8-1『メイド喫茶』
新章開幕!
第8章は今までで最大規模の章になります。
A組との最終決戦、どうぞご覧ください!
……と言いつつ、一発目からこんなお話をお届けします。
学園祭。
それは学生にとっての最大のイベントだ。
辛いことも多い学園生活。
外界からは隔絶され、全てが揃っているとは言っても……様々な面で拘束されることは少なくない。
そんな中。
学園祭こそ、学生たちが待ち望んだ最大のストレス発散の場。
クラスの出し物に、体育館ステージでは演劇やライブなど、様々な行事が行われる。
教師たちもその日ばかりは多少の『オイタ』には目を瞑り、どころか一緒になってはしゃぐ者もいる。
そう。
誰しもテンションが上がってしまうこの日。
僕は、目の前の光景を見てぶっ倒れた。
「あっ、雨森ーーーッ!?」
受け身も取れず、後頭部を床に打ち付ける。
直立不動のまま倒れた僕に、近くにいた烏丸が焦ったように駆け寄ってくる。
「雨森! 大丈夫かッ!?」
「尊死。つまりはそういう事だ……ガクッ」
「あ、雨森ーーーッッ!」
途中で喋る気力も失った僕を、烏丸は親友を亡くしたが如く絶叫する。
そんな光景を見ていた火芥子さんが、呆れたように僕の足を蹴った。
「ちょっと雨森、失礼って言葉知ってる?」
目を開けば、腕を組んで僕を見下ろす火芥子さん。
頑張って覗けばスカートの中まで見えそうだったが、今は不思議と邪念が無い。まるで、女神の神聖なるオーラに心身の穢れを浄化され尽くされたみたいだ。
「火芥子さん。スカートが危ういぞ」
「そう思うならさっさと起きなよ。というか、雨森はそういうの見ない人じゃん」
火芥子さんに言われるがまま、僕は烏丸の肩を借りて何とか立ち上がる。
彼女を見れば……すごく似合ってるな。
メイド服に着替えた火芥子さんが立っていて、その後ろには自信満々に胸を張る天道さんも居た。
同じくメイド服姿だ。
「似合ってるな、二人とも。クラスの出し物にメイド喫茶を推した奴を褒めちぎりたいくらいだ」
「あっ、ちなみに最推ししてたのは俺だぜ!」
隣の烏丸が自信満々にそう言った。
だろうな。と、そう思った。
女子たちの居る眼前でそんな意見を押し通せるのは、男子の中じゃお前か錦町くらいなもんだろう。
え? お前は出し物を決める時に居なかったのか、って? つまらなそうだから目を開けたまま寝てたよ。校則違反はおっかないからね。
「あれー、雨森? 私たちにも言って欲しかったけど、先に言うべき人がいるんじゃないのかなー?」
そんなことを考えていると、火芥子さんがニタニタと笑いながら言ってくる。
僕は視線を二人の背後へと向ける。
そして、光が瞬いた。
「ぐっ……!」
「あ、雨森! 大丈夫か!」
思わずよろめいた僕を烏丸が支える。
……あぁ、分かっているさ。
最初にメイド服の感想を言わねばならない人がいる。……いや天使か? もしかしたら女神かもしれない。いや女神だろう(断定)。
しかし、しかしだ!
感想を言いたいってのに、その姿を目に入れた瞬間、僕の脳内が【尊死】の二文字で埋め尽くされる……ッ!
「む、無茶するな雨森! 確かにメイド服は大切だぜ! だ、だけどな! 頑張ってりゃ来年も見れるかもしれねぇ! ……いや、俺が来年もメイド喫茶を推してやる! だから、こんなところで命を無駄にするな!」
「か、烏丸……」
僕のピンチを悟ったか、烏丸が言う。
……ありがとう、烏丸。
いけ好かないチャラ男だとしか思ってなかったけど、良い奴だなお前。
だけどさ、烏丸。
未来よりも大切な今がある。
そう! 来年のあるかどうかも分からぬメイド服より、今目の前にあるメイド姿を脳裏に決死で焼き付ける!
そっちの方が重要なんじゃないのか!
