8-5『登壇』
――少女の登場は、神々しさすら孕んでいた。
現実世界に似つかわしくない、白髪赤目のアルビノの少女。
誰がどう見ても病弱で。
どこをどう見ても脆弱で。
だというのに、彼女は凛とそこに在った。
星奈さんのような絶対なる無垢ではなく。
清濁併せ呑み、それでも揺るがぬ絶対美。
否、だからこそ……なのかもしれないけれど。
人が神に抱くような神聖さ。
それが彼女の周りにはあった。
不覚だけれど――。
……彼女の姿を見て。
かつて生徒会長が言った【天守弥人】という名前が。
あの男の姿が、今、唐突に蘇った。
「「――ッ!?」」
黒月と倉敷、二人に戦慄が走る。
多くの者が少女の登場に惚け、あるいは首をかしげる中。
おそらく、二人の衝撃は僕以上であったろう。
「悪いわね黒月。あんたの策略とかそういうの全部……こいつに比べたら餓鬼のいたずらにしか思えないのよ」
そう吐き捨てた紅と入れ替わるようにして、悪魔は登壇する。
「――初めまして、1年C組の皆々様」
誰の記憶にも彼女は居た。
熱原永志に虐められていたかわいそうな少女。
A組との最初の闘争要請時に。
あの朝比奈の対戦相手として、正義の味方を潰した女。
僕は久方ぶりに、苦い顔をしたと思う。
黒月と倉敷を見れば、青ざめた顔をしている。
倉敷が顔に出す時点で、状況の悪さはお察しの通り。
この女が、直に出てきた。
その時点で、ほぼほぼ詰みだ。
「私の名前は橘月姫。――暇だったもので、あなた方を潰しに来ました」
その理由……本心だったら救えない。
☆☆☆
「貴様……!」
黒月が、思わずといった風に声を出す。
その目は大きく見開かれ、おそらく脳は最高速で回ってる。
だが、さすがに今回は相手が悪い。
「あら、黒月奏……ですか。お久しぶりですね。先日はどうもお世話になりました」
「く、黒月……? お、お前、コイツと知り合いだったのか?」
困惑を浮かべた烏丸が問う。
対する黒月は歯を食いしばり、冷や汗を流している。
言えるはずがない。というか、言った時点で僕に殺される。
そう分かっているから、黒月は硬直した。
「今の話を聞く限り――よほど私のことに触れたくなかったのでしょうね。朝比奈霞、倉敷蛍。そして黒月奏。この三人は、とっくのとうに私の存在に気づいていたでしょうに」
「そ、れは……」
実名まで出されれば、もう引けない。
皆の視線が黒月と……それ以上に倉敷へと向かう。
絶対的な信頼を束ねる倉敷蛍。
そこに明かされた、彼女の【隠し事】。
普通なら信頼失墜、真っ逆さまだ。
だが、そこは橘月姫の誤算。
ウチの委員長は、隠し事ひとつで揺らいだりするほど弱くない。
「……先に謝っておくね。ごめんなさい。皆を不安がらせないように……この子の存在は伏せておきたかったんだ」
言い訳するより先に謝罪をし、ダメージを最低限に抑え込む。
その対処に、一瞬、橘の視線が僕を向く。
倉敷が欲しくなったか? 悪いな、コイツは僕の駒だ。
そんな僕らの静かな内情をよそに、それでもクラスの反応は大きかった。
「ま、待てよ倉敷! え、えっと……まだ頭が追い付いて行かねぇんだけどさ」
「……そいつが、A組のリーダーとでも言いてぇのか?」
おそるおそると、C組のクラスメイトは真相にたどり着く。
だが、混乱しているのは、烏丸や佐久間だけではない。
熱原永志の超暴力。
紅、邁進、米田、ロバートの鮮烈な脅威。
それに比べて彼女の脅威は実に希薄だ。
……常人には、あまりに薄くて見えやしない。
だが、その脅威は限りなく薄く、細く、ゆえに鋭い。
「ええ、その通りです」
肯定が響いた。
教壇に立つ少女は一部の揺るぎもなく断言した。
自分こそがA組の頂点であると。
