8-3『脱落者』
「朝比奈だが、心身の問題から休ませている。今回は倉敷や私の判断だ。欠席によるペナルティなどは一切ない」
翌朝、榊先生はそう告げた。
クラス内には小さくない動揺が走る。
昨日の時点で早退していた朝比奈だったが、今まで一度の欠席も早退も遅刻もなかった模範生が、唐突な欠席。
しかも、学園側の先生が認可したほどの重症だ。
これが他の誰かならクラス全体が動揺することもなかっただろうけれど、今回休んでいるのは朝比奈霞だ。
「だ、大丈夫なのかな……?」
「昨日も途中から居なかったもんね……」
「ただの風邪……ならいいけどよ」
ぼそぼそと声が聞こえてくる。
彼らも分かっているんだろう。
風邪ならばまだいい。
だが、この学園には異能がある。
何者かに異能を行使された故の体調不良であれば、復帰はかなりの時間を要する……かもしれない。
その間、クラスは絶対的なリーダーを欠いた状態で動かなきゃいけない。
多くの生徒が動揺、不安を浮かべているのはそれが理由だろう。
「……脆い、な」
「? 雨森なんか言ったか?」
「いいや、何でもないよ烏丸」
改めて思い知らされるこのクラスの欠点。
確かにこのクラスは統一性も結束力もある、それなりにまとまったクラスだろう。
だが、所詮は『それなり』だ。
リーダーの支配力ではA組に劣り。
クラス全体の結束力ではB組に劣る。
あくまでも、それなり、だから。
こうして頭を失った時も、それなりの動きしか出来なくなる。
……まぁ、何も出来なくなるのを防ぐため、倉敷と黒月を控えさせていた、ってのもあるんだけどさ。
やがてホームルームが終わる。
次の授業まで、数分間の自由時間が与えられた中、早速二人は動き始めた。
「はいみんなっ、ちゅーもーく!」
「大事でもないのだが、一応、朝比奈の状態について説明しておこうと思う」
倉敷と黒月の言葉がクラス全体の注目を集める。
榊先生もまた、『お手並み拝見』とでも言いたげな目で僕を一瞥したあと、二人へと視線を向けた。
「ここしばらく、朝比奈は少々無茶を決行している様子があった。B組との決着は着いたにせよ、まだA組とのいざこざが残っている今、このまま潰れてもらっては俺達が困る」
普段から無駄な言葉を口にしない人間……それも、黒月のような結果を残している人の言葉は説得力がある。
黒月のもっともらしい言葉にクラスから安堵の息がこぼれた気がした。
「と、いうわけで! まぁ、あんまり重症でもないんだけどさ、今のうちにしっかり休んでもらってるわけだよ! ついでにA組対策も考えてもらっているよん!」
よく良く考えれば、『なぜそれで学校側が認可したのか』という疑問が浮かぶ。
多くの生徒たちが納得したとしても、三割は疑問符を浮かべていた。
だが、それらの疑問が発せられるより先に動いた男がいた。
「なるほどなぁー。榊先生も融通効くんですねぇ、やっぱし先生もA組のことは警戒してるんすか?」
前の席を見れば、なんにも考えていなさそうな烏丸が榊先生を見ている。
……この男、バカなのか。あるいは惚けているだけの秀才なのか。
烏丸の言葉に目を丸くした榊先生だったが、今回は彼女も協力的だ。
「私から語ることはそう多くはない。ただ、A組が厄介だということは間違いないだろうな」
偶然か、意図的か。
烏丸の一声で残っていた疑問も解消される。
榊先生にしたって明言することなく『A組が心配だから朝比奈の療養に目を瞑る』と生徒たちへと勘違いさせた。
本当は、朝比奈霞は重症のはずなのに。
だけど、今はこれが最善だ。
まとまりきっていない今のクラスに、これ以上の不安要素は落とせない。
これが2年、3年ともなれば話は別だが、出会って1年も経たないクラスに多くを求めるのは酷だろう。
「さて、話は終わったようだな。それでは本日の授業を開始する。全員、席に着け」
榊先生の声で教室内も普段の空気へと戻っていく。
しかし、それはあくまでも雰囲気だけ。
実情は何ひとつとして進展していない。
……今は、これが最善。
ならば、これから先は?
