表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
100/240

7-10『最強の体現者』

誰より強く。誰より先へ。

少年は、その想いだけを胸に駆けてきた。

 彼は誰より弱かった。


 私は知っている。

 その弱さ、その儚さを。

 誰も少年には期待せず。

 誰もが彼の兄を見た。

 その兄にまだ見ぬ世界を夢見た。


 かく言う私も、その一人。


 その少年には何も期待していなかった。

 だからこそ……というのもあるのだろう。

 私がこれ程……その少年に固執するのは。


「……あぁ、なんという……不条理!」


 恍惚に顔を歪めて、私は笑った。

 校舎からその姿を見下ろして。

 私はその背景(バックグラウンド)が、どうしても想像できなかった。


 彼がこうなった道筋。

 その道程、強くなれた確たる理由。

 それが全く見当つかない。


 あれだけ弱かった少年が、誰の力を借りることなく、たった一人であれほどまでの力をつけた。

 その異常性、何たることや。

 私ですら想像できなかった超変貌。

 もはや、そこに弱者の気配は微塵もない。


 そこに在るのは、ただ、私が恋焦がれた最強の体現者。



「あぁ……私はあなたに否定されたい」



 誰より優れているが故。

 人生で、ただ1度でいいから敗北してみたい。

 そう願うのは、私の傲慢なのでしょうか。




 ☆☆☆




「な、にが……」


 紅は、目の前の光景に呟いた。

 僕の目の前で、文字通り叩き潰されたロバート・ベッキオ。1年A組が満を持して投入してきた最強の一角。

 それに、どうやら言葉が出てこないらしい。


 ……ふむ。

 なにか面白い反応でも期待していたんだが、その面でいえば少し期待はずれだな。


 僕は拳を握り、開いて、考える。


「……実力は、まぁ、想定通りか」


 口の中で呟いた言葉は、きっと誰にも届きはしない。それでも視界の端で捉えた小森さんが、大きく反応したのが見えた。

 ……聴覚系の強化、か。

 これまた厄介な能力を持っている。

 なら、僕がこの学園に来て1度でも口に出した能力は全て把握されていると考えるべきか。


「……問題ないか」


 僕は、次の対戦相手へと視線を向ける。

 視線を受けたA組は思わず後退る。

 その中には紅の姿もあり……彼女は、自分が退いた事実に目を見開いて、歯を食いしばった。


「こ、この……! この野郎! 何をした! なにを……どうやってロバートを!!」

「見えなかったか? ただ殴っただけだ」

「嘘だ! そんなわけないわよ! だって――」


 だってロバートは、強いんだから、と。

 後に続くであろうその言葉は、僕の目を見た瞬間に霧散した。


「この前の言葉、まんま返そう」


 なんだったっけ、お前が僕に言ったこと。

 ……あぁ、そうだそうだ。

 こんなセリフじゃなかったか?



