7-16『後日談』
少年、少女はかく語る。
畏怖する、天才のことを。
敬愛する、敵のことを。
「雨森悠人は、私の同類ですよ」
橘月姫は口にした。
闘争要請から既に数日。
目が覚めたA組の面々と、小森茜を前にして、彼女は悠々と紅茶を飲んでいた。
「といっても、私にあれだけの戦闘能力はありません。純粋な腕っ節だけで言えば……おそらく、彼は最強の名に相応しい」
学園の外、世界にまで目を向ければ……きっと、彼より強い存在も居るのだろう。
だけどそんなものは極小数。
天賦の才を持ち、それでいてその人生を全て武に注ぎ込むような狂人だけだ。
少なくとも、彼に優る武は、この学園には存在しない。
「……まぁ、多くは語りませんよ。彼もそれは望みはしないでしょうし。……というか。彼が怪物であるなど、既に分かりきっているでしょう?」
橘月姫は視線を移動する。
目の前には鋭い視線で橘を見る生徒たちの姿がある。だけど、その視線が捉えているのは橘月姫の姿ではないと、彼女自身、よく分かっていた。
「……ひとつ聞くわ。あるのよね。あの化け物をぶっ潰す方法」
紅の言葉に、彼女は頷き返した。
「難しい注文ですね。そう多くはない上に、確実性があるものは何一つとしてありませんよ」
「それで十分よ。だって――次は殺すもの」
紅はそう告げて、拳を握る。
勝てないと、身に染みて理解した。
抗いようもない天災だと確認できた。
だが、だからといって収まる感情ばかりでは無い。
(面倒なことは疾く終わらせる。……貴方のその性格、瞬殺という結果が、今回ばかりは私の有利に働きましたね)
小森同様に嬲られていたならば、少なからず戦意に支障が出ていただろう。
だが、結果は瞬殺。
彼女らの憎悪は一部も揺るがず、……どころか、火に油が注がれたようなモノだ。
(腕力で全ての人間を従えられるわけでない。従えられるはずがないのですよ。……でなければ、過去の数多ある国々は滅んではいない)
圧政に反発するもの。
反旗を翻すもの。
彼らはどの時代にも現れる。
……きっと、雨森悠人は知らないのだろう。
A組は、そういう者達の集まりだ。
B組を、様々な理不尽に晒され、社会から爪弾きにされた者達の巣窟だとするならば。
ここは自らの意思で社会に反した、より質の悪い反社会性の魔窟なのだ。
能動的と、受動的。
似たようで、B組とは全く別の理由から社会と決別した者達の受け皿。
それが、1年A組。
押さえつけられるのは好きじゃない。
圧政には反発し、口煩い大人に反抗し。
社会に噛み合わず、己がエゴに正直に生きる。
そんなものが、誰かの暴力に屈するはずがなかったのだ。
(彼女たちが、彼に敵うとは……正直、欠片程も思ってはいません)
橘の視線が彼女らを捉える。
紅、邁進、ロバート、米田。
そして、膝を抱えて震える小森。
(ですが、イレギュラーほど完璧を狂わせるに足る役柄は居ないのも同意)
小森茜の再起不能。
それは橘とて仕方ないと割り切れる。
だが、他の四人はまだまだ動ける。
それが雨森悠人の予想外の域にさえ在れば。
きっとそれだけで、彼の完璧は崩れ落ちる。
……おそらく、雨森悠人は完璧を叩きつけてくる。
一部の隙もない完全な策を。
故に、それに対して不全で立ち向かう。
完全に完全では敵わない。
故の『不全』。
「……ふふっ、面白くなってきましたね」
綺麗な水に、泥を混ぜるようにして。
完全の価値を、一気に下げるような策を練る。
――それは、理知に欠けたる失策だろう。
彼女らしからぬ、愚策の権化。
言ってみれば、ただの力技。
逆に言えば、力技しか勝機が無いほどの、かつてない強敵だということ。
その事実に彼女は心を躍らせる。
彼に否定されようと。
自分が彼を否定しようと。
結局、楽しめればそれでいいのだ。
「……けれど」
橘月姫は、青空を見上げる。
……あわよくば。
この生に一度だけでいい。
自分の全てを否定されてみたいと願うのは、あまりにも贅沢な願いだろうか。
☆☆☆
「橘月姫は、僕とは別種の存在だ」
雨森悠人は口にした。
場所はいつもの夜宴教室。
目の前には倉敷、黒月、そして四季の姿があり、僕は椅子に深く腰を下ろして息を吐く。
「危険性と厄介性。それら二つに関して言えば、あの女は僕を遥かに上回るだろう。……武力に関しても、あの堂島を素手で殴り殺せると考えてくれていい」
「つまりなんだ。イカれてやがるってことか?」
「そういう事だ」
