7-11『乱』
「圧倒的……だな」
黒月奏は呟いた。
その言葉に、C組の誰もが首肯する。
ある者は強いと知っていた。
ある者は普通じゃないと察していた。
ある者はただのクラスメイトと思っていた。
ある者はいけ好かない男だと考えていた。
それが今、全て目の前で覆された。
「こんなに、強かったのかよ……」
烏丸の言葉に、黒月は頷く。
強いとは知っていた。
たが、ここまでとは思わなかった。
倉敷を見ても、彼女も同じような表情を浮かべている。
そして、朝比奈霞も。
「…………榊先生は、知っていたんですか、これを」
ふと、朝比奈霞は問いかけた。
近くにいた担任教諭、榊へと。
「さて、なんのことだ?」
「……なんのこと。この光景を見ても、まだそんなことを言いますか。……雨森くんは、私が想定していたよりも……たぶん、新崎くんが理解しているよりも、ずっと強い」
相対して強さが分かったと新崎は言った。
だが、それは違うのだ。
相対して分かることはただ一つ。
雨森悠人の底の知れなさ。
この学園に入って初めて。
朝比奈霞は、ただの素手の相手に『勝てないかもしれない』と思考した。
それがどれだけ歪なことか。
彼女は正確に理解していた。
「……普通じゃない。まぁ、端的に言い表せばその通りだろう。だが……いいや、だからこそ、なのではないか?」
榊先生の言葉に、倉敷と黒月は大きく反応を示す。
彼女は雨森悠人の本当の異能を知っている。
にも関わらず、彼女が発したのは――雨森悠人という個人を庇うような発言だったから。
「強過ぎるが故に、弱過ぎる異能を与えられた男」
その言葉に、朝比奈霞は息を吐く。
そして、その光景を見据え、思うのだ。
「学園側も、あの男に力を与えたくなかったのだろうさ。……これ以上は、な」
雨森悠人が、もしも強力な異能を持っていたなら。
果たして、彼に勝てる人間なんて存在するのだろうか、と。
☆☆☆
ロバート・ベッキオ。
邁進花蓮。
米田半兵衛。
僕のまわりに沈んでるA組メンバー。
A組は、残り一人のみ。
対する僕らは、まだ四人いる。
後ろには、朝比奈嬢に黒月、佐久間が控えてくれている。たとえ、ここで棄権したにしても、僕らの勝利は揺るがない。
それに、A組もいい加減分かっただろう。
橘のいないお前らじゃ、僕は倒せない。
何があろうと、絶対に、な。
これ以上続けたところで、きっと意味は無い。
「審判、僕はこの試合――」
棄権する。
そう言いかけた僕だったが。
それよりも早く、紅が言った。
「待ちなさい」と。
その言葉に、少し驚く。
まだ何を引き伸ばすことがある。
もう、終わっただろ。
お前が何をしようと、もう変わらない。
「……まだ、何も終わってない。終わってないのよ、終わらせて……たまるもんですか!」
「……何を今更」
「うるさいわね! 黙って私と戦いなさいよ!!」
見れば、紅は泣いていた。
橘月姫の隠れ蓑。
A組の表側の代表生徒。
紅秋葉。
彼女は大粒の涙を流し。
それでも僕を睨んでいた。
「私はあんたが大嫌いよ! いけ好かない! 顔が嫌い、性格が嫌い、声が嫌い! 何もかもが気に入らない! それでもアンタを倒せない、私の弱さが何より嫌いよ!!」
