1-10『雨森悠人』
学園生活、3日目。
弱者の皮を破り捨て。
ついに、狂気は動き出す――。
――面倒くさいのは、嫌いだ。
回りくどいのも好きじゃない。
すぐ終わらせられることをわざわざ引き伸ばすのは面倒くさいと思うし、スッキリしない。
だから、終わらせることが出来るなら、その瞬間に終わらせる。
終焉を確信できた瞬間に、終結させる。
じゃないと、それは単なる娯楽になる。
そして僕は、他人を蹴落すことに娯楽を感じないし、そこまで人間として終わってもいない。
……まぁ、人を地獄にたたき落とすことに何も感じない時点で、ある意味それは前者よりも『終わっている』と言えるのかもしれないが。
兎に角、僕もそろそろ動き出そう。
教師による校則のねじ曲げ。
決して分かり得ぬ霧道の言動。
そして、正義の化身、朝比奈霞。
加えて、僕と朝比奈嬢の他にまだ二名、この学園には校則違反を免れた奴が存在している。
彼らが朝比奈に劣る理由はどこにもない。彼らが敵としてC組の前に立ち塞がった時、クラス内不和に構っていられる余裕はない。
――つまり、何が言いたいのか。
「霧道を排除する。手を貸せ倉敷」
僕は、目の前の少女へ向けてそう告げた。
☆☆☆
「…………えっ?」
彼女は、長い沈黙の後に小さく呟く。
その目は信じられないものを見たとばかりに見開かれており、ぱくぱくと口は開閉している。
――放課後。
あの後、倉敷へとメールを送って彼女を放課後に呼び出した僕は、誰にも使われていない空き教室を対談の場に選んだ。
「い、いきなり何を言って――」
「……いい加減、下らない演技は止してくれ」
鋭く切り出す。
いつかのように、彼女の顔が思いっきり強ばる。
――倉敷蛍。
このクラスの委員長。
明るく元気な、ムードメーカー。
他人を思いやることの出来る優しさを持ち、教師にも率先して発言していく様は、まさしく『クラスの代表者』足り得るものだ。
もちろんその優しさには僕も救われたし、毎度毎度殴られる僕を介抱してくれるその様子はすばらしい人徳者のそれでもある。
だが、しかし。
「あまりにも素を出しすぎたな倉敷。……いや、それもわざとだろうが」
僕の言葉に、倉敷の肩が跳ねる。
最初に彼女という存在を認識したのは、教室の中を覗き込んだ時だった。
クラス委員長的な存在。
模範的な優等生。
彼女への第一印象はそんな感じ。
それが明確な興味に変わったのは、僕が自身の異能を吐露した時のこと。
あの時、僕の異能を聞いて笑っていなかったのは、視認できただけで五名だった。
うち一人は朝比奈霞。
二人目と三人目、四人目は僕同様に無表情を貫いていた男子二人と、女子一人。
そして、最後の一人は――
「お前、なんで僕の異能を笑わなかった?」
そう、この人物『倉敷蛍』であった。
僕の言葉に彼女の肩が目に見えて跳ね上がる。
彼女はすぐに言い訳でも考えついたか口を開きかけるが――悪いな、面倒な問答を続けるつもりは毛頭ないんだ。
「榊先生から、本当の異能を教えるか、はたまた嘘の異能を教えるか。そう告げられた時、お前はたしか悩んでいたな。優等生なら迷うべき場面じゃないだろうに」
「……よく、見てるんだね」
なんとか倉敷が声を返す。
彼女の肩は小さく震えていたが、それは僕に対する恐怖からではないだろう。
「お前は考えた、嘘と真と、どちらを告げるか。そんな中、最初の人物が口にしたのは、どっからどう聞いても『嘘』としか思えない異能だった」
馬鹿なら笑う。見下し嘲る。
が、賢者は疑う、嘘ではないかとまず疑う。
まぁ、我らが朝比奈嬢は疑うよりも先に正義の心が云々と言った感じなのだろうし、無表情の三人は内心が読めないから馬鹿か賢者かわかり兼ねるが――その分、コイツは非常にわかりやすい。
「――お前、疑ったろ」
そう、彼女は疑った。
自分がやろうかと考えていた【嘘】。
今、目の前で先生から『得策ではない』と、バレれば信頼を失うとまで脅された【嘘】。
それを躊躇なく、一番最初からぶっぱなして見せたのだ。
まぁ、僕の能力がホントかウソかは別として、彼女はおそらく僕の正気と、加えてその能力を疑った。だからこそ笑う暇など無かった。周囲の空気に乗り切れなかった。
