8-4『口先合戦』
「簡単に言ってしまうと、3つのエリアに隠されてる3つの王冠。それを奪い合って、制限時間が来た時により多くの王冠を持ってた方が勝ち。それだけよ」
紅の説明はとてもシンプルだった。
詳しく詰める必要があるが、大まかなゲームシステムは今の説明で理解出来る。
「当然、殴る蹴るは自由よ。だから、アンタらがB組との闘争要請で使った緊急転移の道具も使っていいとしましょ」
「ちょ、ちょっと待ちなさいよ! まだ受けるとも言ってないじゃない!」
淡々と話を進める紅に、真備が噛み付く。
しかしそれを、黒月が片手を上げて制す。
「待て真備。朝比奈の不在は手痛いが……いい加減、A組との決着をつけるのは俺も賛成だ」
他でもない黒月の言葉に、先程まで『絶対反対!』という雰囲気だったクラスメイトも冷静さを取り戻す。
「闘争要請という言葉に、皆が嫌な記憶を思い出すのは仕方がない。だが……いい加減懲り懲りだろう。A組に毎度の如く絡まれるのは」
「ま、まぁ……そうだけどさ」
朝比奈の不在を黒月が埋めている。
本来、彼はクラスのリーダーを張って行けるだけの素養はあるんだ。ただ、朝比奈霞という正義の味方が規格外なだけで。
黒月のリーダー素質だって、橘、朝比奈、新崎に次ぐと言っていいだろう。
そして、彼の意見もまた正しく思える。
三つの王冠の奪い合い。
恐らくはクラスを3分割しての争いになるだろうが、C組は1学年のどのクラスよりも粒が揃っている。
3つのエリア。
うち一つを黒月と倉敷が。
うち一つを雨森悠人が。
うち一つを残る全員が。
と、そういう感じで戦力を分散させればA組とて力技でもひねり潰せる。
まぁ、どうやってそういう割り振りへと持っていくかは考えてもいないけど。
少なくとも、黒月は勝機が見えたからこそ賛成の意を示したのだろう。
「個人的には、詳細について聞きたいところだが」
「うーん……黒月くんの意見も分かるんだけどなぁ」
しかし黒月の意見に、倉敷は不安の意を続けた。
クラスを見渡すと、不安そうな生徒たちの姿が多く見受けられる。
その光景に黒月は少し眉を動かしたが、なにも言わずに腕を組む。
――クラス全員を言葉一つで納得させられるだけの、絶対的な説得力。
そんなものは、朝比奈霞の領分だ。
黒月には、まだそれだけの影響力はない。
「受ける受けないにしても……まだクラスの中で纏まりきってないし。……紅さん。納得させるって言ってたけど、どういうつもりでの発言なのかな?」
「そんなもの、A組とC組の戦力差を言葉に表して説明するしかないじゃない。アンタら揃って馬鹿なんだから」
余程C組に苛立ちが募っているのか、彼女の言葉端から多くの棘が感じ取れる。
「控えめに言ってC組は戦力過剰なのよ。朝比奈霞に、黒月奏。この二人の他に多くの王系異能保有者が居て、極めつけは……そこで興味無さそうにしてるクソ野郎よ」
興味無さそうにしてるクソ野郎?
はて、誰のことだろうか。
不思議に思って窓の外から教室の中へと視線を戻すと、多くの視線が僕へと突き刺さっていた。
……あれっ、もしかして僕のこと?
