8-7『純然たる勝利のために』
翌日の放課後。
橘月姫は、再度C組を訪れていた。
「さて、今日こそは闘争要請のルールを決めましょう」
元より、彼女がC組を訪れた理由は『ルール決め』だった。
そこから嫌な方向へと話が誘導されて、結果が昨日の惨状だ。
ふと、橘を見る。
されど橘は、僕を一瞥もしない。
『次に語るのは戦場で』……と。
彼女の能力は嘘ばかりだが。
けれど、彼女が語る言葉に嘘はない。
強者として下手にプライドがあるからな。
そう言ったからにはそうなるはずだ。
閑話休題。
クラスを見渡せば、誰一人として部活に向かう気配はない。
それは、チャイムが鳴ってすぐに橘がやってきた――というのも確かにある。
だが、今まではそういう状態であっても部活に向かう生徒はいた。
けれど、今は居ない。
それが何故かは、少し考えたら分かること。
「あら、全員残るのですね。……朝比奈霞が健在だった頃ならば、『彼女に任せておけば問題ない』で済んだでしょうに。人任せにしないのは成長のあかしですね」
なんたる嫌味、一周回って清々しいよ。
誰かに任せておけば問題ない。
それが人任せだというのは否定しない。
ただの思考停止、悪だと思う。
だけどそれは、裏返せば信頼の表れだ。
今、朝比奈霞は居ない。
その代行者である倉敷蛍と黒月奏。
本来なら「任せて大丈夫」である二人の信頼は、昨日の一件で地に落ちた。
泥沼に埋まってないだけまだマシだが、任せてもらえるだけの信用は失せた。
結果から見るにそういうことだろう。
「…………」
倉敷と黒月は、難しそうに顔を歪める。
クラスメイトも沈黙し、C組の空気は淀む。
なんというか……悪質な雰囲気だな。
ものすごい居心地の悪さ。
別にクラスを去ってはいけないルールは無いし、宿舎まで帰ってしまおうか。
そう考える間に、橘はぺちんと両手を合わせた。
「さて、C組は見たとこで自壊寸前のようですし。居心地も悪いのでさっさとルールを決めてしまいましょう」
――どうせ、勝つのはA組ですし。
そう告げた橘から、ルール詳細が告げられる。
☆☆☆
〇闘争【王冠強奪】
〇内容
①半径十キロ四方のステージ(学園が用意)を、三つのエリアへと区分。それぞれに建てられた塔の最上部に隠された三つの王冠を奪い合う。
②闘争日時は10月31日。制限時間は3時間。13時30分より開始し、16時30分に終了する。
③制限時間の終了時点において、王冠を二つ以上『所持』していたクラスを勝者とする。
終了時点において両クラスが勝者条件に該当していない場合は、制限時間を延長。
先に二つ以上の王冠を『所持』したクラスを勝者とする。
また、王冠の『所持』は、左右どちらかの手に持っていなければ認められず、身につけるなどの行為は『所持』とは認められない。
④ステージ内において校則は無効化される。ただし、意図的な過剰暴力、殺人(未遂も含めて)が認められた場合、学園側で正当な処置を執り行う。
⑤生徒はそれぞれ、1年B組と1年C組の闘争にて用いられた『攻撃判定用器具』を身につけること。該当の器具が『攻撃判定』を受けた場合、攻撃を受けた生徒は脱落。
異能により安全地帯へと送られ、以降、当闘争への参加権利を失う。
⑥王冠はエリア内に一つしか存在することが出来ない。王冠がエリア内に二つ以上存在した場合、後にエリアへ侵入した王冠を消去する。
新たな王冠を元に属したエリアの塔頂へと再設置する。
⑦A組が勝利した場合、C組に所属する生徒『雨森悠人』をA組へと移動する。
⑧C組が勝利した場合、今後、A組生徒は他者へ害ある行為の一切を禁じ、絶対服従とする。