倉敷の言葉に即答で返す。
筋肉の塊、3年、堂島先輩。
僕とマトモに殴り合いの喧嘩を出来る怪物だ。
だがそんな堂島先輩とて、さしもの橘を前にすれば、……正直、どう転ぶか想像が難しいところだ。
引き分け、辛敗、あるいは大敗。
今の橘がどれだけ動けるかにもよるが……少なくとも、堂島先輩が勝利する未来だけは想像できない。
「……雨森さんが言うのであれば、本当にそうなんでしょうね」
「とゆーか! ねぇ悠人! もしかしなくても、A組の橘ってやつとは……その、知り合いだったりするわけなの?」
黒月が難しそうに考え込み、四季がどこか心配そうに問いかけてくる。
知り合い……ねぇ。
僕個人としては知り合いたくもなかったし、そもそも出会った時、あの女の目当ては僕という訳ではなかったんだがな。
「……限りなく悪い意味での、腐れ縁だな」
好意的な意味など無い。
向こうがどう思っているかは知らないが、少なくとも、僕はアイツを嫌ってる。
四季に対する答えは、それで十分だろう。
僕が苦々しい気分を味わっていると……倉敷が椅子をギィと鳴らし、僕へと問うた。
「つーかよ、【別種】ってどういうこったよ」
がに股で椅子に腰を下ろした倉敷は、僕を問い詰めるような視線で見つめている。
……いいや、『ような』ではないか。
彼女は事実、僕を問い詰めている。
そういう空気が、彼女の周りには在った。
「流石にそろそろ、色々隠し通すには無理があるぜ。私らはテメェの道具じゃねぇんだ。協力関係なら……ちゃんと話せ」
……確かに、隠し通すには限界か。
僕や橘の関係性。その他諸々、僕が隠していることは幾つかある。
今までは極力そこらの話題を避けて進んできたが……さすがに、橘と戦うにあたって隠し通せるモノでもない。
「……知った所で脅威は変わらない――と。そんな正論を聞き入れるようなタイプでもないよな」
「分かってんならさっさと話せ。知った結果より、知る行為に意味があんだよ」
なるほど、道理だな。
僕は大きく息を吐き、目を閉ざす。
僕と橘の乖離性。
それを表すには、彼女の正体について触れねばならない。
それがどんなに荒唐無稽であったとしても。
それを知らねば、本当の意味で橘月姫を警戒している、とは言えないだろうから。
「…………」
少しの沈黙。
語り始めを考えていた、ただの一瞬。
それだけで空気が少し、張り詰めたのが分かった。
目を開く。
既に語る内容は整理ができた。
僕は、三人へ向けて口を開く。
「前提として――ヤツの属する橘家は、日本でも有数の、現存する貴族というモノだ」
三人も、テレビやラジオで耳にしたことがあるんじゃないだろうか。
あらゆる分野に手を伸ばし、それら全てにおいて著しい結果を出してきた橘家。
車の製造から日用品まで手広くその名を轟かせている。
今や日本で知らない人の方が少ないんじゃないかとさえ思う。
現に、三人も三人で目を見開いて驚いていた。
「……嘘だろ、あのタチバナグループか?」
「えっ!? 橘って、あ、あのテレビとかでよくやってる!?」
倉敷の言葉に四季が目を見開く。
その中で、黒月は難しそうに顔を顰めていた。
「奇跡的な才能に恵まれ、その上恵まれた家庭環境。……英才教育の果てが、今の橘月姫、ということですか?」
「いいや。あの女は……貴族にしては強く、厄介過ぎる」
黒月も、心の底では分かっているのだろう。
それだけなはずがない、と。
だから、ここからが本題だ。
空気の変化を察して三人が黙る中、僕は語る。
「ならば橘家は貴族では無いのか。……その答えはNOだ。確かにあの一族は貴族として成立している。故に――今問題とすべき異質性は、その成り立ちだ」
成り立ち。
橘家の誕生秘話とでも言うのだろうか。
僕も人伝に聞いた話だし、荒唐無稽にも程がある、一種の伝説とでも言うべきモノだ。
だから、あっさりと信じられても少し心配になるような話なんだが……かといって、あながち【嘘】でもないのがタチが悪い。
僕は改めて息を吐いて、言葉を紡ぐ。
「橘家は古くより歴史に名を残し続けた一族とされている。この原点を辿れば……それこそ、神話の中にすら彼らの姿は存在していた。……とか、そんな都市伝説が流れたことがある」
ある時は神々と人の仲介役。
ある時は預言者卑弥呼の影。
ある時は摂関政治の裏役。
ある時は本能寺の変の黒幕。
ある時は鎖国解除の立役者。
……と。
以上、都市伝説を一部抜粋したものだ。
荒唐無稽だろ?