「お前らは終始、彼我戦力差を測り違えている」



 それは蛮勇であると。

 彼我戦力差を度外視していると。

 たしかお前らはそう言った。

 それが勘違いであるとも知らず。


「こと純粋な殴り合いで……僕に勝てると思ったのが間違いだ」

「……ッ、こ、この……クソ野郎が……ッ!」


 紅の怒りが沸点を超える。

 彼女は一歩を踏み出そうとして……その歩みを、隣にいた邁進が止めた。


「……!? ま、邁進!」

「紅、落ち着きましょう。今すべきは怒りに駆られる事ではなく、私たちの誤算がどれほどなのかを測ること」


 その少女はどこまでも冷静……に見えるが、さて、この状況下で本当に冷静になれているのかな。

 よく見ればその拳は震えていて、握り締められたその手からは血が滴っている。


「ま、邁進……!」

「……私には無理そうですので、貴女に託します。貴女は冷静に、相手を見て。私はそれまでの時間を稼ぐ」


 そして、その少女が前に出る。

 邁進花蓮。

 侍従(メイド)のような改造制服。

 凛とした佇まいからは冷静さが窺える。

 だが、その内側には溢れんばかりの業火が燻っているのを……まぁ、対して見れば分かってしまった。


「雨森悠人。その力……貴方の本当の異能は身体能力の強化……と。そう受けとっても良いのでしょうか」

「ひとつ聞く。それを聞いて何になる? お前の敗北は変わらないだろう」


 別に挑発のつもりはない言葉だった。

 だが、僕の言葉が純粋な疑問であることが。

 何より彼女の逆鱗に触れた。


 彼女の額に、くっきりと青筋が浮かぶ。


 それは漫画で見るような可愛らしいものではなく、人間が本当にぶちギレた時に浮かべる、殺意すら孕んだ強烈な怒気。



「……ぶっ、殺す」



 静かに声が、風に乗って聞こえてきた。

 審判が、その発言に目を見開くよりも先に。

 僕へと向けて、無数の暗器が放たれた。


「……ほう」


 邁進花蓮の異能――『暗器』。

 手に触れたあらゆる空間から暗器の限りを召喚する、とても簡易的な能力。

 僕へと投擲されたのはナイフだった。

 おそらく数十は下らないだろう。


 ふと、後ろを振り返る。

 僕を見ていた黒月と目が合って、僕は頷き、視線を前方へと戻す。

 かわせば後ろの生徒たちが危ない。

 そう思っての確認だったが……まぁ、黒月がいるなら問題あるまい。


 僕はそれらを最低限の動きで回避し、平然と前方へと歩き出す。


「く……ッ!?」


 投げる投げる。

 無数の暗器が迫り来る。

 それらを掠らせもせず歩いてゆく。

 彼我の距離はすぐに埋まって。

 彼女はナイフを握り、掻っ切るように僕の首を狙った。


 その刀身は、綺麗な弧を描く。

 純粋な殺意に、幾度と繰り返し練習したであろう一振り。

 常人であれば反応することも難しいと思うが、僕はその常人には当てはまらない。


 ()()()()()()()()()()()

 その首へと手刀を叩き落とした。


「が……!?」


 彼女は大きく目を見開いたが。

 されど、意識は強制的に閉じてゆく。

 その体は僕の方へと倒れてきて……その体を受け止めると同時に、目の前へと【斬撃】が迫っていた。


「うおっ」


 思わず驚き、斬撃を躱す。

 それは青い……刀のようなものだった。

 僕は気絶した邁進を地面に転がすと、思いっ切り不意打ちをかましてきたその男を見据える。


「いいのか。さっきから審判、決着とも試合開始とも言ってないけど」


 僕の言葉に、審判が一番驚いていた。

 そういえばそうだった!