その言葉に、途中まで僕は理解が追いつかなかった。
されど、途中で追いついた。
追いつき、理解し。
嫌な予感が膨れ上がった。
『どうぞお気をつけて。私の仲間は、私が想像もつかないほどに――凶暴ですから』
どこからか声がした。
僕は思わず歯を食いしばり、少女を見据える。
橘月姫にとっての紅秋葉が。
雨森悠人にとっての、朝比奈霞。
……そう言い表せば、もう分かるだろ。
僕は勘違いしていたのかもしれない。
確かに紅秋葉は弱いかもしれない。
だが、それでもあの橘が選んだ、己が矛。
それが、厄介でないはずがない。
僕のスマホが、通知を鳴らす。
ふと、気になって目を向ければ。
……ここに来て、最悪の言葉が浮かんでいた。
『【天能変質】を確認しました。貴方でも危険があります。棄権することを推奨』
「……クソッタレが」
天能変質。
その単語が、僕の棄権の邪魔をした。
その単語を、僕はよく知っている。
ただ、その原理まで知っているわけじゃない。
それは、何かを起因にして起きる変化。
人によって、その起因は千差万別。
ただ、何かしらの覚悟が決まったり。
感情が大きく昂ったり……と。
通常ではたどり着けない場所にいたって、初めて目覚める新たな力。
そしてそれは。
原則として、変質前の異能よりもずっと強い。
「紅秋葉……異能は『破壊』」
その異能が変質し。
きっとそれは、上位互換の力へ化けた。
彼女を中心として、地面が朽ちてゆく。
それは破壊というより……崩壊に近い。
近くにいたA組の生徒たちが逃げ出してゆく中、さすがにやばいと思ったのか、朝比奈嬢が僕の隣まで駆けてきた。
「雨森くん!」
「……手は出すなよ。お前は生徒たちの身の安全だけ考えてたらいい」
そもそもこれは、僕が始めたこと。
向こうがまだ戦うつもりだと言うのなら……僕もとことんまで付き合うさ。
たとえ、腕の一本や二本、持っていかれたとしても、な。
まぁ、それだけ今の紅秋葉は……変質直後の異能ってのは危険なもんだ。
僕はさらに一段階、集中を高める。
身体に課していた制限を、さらに解除する。
筋肉が熱を上げ、それを見た朝比奈嬢が目を見開く。
「あ、雨森くん……あなたは……!」
何かを言いたげに彼女は言って。
されど、途中で言葉を切りやめた。
そして、満面の笑みを浮かべて胸を張る。
「いいえ、関係の無い事ね! 貴方が強いのは理解した、だけど、それが何なのかしら! 私が守る生徒の中には、もれなくあなたも該当しているのだから!」
その言葉に……僕は、思わず顔を顰めた。
馬鹿だ、馬鹿だよこいつ。
何考えてんだ。
せっかく強さを示したというのに。
やろうとしている事が、前となんにも変わっちゃいない。学習能力がないのかこのサルは。
後ろのC組から、吹き出したような笑い声が聞こえた。
気がつけば、ぞろぞろと背後に気配が連なっている。
「そーだぜ雨森! 1人だけカッコつけんなよ!」
「俺らを控えさせたまま暇にする気かよ。ちったァ運動させろよ、雨森」
烏丸や佐久間やらが、僕の前に出る。
咄嗟に伸ばそうとした手を、黒月が掴んで止めた。
「雨森。一つだけ誤算があったな」
「……誤算だと?」
この僕に読み違いがあったと?