⑨生徒は自ら脱落可能とする。
脱落を宣言することで安全地帯へと転移が可能とする。
また、生徒の身が危険であると学園側が判断した場合は強制的に安全地帯へと転移させ、生徒は当闘争の参加権利を失う。
⑩生徒の脱落により、いずれかのクラスの生徒数が1名以下へとなった場合、該当クラスはその時点で敗北とする。
☆☆☆
以上が、橘の出したルールだった。
……まぁ、考え始めれば抜け穴の一つや二つあるんだろうが、橘もそれくらい承知のはず。
彼女の笑みは揺るがない。
その表情を見て、……少しため息が出た。
『縮こましい抜け穴を大人気なく探り合う戦い』と。
『細かいことは気にせず、本筋のルールに則った潰し合い』と。
彼女がどちらを望むかといえば……間違いなく後者。
絶対強者としてのプライド。
絶対に負けぬという確固たる自信。
そして、より言い訳の出来ぬ決着のため。
彼女は確実に【潰し合い】をご所望だ。
『完璧なルール設定など不要でしょう』と、彼女は言外に告げているわけだ。
個人的には、どうやって橘の裏をかこうかと考えていたんだけれど……これで卑怯な手でも使ってみろ。
『雨森様が使うのなら、私も使います』と。
僕が想像も出来ないくらいの反則ばかり繰り出してくる橘が目に浮かぶ。
それこそ、僕の想定する最低最悪。
となると……今回の戦いは、あくまでも正攻法。
本筋に則った、純粋な奪い合いをするしか無さそうだな。
「それぞれのクラスの出発地点は、やはりステージの選定とエリア区分が決まってからにするべきだと考えますが……それ以外で、何か質問や意見はございますか?」
「あー、質問っていうか、お前さらっと言ってるけどさ、それ、学園側として対応出来るようなもんなのか?」
橘の問いに、烏丸が疑問を呈す。
……まぁ、そりゃそうだよな。
半径十キロ四方の土地とか。
三分割したエリアにそれぞれの塔とか。
それ、学園側としてもかなりの金銭が必要になってくるんじゃなかろうか?
気になって榊先生へと視線を向けると、腕を組んでいた彼女はため息混じりに答えてくれた。
「……可能、ではある。土地ならばそこらの学園私有の森でも使えばいい。塔に関しては……まぁ、三年の担任に建築特化の異能者が居たはずだ。なんとかなるだろう」
「ということです。転移系に関しても、ルールに該当する異能は学園側も保有してると調べてきました」
となれば、もはや文句も言えず。
烏丸は不満そうにしながらも、何も言わずに口を閉ざした。
「……仮に王冠を所持していたものが脱落……転移した場合は――」
「当然、王冠を除いた転移とさせていただきます。さすがは黒月奏、ルールに書き加えておきましょう」
橘はそう言うと、持参したメモに黒月の意見を書き込んでゆく。
「あと、持ち込みはどーすんだ。B組と闘り合った時もこれは話してたろ」
とは、佐久間の言。
「B組との闘争は3日間。ですが今回は3時間のみ。当闘争への『道具』の持ち込みは禁止とさせていただきます。例えば……米田の刀など、ああいったものは現地調達して使わせましょう」
「はっ、まるで決定事項みてぇな言い方するじゃねぇか」
喧嘩腰の佐久間に対し、橘はまるで出来の悪い子を見る大人の様相。
「ええ。私の提示したルールに抜け穴はありますが、表記ルールの『外』を見なければ、間違いなく平等に戦えます。……正義に基づくC組ならば、このルールで納得していただけると思います」
「はっ、てめぇらがその『外』を使わねぇと、誰が証明してくれんだよ」
証明……ねぇ。
そんなものは不可能だ。
それこそ、全ての穴を塞げるだけの文面を用意して、それにサインさせるくらいしか出切っこない。