「そんでもって極めつけ。お前、100,000円の罰金覚悟で保健室まで来たそうだな。聞いたよ、榊先生曰く『私は本物と仮病を見誤るほど馬鹿ではない』だそうだ」
この女は、あろうことか100,000円もの金額をドブに捨てた上で、僕の居る保健室へと足を運んだ。
それは恐らく、僕を見定めるためだろう。
霧道との戦闘では異能を発動する暇もなく負けた。というか、見せるつもりなど毛頭なかった。
だからこそ、この女は確信できなかった。僕の言っていた能力が本当かどうか、確認することが出来なかった。
だからこそ、見定めようとした。
この僕が考え無しのバカなのか、或いはそれ以外の何者か、なのか。
僕は倉敷を見据える。
睨むような僕の視線を受けて。
きょとんとしていた倉敷は。
――直後。
一転して、満面の笑みを浮かべた。
「あはっ!」
……笑い声。
まるで気でも狂ったような。
甲高く、気味が悪く、気分の悪い。
好感とは正反対の性質を持つ声色だった。
彼女は笑っている。
腹を抱えて。
瞳の縁に溜まった涙を拭い。
――されど、直後には。
笑顔など抜け落ちたように。
無表情の倉敷蛍が立っていた。
「――流石だよ。雨森くん」
その姿は、僕には亡霊に見えた。
大切なものを魂ごと抜け落としたような。
普段の倉敷蛍を見ていたからこそ。
今の彼女は非現実的で、夢想的で、されど彼女の足音が『これは現実だ』と突きつけて来る。
彼女はくるりと振り返って、ドアの方へと歩き始めた。
その背中にはいつものような元気はない。
僕はそんな彼女の背中を眺め――次の瞬間、ガチャリというロック音にて意識を覚醒させる。
「誰も居ない空き教室に、二人っきり」
それだけ聞けば、どれだけ青春っぽいだろうか。
されど振り返った彼女の瞳はどこまでも冷たく澄んだ光を灯しており、その口調は先程までの『委員長』とは一変していた。
「なら、もう隠す必要はねぇよな? 雨森悠人」
一応念のために言っておく。
今の男らしいセリフを言ったのは、間違いなく目の前の少女『倉敷蛍』本人である。
彼女は纏めていた髪を解く。
オレンジ色の髪がバサリと降ろされ。
キラキラと輝かしかった瞳は、今や濁った泥のように陰っている。
「正解だよ、雨森。私は私の同類を探してた。だからこそ、同類なら見破れる程度に杜撰さを出して、隙って名の餌をチラつかせてた。……ま、結果としちゃ、私がアンタの餌に食いついちまった、って訳だけど」
かくして彼女は僕を見据える。
その瞳にはどこか愉悦が見え隠れしており、彼女は一切の迷いを持たず、断定するようにして口を開いた。
「なァ、テメェの『異能』、ありゃ嘘だろう?」
僕の異能――【目を悪くする】。
まあ、否定も肯定もしないでおくよ。それが嘘だと思いたいなら好きに思ってくれて構わない。それで損することも、逆に得することも無さそうだしさ。
「……否定しないか。ま、好きに受け取らせてもらうさ。なにせあの勝負の時、霧道の動きを完璧に視認してたくせに微動だにしなかった野郎だ、マトモな神経してるわけが無い。あえて自分の力を隠してる……だなんて、そんなこともあるかと思ったんだがな」
「冗談か? 普通に負けてたと思うんだが」
「……下らねぇ演技は止せ、って言葉。そっくりそのまんまテメェに返すよ嘘吐き野郎」
演技? ……うん、演技か。
僕のは演技と言うよりは、お前の言う『嘘』だと思うけれど、そこら辺を突き詰めたってしょうがないだろう。
「この際だ。それだけの洞察力持ってる野郎がなんで目立たねぇようにしてるのか、詳しいことは一切聞かねぇ。ただ、これだけは聞かせろ雨森」
彼女の厳しい声が響く。
――そして、気が付けば僕の体は壁に叩きつけられており、僕の胸ぐらをつかみあげた彼女の瞳が至近距離から僕を覗き込む。
「テメェ、一体何が目的だ?」
僕の目的。
問われて初めて考えてみる。
榊先生にも似たようなことは聞かれた。
僕の真意、それは一体何なのか。
……そう考えるとやっぱり、僕の根底は酷くシンプルで、惨いほど純粋だ。
「……そう、だな。自由に生きたい、とでも言っとくか」
「自由、だと?」
僕の言葉に、彼女の体から怒気が膨れ上がる。