そりゃ珍しい。
それが本当だとしたら数年ぶりだ。
そう考える僕に対して。
黒月は、僕の周囲のクラスメイトを見て口を開いた。
「お前は少々、周囲の人間に好かれ過ぎてる」
僕を庇うように、井篠や星奈さんが立ちはだかる。
「あ、朝比奈さんっ!」
「ええ、分かっているわ。以前に聞いた雨森くんの全力全霊――脳のリミッター解除。……雨森くん、あれだけ動いたのだから、体の負荷は相当なものでしょう」
…………あっ。
そういや、そんな嘘もついたっけか。
当然ながら、全く消耗していないんだけど。
ま、いっか。
この流れに乗っておこう。
「戦えなくはない。が、アレを仕留めるには片腕は持っていかれるな。時に井篠、異能で部位欠損は治るか?」
「わ、分からないけど……やめといたほうがいいと思う! なんだか……いまの紅さんからは、嫌な感じが伝わってくるから……!」
治療のスペシャリスト、井篠がそう言う。
前を向けば、紅の周囲における崩壊はさらに加速し始めていた。
「……不思議よね。何が起こってるか分からないけれど……この力の名前だけはしっかり分かる」
そして彼女は口にする。
その、凶悪無比な力の名前を。
「【崩壊王の加護】」
下手をすれば、黒月の【魔王の加護】すら上回っているかもしれない。それほどまでの深さを、その異能から感じ取った。
無論、潜在能力だけなら朝比奈霞には及ばないが……それにしたって、二人の相性は悪過ぎる。
……面倒なことになったな。
僕が個人で相対すれば、まだどうにかなるものを……朝比奈の馬鹿が乱入してきたせいで台無しだ。
たぶん、この感じだと闘争要請もグダグダになって終わるだろう。……いいや、むしろ進んで介入したC組が失格扱いになる可能性だってある。
ならばと考える。
審判の合図なく攻撃してきた件でA組を強請るか? ……いいや、こいつらにとっては逆効果だろ。そんなことは意味が無い。
僕は考える。
そして理解する。
これはもう、どうしようもないのだと。
既にぐちゃぐちゃ。
もう最初の原型も留めちゃいない。
なればこそ。
せっかくの混沌。
さらに深めて、こちらの反則も、僕が残した印象も……全てまとめて飲み込むまでだ。
「……ほう、面白い反応だ」
その言葉に、その場の音が全て、消えた。
上空から二つの影が落ちてくる。
それは僕らと紅の中心へと落下し……否、着地し、その姿を見た朝比奈嬢たちは、限界まで目を見開いた。
「……ッ!?」
「う、嘘でしょ……!」
そこに居たのは、黒衣の二人組。
全身黒ずくめの、濡れ羽色の男と。
金髪を風に揺らす、仮面の女と。
その姿……正しく、噂に見聞きするソレに違いなく。
誰もが想像したその組織名を。
朝比奈霞は、警戒心の限りを込めて口にした。
「……【夜宴】」
倉敷と黒月、あと紅、小森さんが驚いたように僕を見た。
それらの視線を丸ごと無視して、僕は八咫烏へと視線を向ける。
「……何故ここに」
「何故、か。なにやら面白そうな見世物が在ったのでな。つい、見学しに来てしまっただけだよ、雨森悠人」
その口調は、完全に八咫烏のものだった。
これの中身が偽物であれ、本物であれ。
中身が誰にも分からない以上、トレースが完璧ならば本物には違いない。
「あ、雨森くん……!」
「星奈さん、下がっててくれ。……さすがにアイツが相手となると、僕も誰かを庇っては戦えない」
それほどの圧を、僕ですら感じた。
ならば、他の生徒が感じた威圧感はどれほどのものだったか。
……まぁ、クラスメイトの顔色を見渡せば容易に想像がつくけれど。
彼ら彼女らは真っ青に顔を染めあげ、膝を震わせていた。
中には座り込んでいる生徒もいて、全員が全員、大粒の汗を流している。
それらを一瞥した八咫烏は、……ふと、朝比奈霞の方へと視線を向けた。
彼女は何かを言いかけて……されど、それよりも早く八咫烏が視線を外した。
それはまるで、興味が無いと言っているようでもあって、僕の隣の朝比奈嬢から怒気の限りが吹き上がる。
「……おい」
「ええ、ええ……分かっているわ。ここで怒るのは愚の骨頂。私は分かっている。私は至極冷静よ……雨森くん」
明らかに冷静じゃないと思ったから声を掛けたんだがな……。
彼女は自分に言い聞かせるようにそう言って、拳を強く握りしめる。
そして、僕らの視線の先では……八咫烏は、紅の方へと向き直った。
その仮面の下からは、鋭い瞳が紅秋葉を捉えていたことだろう。
「此度の興味は貴様だ。どうだ、一つ手合わせ願えるかな、紅秋葉」
そして、混沌が始まる。
ここから先の展開は……僕でも読み切れるかは自信が無いところだ。
【嘘ナシ豆知識】
今回、雨森悠人は一切異能を使っていません。
それは、分身などの細かな能力も含めて、です。