それらを同じ一族が全て担ってたんだぜ?
それ、どこの中学生が考えた設定だよ。
思わずツッコミを入れたくなるような話だ。
予想通り、その話を聞いた三人は三人とも首を傾げる。
「……で、その噂がなんなんだ?」
「卑弥呼に、本能寺に……まるで、映画のシナリオみたいな噂ですね」
シナリオ。
そうだ、あまりにも完璧すぎる。
まるで、好き勝手に書き綴ったシナリオにおける主人公のように。
一族崩壊の危機もなく。
一度のお家騒動もなく。
ただ純然たる事実として、不自然にも常に歴史の中心に立っていた。
それが、橘家。
――と、いう噂だ。
あくまでも噂は噂。
信憑性など、どこにも無い。
だけどさ。
「残念ながら、今言ったのはほぼ事実だ」
その言葉に。
三人は大きく目を見開いた。
「ちょ、ちょ……ちょっと待て!? おいコラ、さすがにそれは無理があるぜ雨森!」
「無理がある。確かにそうだ。だが、その無理を通せるだけの力が……その橘家にはあったとしたらどうだ?」
普通はそんなこと出来っこない。
いくら有能な貴族とて、栄えあれば滅びあり。
衰退は必ずやってくる。
それは絶対に避けられないこと。
だけど、橘家の過去には、未だかつて衰退の二文字は存在しない。
「人間の力ではまず不可能。まさしく人外のなせる技。……そして、その橘家を人外足らしめた力こそ――」
右手に力を込める。
黒い雷が帯電し、三人は喉を鳴らした。
表面上、この学園が開発したと宣言している力だが……こんなもの、そんじょそこらの科学で解明できるはずがない。
異能と科学は別物であると。
少し考えれば、中学生だってわかる話だ。
「……嘘だろ、まさか――」
倉敷がぽつりと声を漏らす。
僕は彼女へ視線を返し、その事実を突きつける。
「橘家が元来保有していた力――【天能】」
それこそが、この学園の異能の原点。
そこまで言えば分かるだろ。
橘月姫は、僕とは別種だ。
正確に言えば……僕らとは別格なのだ。
たった半年、異能を弄り回しただけの僕らと、数千年の時を経て、異能で世界を操ってきた怪物一族の末裔と。
どちらが強いかと聞かれれば……そんなもの、子供だって分かるだろ。
「1年A組と戦う上で注意することは、たった一つ」
――橘月姫と、絶対に戦わないこと。
それがA組に勝利する上での絶対条件だ。
橘月姫。
数千年もの間、世界を支配していた橘の末裔にして。
一切の誇張なく、最強の能力を持つ少女。
知略に劣り、武力ですら同等。
ゆえにこそ狂人は思う。
戦えば、負けなのだ。
それは狂言か虚言が、あるいは本音か。
彼の腹の底は、戦いが終わるその時まで誰にも分からない。
☆☆☆
ということで、以上、第7章でした。
この章は迫る次章へと向けた下準備の章でした。
次章はついに、1年A組との最終決戦。
いつもの次回予告を挟んでおこうと思います。
☆☆☆
10月31日、ハロウィンを目前に控え。
11月には学園祭を予定している選英高校。
1年C組は、A組との二度目の闘争要請を終え、学園祭の準備に取り掛かる。
されど、彼らはまだ知らない。
橘月姫の脅威を。1年A組の執着を――怒りを。
「ねぇ雨森。油断してると――お前でも食われるぜ?」
「困るんだよね。お前には完全無欠な強者で居てもらわないと。……いずれ復讐する、僕が困るのさ」
油断や慢心は、此度の相手には命取り。
まるで日常生活の延長のように。
さりげなく、さも当然のように。
戦う前から、勝敗は決するものだ。
そういう相手だと、互いに互いを知っている。
故にこそ、断言した。
「――雨森悠人は、武力で倒してこそ」
「――橘月姫は、知略で倒してこそ」
――初めて、本当の勝利と呼べるのだ。
雨森悠人。
橘月姫。
そして、朝比奈霞。
三者を巡り戦いは熾烈を極め。
されど勝者は、いつだって一人きり。
第8章【夢幻なる怪物 橘月姫】
「お前相手に――異能を隠す余力はない」
怪物の宴が、幕を開ける。
今回は、いつもの幕間ナシ!
次回から、さっそく新章突入です。
そして、長らくお待たせしました。
雨森悠人の全力全霊、どうぞお楽しみに!
面白ければ高評価お願いします!
とっっっても元気になります。