だとしたら勘違いだよ、紅秋葉。
「……紅。僕は興味が『無さそう』なんじゃない。本当に興味が無いんだ」
「……ッ」
僕の言葉にクラスの多くが苦笑いし、紅は目に見えて青筋を浮かべる。
「ちなみに僕は黒月の意見に賛成だ。闘争要請の地形と状況次第だが、A組なら僕一人でも完封できる」
「まぁ……危険かどうかは度外視しても、雨森ならマジでやってのけそうだがな」
腕を組み、難しそうな顔をした佐久間が言う。
クラスカースト最上位の彼の言葉に、クラス中が少し傾き始める。
空気に流される……というのはあまり褒められたことじゃないが、今回は都合がいいから放っておこう。
……にしても、霧道にボコられていた頃から今まで、少しずつ僕の強さをアピールしてきた甲斐が有ったな。
でなければ、僕の言葉は佐久間には響かず、クラスに影響を与えることもなかっただろうから。
ふっと、黒月からアイコンタクト。
『ありがとうございます』と。
……今回は相手が相手だしな。僕もできる限りの手助けはするつもりだ。
「……それが、私がアンタらを納得させられる根拠よ。控えめに言ってA組が勝てる要素が見当たらないもの」
断腸の思い……といった様子の紅。
自分たちが劣っていると理解していても、それを認めるのは苦痛が伴う。
それも、憎き相手を前にそれを認めるとなると、その内に燻る炎は大きく激しく燃え上がっていることだろう。
「……負ける可能性が高いと言うのに、なぜ挑む?」
ふと、黒月から声が上がる。
その言葉からも黒月の警戒が窺える。
……紅たちの後ろについてる、あの女。
身をもってその異質性、異常性を理解した彼だからこそ警戒心は最大値に近い。
「そりゃ、気に食わないからよ。C組が、雨森悠人が気に食わない。だから多少不利でもチャンスを作る。負ける可能性を度外視してでも、まずアンタらを勝負の場所へと引きずり出す。話はそれからでしょ」
馬鹿だ、と。
素直にそう思った。
一周回って清々しいほどの単純思考。
むしろ、思考が単純化する程に怒りを燃やしているのかもしれないな。あの目を見たら本当にそう思えてくる。
轟々と憎悪の燃える瞳。
それを真正面から見返して、黒月は大きく息を吐く。
「……断れば、元の木阿弥、か」
「よく分かってんじゃない」
黒月の言葉を受け、紅は不機嫌そうに鼻を鳴らした。
元より、A組もB組も『罰金上等感情ぶっぱ』ってイメージがある。
無論、教師がいたとて拳を収めないB組(新崎)と、榊先生の介入で逃げ出したA組とでは脅威の格は異なるけれど、……闘争要請を受けろとクラスメイトが犠牲になった前例もある。
紅の瞳に、殺意に。
クラスへと動揺が走り抜ける。
今のやり取りで一気に恐怖が伝染したな。
……この状況、朝比奈無しではまとめきれないか?
黒月を見ると、難しそうな表情を浮かべている。
闘争要請を受けるか否か。
受ける場合はどうやってクラスメイトを納得させるか。
断る場合は……A組の報復をどうするか。
同時に三つの思考を巡らせているはず。
……まあ、黒月は控えめに言って天才だけど。
これまで引きこもっていた分、経験は皆無に等しい。
さすがにこれは助け舟を出すべきか。
僕は少しだけ考え、発言する。
「僕個人が気に入らないというのなら、僕個人で闘争要請を受けようか?」
それは、なんということのない提案。
案外、みんな納得して賛同してくれるかな? なんて気持ちもあった。
だけど期待に反し、想定通りに。
その発言は反響を呼んだ。
「ちょ! 雨森、それはさすがに見過ごせないじゃん!」
「そうよ! あんたがいくら強いからってそれは無いわよ! あ、あくまでも人としてね!」
すぐさま火芥子さん、真備から否定が飛ぶ。
そのほかにも強烈な視線を感じて見れば、なんかブちぎれそうな佐久間、いつになくおっかない顔の錦町。ぷくっと膨れ顔の我が天使。とてもかわいい。
ふと視線を前に向ければ、前の席の烏丸が僕を振り返ってニヤけてる。
「たしかに雨森つよいけどなー! 仲間きけんにして俺らだけ助かる気なんてこれっぽっちもないんだな!」
「よく言ったぜ錦町。おい雨森、俺はお前を認めてるし信頼してるが、ダチは頼っても人任せにはしねぇ。そんな他人行儀なんざクソくらえだ」
二人からの声を聞き、僕はため息交じりに瞼を閉ざす。
この学園に入ってきて、唯一……とは言わないが、最大の誤算。
雨森悠人が1年C組に配属されたこと。
……そこのクラスメイトが、思いのほか仲間思いであったこと。
「これなら、入学当初から黙っとくべきだったな」
「あははー、雨森が黙ってたって、なんだかんだで今と変わらない感じになってたと思うぜ」
そうだろうか烏丸。
……いや、本当にそうかもしれない。
どっちにしろ、朝比奈霞は僕を放っては置かなかったろう。
その時点で、落ち着くところは大体一緒なわけだ。
「てなわけで! 雨森差し出すくらいなら戦ってやんよA組!」
