7-13『悪しき神』
第7章は、これより本番。
いつだって、神様は見てくれている。
おばあちゃんの言葉だった。
どんな努力も。
どんな我慢も。
どんな活躍も。
どれだけ陽の光を浴びなくても。
いつだって、見てくれている。
神様とはそういうものだと。
おばあちゃんは、そう言って死んだ。
寿命なのだと思っていた。
だけど、あとから知った。
彼女は病に侵されていた。
不治の病だったそうだ。
治す術はなく。
痛みが常に体を巡る。
その中で。
彼女はいつも通りを過していた。
神様は見てくれている。
そう信じ続けて。
孫の私にすら何ひとつ諭されることなく。
影で、一生懸命頑張って。
我慢して、歯を食いしばって。
それでも、末路は結局変わりはしない。
そう学んだ。
神などいない。
私は神など信じない。
私は――小森茜は、神の不在を確信していた。
そう、していたのだ。
あの日、あの瞬間。
橘月姫という、神と出会うまでは。
☆☆☆
あの後、闘争要請は中止となった。
というか、完全な取り止めだ。
理由としては、まぁ、幾つか挙げられる。
A組が審判の言うことも聞かずに連続して僕に襲いかかってきたこと。
C組の面々が紅の異能行使に伴い、戦闘に介入してきたということ。
途中、八咫烏とかいうイカレポンチが闘争要請に乱入してきたということ。
等など。
まぁ、なんだ。
簡単に言ってしまうと……。
お互いに悪い所あったよね。
なので闘争要請はなかったことにするよ。
あっ、これ学校側の決定だから。
という話です。
なんという豪論。
これは生徒たちからも不興を買うのでは? と思った僕もいたが、そこはさすがはこの学園の生徒たち。学校の決定という五文字を前に不満を飲み込んでしまった様子だ。
「なんだ、不機嫌そうだな。随分と」
「当たり前だ。こんな理不尽がまかり通ってる現場を見てしまったんだからな」
明くる日、病院の一室で。
倉敷に問いかけられた僕は、頭に包帯を巻いた格好でそう答えた。
いつもの事だが、傷を負った僕はあの後病院へと搬送され、普通に入院コースになった。
井篠の治療によって傷はほぼ癒えていたんだが、頭への衝撃ということで、一応の入院だ。
「ま、それはどーでもいいんだが。お前も頑丈だよなー。医者が言ってたぜ?『いや真面目な話、彼は本当に人間か?』って」
「失礼な医者も居たもんだ」
人間だよ人間。
随分とその括りからは逸脱してるが、まだ人間です。血も通ってるし、殴られれば痛いし、筋肉痛だって……いや筋肉痛は無いか?
僕は右手を握り、開いて調子を確認する。
その様子を見ていた倉敷は、何かを言いかけた様子だったが……ふと、背後の扉へと視線を向けた。
その目は委員長としての優しいものでは無い。
それもそのはず。
病室の向こうから感じた気配は、僕らの敵のものだったから。
「おい雨森」
「あぁ、知ってるよ」
コンコンっと。
病室のドアがノックされる音がして。
返事も聞かず、その少女は入室した。
小柄な体に。
肩まで伸びた、黒い髪。
C組において、僕の隣に在席する生徒。
「雨森悠人。お前に聞きたいことがある」
小森茜。
彼女なら、きっと来るだろうと思ってた。
☆☆☆
「お前の目的は、八咫烏の強さの証明」
入院している病室を後にして。
僕らは、病院の屋上へとやってきていた。
干したシーツが風に舞う。
青空の元、白色がバタバタと音を立てる。
それは心地のいい音かもしれない。
されど、決してこの場所は居心地が良いとは言えなかった。
入院服で佇む僕と。
私服で壁に背中を預ける倉敷。
そして、休日にも制服でやってきた小森茜。
僕は特になんとも思わないが、倉敷と小森さんとの間で敵意の視線が行き交っている。
その中で。
小森茜は開口一番にそう言った。
「私たちと戦って、お前が強さを証明する。それだけだと、お前が目立って終わる話。それをお前は……強き自分が負けることで更なる強者を証明した。違う?」
「また難しい言葉を……。もう少し頭に優しい言葉を使ってくれないか」
冗談100%でそう言うが。
されど、小森茜は反応しない。
以前ならば苛立ちのひとつでも見せていただろうに。
さすがに彼女も、僕の力を知った今では軽率さを潜めるらしい。
「お前はいつから狙ってた」
「最初から。そう答えたら満足か?」
端的な問いかけに、端的に返す。
最初から。
その言葉がどこからを指すのか。
闘争要請が決まった時から。
あるいはA組に絡まれた時から。
いいや、夏休みの一件から考えていたのかもしれない。
つーか、そんな質問をするために来たわけじゃないだろ。さすがにそれだと薄っぺらすぎるよ。
「…………」
小森さんは何かを言おうとして。
直前で口を閉ざし、顔を俯かせた。
「コイツを読もうとするだけ無駄だぜ。コイツはきっと、入学当初から考えてる。思考を遡ろうとすりゃ、そこまで到る。まるで底なし沼の具現だよ」
あら、喜びづらい褒め言葉!
