8-6『こだわり』
その後の展開としては簡単だった。
結論から言えば――話し合いにはならなかった。
というか、話し合いを続けられるほどの状況じゃなかった。
混乱、困惑、動揺、不安。
ゴールを見失った走者のように、C組の過半が声を上げた。
その大半は朝比奈が潰れた詳細を知ろうという者。
それに対し橘は笑うだけ。
そうなれば自ずと、問いかける――責め立てる相手は二人しかいない。
「災難だったな。言葉通りの意味で」
放課後。
僕が借り受けている空き教室で。
椅子に座る僕の前には、げっそりとした倉敷と黒月が居た。
……あの後二人は、クラス全員から朝比奈の詳細を問い詰められた。
なんで嘘をついた。
どうして朝比奈はやられたんだ。
今の彼女は大丈夫なのか。
それに答えるならば簡単だ。
『幻術で雨森の悪口を言ってしまい、自爆した』
『まったく大丈夫じゃないから黙ってることにした』
……と、改めて言語化すればなんたる痴態か。
そんなものをクラスメイトに晒せるはずがない。
二人は答えられなかった。
答えない二人に対し、さらにヒートアップしそうなクラスメイト達だったが――そこは、佐久間や烏丸に救われた形だったな。
『おいお前ら落ち着けよ。……隠し事されてたのは信頼されてねぇって証拠。腹は立つが、こいつらに悪意があったわけじゃねぇ。むしろクラスを思っての事なら、怒りはしても責めるのはちげぇだろ』
『よく言ったぜ佐久間! つーかよ、責めるべきはあの橘だろ! 俺たちの知らねぇところで朝比奈さんに手ぇ出しやがって……許せねぇよな!』
とか、そんなセリフだったか。
二人が倉敷と黒月からヘイトを外してくれたおかげで、クラスは何とか崩壊せずに持ちこたえた。
この時期に学級崩壊なんて笑えない。
あれ以上になるようなら僕も口を開くつもりだったが……こうまであっさりとはいかなかったろう。今回ばかりは佐久間と烏丸には感謝してる。
「責めねぇのかよ」
「性能的には僕と同等の怪物を相手にしたんだ。学級崩壊まで行かなかっただけ良かった。結果としては最善に近い」
……まあ、遊び半分だったけどな。
雨森悠人が思いつくことは橘月姫も考えていて。
僕ができるだろうことは、アイツもできる。
そう考えるならば――本気なら、C組程度潰せてる。
その悪条件下で今の状況。
少なくとも、僕には最善に思えるけどな。
「橘も、この結果は少々予想外だろう」
ふと、言葉を漏らして。
不意に風が頬を打ち。
――僕は内心顔をゆがめた。
「そうですね。あくまでも『少々』ですが」
倉敷と黒月、二人に緊張が走る。
二人の視線の先――僕の背後に気配がある。
閉じていたはずの教室の窓が開いている。
振り返れば、窓際には少女が佇んでいた。
「こっ、ここ、何階だと思って――」
「落ち着け倉敷、ただの演出だ」
窓が開いていて、居なかったはずの人物が居る。
それだけ見れば校舎をよじ登ってきたとも見える。
だけど違う。
「この女は、普通に教室に扉から入ってきて、僕の背後に回り、窓を開けただけだ」
「さすが雨森様。貴方との戦争が待ち遠しくなって来てみたのですが……、雨森様、私がなぜ、教室の扉から入ってきたと分かったんですか?」
次の瞬間には、橘は僕のすぐ背後に居た。
僕の両肩へと小さな手が伸ばされる。
触りたくもなかったため、霧になって橘から距離を取る。
「あら、いけず」
僕は近くのロッカーに背を預けると、腕を組んで奴を見据える。
まあ、半分睨んでいると言ってもいい。
「今のではっきりしましたが――燦天の加護。霧の力と雷の力。残る一つは……おそらくは幻術に関係する能力ですね? でなければ、私の異能をそこまで見破れるはずがない」
「ノーコメントだ」
目には目を、歯には歯を。
そんな言葉があるように、仮にお前を正攻法で倒そうとするならば、お前の異能――『幻』に連なる同格の概念使いが居なければ無理だろう。そういう考えは否定しない。
事実、おまえを倒すにはそれしかないと確信してる。
それに、僕が橘の異能に大きな耐性を持っていることも正解だ。
だが、まだ本質には遠い。
橘も内心では納得がいっていないのだろう。
困ったように笑い、言葉を続ける。
「……教えて下さらないのですか? 貴方は私を知っているのに」
「僕はお前が嫌いだが、現存する中じゃ、唯一、お前だけを僕の同格と見なしてる。文字通りの『敵』に塩を送れるほど余裕があるわけじゃない」
敵――と。
敵意たっぷりにそう言ってやるが、橘はとても嬉しそうだった。
「そう、その通りです! 私や貴方にとって、敵と呼べる存在はお互いだけ。まあ、学園の外へと目を向ければ……貴方の妹君など、規格外の怪物は稀に居ますが。彼女は面倒なので相手にしたくもないですけれど」
……そこは同感だ。
一番の敵はお前だが、一番相手にしたくないのは断然あっち。
年下に、しかも異性に、自慢の身体能力で劣ってるとか考えたくもない。
明確に比べたことはないが、アレを見るに勝てる気がしないからな。
「えっ、雨森さん、妹いたんですか?」
「もう関わりは無い。……というか黒月、何故そこで反応するんだ」
そんなどうでもいいことじゃなく、橘との会話に混じってくれ。
コイツと一対一で会話するのは精神が摩耗する。