ふざけてるとでも思ったのかな。まぁどうでもいいけれど、せめて話を聞くなら最後まで聞いて欲しいもんだ。
「束縛されるのが酷く嫌だ。この学園が反吐が出るほどに鬱陶しい。上から目線で縛ってくる教師陣が、学園が、滅ぼしたいほど憎らしい」
その言葉には、彼女の動きが硬直する。
そうだ、僕はこの学園が嫌いなのだ。
自由を求めてここに来た。
それ以外の何も求めちゃいない。力も、知識も、友達も、彼女も、何ひとつとして求めちゃいない。
ただ一つ、自由が欲しかった。
だからこそ、その自由が奪われ、ただ想う。
「――あぁ、ぶっ壊してしまいたい」
そう、僕は笑った。
感情の一切を僕の顔は映さない。
ただ、それでも唯一、歓喜だけは映し出す。
冷たい狂気に歪んだ、満面の笑み。
一体僕は、どんな瞳で彼女を見上げているのだろう。
僕の瞳を見下ろしていた倉敷の体が今、初めて僕に対する恐怖に震える。
「荒れると言ったな、その通りだ。朝比奈霞はこの学園において『校則』よりも『教師』が上位に立っていると気がついた。気がついてしまった。そして彼女の今回の言動でクラス全員――下手すれば学年全員がその事実を共有する。その結果、おそらく奴の正義感はクラス全体を巻き込み、学園全土を揺るがすほどのクーデターを引き起こす」
彼女にはそれだけのカリスマが備わっている。
なにせ、暴言を吐き捨て煽ったはずのクラスメイトたちに、それでも一方的に慕われているのだ。それだけで彼女がどれだけのカリスマに溢れているかが素人目にも分かる。
そして、彼女は近日中にそのカリスマを総動員し、クラス中をまとめあげて学園に反旗を翻すだろう。
それはもはや覆しようのない、近く起こるであろう未来予測だ。
そして、そのクーデターにおいて、クラスの輪を著しく乱している不穏分子は――正直、不要極まりない。
「だから、不要なモノは切り捨てる。事前に裏から排除する」
さらに言ってしまえば――
「僕らが【光】の裏になる。朝比奈が裁けない不要を、僕らが【闇】に葬り去る」
その言葉に、倉敷が僕の胸ぐらから手を離す。
その瞳には溢れんばかりの驚きと、恐怖と、そして僅かな歓喜が滲み出しており、その口角は自然と吊り上がっている。
「……アンタ、イカれてるよ。絶対に」
「ああ、知ってるさ」
他人を蹴落すことに、なんの感情も抱かない。
例えば自分の目的のため、顔と名前しか知らない赤の他人の精神をズタボロに切り刻み、ボロ雑巾のように捨てたとしても、きっと自分は何も思わない。というか、思えない。
下手すりゃ数日後には忘れてるまで有り得る。
他人の人生踏みにじって、そんでもって平然と暮らしていける人間を、誰が『正気』と言えるだろうか。
「学園を潰すのは、基本的に朝比奈霞に全任する。まぁ、アイツがあまりにも使い物にならなかったらその時はその時だが、僕らはあくまで、彼女が『正義』として為せなかった不穏分子の排除、そして朝比奈霞の誘導を行う」
そのために必要なのは、朝比奈の比較的近くにあって、クラスからの信頼を一手に受けるような優れた人材。
そして、朝比奈霞の裏にいる人物……雨森悠人の【囮】も一人欲しい。
まぁ、後者は後々にクラス内から選定するとして――
「話して察した。いくら誘導しようと朝比奈霞は霧道の排除を望まない。だから、僕らで秘密裏に奴を終わらせる」
霧道走は、何がどうあっても排除する。
そのために必要な伏線と道具は全て揃えた。
奴の思考も重々把握した、既に奴の思考誘導も済んでいる。
ならば後は――潰すのみ。
「霧道一人潰すなら僕単体でも十分事足りる、が。この先のことを考えると、お前のような有用な人材が必要になる」
こうして自らの根底を吐露した以上、この女は意地でもこちら側に引きずり込む。泥沼に足首どころか頭の先までどっぷり浸かってもらわなきゃ話にならん。
彼女の手を握りしめると、彼女の体を抱き寄せ、その瞳を逆に至近距離からのぞき込む。
「倉敷蛍、お前が必要だ。僕に手を貸せ」
果たしてこの狂気の行き着く先は一体何処か。
そんなことは分からないけれど、とりあえず。
ここから全てを始め、行けるところまで突っ走る。
――今は、そんな所存である。