僕は倉敷を一瞥すると、彼女は肩を竦めて笑って見せた。
その様子を見ていた小森さんは、眉を顰めてしかめっ面だ。
大方、初めて見る倉敷の姿に違和感を覚えているんだと思うが。
「……倉敷の裏がとっくにバレてるのは知ってるさ。なにせ、加護の能力だもんな」
「…………なに?」
僕の言葉に、少女は目に見えて反応した。
小森茜。
公言している能力は【獣化】。
体の一部を獣と化して、ありとあらゆる能力を強化するというもの。
だが、それはあくまでも口八丁。
こいつの本当の異能の名は――。
「【百獣の加護】」
その言葉を口にした瞬間。
僕の目先へと、小森茜の爪が伸びていた。
「…………お前」
「知らないわけがないだろう。朝比奈霞、倉敷蛍、黒月奏、星奈蕾、そして小森茜。C組ほど異能の優れたクラスは無い」
僕は【協力者】から、C組、B組全員と、A組数名の異能名簿を受け取っている。
……まぁ、実の所、上記の他にもう1人、C組の中には加護の能力者が紛れてる訳だが、今のところ中立を守っている様子だし、口には出さないでおく。
僕は目の前に伸びた爪を掴むと、力を込めて下げさせる。
「……橘あたりなら、そこらまで想定しているかと思ったが。あの老害も衰えたか。あるいは、お前の独断でここに来たか」
「……ッ! お前……橘を、悪く言うなッ!!」
彼女は僕の手を払い除けると、再び僕の眼前へと爪を突きつける。
どうやら橘の話は禁句だったようで。
終始怒りも苛立ちも見せなかった小森茜が、ここに来て今日はじめて、常軌を逸した激情を発露した。
「私のことはどうだっていい……だけど、橘のことだけは悪く言わせない!」
その瞳には強い光が灯っている。
その強い光には見覚えがあった。
見ていて居心地の悪い光。
まるで正義の化身のような輝き。
僕が嫌いな女に、そっくりな強さだった。
「本当に、忌々しいな」
僕は彼女の後ろに回る。
一瞬で移動した僕に、倉敷も小森さんも驚いた様子だが、すぐに感情を整えて僕を見た。
「……なにを」
小森茜は、不思議そうにそう言って。
僕は、その姿を冷たく見下ろす。
「なにも。ただ、愚かだなぁと思っただけだ」
僕は、小森茜へと拳を振り抜いた。
それは、刈り取るべくして放った拳。
されど彼女は目を見開いて、その拳を皮膚一枚で回避し、大きく跳び退く。
後には衝撃だけが残って、跳び退いた小森の頬から血が吹き出した。
「――ッ!? お、お前……!」
「何を驚く。敵が攻撃してくることに不思議が在るか?」
何も無いだろう。
僕はお前の敵対者。
今までは、お前が人畜無害だから見逃した。
だが、この先は少し違う。
最終的に誤魔化したとはいえ、A組の面々は雨森悠人に大敗を喫した。
その事実は一切揺るがない。
さしものアイツらでも、諦めるだろう。
諦めて、橘月姫に助力を願うはず。
そしてそうなればもう、虫一匹に構っていられるだけの余裕はない。
「お前は来るだろうと思っていた。だから倉敷を呼んでおいた。万が一にも逃がすことはないように、保険をかけてな」
「くっ、お前は……ッ!」
その瞳に侮蔑が宿る。
果たして何を考えていたのか。
僕に何を求めていたのか。
何を期待していたのか。
そんなものに興味はないけれど。
まぁ、いいさ。
興味の欠片も抱くことなく。
ただ、お前に終わりを贈るとしよう。
拳を握り、歩を進める。
「ここがお前の終着だ」
まぁ、クラスメイトの間柄だ。
苦しませずに叩き潰すよ。
お前が次に目を覚ますのは……きっと、A組との決着が着いた後だ。
かくして小森茜は終焉する。
神の奇跡など介入はない。
神に祈りなど届かない。
これは、悪意であり。
純然たる狂気でもある。
邪魔になったから潰す。
そんな、子供のような無邪気さで。
彼女は他人の意志で、終わりを迎えるのだ。
次回『悪しき神②』
小森さん登場時に、『無口クーデレっぽくて好き!』という感想を見かけ、とても心が痛くなりました。
あの時は本音を飲み込みましたが、今なら言えます。
心の底まで怪物に直った雨森悠人は、女子供だろうと一切の容赦はしませんよ。




