8-9『開戦前』
時は流れて。
10月31日、ハロウィンがやってきた。
あの後の、橘とのルール選定。
及び、様々な擦り合わせと話し合い。
11月初旬には学園祭……もとい、星奈さんの星奈さんによる僕のためのメイド喫茶があるって言うのに、その準備ができるような余裕もなく。
慌ただしく、戦々恐々と日々は過ぎた。
それに、倉敷が僅かに盛り返したクラスのムードも、朝比奈が登校してこないことで徐々に落ち込んできている。
「こんな状態で、相手はあのA組か」
場所は、学園が保有する森の中。
空を見上げれば、木々の隙間から大きな塔が見えている。
……あと30分もすれば、あの塔で王冠を奪い合うことになる。
「あ? んだよ、ビビってんのか?」
「普通に考えれば負けるだろうな。ただ、今回は僕がいる」
「あっ、ごっめーん雨森くん! 自意識過剰過ぎて吐きそうになっちゃった☆」
隣にやってきた倉敷が僕を見上げる。
……ぶん殴りてぇ、その笑顔。
語尾に星を付けるな。
無駄に可愛い笑顔で毒を吐くな。
心が折れそうになるでしょ。
そんなことを考えつつも、思考を戦場に戻してゆく。
考えうる限りの作戦は立てたつもりだ。
橘がどのような策で来るかは知らないが……雨森悠人の言う『考えうる限り』だ。まぁ、確実に橘の裏は取れると思う。
問題は……それ以外の部分だな。
「で、倉敷。委員長の仕事はどうした」
「うぐっ」
倉敷は僕の言葉に沈黙する。
委員長の役割……それはクラスの維持。
生徒間の仲を取り持ち、不和を沈めて協調性を引っ張り起こす。
極端に言ってしまえば『学級崩壊を防ぐ』って話。
……まぁ、朝比奈のバカが抜けた穴を倉敷と黒月だけで埋めてるんだ。その上にクラス修復だなんて……かなーり無茶を言ってるとは思う。
というか、無理だと思う。
任せた手前悪いと思ってるけど、最初からクラスの完全復活は期待してない。
だって1年C組は、僕やお前が期待するほど強くないから。
「……今になって思い知ったぜ。クラスの連中がどれだけ朝比奈に依存してるのか、ってよ」
……振り返れば、離れたところにクラスメイトたちの姿があった。
黒月は皆へと闘争のルール確認をしている。
……朝比奈霞を神輿に担ぐ。
そう決めた時点で想像はしていたが……何たる粗悪。人任せの成れの果てが今のC組だ。
自分で物事を考えられない。
その場のノリと雰囲気に流される。
損得の勘定もできず。
しまいには『雨森を見捨てたら朝比奈にどやされる』とか何とか……。
その発言自体、朝比奈に責任を押し付けているだけだと分からないのだろうか。
無論、1番悪いのは橘だし。
次いで、朝比奈の心の弱さが悪い。
C組の責任感の無さは……悪いといえど三次に落ちる。
「冗談だ。お前は良くやっている」
振り返れば、離れたところにクラスメイトたちが集合している。
1人を除き、誰も欠けることなくあの場にいる時点で、お前がどれだけ尽力してきたか分かるだろ。
1年C組は……戦力的には学年で最強だ。
クラスメイトは粒揃い。
実に理想的な駒が揃ってる。下手をすれば二、三年にも匹敵する……かもしれない。
ただ、戦力以外の部分が不足してるだけ。
「……いずれ、正すべきだな」
小さく呟きが漏れた。
倉敷には聞こえていなかったのか、不思議そうに僕を見上げている。
……C組の欠点は、必ず正す。
このままでは、いつか足でまといになる。
そうなるくらいなら……たとえ、どんな手を使ってでも、成長させる。
まぁ、その過程でどうなるかは知ったことじゃないがな。
「……んだよ、妙に優しいじゃねぇか。もしかして私に惚れたか?」
「寝言は寝て言え」
僕は思わず言い返す。
……そうだな。
グダグダと考えるのは後で良い。
今は、勝つことだけを考えよう。
相手は悪く、劣勢も劣勢。
勝率なんてこれっぽっちもないだろうけど。
その勝率を引き寄せて捕まえるのが、不可能だとは思えない。
相も変わらずやる気はないし。
クラスの雰囲気も良くないけれど。
当然のことを、当然のように。
僕は勝つべくして、平然と勝つつもりだ。
「倉敷、勝ったら焼肉と寿司、どっちがいい?」
ちなみに僕は肉がいいな。
そう続けた僕に、彼女はニヤリと笑った。
「はっ、両方に決まってんだろうが」
「……太るぞ高校生女子」
そう言って、僕らは拳をコツンと合わせる。
もうすぐ、戦いが始まる。
参加者の中に……朝比奈霞の姿はない。
☆☆☆
「……いよいよ、ですね」