僕は人知れず溜め息を吐く。
仮に、朝比奈霞がA組との決戦までに復帰することが出来なければ。
そうなれば、ほぼ確実に負けが確定するだろう。
☆☆☆
「無理だな。ありゃ暫くは起きてこねぇよ」
倉敷蛍は断言した。
放課後、夜宴の教室にて。
彼女の言葉を、僕は静かに受け止める。
「……」
「おい、こりゃテメェの想定内か?」
いつも以上に荒々しい倉敷が問う。
「僕も全てが予想出来てるわけじゃない。……今回に関しては想定の外側だ」
「……随分と素直じゃねぇか。それとも、それもお得意の嘘っぱちか?」
さてな。嘘だったらいいなとは僕でも思うよ。
「A組との戦争。雨森さんが異能以外の全てを使い、朝比奈が万全の状態で……それでも厳しいとは思っていましたが」
「あぁ……クソッタレが。私らが力を隠せるだけの余力が無くなっちまったじゃねぇか!」
私ら、とは倉敷自身と僕のことだろうか。
彼女の全力はまだ見た事がない。
僕に対して異能名すら明かしていないくらいだ。その全容がどれだけのものかは知らないが……。
「兎も角、今回、朝比奈は諦める。……無論、戦力差は大きく広がったがな」
僕に屠られたとはいえ、A組のアホ4名。
加えて加護持ちの熱原永志。
それ以外の生徒たちもA組に選ばれるだけの天才、秀才ばかりだと仮定して……。
その上での橘月姫が控えてる。
絶望的な戦力差だが……まだ、負けが確定したわけじゃない。
「A組はこれよりお前たち二人が先導しろ。仮にC組が負けたとしても、引きこもってたあの女の自業自得だ」
「お前……本当に朝比奈には厳しいよな」
倉敷が少し引いたように言う。
朝比奈が戦力外なら、そうと知った上で作戦を立てるだけ。
使えないなら切り捨てる。
もしもここで潰れるのなら……、僕の見る目が無かっただけだ。
「戦争直前にやられていればもっと深刻だったかもしれない。そういう意味では、今回は橘の無駄なプライドに救われたな」
一刻も早く朝比奈霞を潰して、僕に『橘>朝比奈』とアピールしたかった。
大方そんなところだろう。
僕に対する執着が、完全なるチェックメイトへの一手を鈍らせた。
……まぁ、そこら辺もあの女なら全て分かっていそうなものだけれど。
「A組との戦争がどう言ったものになるかは分からない。だが……大方は想像できる。シンプルな戦いで、あの女が好きそうなもの。加えて雨森悠人の一強にはならないルール」
「つまりは……なんだよ?」
殴り合いではなく。
頭脳較べでもなく。
あくまでもチームで勝敗を決めるもの。
「まぁ、それも明日になれば分かるだろうな。朝比奈霞が潰れたこのタイミング。C組を押すとすれば今この瞬間しか有り得ない」
「……明日には、闘争要請があるってことですか」
あぁ、間違いない。
僕の言葉に二人は互いに視線を交わす。
これ以上、僕からの言及は避けておく。
……おそらく『これ』だろう、という予想はあっても、確実とは言えないからな。
あとは、明日のお楽しみ、ということにしておこう。
二人は朝比奈についてもっと話したかったようだが、僕からアイツに話はない。
話題も出切ったようだし、その日はそれくらいにして夜宴を締めた。
☆☆☆
「闘争要請を申し込むわ」
翌日、朝のホームルーム前。
生徒がある程度集まり、あとは榊先生を待つだけになった時間帯。
A組の代表――紅秋葉は宣言した。
一瞬、倉敷と黒月から僕へと視線が飛ぶ。
それらはA組からのスパイ……小森茜を経由し、再び教室の前へと戻った。
「……どういうことかな、紅さん」
「聞こえなかったかしら、C組の落ちこぼれ。あんた達に戦争を仕掛けるって言ってんの。耳糞詰まってるなら引っ込んでいてくれる?」
倉敷の言葉に、紅は煽る煽る。
倉敷は傷ついたような表情を浮かべ、それにはクラスの面々も怒り爆発。
「おい! いきなり来て何言ってんだ!」
「なに上から見てやがんだよ。どっからどう見ても負け犬はそっちだろ」
「そうよそうよ! 前回、雨森くんにボッコボコにやられてるじゃないの!」
「まだ懲りねぇってんなら雨森仕掛けさすぞこの野郎!」
「そうだそうだー!」
「……この屑どもが」
C組の大ブーイングに紅は青筋を浮かべる。
僕としては、何故か雨森って名前が狂犬みたいな扱われ方していてびっくりなんだが。
まぁ、A組に対する抑止力としては僕が最適だとは思うけど。
「紅。雨森との決着をつけたいのは分かる。だが理由がないだろう。俺達も、お前たちにも」
そう言ったのは黒月だ。
「お前たちは当初、八咫烏の正体が雨森悠人だと考え、接触し、決戦に至った。だがその結果はただの勘違い。ならば、八咫烏を追う貴様らにC組と戦う理由はあるまい」
「あ? 雨森が八咫烏じゃないって明確な根拠がある訳? そいつの異能、本当は『分身』とかじゃないワケ?」
しかし、紅も下がらない。
分身……か。そう偽った時もあったな。
しかし、紅のその場で思いついたような意見に同意するものは一人もいない。
……このままだと無駄な時間が過ぎるだけだな。
文化祭の出し物について話し合いもあるんだ。これ以上長引かせることは出来ない。
「紅、その闘争要請……こちら側のメリットを提示できるのか?」
僕の問いに、少し教室が静まり返る。
妙な空気だな……と思っていると、タイミング良く黒月から念話が入った。
(雨森さん、ご自身で思ってる以上に影響力ありますからね? 力量もそうですし、朝比奈のお気に入りですし、頭も良さそうな雰囲気してますし)
嘘だろおい。
とは思ったものの、余計な考えをしている間にも返答があった。
「メリット……ねぇ。一応考えては来たわよ。【敗北クラスは卒業まで、勝者クラスへと絶対服従しなければならない】ってルール」
「「「……っ!?」」」
あまりにもあっさりと。
とんでもなく重要なことを、紅は零した。
「そっ、そんなのって――」
「あー、はいはい。不満や不安が出るのは分かってたわ。だから先に説明させてちょうだい。納得させるから」
それだけの材料があるのか。
かくして紅は、闘争の内容に触れ始める。
「闘争内容は【陣取り合戦】で行きましょう」




