信頼があれば案を通すし、なければ拒否する。これはそういう作戦だ」
黒月の作戦は、安定して80点を狙うもの。
逆に、僕の作戦は0か100かの大博打。
僕の強さ次第で作戦の成功率が変わってくる。
――信頼、と。
その言葉を出されれば佐久間も黙る。
そして、クラスメイト全員の視線が僕へと向かう。
「……雨森。言っておくが、こちらもこちらで総力戦になる。時間経過で状況も変わるだろう。だが、まず……お前には援軍は送れない」
分かりきったことを、改めて言って。
黒月奏は覚悟を問うた。
「信頼して、任せていいのか」
「――あぁ、任せて欲しい」
僕の仕事は、あくまで足止め……としている。
本当は倒すつもりだが、そこまでは説明しなくてもいいだろう。言ったら絶対に反対されるし。
「そもそも、今回の景品は『僕』なんだ。身を賭けてる以上、僕のことも信頼して欲しい」
「…………はぁ、クソッタレ。てめぇの事なんざとっくの前から信頼してる。……だからこそ、任せなきゃいけねぇって話かよ」
僕の目を見た佐久間が、呆れたように頭をかいた。
正論を並べ立て。
黒月からのお墨付きを受け。
しまいに『信頼』の2文字だ。
そりゃ、仲間思いのC組生徒……その中でも特に佐久間相手には効果抜群だろう。
僕は、バレないよう倉敷へと視線を送る。
普通なら絶対に気づかないだろうが、彼女は平然と察してくれる。
「うん、そうだね……。でも心配だし……やっぱりここは、雨森くんに同行して王冠を取る役は私がやるよっ!」
「ええっ!? く、倉敷ちゃん!? さすがに危険なんじゃ――」
さすがに倉敷の同行には反対意見も飛ぶ。
それでも委員長は元気いっぱいに笑って、僕の右腕を軽く叩いた。
「私も、雨森くんを信頼してるってことさ! 私のことは雨森くんが守ってくれる。……だよね? 雨森くん」
「あぁ、この身に代えて守るよ」
お前は大事な駒だしな。
正直……守る必要もなく強いと思ってるけど、そういうセリフがこの場面では必要なんだろ。
「あっ、うん……ありがとね、雨森くん」
やめろ、頬を染めて照れた振りをするな。
お前の素を知ってると気持ちが悪くてしょうがない。
そんな僕の考えとは裏腹に。
クラスメイトたちから『ヒュー』っと口笛と、数名の男子生徒から殺意の籠った視線を貰う。
そして……何故だろう。星奈さんと真備が頬をふくらませて僕を睨んでる。
「も、もういいわ! こんなやつほっといたらいいじゃない!」
「……雨森くんなんて知りません。ケガしないように頑張ってきてください」
「ちょっと……こんな場面で真備さんも星奈部長も拗ねないでよ……」
「「拗ねてないわよ(ません)!」」
そんな会話も聞こえてきたけど、今はそれより闘争の方が重要だ。
頭上を見れば、カウントダウンが10を切る。
僕は黒月たちクラスメイトを一瞥し。
「それじゃ、行ってくる」
カウントダウンの終了と同時に、倉敷と森の中へと駆け出した。
今回の戦い、雨森の本気度がよく分かる一言。
【あの雨森が星奈さんに狂ってない】