そんな意思を読んだわけではないだろうが、倉敷もここで口を開く。
「とにかくだぜ、橘。聞いた通りコイツの異能は教えねぇ。つーか、私たちにも隠されてんだ。そんなもんを敵様に教えてやるわけねーだろうがよ」
「あら倉敷さん。雨森様をA組に引き抜いた後は貴方を引き入れる予定ですので。今のうちにお友達になりませんか?」
「ぶち殺すぞテメェ」
橘のせいで質問攻めにされた倉敷。
そりゃ、良く思うわけもない。
倉敷からの鋭い殺気に、橘は心地よさげに笑ってる。
……本当、この女さえいなければもっと気楽に暮らせるんだがな。
そうこう考えていると、橘は僕の方へと歩いてくる。
「とにかく。私はあなたとの戦いが待ち遠しい」
「……僕個人を指すのは違うだろう。あくまでお前が戦うのはC組だ」
彼女の勘違いを正してやるが、橘はつまらなそうに唇をすぼめる。
「随分とこだわりますね……。まあ、いいでしょう。C組を潰すのは簡単ですが……これ以上、ルールの外でちょっかいを出すのはやめることにします。……朝起きたら、八咫烏にA組の生徒全員が消されていた――なんてことにもなりませんし」
随分と八咫烏も物騒にみられてるなぁ。
とっても心外だが――ソレも最悪の手段として考えていただけあって、彼女の言葉に対してどうこう言おうという気にもなれない。
「ちなみに、私も賛成だったんですよ? 雨森様個人と戦うという提案。A組とC組を競わせ、優劣を決めるというのも一興ですが……駆け引き無しの勝負というのも実に良い。本気の橘月姫と本気の雨森悠人。真正面から戦えばどちらが勝つか……興味ありません?」
「……さてな。絶対に御免だが」
おそらく、どちらかが死ぬ。
片方が意図的に手でも抜かない限りは、な。
それだけ実力的には拮抗している……と思う。
勘だけどな。
ただ、異能を隠し続ける限り……負けるのは僕だろう。
「話はそれだけか? 済んだならさっさと失せろ」
「ええ。つまみ食いは良くないと再認識しましたし。……雨森様、貴方と存分に語らうのは戦場までお預けですね」
そういうと、彼女は教室の出口へと歩き出す。
その背を睨んでいると……ふっと、彼女は振り返り、僕を見た。
「では、本当に期待してお待ちしてますね、雨森様」
「……ああ」
視線を外し、そう吐き捨てる。
……戦えばどちらかが死ぬ。
それは、僕が『一人で戦う』と提案した時点で分かっていた。
だというのに、僕はそれを提案した。
公衆の面前で本気は出せないと理解したうえで。
あえて手を抜き、死なずに負けることを覚悟したうえで。
僕は、A組に編入するつもりで、あの提案を口にした。
……C組からの反論は想定していた。
けれど、橘は分かっているのだろう。
今回の戦いに限って、僕が『勝ちたい』と思っていないことが。
……無論、勝てるならば勝つべきだ。
僕も当然、勝つ前提で策を巡らせる。
可能な限りはクラスを後押しするつもりだし。
なんだったら、ある程度は僕も戦おう。
だけど、最後の一押し。
勝つか負けるかの瀬戸際に立った時。
『別に負けても構わない』と。
冷めた心が顔を出す。
橘は扉を開けて、その足で教室を後にする。
彼女もきっと、どちらでもいい。
勝って雨森悠人を手にする未来も。
負けて初めて否定を受ける未来も。
どちらも等しく受け入れられる。
歓喜に満ちた未来だろうから。
だからこその、期待。
いずれにせよ自分の益にしかならないと知っているから。
橘月姫は、笑顔のままで消えてゆく。
後に残ったのは、気の抜けた様子の二人と、あけっぱなしの窓から吹き抜ける風だけ。
……ああ、そうさ。
雨森悠人には、C組のまま卒業しようという【こだわり】はない。
僕の目的は一つだけ。
自由に生きること。
その障害たる学園を潰すこと。
そのために、まず同学年から邪魔蟲を一掃すること。
確かに橘月姫は嫌いだが。
朝比奈霞を切り捨て、橘月姫に乗り換えたほうが手っ取り早いなら――。
きっと僕は、C組なんて蹴り捨てる。
その結論まで至って、僕は笑う。
「我ながら……随分と冷酷だとは思うがな」
「あ? なんか言ったか雨森」
つい零れた独り言に、倉敷が反応する。
僕がC組を捨てたとき。
こうして交流のある倉敷と黒月。
文芸部の面々。
佐久間や烏丸、真備などのクラスメイト。
そして、朝比奈霞。
彼女らがどうなるか、少し考えたけれど。
どうにもならないと理解が及んで、首を横に振る。
「何でもないさ」
人間ひとりが世界に与えられる影響には限りがある。
雨森悠人がC組に居ても居なくても、日常は変わらない。
「なんでもねぇなら、さっさと作戦考えやがれ! 特に朝比奈を復帰させる案だがな……これは私か、あるいは雨森、テメェが重要なんじゃねえかと思って――」
かくして、勝つための作戦会議は踊る。
C組がA組に勝利する条件。
朝比奈霞が復活すること。
作戦の読み合い、頭脳戦で上回ること。
橘月姫と真正面から戦わないこと。
C組全員の信頼を取り戻すこと。
そして、雨森悠人が本気で勝ちに行くこと。
……勝ちに行こうと思えるだけの盤面を用意すること。
――考えるのは僕の仕事だとは分かっているけど。
あの橘を相手に、ものすごい難題を放り投げられた気がするな。