橘月姫は、遠くに見える塔を見上げて呟いた。
森の中に佇むその姿は、白髪赤目と常識外れな容姿も相まって、それこそ妖精や女神のようにすら見えてしまう。
「なによ、緊張してるわけ?」
「当たり前でしょう? 相手は雨森悠人ですから」
振り返ると、クラスメイトが揃っている。
その先頭には紅の姿があり、橘は真実のみを口にする。
「私は世界の誰より優れている。それは否定しませんが、時の運というものは必ず有ります。……そして、時の運が絡んだとして、私に勝ち得る相手はただ1人」
再び、視線を塔へと向ける。
「C組としての作戦は内偵から聞いています。塔のうちひとつは完全に諦め、残る二つの塔へと戦力を分散させる。……朝比奈霞がいない今、取り得る手段としては最優に近い」
「ハッ、それ、雨森のこと勘定に入れてないじゃない。アホの考えよ」
「それもそうですが」
仮に……の話だ。
朝比奈霞が一つの塔を。
雨森悠人が一つの塔を。
そして残る全員で一つの塔を。
そういう風に戦力を分散されれば、もうA組に勝ち目はない。
雨森悠人には橘月姫以外は歯が立たず。
朝比奈霞は……残るA組全員を相手に勝てる程度には強いだろう。
そして、黒月奏と……倉敷蛍。
特に倉敷の異能に関しては完全なる未知。
なんなら雨森悠人以上のブラックボックス。
彼女が仮に加護の能力を持っていたとして……他にも王級の能力者が多数在籍するC組だ。A組の生徒全員をしかけたところで……はたして、どこまで善戦できるか。
「思わず嫉妬で壊してしまいましたが、後から考えれば考えるほど、朝比奈霞を壊したのは英断でしたね」
橘月姫は振り返る。
その目にはありありと興奮が滲んでいる。
「さて、これより開戦となりますが……C組の立てた作戦とは別途に、まず間違いなく雨森悠人……正確には【夜宴】としての動きがあります。いかにこの策を読み切り、乗り越えるかで勝敗は決するでしょう」
橘月姫が相対した中で――最大の敵。
彼女が今まで生きてきた中で、現時点での雨森悠人は間違いなく最強だ。
その上、彼は本来の異能を隠したまま、この場に立っている。
「……厄介極まりないですが、それでこそ、私も燃えるというものです」
小声で呟き、彼女はクラスメイトを見渡した。
「三つの塔……一つは私が参ります。もう一つは熱原君が。最後の一つは残る全員で死守してください」
「……あぁ」
「任されたわ」
戦力を三分割して、確実に王冠を取る。
簡単に言えば、A組の策はそれだけだ。
雨森悠人を潰す策など、一切無い。
というより、策なら既に撒き終えている。
一人勝ちをさせないルール設定。
朝比奈を欠損させての戦力を削り。
そして、クラスの不和によるやる気の阻害。
試合開始後の策など無い。
橘月姫が今回力を入れたのは、むしろ、勝負が始まる前の下ごしらえ。
勝負の前から決着をつけるつもりで。
力技でも確実に勝てるよう、相手を弱らせて、弱らせて、地を這う羽虫のようになってから……満を持して踏み潰す。
それが、橘月姫の策。
(……いや、こんなものは策とも呼べませんが)
作戦というのはあくまで建前。
これは、橘月姫と雨森悠人が戦うためのお膳立て。
他は他に任せておいて。
ついでにA組の勝利を確約させて。
憂いなく、存分に戦いましょうと。
そういう【お誘い】だ。
「私は強者として、ただ真正面から踏み潰すのみ。……勘違いしているようですが、それは貴方も同じですよ。雨森悠人様」
これより先は――ただの力技。
叡智に恵まれ、謀略に長け。
それでも、それを『使う』かどうかは別な話。
小細工無しの、真正面からの殴り合い。
雨森を相手にそっちの方が危険だというのなら。
満を持して、危険の中に踏み入る所存だ。
「雨森悠人に勝利するということは、殴り合いで制してこそ、ですからね」
上空を見れば、空にカウントダウンが浮いている。
☆☆☆
遠く離れた場所で。
両者は共に空を見上げる。
「橘月姫」
「雨森悠人様」
嫌いな相手。
好きな相手。
戦いたくないヤツ。
戦いたかったヤツ。
話したくもない悪魔。
もっと話したい救世主。
お互いに相反する感情を持ちながら。
それでも唯一同じことを相手に思う。
「「僕を――私を――世界で唯一殺せる相手」」
カウントダウンが10秒前から動き出す。
間もなく、戦いの火蓋は切られる。
そして、朝比奈という御旗を失ったまま。
白と黒、誠と嘘。
二人の怪物による、宴が始まる。