……そして、それが出来るだけの頭があるのは、いまのC組には黒月しか居ない。
だけど黒月は信頼できない。
だからこそ、黒月を頼れない今、橘を信用することは出来ない。
佐久間がそこまで考えていたかは分からない。
半分、直観的な発言だったのかも。
それに対し、橘はつまらなそうにため息を漏らすと、佐久間を見た。
「はぁ……そうですね。C組に私を証明出来る能力はなく、かと言って私が働くのも面倒ですし――ならば、こうしましょうか」
そう言って。
橘月姫は、綺麗な笑顔を貼り付けた。
「ルール記載で、私の命を賭けましょう」
「………………あ?」
あまりに唐突な発言に、佐久間も、クラスメイトも硬直する。
「A組がルール外の『抜け穴』を用いたと判断されれば、その時点で私は自害しましょう。その『判断』は……そうですね。倉敷蛍、貴方に任せます」
「えっ、あっ……ちょっと待ってよ! い、命をかけるって……本気で言ってるの!?」
倉敷が、素で焦ったように声を出す。
対する橘は揺るがない。
揺るがぬ自信で言葉を重ねる。
「ええ。格下相手にせせこましい真似などただの恥。私は純然たるルールの上で、1年C組を叩き潰す」
「……随分と、大した自信だね」
思わず、倉敷が言葉を漏らす。
彼女は席から立ち上がると、橘を真正面から睨み据える。
「私は……霞ちゃんの不在を埋められなかった。色々と頑張ったけど、みんなにたくさん迷惑かけて……たぶん信頼なんてなくなっちゃったけど……」
委員長の零す、弱音。
頬に伝うは一筋の涙。
握る拳からは血の気が引いて。
その瞳は、散々泣き腫れた痕が窺える。
歯には歯を、目には目を。
嘘には嘘を。
幻には偽りを。
残念だけど、橘月姫。
その女は、根っから嘘で凝り固まってる。
いくら真実で揺らそうと。
どんな正論で攻めようと。
さらなる嘘で武装して、コイツは万人の心を揺さぶる。
演技と嘘まみれの完璧な委員長は、偽りの決意を胸に橘を睨む。
「それでも、委員長としての責務だけは果たすつもりだよ!」
「……ほぅ。まだ足掻きますか」
橘の目に映るのは、純粋な賞賛。
この状況下で、信頼の潰えた現状で。
それでも名誉挽回を狙う倉敷への評価。
そして、それすら可能に思える『外面』の性能評価。
「く、倉敷ちゃん……」
「そ、そうだよな……。いつだって倉敷さんは、俺たちのこと思ってくれてんだもんな」
「こんなくらいで負けてたら、帰ってきた時に朝比奈さんに笑われちゃうわよね」
クラスの中から、ぽつぽつと声が上がり始める。
いつも通り……とはいかない。
まだまだ名誉挽回には程遠い。
だけど、先程までの悪質なムードは消えて、少しずつ、か細くとも希望の光が見えてくる。
……さて。これで最低限のスタートライン。
まだまだ最低限でしかないけれど。
クラスが闘争について前向きになる。
それは、戦う上での大前提。
ノリと流れで要請を受けて、朝比奈嬢の欠損を知って、そのままやる気を失って。
そのままズルズルと戦ったんじゃ、まず間違いなく勝てない。
(おい、これでいいんだろ。私のミスは私自身で拭い切る)
倉敷から、黒月経由の念話が届く。
彼女に任せたのは、クラスの再復興。
嘘がバレたあとの、自分自身の尻拭い。
(あぁ、十分だ)
A組に勝利するための、1番面倒くさい条件は、倉敷が何とかしてくれる。
なら、僕は残る条件に注力できる。
「……まぁ、いいでしょう。いずれにせよ勝つのはA組。……油断や慢心など期待せぬよう、お願いしますね」
橘はそう言って、ルールの選定は進められていく。