「しかし、そうと言っても証明する術がございません。私の異能も、皆様からすればあまり大したものでは無いかもしれません。……ですが、よく考えたら信用の有無と実力とは関係ありませんね」
誰よりも正道を歩く彼女にとって、嘘というのは一種の汚点だ。だからこその『嫌味』と『謙遜』。そう取るべきだろう。
その上で言ってやりたい。
うるせぇこの野郎、と。
朝比奈を簡単に壊せる異能が、大したことがないわけがないだろうに。
心の底で大きなため息を漏らす。
――刹那。
何故だろう、橘と目が合った気がした。
……とてつもなく、嫌な予感が体を走る。
「ということで、証明するのは止めましょう。時間の無駄なので。今回は紅の方からありました闘争要請について。ただ、『A組が勝利した場合の報酬』について、少しだけ変更があるのでお伝えしますね」
そこで、僕の予感は確信に変わる。
暇つぶし――と彼女は言った。
だが、よく考えれば彼女がそんな『無駄』に興じるとは思えない。
無駄を鑑賞するのはあっても、彼女自身が無駄を行うことはない。
ならばなんだ。
彼女が、橘月姫としてC組に闘争要請を仕掛けてきた――本当の理由。
敗北を知りたかった?
それも理由の一つだろう。
だが直感した。それ以外の何かがあると。
故に思考を巡らせて、得た答えはとてもシンプルだった。
――欲しいモノがあったから。
「A組が勝利した場合、雨森悠人はA組が貰います」
「「「……ッ!?」」」
僕の想像以上に、クラスが動揺している。
朝比奈霞でもなく。
興味を示した倉敷蛍でもなく。
力を見知った黒月奏でもなく。
――雨森悠人。
少女は僕個人を名指ししてきた。
「なぜ彼なのか。答えは簡単です。その『唯一性』が欲しいから」
らしい理由だと、素直に思う。
「C組は誰が抜けても、必ずその穴を他の生徒が補完できるようになっていますね。朝比奈霞の穴は黒月奏と倉敷蛍が。仮にそのどちらかが抜けたにせよ、朝比奈霞ともう片割れが穴を埋めるでしょう」
それが僕の目指した形。
それを指して、少女は断言する。
「ですが、雨森悠人だけは誰にも補完できない」
クラスの中から、一切の否定は無かった。
「絶対的な身体能力。異能こそ至上とされるこの場において、彼だけがその理の外に居る。彼を保有することは絶対的なアドバンテージ。例えば……そう、異能が封じられた際、勝利するのは雨森悠人を有するクラスですから」
まあ、堂島みたいに例外もいる。
橘のような隠れた強者もいる。
だけど、こと身体能力なら僕は誰にも敗れない。
そう演じてきたからこそ、多くの視線がこちらへ向かう。
「他にも彼の長所を挙げましょうか? 強いこと。強さの上に驕らないこと。良人格であること。どんな相手にも怯まぬこと。どんな悪条件下でも冷静沈着なところ。案外に仲間思いであること。クラスのためなら自身を犠牲に出来ること。近接戦の練習相手として至上なこと。他にも――」
紅を見る。
彼女は唇を強く噛みしめていた。
……どうやら、彼女は僕のA組参入に反対なようだが、他でもない橘が決めたことだ。それに対して紅がどうこういっても意味はない。
そうこう考えている間にも、橘は僕の長所を並べ立てている。
「――自分より他人を優先できること。一度決めたらまず曲げないこと。あと、大変私好みな男性であること。雨森様、私とお付き合いしませんか?」
「都合の悪いことは聞こえない耳なんだ」
「あら、それは残念。A組に編入した後にもう一度提案することにします」
彼女はそういうと、再びクラスへと視線を戻す。
「まあ、突き詰めてしまえば『欲しい物は欲しい』のです。どうです、納得できましたか?」
少なくとも僕は納得した――が。
まあ、僕が一人で戦うことすら良しとしないクラスだ。