 そんな感じで目を見開く審判。

 おそらく、想定外の連続で思考がショートしてたんだろうな。

 審判の女子生徒は試合を止めるべく声を上げるが、それよりも先にその男子生徒が僕へと迫る。



「へっ、それを平然と受けて立ってるお前さんには言われたかねぇよ」



 米田半兵衛。

 おそらくは四人の中で最強の男。

 彼の手には例の武器が握られていて、それを僕は一振りのナイフで受け流す。


「……へぇ! 邁進の暗器、拾ってたか!」


 そりゃそうよ。

 お前みたいなのを相手するのに、さすがに素手じゃ危ないでしょうが。

 制服切れたらどうすんの。

 そういう思いで、邁進の作ったナイフを片手に米田に臨む。


 米田半兵衛。

 異能――『蒼剣』。

 その能力は単純明快。

 剣の性能を大幅に向上すること。

 まぁ、あれだ。

 全てを断ち切る斬鉄剣。

 あれの現実バージョンってところかな。


 それを、米田みたいなリアルチートが用いているのだから、危ないったらありゃしない。


「さて、ナイフ1本で何が出来る!」


 米田は無数の斬撃を放ってくる。

 それらをナイフで弾き、受け流す度、ナイフの刀身が刃こぼれしてゆく。


「……ふむ」

「どうした最強! 防戦一方だぜ!」


 米田は力任せに、ナイフごと僕をぶっ飛ばす。

 下手に動けばナイフをへし折られそうだったので、直前に後方へと飛んで威力を軽減してみたが……。


「……これは」


 既に、ナイフの刀身はガタッガタ。

 こんなんじゃ何も切れやしない。

 どころか、次に切り結んだら折れるだろう。それほどまでの壊れ具合だ。

 しかしまぁ……使えないって訳でもない。


「さぁ、どうする! 他の戦い方でも模索してみるか? 足元のナイフを拾うのもありだぜ!」


 と言いつつ、ナイフを拾おうとした瞬間に襲いかかってくるつもりの米田。

 なんて恐ろしいやつなんだ。

 僕はガタガタのナイフを構えて、強がりを吐いた。


「問題ない。むしろこのナイフは痛いぞ。千切り裂くような切れ味が自慢だからな」

「はっ、抜かせ!」


 そう言って、米田半兵衛は加速する。


 と同時に、僕はナイフをぶん投げた。


「な……ッ!?」


 それは、力任せの投擲。

 あまりの勢いに米田は目を見開き、咄嗟にブレーキをかけて回避する。

 ナイフは加速し、飛翔する、

 彼が振り返った先では、黒月の張ったバリアに深々と突き刺さったナイフがあって。


「ばっ、化け物――」

「僕を相手に……随分と余裕だな」


 僕の拳が、その手首を穿った。

 衝撃に、米田の手から剣がこぼれる。

 彼は顔を歪め、視線で剣を追っていったが。


 その顔面には、硬い拳をお見舞した。


「じゃあな、米田半兵衛」


 拳が炸裂する。

 顔面から真っ赤な鮮血が咲き、彼は空中で数回転して地面に叩き付けられた。


「が、は……!?」


 彼は目を見開いて、すぐに意識を失った。

 そんな姿を見下ろして、僕はA組へと視線を向ける。

 紅は、引きつった悲鳴を上げた。



「これで三人、あと一人だな」



 さて、紅。

 お前は何秒持つんだろうな。



誰より強く在る。

かつて、少年は言った。

しかし、その根底にあったのは己の弱さに対する絶望だった。

弱い自分では、何もできない。

何も守れず、何も為せず。何も残せない。

――力が欲しいと、少年は願った。

その道筋がどうであれ。

どれだけの苦悩と絶望に満ちた半生であっても。

少年は、いつしか最強の席に座するに至った。


されど。

今の少年にとって、強くなることはあくまで『手段』。

始まりこそ、純粋な強さを求めていたかもしれないが。

学園に入学した現在の目的は……もっと、違う場所にあるのかもしれない。



次回【乱】




なんやかんやで、100話達成です。

皆さんの応援のおかげでここまで来れました。

いつもありがとうございます。

これからも、引き続きよろしくお願いします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【新連載】 史上最弱。 されどその男、最凶につき。 無尽の魔力、大量の召喚獣を従え、とにかく働きたくない主人公が往く。 それは異端極まる異世界英雄譚。 規格外の召喚術士~異世界行っても引きこもりたい~
― 新着の感想 ―
[良い点] 戦闘がかっこいい [気になる点] なし [一言] メイド…ナイフ… どこかで聞いたことのある特徴やな
[気になる点] 榊先生の揉み消すって言ってたのって生徒達ではなく他の先生ひいては学園長にたいしてなのかな? それかこれから別の事をおこす予定でその事を揉み消すのか… 今の感じだと雨森が心を凍らせる必要…
[一言] つか小森によって異能を2つ知ってる、身体能力は素って橘が教えてるだろうし、それなのに強化って判断は脳筋すぎる。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