「……大丈夫さ、こんな所では僕は死なない」
僕はそう言うと、前を向く。
閃光が眼球を焼いてゆく。
聖なる光が体を貫く。
なんという可憐さ、なんという美しさ。
人間の内にある造形美をはるかに超越した、美の終着点。
水着なんていうちっぽけな布とは比べるべくもない、最終兵器服、メイド服。
それが、あろう事か――我らが天使に装着された。
「あ、雨森……くんっ」
声が耳朶を打つ。
視覚だけで限界を迎えていた僕の意識は、一瞬だけホワイトアウト。
しかし直ぐに気を取り直して、歯を食いしばって前を向く。
視線の先に佇んでいるのは、メイド服の星奈さん。
彼女の姿を直視して。
僕は、何とか言葉を絞り出す。
「星奈さん……君がナンバーワンだ」
言うだけ言って、僕の意識は闇へと落ちた。
そして数秒後、火芥子さんに蹴り起こされるのであった。
☆☆☆
時間帯的には、既に放課後。
学園祭も間近に迫り、ほぼほぼ出し物の準備も完成してある。
一応は『学園祭の準備期間』ということなので、教室内では内装組の生徒たちが雑談に興じていた。
そして、僕もその中の一人だった。
「雨森くんって凄いよねー。A組とバチバチやってるって最中に、あそこまで無防備に気絶できるだなんてー」
「倉敷さん。棒読み」
並べられた座席の一角に座る僕の前で、倉敷蛍は頬杖をついて座っていた。
彼女もまたメイド服姿だ。
見慣れたはずの彼女だが、いざメイド服を着ると……すこし妙な感じがする。
多分、この姿を見た多くの男子が倉敷蛍に落とされるだろう。結果すら見ずに断言出来る。
「そもそも、A組で警戒するべき相手は少ないからな。相性で言えば……熱原と紅くらいだろう」
「随分な自信だな。……まぁ、それを否定出来ぬほどの力を、お前は示した訳だがな」
同じ席に座っていた黒月がそう言う。
あくまでもここは、公の場。
自教室の中だ。
誰が聞いているとも分からない中で、僕は橘のことは口に出来ないし、黒月も今のキャラを崩すことは出来ない。
「あれっ、雨森くんたち……珍しい組み合わせだね?」
「井篠か」
近くにやってきた井篠が、不思議そうに首を傾げてそう言った。
Theおとこの娘の井篠だが、断固としてメイド服の着用は拒否したらしい。
聞くに、女子たちが無理やり服を着させようと迫ったらしいが、全部受け流してしまったのだとか。
「……下手に、力を教えるもんじゃないな」
「あはは……僕も自分で驚いてるよ」
井篠はそう言って頭をかき、それを見た黒月が席を立った。
「まぁ、特に決まって話したいことがあった訳でもない。用もあるので失礼する」
「うんっ! 学園祭の準備頑張ってねー!」
黒月を倉敷がそう言って見送る中、徐々に僕の周囲へと人が集まってきた。
といっても、いつもの文芸部メンバーはほとんど教室には残っていない。
なので、こっちに来るのは決まって煩いやつばっかりだ。
「あ、雨森くん! そ、その……私もメイド服着てみようかと思うのだけれど……どうかしら?」
「雨森ー! B組が腕相撲の出し物開くんだってさー! 一緒に遊びに行かないかー!?」
朝比奈嬢と、錦町。
なんという最悪なメンツか。
精神と鼓膜を同時に攻撃してくるなんて……もしかして僕のことが嫌いなんだろうか。
「済まないな錦町。B組の皆には嫌われていてな。せっかくの文化祭……僕みたいなのが顔を出しても可哀想だろ」
「…………あ、あの、雨森くん? なんで私はスルーされたのかしら?」
さぁな、興味がなかったんじゃないか?
なーにが『メイド服着てみたいんだけど』だよ。勝手に着てろ。
まるで恋する乙女みたいなことを言い出すんじゃないわよ。
「ん? 居たのか……。錦町の声が大きくて気づかなかったな」
「雨森くんは呼吸をするように嘘を吐くねー。霞ちゃん、今のは嘘だよ。雨森くんは霞ちゃんと話すのが恥ずかしいんだー」
倉敷がニヤニヤ笑ってそう言った。
ぶち殺すぞてめぇ、と二人きりなら明言していると思うが、ここはあくまでも公衆の場。
僕は机の下で倉敷の脛を蹴った。
「痛っ!?」
「済まない、わざとだ」
気にすることなく言い放つと、倉敷の額に青筋が浮かんだ。
「あ、雨森くん……、自分が思ってる以上にゴリラなんだからね!? 結構蹴られる側としても痛いんだよ!」
「知っている。その上で妥当だと判断しただけだ」
ドロッドロの内心が絡み合った口喧嘩。
決して楽しいようなものでもないが、僕らの小競り合いを見ていた朝比奈嬢は違う感想を覚えたようだ。
「な、仲がいいのね、二人は……」
「倉敷さんは誰とでも仲がいいだけだろ。事実、僕はさほど仲がいいとも思っていない」
「失礼なー! 雨森くんとはクラスきっての友達だと自負してるんだけどね!」
「そうか……」
倉敷は自信満々にそういうため、僕もそれ以上は言い返すことはしなかった。
「「仲がいいんだねー(なー)」」
何を勘違いしたのか、井篠と錦町がほんわかしたような顔で頷いている。
……いや、真面目に何を勘違いしたんだ?
もしかして、本当に僕と倉敷が仲がいいと思われているんだろうか?
別に思われて損することは無いんだが……なんか嫌だな。
僕は席から立ち上がると、逃げるように歩き出す。
「内装の方も大丈夫そうだし、少し他のクラスの見学に行ってくる」
「あっ、それじゃあ僕も――」
「いや、実際にはただの散歩だ。井篠は錦町の相手でもしてやってくれ」
黙ってたら、平然とついてきそうな井篠と錦町。井篠には悪いと思ったが、錦町の声は鼓膜に悪いので彼に預けようと思う。
散歩って言っても用事すらないし、単純に今の教室の空気から逃げたいだけなんだ。
恋愛とか、友情とか。
そういう『分からない感情』の話をしても、つまらないだけだしな。
僕は一人そう思い、教室の外へと歩き出す。
その時、僕は背中に視線を感じる。
……朝比奈嬢の視線か。
いつもとは少し違う、変な空気だ。
少し気になったが、わざわざ確かめるようなものでもない。
僕は教室をあとにする。
その変な視線は……僕が教室の扉を閉めるまで、ずっと背中に突き刺さっていた。