烏丸が勢いよく立ち上がると、橘を睨んだ。
「納得……できるわけねぇだろうがよ! 雨森に告白すんのは勝手だけどよ! 今までさんざん攻撃してきたA組の、それも親分らしいテメェにくれてやるのは俺は嫌だぜ! 友達としてな!」
「そ、そうよ! そんなの認められるわけないじゃない!」
「そもそも雨森には星奈さんがいるわけだしね!」
「あんたなんてお呼びじゃないわよ!!」
橘、まさかの大ブーイング。
驚きにきょとんとしていた彼女は「そっちですか……」と静かに呟く。
しかし次の瞬間には驚きも消え、いつも通りの彼女が立っている。
「あら……、雨森様と結ばれるには外堀から埋めねばならぬ、ということですね? では皆さん、雨森様と私が交際する前提でお友達になりませんか?」
「いやでーす! お前と遊んでも楽しくなさそうだしな! なあ佐久間!」
「おい、話がクソほどズレ始めてるぞ。闘争要請の話だろうが」
よく言った佐久間。
僕もそろそろ言おうと思ってたところだ。
「ああ、僕の交際事情なんて二の次だ。橘、お前は本来、闘争要請のルールを明確にするために出てきたはずだろう。無駄口を叩く前に仕事を果たせ」
「お、おお……雨森もいつになく毒舌だな」
まあ、僕はコイツが嫌いだからな。
それに、今もなおコイツは優位を握ったままだ。
絶対に詰ませられる一手。
それを隠したまま享楽半分で話してる。
それがまた苛立たしい。
……分かってるんだよ橘。
おまえが出張ってきたってことは、言うつもりだろ。
黒月と倉敷が隠してたもう一つのこと。
そればかりは僕ですら隠そうとした、C組の痴態。
言うならさっさと言ってくれ。
無駄に長引かせるのは嫌いなんだ。
僕の目を見返して、橘は笑う。
それは間違いなく、勝者の笑顔だった。
「ああ、勝つ予定だったもので失念しておりました。御旗の破れたC組に脅威を感じませんし」
その言葉に、C組はしばし沈黙した。
御旗。破れた。
その単語だけで顔色を青くした倉敷と黒月だったけど。
……まあ、こっから先の言い訳は無理だよ。
だから『橘が出てきた時点で詰み』なんだ。
朝比奈霞が潰れてること。
それをバラされれば、C組は一気に瓦解する。
「御旗……? って、まさか――!?」
「おい黒月、倉敷。……朝比奈は問題ねぇんだよな?」
クラスの中でも察しのいい烏丸、佐久間が気づく。
佐久間の言葉にクラスの多くがソレに気が付く。
不自然な欠席。
信頼のおける二人からの弁明。
何とか飲み込んだ違和感。
そして、橘月姫の強烈な存在感――説得力。
「あ、言ってませんでしたね。朝比奈霞は、私が潰しました」
世間話で話題を振るように。
C組を、橘月姫はあっという間に瓦解させる。
絶対的なリーダーの、本当の不在。
得体のしれない新たな敵と。
心から信頼していた二人が、ついていた大きな嘘。
そして、既に『受ける』と答えてしまった闘争要請。
「さ。それでは始めましょう。闘争要請のルール決めを」
だから言ったんだ。
こんな悪魔の相手は、最初から僕一人でするべきだって。
※今のうちに注意報
この章は、雨森VS橘が始まったが最後、【覇王編】後日談レベルの爆弾が雪崩のように押し寄せてきます。
不自然だった行動の理由。
倉敷蛍の実力。
天守家と橘家の関係性。
橘月姫の過去。
天守弥人という人物。
天守優人の実在した記憶。
そして、雨森悠人の異能。
思考すら吹き飛ぶような猛嵐。それらを乗り越えた歴戦の読者たちが、この章の後日談で木っ端みじんに吹き飛ぶでしょう。
未だかつてないくらい、大量の情報が飛び交う章です。
お楽しみにお待ちください。
あと。
毎日投稿は、事前にも言った通り第8章までです。
その後は週に一度更新になると思いますので、ご注意ください。