烏丸が立ち上がり叫ぶ。
それを切っ先に、数々の声が上がり始めた。
「だよねー! 雨森傷ついたら佳奈ちゃんとか星奈ちゃんとか悲しむし!」
「ちょ!? な、なんで私があんな奴のために悲しまなきゃいけないのよ!」
「つーか、雨森に任せるとか、そんなの朝比奈さんが見逃さないっしょ!」
「そうだぜ! 仲間売るほど俺らも落ちぶれてねぇっての!」
先ほどまで二分していた賛成と反対が、一気に傾く。
完全に……とまではいかないが、8~9割は賛同だろう。
その様子を見ていた紅が苦々しく表情をゆがめる。
今回ばかりは同意見だよ。
友情ごっこ。合理性の欠品。
ただの勢い任せ。その場のノリ。
今回のコレはそういう類の代物だ。
だからこそ読みづらく、扱いにくく。
だが、利用できるのならば――何よりも簡易で効率がいい。
ま、僕に対しそこまで好意的でない同級生もいるし。
A組と戦うこと、朝比奈霞が参戦できないこと。
それらを『戦う』と言ってから理解したとて、もう言った言葉は覆せない。
それらの恨みは自己嫌悪となるか……あるいは、朝比奈霞が無事であると嘘吐いた倉敷と黒月へと向かうか。……そもそもの原因、朝比奈霞へと向かうのか。
そこらへんは彼らに任せる。
そんな程度で潰れるのなら、そもそも僕の隠れ蓑として役不足だ。
(鬼畜ですね……)
(この鬼畜野郎が……)
二人から念話が届く。
いいだろ別に。一番手っ取り早く話を済ませたんだから。
紅を見ると、偶然にも目が合った。
彼女は馬鹿だ。学力的にも知能的にも良くはない。
ただ、僕が発言してから空気が変わった。それくらいは分かるのだろう。
そして、橘月姫から聞いたであろう僕の情報。
それらを鑑みるに、彼女が『雨森の掌の上』と察するのは時間の問題だった。
「……脚先まで殺意で震えるのは、初めての感覚ね」
まっすぐに僕を見つめ、彼女は零す。
その視線は一瞬、僕の隣に座る小森茜を経由した。
しかしそれに第三者が悟るよりも早く、彼女は教室の外へと歩き出す。
だが。
「なら、戦うことで決定ね。細かいルールは……まあ、【ウチの頭】と黒月、あんたで決めてちょうだい。私は……ただ、雨森悠人を殺せればいいだけなんだから」
去り行く紅から、爆弾発言。
無論、僕も倉敷も黒月も、隣の小森も。紅の後ろにヤツが居るとは分かってる。
朝比奈も……まあ、人物特定までいったみたいだしな。
だが、その他大勢にとっては寝耳に水だろう。
「……っ!? ま、待てよ紅! お、お前らのボスって――」
「朝比奈も言ってたじゃない。【紅は黒幕の代理に過ぎない】って」
それは、紅にとっての精一杯の意趣返し。
そして、橘からの伝言と受け取ってもいいかもしれない。
『朝比奈霞は潰しました。そろそろ表に出ては? 私も、貴方も』とか。
きっとそんな感じだと思う。
あの憎たらしい女のことだ。
正真正銘、本気の戦いを望んでいるのだろう。
精も魂も、持ちうるすべてを総動員した、優劣の押し付け合いを。
しかし、それに対する僕の返事は決まってる。
『絶対に嫌だ』
うん、どこまでもそれに尽きるだろう。
疲れるだけだし。そこまでして戦いたくないし。
僕の思考を読んでか知らずか、黒月の声が響く。
「待て。紅の安直な言葉に乗せられるのは少し早い」
動揺していた皆は咄嗟に口をつぐむと彼を見た。
「俺も朝比奈も……確かに紅がA組のリーダーではないと確信していた。……だが、だからと言って黒幕ではないとは限らない」
「……うん。霞ちゃんや、新崎君みたいな絶対的なリーダーが、A組にはいないのかもしれない。紅さんたち5人を中心として動くクラス。そういう可能性もあると思うの」
黒月に続いて倉敷の補足が飛ぶ。
……まあ、一般的に考えたらそう見えるか。
C組は朝比奈霞の信念に協力する一強制。
B組もまた、新崎康仁の正義に従う一強制。
対するA組は、一般生徒の目から見ればあまりに『平等』に見えると思う。
絶対に彼、または彼女だ、という目に見える【先導者】の不足。
紅も、邁進も、ロバートも米田も。
熱原……はどうかは知らないけれど、こいつらグループを指して『リーダー』と呼んだ方がよっぽどそれらしい。
……だが、少しまずいな。
黒月、倉敷。
僕なら今の論理展開、一発でぶち抜ける策が思い当たったよ。
「……無論、体育祭での異能もある。雨森と戦った四人、熱原以外に、彼らと同等か、下手をすればそれ以上の怪物が居るのは間違いないが、必要以上に紅の言葉で踊らされる必要は――」
黒月が、その可能性に触れた。
――その、直後だった。
教室の前のドアが開き。
その奥から、アルビノの少女が姿を現したのは。
誰より優れ、誰より神に近い生命体。
私は私であることに誇りを持っていますし。
強者であることを、何ら隠すつもりはないのです。
さぁ、始めましょうか。
これよりは、私も表として動きます。
次回【登壇】




